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第2話 ファンルシオンへ

「――――ぅ、んん。え……あ、あれ?」


 目が覚めると、僕は全く見知らぬ場所にへたり込んでいた。

辺り一面が淡い黄金色の輝きを放っており、上下左右何処を見てもどこまで見渡しても黄金色一色だった。


 上か下かもわからない、そもそも自分が座っているのかもわからない現状に、僕は文字通り『地に足がつかない』状態に陥っていた。


 混乱を極める中、お世辞にもよろしいとは言えない頭を総動員して、何が起こったのかを必死に思い出そうとする。


 確か、匡也くんと雪姫ちゃんが来て、そのまま寝ようとしてテンタちゃんフィギュアを落としちゃって、誰かの声が聞こえてきて――――。


 「ようやくお目覚め? 全くどんだけ寝てんのよ。ちょっとした魔力振動でしょうが」

 

 そう、ちょうどこんな声だった。こんな年端もいかない様な女の子の声がして――――って。


 「うわぁぁぁぁぁあああああ!!??」

「きゃっ!? ちょっと、いきなり大声出さないでくれる!?」


 振り返れば、そこには一人の女の子が立っていた。恐らく僕の胸元どころかお腹の辺りまでくらいしか無いであろう身長と、むくれていても一目で将来が有望であろう事が窺える整った顔立ち。大きな丸い目と、たまご型の輪郭。膨らませた頬はほんのり桜色で、柔らかそうな手触りを予感させる、ふわりとウェーブ掛かった光沢を放つ碧銀のショートカット。


 けれど、そんな少女がこんな異常な空間にいても、僕は不思議に思わなかった。寧ろ、この場で最も場違いなのは間違いなく僕だろう。なにせ少女の背中には、『巨大な純白の六枚の翼が生えていたのだから』。


 「全く……改めて見てもなんか鈍そうだし、弱そうだし、おまけに知性の欠片も見当たらないわね。私の目もとうとう鈍ったかしら」

「あ、あの~」

「何よ!!」

「その羽根って……」

「アンタの世界で言うコスプレでも何でも無いわよ! ちゃんと動くれっきとした私の体の一部!」


 僕が何を尋ねようとしたのか知っていたかのように少女は鼻を鳴らして六枚の純白の羽を揺らしてみせる。その動作に機械臭さは微塵も感じられず、にわかどころではなく信じ難いが、少女からは本当に翼が生えているらしい。


 「夢……? いつの間にか寝ちゃってたのかな? アハハハ、そっかぁ寝ちゃってたのかぁ」

「はぁ……。アンタ達って自分の理解を超えた事態に直面するとすぐそうやって逃避するわよね。お生憎様。アンタは寝てもいないし白昼夢でもない。アンタは今この私、ファンルシオンの全統神、ゼニアグラスとこうして話をしてるのよ」

「いやぁ……そんなことを言われても……。ファン……なんですか? それに羽の生えた人間なんて居るわけないし……。いくら子供の可愛さを天使に例えたりすることもあるからってほんとに天使なわけもないし……」

「あーもう面倒くさいわね!!!! それに黙って聞いてれば何!!?? 天使ですってぇ!? あの下僕達と私が同列とでもいいたいわけ!? どんな不敬よ天罰下すわよ!?」

「ひぃぃ!! ご、ごめんなさい!!!!」


 相手は少女だというのに、その剣幕に思わず本気で怯え、敬語で土下座もしてしまった。我ながら情けない事この上ない。


 「まぁいいわ……。とっとと話も進めたいし、ただこのままだと埒が明かなそうだから、ちょっとアンタ、こっち見なさい」

「え? は、はい」


 言われるがまま、僕は恐る恐る頭を上げて命令されるがまま少女の方を見やった。不敵な笑顔を湛えていた少女は僕の奥底までをも覗きこむような瞳を向けた後、眼を見開いた。少女の瞳が淡く輝き、それを見た僕はなんだか思考がふわりと宙に浮かぶような間隔を覚える。


 「さて、まずは自己紹介したげる。私の名前はゼニアグラス。アンタ達のいる世界とは異なる世界、ファンルシオンを築き上げた創造神の一人。今アンタと会話をしているのは、アンタに私達の世界を救う手助けをしてほしいから。はい、基礎知識終了」


