第26話 神様をお見送り
あれ?ブクマ増えてね??
ありがとうございます!!ありがとうございます!!ありがとうご(ry
とっぷりと夜の帳が下りきり、町の喧騒も鳴りを潜め、街の灯りもほとんどが消えていた。そのせいか、先程は見えなかった星まで見えるようになり、漆の上に白砂をまぶしたような、壮麗な星空が国を覆っていた。
僕はその光景に見惚れながら、隣をご機嫌そうに軽やかに歩くニアに注意を促す。
「ニア、あんまり変な歩き方してると危ないよ」
「何よ? アンタまさかアタシがこんな何も無いところで転ぶとでも思ってんひゃぷ!?」
「ほーら。だから言ったじゃないか」
「うぅ~~~~!! うっさい!!」
注意した側から、恐らく大きめな小石か何かがあったのだろう。それを盛大に踏み抜いたニアがバランスを崩し、すぐ隣りにいた僕の腰にしなだれかかるように転びかける。
正直危なっかしいことこの上ないので、ニアの手を握っていようと左手を差し出す。すると意外なことに、口惜しそうではあったが、割りとすんなりと僕の手を取り、顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。同時に、軽いスキップのような歩き方から、普通の落ち着いた歩き方に変わったので、ニアも僕に変に負担を掛けまいとしてくれているようだった。
さて、僕は今何をしているかというと、ニアの見送りをしているところだった。
ニアには全統神であるが故に、ファンルシオンのありとあらゆる場所に瞬時に転移するアビリティを保有している。そんな彼女であれば、見送りをするどころか、宿から一歩も出る必要は無かったのではないかと考えるのが普通で、僕も最初は尋ねたのだが。『風情が無いわよ非モテニート!!』と一蹴された次第である。
「そういえば、ニア。ここに来ちゃってるけどいいの?」
「? 何がよ?」
「いやだって……ニアは神様……神族の一人で、世界を監視してなきゃいけないんじゃないの? 監視してないと危ないとだって言ってたし」
「あーそれね。飽きたの。退屈だったからこっちに来たの。それだけ」
疑うわけではないが、大丈夫だろうかこの神様。僕は今、世界で一番職務放棄しちゃいけない人の職務放棄を見ている気がする。
しかし、引き気味の僕の内心を見透かしたように、面倒くさそうに手を振って答えた。
「大丈夫よ。アタシは全統神よ? この世界はアタシそのものって言い換えてもいい。ま、人間で言えば病原菌を勝手に見つけて殺してくれる機能の無い欠陥品だけどね。だから、この世界で起きてる事は、アタシが『眠ってる』時以外は大体分かってる。誰がどこに居るとか、どの奴隷がどの金持ちに買われたとか、どの国で虐殺が起こってるとか、そんなことまでね。あぁ安心しなさい。別に今そんな物騒なことが起こってるわけじゃないわ。そういうことも見えるってだけ」
「あ、あはは。それじゃあトイレの時とかも見えちゃったりするの?」
僕のあまりにも馬鹿な質問に、ニアはかぁっと頬を染めて吠え立てる。
「ばっ、バッカじゃないの!? いい!? アンタみたいなバカにもわかりやすく言ってあげるからよく聞きなさい!! アタシが監視できてる世界っていうのは、一枚の巨大な動く『絵』なの!! 災害だったり、戦争だったり、大きな動きって形で何処か『注目できる場所』を感知するには最適だけど、人の内面とかまでは分からないし、意識しなけりゃ大雑把にしかわからないの!! だから人がトイ……用を足してるところなんて『見えてるけど見えてない』って状態なの!! つまり見えてないの!! わかる!! てかわかれ!! わからないとぶつわよ!!」
「わ、わかりました……。当方、ふかぁ~く理解しました……」
「ふんっ!! 分かればいいのよ!!」
ぷい、とむくれながらそっぽを向くニアだが、しかし手は離さないでくれている。ニアが本気で怒っているわけではないということに安堵しながら、それでも意識されちゃったら見られちゃうんだよなぁ、なんてことを意識してしまう僕だった。
そのまま暫く無言で歩いていると、夜風が薄く僕らを撫でていく。昼は温かいのだが、夜は流石に薄着でいるにはまだ寒い。薄着でいれば風邪を引いてしまうかもしれない。
神様が風邪をひくなどシュール極まりない光景だが、一応念のため、薄着に過ぎるニアに、僕はユーリさんの服が破れてしまったので、ファンルシオンに来た時に着ていた自分のパーカーを彼女に貸している。
ニアと僕とで頭二つか三つ分程の背丈の違いがあるので、かなりだぼだぼ、袖が長すぎて腕は隠れきってしまっているし、本来は腰辺りまでしか伸びていない筈の裾は、ニアのふくらはぎ辺りまで覆っている。
しかし、その感触が新鮮なのか、ニアは袖をぶんぶん振ったり、裾を掴んではためかせたり、不思議そうにファスナーを上下させて、ご満悦な笑みを咲かせていた。
「気に入った? それ」
「ま、まぁまぁいいんじゃない? 生地がちょっと粗いけど、これはこれでくすぐったくて気持ちいいし、アタシの服以外の服なんてそもそも着たこと無いし。でも、これって何のために付いてるの? 装飾品?」
言って、小さくファスナーを掴んで上下させてみせる。僕は「これはね」と言いながら彼女の前に回り、留め具を引っ掛け、ジー、と上に引っ張り、パーカーの前面を閉じさせた。
「これはね、こうやって使うんだ」
「すごい!! 便利ね!!」