 少女がぱん、と手を叩くと、少女の瞳も輝きを失い、僕の思考も、自分の元まで降りてきたような、今までどおりに安定したような感覚を覚えていた。今まで感じたこともない、妙な感覚とともに。


 「どう? 『納得出来た』?」

「……な、なんで……?」


 少女から話された内容は突拍子もない物。自分は神だ、世界を作った。その世界を救えと。そんな突拍子もない内容だというのに、僕は何故かそれが真実であると『納得』してしまっていた。


 「今アンタの脳味噌が私の言葉を納得するように軽く強制したのよ。アンタにとってもわかりやすく言えば、軽めの洗脳魔法をアンタに掛けたの。どう? 効果の程は身を以って実感してるわけだし、素面の方でも『納得』してもらえたかしら? あぁ、ちなみにこれ、真っ赤な嘘には使えないから安心なさい。今言ったことが納得できたんなら全部が『本当』だってことだから」


 得意気に話す少女に、僕は否定できずにいた。洗脳魔法を掛けられた、なんて普段なら絶対に信じないだろう。いくら僕がゲームに逃げ込んだ弱者だとしてもだ。だが、実際に彼女の言う通りに『納得』してしまったのだから、もう諦めて認める以外の道は無かった。


 「さて、それじゃあ追加の説明をしていくわよ」

「ちょ、ちょっと待って……!」

「何よ? まだ何かあんの?」

「その、キミ……アナタのことも、その異世界って言うモノのことも、納得するしか無いって、分かったよ……。でも、その……なんで僕……なんですか?」


 世界を救うなど、もっと相応しい人間が居るだろう。例えば、匡也くんとか。彼のほうが、僕よりずっと適任だ。少なくとも、グズでヘタレで喧嘩だって最弱もいいところな僕が負うにしては、荷が勝ちすぎる。

 

 そんな僕の困惑を、ゼニアグラスは鼻であしらった。

 

 「だーかーら。順を追って説明したげるって言ってるの。おとなしく聞いてなさい」


 そう言われてしまっては、僕としては返せる言葉は何もない。僕は言いたいこと、訊きたいことを一先ず押し殺して、その場で正座をして、ゼニアグラスの声に耳を傾けた。


 「まず、アンタをここに呼び出したのは原因は、私が作り、私が統治する世界、ファンルシオンが今、危機的状況に陥っているから」

「危機的状況?」

「もともとこのファンルシオンには、様々な種族の生物が住んでいるの。大きく分けて、アンタ達みたいな『人類』、私達の様な『神族』、そしてこんな感じの『魔種』」


 ゼニアグラスはいつの間にか持っていたのか、僕の部屋にあったテンタちゃんフィギュアの触手の部分に隠そうともせずに嫌そうな顔をして指を指した。って、そんなことよりも!!


 「あー!! 困る!! 困ります!! あんまり頑丈じゃないからそんな風に乱暴に持たないで!!」

「人が喋ってんの!! 静かにしてなさい!!」

「わかりました!! 静かにしてますからテンタちゃんは!! テンタちゃんは何卒!!!!」

「あーもうわかったわよ五月蝿いわね!! じゃあアンタが持ってなさい!! はい!!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」


 宙に放り投げられたテンタちゃんフィギュアに、僕は自分の身など顧みずに飛びついた。どこかのアニメやらドラマやらで観たワンシーンのようにスローモーションで動いていく景色。


 そして、僕の伸ばした両手の中にテンタちゃんフィギュアは奇跡的にすっぽりと収まり、安堵を得たと同時に僕は地面、なのかどうかはわからない、に勢い良く突っ込んだ。


 「ぐぅぅ……痛いよぉ……」


 痛みに半べそをかく僕。しかし手の中でフィギュアとしてありのままの姿を保ち笑顔を浮かべていたテンタちゃんを見て、充足を得ないことがあろうか? 少なくとも、今僕は生まれてこの方片手で数えるほどしか無い僕自身のファインプレーに惜しみない賛辞を送っていた。


 「えへへへ……テンタちゃん……守り切ったからね……」

「何か本気で不安になってきたわ……」


 僕が表情筋を緩めている一方、ゼニアグラスは僕を不安要素としてしか取れないらしく、苦々しく眉根を顰めていた。勝手に呼び出しておいて随分な言い草だが、正論であることには違いないので、僕はただ唸ることしか出来なかった。


 「まぁいいわ。続けるわよ。それで、人類と神族と魔種、それぞれには当然特徴があって、それぞれの個体数がバランスよく成り立っていることでこの世界の秩序は保たれてきたの。でも――」


 ゼニアグラスの表情に影が差す。そして、重苦しく、その先を告げた。


 「そのバランスが崩れ始めてる。『見た目上は全く崩れちゃ居ないのに』ね。観測できている魔種の数は別に増えたわけじゃあない。でも、私達神族が『感知』できている魔種の数は増えているの。でも、何が起こっているのかも、その原因についても、一切不明よ」

「原因がわからない?」

「そう。私達神族という世界の観察者がいる以上、何より世界そのものと言っても過言じゃない私が居る以上、世界で起こることあらゆることについては『知る』ことができるはず。なのに、分からないの」

「それは……」

「えぇ。異常事態。私達の力が衰えたという可能性も考慮したわ。けれど、それは違った。神族の力に変化は無かった。だから、私達は一つの仮定に辿り着いた」


 一呼吸置いて、静かに心という炉に怒りの炎を焚べながら、僕を見て、けれど僕じゃない誰かを睨みつける。


 「私達の知らないところで、この世界をどうにかしようとしてる奴が居る」


 壁があれば間違いなく殴りつけていたと思ってしまうほどの怒気を孕んだ声で唸り、握りこぶしに力を込めるゼニアグラス。


 「けれど、そこに対してまた問題が生じた。私達神族は、おいそれと活動ができない。神族が動くっていうのは、同時に世界の監視の眼が抜け落ちる事を意味する。私達の眼を掻い潜るような輩だもの。それはあまりに危険過ぎる。それに、いくら神族が力があるといっても、殺す方法が無いわけじゃない。実際に行動するには、わからないことが多すぎてリスクが高すぎる。実際に行動を起こす役目を持っている下級神族の『天使』達も一部調査に向かわせたけれど、これもまた消息不明。これ以上は二の鉄を踏む可能性が高いと判断されたから、天使たちを送り込むわけにもいかなくなった。私達の種の特徴は、生命力が高い代わりに数が少ない事だからね。なら、残るは人類に調べてもらうしか無いんだけど、ここで登場するのが『英雄候補』。つまり、今のアンタみたいな人間よ」

「英雄……候補?」

「そ。その名の通り、この世界を救ってくれそうな素質を持った人間ね。普通ならこの世界でそういった素質に気付いてない人間に声を掛けて問題を解決してもらうってのが通例なんだけど……」

「そ、それならどうして僕なんかを……! 僕はそもそもこの世界の人間なんかじゃないし、それに素質なんか持ってないし……」


 混迷極まった僕を、ゼニアグラスは指だけで制すると、苛立たしげに僕の言葉を遮った。


 「話は最後まで聞きなさいっての!! いい? アンタを英雄候補として指名した理由は三つ。一つはそのまま、アンタが異世界の人間だからよ。アンタ、例えば密室で殺人事件が起こって、生き延びなきゃならないって時に誰が犯人かもわからない状況で守ってくれ、なんて頼める?」

「あ……」

「つまりそういうこと。アンタはこの世界とは全くの無関係。だからこそ、アンタは潔白だって、アンタの存在そのものが証明できる。それが一つ目。次に二つ目、アンタは自分に『素質がない』って言ったけど、それ、根拠は?」

「いや……だって僕は……なんの取り柄もないから……」


 そう、僕には何の取り柄もない。今まで生きてきた中で、そんなことは僕が一番良く分かっている。だというのに、ゼニアグラスはまた深い溜息を吐いて、僕をビシっと指差した。


 「いい? 世の中にはね、本当に何の取り柄もない人間なんて居ないのよ。アンタは特殊なの。アンタの素質は、確かにアンタの世界じゃ絶対に光らない。だから『勘違い』。アンタにだって、ちゃんとあるのよ。才能ってやつが」

「そ、それってどんな……」

「はーいめんどくさいから三つ目!!」


 いちいち突っかかってくるなと、ギロリとゼニアグラスに睨まれて萎縮してしまう。何というか、見た目小学生くらいの女の子に睨まれるだけで縮こまるとか情けないことこの上ないとか言われそうだけれども、神様というだけあって有無を言わせぬ迫力というものがあるのだ。この圧に耐えられるほど、僕の心臓は硬くない。


 「三つ目は、まぁ単に信用問題っていうか保険的な問題。つまりは裏切られるかどうかって話ね。その点で言えばアンタは優秀よ。なんせ、絶対裏切れないだろうし、何より裏切ったところでどうとでも出来そうな感じだし」


 見てたからわかるわと、にこっ、と浮かぶ笑顔は天使のそれだったが、明らかに悪意がたっぷりと、というか小馬鹿にしたような笑顔なので、それに和まされるということは無かった。


 加えて、この世のものとは思えないほど美しい笑顔に、僕は恐怖さえ覚えていたのかもしれない。さしずめ、獅子に睨まれたネズミ状態だった。


 「ちょ、ちょっと待って下さいよ!! それにしたって僕はヘタレだし、運動神経だってゼロだし、頭だってよくありませんよ!? 家だってそりゃあエリートな血筋ではありますけど、勇者の血統とかじゃ無いですしそれに仮にそうだったとしても僕は落ちこぼれですから!! 強くなんてありませんから!!」

「ちゃんと話聞いてたぁ? 別に強いだけが条件じゃない。寧ろ、異世界にまで眼を向けて重要視されるのは強さじゃない。ただ強いだけでいいなら、どうにかしてこの世界のお化け人類達を言いくるめればいいだけよ」

「いや、お化け人類って……それじゃあなんで……僕、なんですか?」


 それだけはどうしてもわからない。どうして僕なのか。何を以って僕を選んだのか。扱いやすそうだから? 僕が世界の危機の犯人では絶対に無いから? 違う。それだけなら、もっと他にも居たはずだ。僕の世界に、それらの条件を満たしながら僕以上に素質のありそうな人材が。なのに何故――――。


 そんな疑問に、ゼニアグラスはさも当然のように、胸を張りながら答えた。



 「決まってるじゃない。アタシが、アンタを選んだの。アンタの世界じゃ、アンタが一番可能性があるって、そう思ったから連れてきた。それだけよ」



 だから、そう言い返された時、僕は全く理解が追い付かなかった。


 僕になら、どうにかできると、彼女はそう言ったのか?


 「寧ろ、アンタ以外には難しいんじゃないかって思ってるくらいよ。あんまり力が使えない今の私が、わざわざ呼び寄せたってことの意味、分からない?」

「そんなの……初耳だよ……それに、僕なんかが行ったって……何もできっこないよ……」

「あーもうホンット面倒くさいわねアンタ!! じゃあいいわ、言い換えてあげる!!」


 ゼニアグラスは指を二本立てると、ずい、と僕の前まで突き出してきてまくし立てた。


 「自分が何も出来ないっていう自分を信じて元の世界に戻って、また死んだみたいに生きていくか!! それとも私を信じて誰かの力になれる自分を探してみるか!! 二つに一つよ!!」


 前者の意見は、ぐうの音も出ないほどの正論だった。あの世界での僕は生きた死人、何の役にも立たない愚図、なれて精々がサンドバッグ。人の利になんてなれやしない、生きる意味もない無能。


 「……僕が帰るって言ったら?」

「そうね。無理強いをする趣味はないわ。記憶を消して、罪の自覚もなく世界を一つ潰して、死人として生き、そして死ぬだけ。アンタが自覚してる通り、無意味な人生を送るだけよ」


 でも、僕のせいで多くの人に迷惑が掛かる。大勢が、死ぬかもしれない……?


 「随分、わかったような口を利くんだね」

「私は神よ? アンタみたいな人間の末路くらい、飽きるほど見てきた。確かに私もあんまり無責任なことは言えないからハッキリ言っておく。こっちの世界に来たからって、何かが得られる保証はない。それどころか、何も得られずに死ぬかもしれない。けれど、少なくとも今よりは、可能性を手に入れられる可能性はあるはずよ」


 こんな僕でも、何かを手に入れられる――――?


 

 「聞かせてよ。アンタは、生きるってどんなことか、知りたくない?」


 ――――――――。



 俯いたまま、僕は押し黙ったままでいた。そんな僕を見たゼニアグラスは、やっぱりダメかと言うように、か細く溜息を吐いて、僕に手を翳し、その手に光が灯っていく。


 「一つだけ……」

「え?」


 僕が言葉を発すると思わなかったらしく、ゼニアグラスは眼を丸くする。だが、そんなことを知るだけの心の余裕もなく、僕はなけなしの勇気を込めて、唇と膝の震えを振り払って、ゼニアグラスを正面切って見据えた。


 「その……着替えさせて欲しい……寝間着のままっていうのはちょっと……」


 そんな僕の申し出に、きょとんとした表情のまま暫く呆ける。やがてゼニアグラスは力強く満足そうに笑顔を浮かべて両の手を広げた。


 「ようこそ真月介斗。我らが世界ファンルシオンへ。アンタの門出を祝福するわ」


 はためく翼に、舞う数多の羽根。どこかで聞こえる気がする鐘の音が、僕に旅の始まりを告げた――――。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「ふぅ……」


 介斗への転移魔法を無事済ませたゼニアグラスが、短く吐息を吐き出し、何処へともなく視線を向けた。それはまるで我が子の身を案じる母親の向ける、慈愛の眼のようにも見られた。


 「頼んだわよ……」

「一体何を頼むのですか?」

「いっ!?」


 不意に背後から掛けられた声に、ゼニアグラスは頓狂な声を上げて飛び退った。見ればそこには彼女と同じ翼を四枚従えた長身長髪の男が立っていた。


 「なぁんだベッケルトじゃない……ビックリさせないでよね」

「なんだ、ではありません我らが主神よ。貴女は今、一体何をなさったのですか?」


 ベッケルトと呼ばれた男は表情には出さないものの口調に僅かばかりの怒気を含ませてゼニアグラスに詰問する。だが、そんなベッケルトに別段興味もないといった様子で、再び同じ方向に視線を投げた。


 「何をって、ファンルシオンを救うための一手を投じただけだけど? 何か問題?」

「手段を講じていただいたことに関しては問題などあろうはずがございません。ただ講じた手段が問題なのです。よりにもよって異世界の住人など……」

「何よ? それしか無かったんだからしょうがないでしょう? 監視役の元締めだからってあんまりカリカリしないでよね」

「それもあります。ですがそんなことよりも異世界からの召喚に転移など、加えて加護までお授けになって……」

「何よ? 何か文句でもあるわけ? アイツは向こうに行っても必ず苦労する。だったら少しくらいは手を貸してやったっていいじゃない?」

「理屈になっておりませんよ……。今後はお控えください」

「はいはい。さて」


 ゼニアグラスは意識を集中する。その視線の先に映っているのは、果たして何なのか。


 「どのような人選を?」

「さぁ? 吉と出るか凶と出るか。『神のみぞ知る』ってところかしら?」


 冗談めかして嘯くゼニアグラスに倣うように、ベッケルトもまた彼女の視線を追いかける。彼女の、信じるような視線を追って。その先で――――。


 「おや? あれは」


 言って、ベッケルトが何かに気付き、それを拾ってまじまじと見つめる。ゼニアグラスも、それが何なのか確かめるべく、彼の側へ寄り、そして気付いた。


 「あ」


 それは紛れも無く、彼が持っていた『触手』の生えている私物で――――。


 「おや」


 パチンと指を鳴らして、触手の生えたもの、テンタちゃんフィギュアをその場から消した。わざとらしく驚いたように、ベッケルトはゼニアグラスを見やった。


 「どうされたのですかな?」

「どうしたもこうしたも無いわよ!! 忘れ物してったみたいだから、元あった場所に戻してやっただけよ!!」


 見るのも嫌だと、ゼニアグラスはそれだけ言ってずかずかと何処かへと歩み去っていった。


読んでいただき、ありがとうございます!!

今日中に一章分投稿しきれるかな……。

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