そう言って、ニアは興奮気味に笑顔を更に輝かせて、至近距離で僕と目が合う。僕が笑顔で「でしょ?」なんていう頃には、何故かニアは顔を赤らめさせ、額に汗をかいていた。
「どうしへぶっ!」
どうしたの、と言い終える前に、ニアの「近い!」という叫びとともに放たれた両張り手が、僕に突き刺さる。僕はゆっくり立ち上がって、軽くニアに謝罪した。
「いつつ……。ごめんって、気付かなかったんだよ」
「いい!? 私は高貴な存在なの!! 私が許可しない限りは、私のすぐ近くに来ることなんて許さないわよ!!」
「はいはい、ゼニアグラス様」
「気安く呼ぶなっつってんでしょうが!! そう呼んでいいのは私のかわいい敬虔な信徒たちと私を崇める者達だけよ!!」
「はいはいニア様。それじゃあ、もう一度近づいてもよろしいでしょうか?」
「~~~~~!! もう粗相はしないっていうんならね……!!」
そう言いながらも、ニアは自分から近付いてきて僕の手を無理やり取り、更に歩を進めていく。やがてその足取りが穏やかなものになってくると、僕もニアの隣に並び立つことが出来るようになり、ニアはファスナーで閉じられたパーカーに目を下ろして、にこやかに「あったかい」と呟いていた。
「ここまででいいわ!! 見送りご苦労様、ゴボウニート!!」
ニアを正門前まで送り届けると、やや不機嫌そうにニアは言った。それは恐らく、僕の手の中にあるパーカーが原因だろう。
元々、ニアとは正門前まで送り届けるという約束だった。なので、目的地に着いた今、流石にパーカーを返してもらった。別に貸してもいいといえばいいのだが、自分の持ち物の所在が掴めないというのは若干の抵抗がある。
どうにかニアを説得してお目当ての物は返してもらえたものの、結果はご覧の有様だ。我儘全統神様は全身でぷりぷりとした怒りを露わにしていらっしゃられる。
「……また貸してあげるから」
「む……、それならいいわ。アンタが『ぱぁかぁ』を持つことを許可したげる!」
ビシ、とその白く細い指で僕を指差すニア。元々、僕のものだし、所有権は僕にあるはずなんだけどなぁ……、これ……。
「んじゃ私帰るから! 約束、忘れんじゃ無いわよ!!」
それだけ言って、踵を返そうとするニア。しかし、僕は慌てて彼女の動きを静止した。一つだけ、聞いておきたいことがあったから。
「あ、待って、ニア!」
「わっとっと! な、何よ! いきなり声掛けんじゃないわよ!!」
「ご、ごめん……。あのさ、この世界の魔力属性って、火、水、風、土、天の五属性だよね?」
「はぁ? そうよ。でもってアンタみたいなミジンコのフンみたいな魔力しか持たないゴボウ人間でも魔力に属性は必ず宿るわ」
ユーリさんの授業で習った通りだ。生命に宿る魔力は、五種類の属性のうち、原則必ず一つは有することになる。属性、と言うよりは、適正とも言い換えられる。火属性を有するならば、火属性の魔法が得意、などといった具合で。
僕の魔力属性は『火』だった。別に珍しい属性でも何でも無く、寧ろこの世界で一番多くの人が宿している属性だとかなんとか。まぁでも、今は僕の話はどうでもいいんだ。問題なのはクルス、右腕で眠る彼の事だ。
「それじゃあ、ニア。『無』属性って、聞いたことある?」
僕が確認したかったのは、メリゼさんが『鑑定』で見破る事ができなかったアビリティの一つ。名称は、『魔力属性:無』というなんとも簡素なもの。ランクはSSと、極めて高ランクだったが、この場では伏せておこう。他二つのアビリティの名称もランクも実は分かっているのだが、この場では敢えて伏せておきたかった。直感的な判断なので、それが正しい判断なのかどうなのかは分からないが。少なくとも今言ったところでデメリットにはならないだろうと予測したうえでの判断だ。
そして、メリゼさんが『鑑定』できなかったということと、この世界に存在しない属性をクルスが保有しているかもしれないということ。それに対して胸騒ぎのようなものを感じ取り、僕はニアに訊ねてみることにしたというわけだ。
僕は答えを待った。そして、しばしの沈黙の後、表情一つ変えずにニアが言い放った言葉は――――。
「…………さぁ?」
たったの一言だけ、興味が無さそう、お前何言ってんだと言うかのように簡潔すぎる言葉で済まされてしまった。
「さぁって……煮え切らない答えだね……」
「まっ、どっちにしたって答え合わせはもうちょっと先にしときなさい。それが何であれ、自分で正解に至ったほうが、他人から答えをもらうより納得の行く答えに辿り着けるものなんだから」
「それも……そうなんだろうね」
珍しく、と言っては失礼だが、ニアからなんとも含蓄のある言葉を賜る。流石は全統神。伊達にこの世界の最も偉大な神を名乗っているわけではないのだと、改めて感心させられる。上手く丸め込まれただけのようにも思えたが、そうは考えないようにしよう。短絡思考はポジティブさに繋がる。
僕は妙に張っていた肩の力を抜き、気負わずニアに向き直った。
「……わかった。もう少し自分たちで調べてみるね」
「そうしなさい。じゃ、私は行くから」
そう言って、今度こそニアは踵を返す。夜風に撫でられ、碧銀の髪がふわりと踊る。
「またね、ニア」
「――――はいはい」
その途中、僕の別れの言葉が意外だったのか、一瞬だけ驚いたような顔を見せた彼女は、すぐに呆れた笑顔を見せて、次の瞬間には、彼女ははじめからそこにいなかったかのように、ニアの姿は掻き消えていた。
それを見送り、冷たい夜風に撫でられた僕は、予想よりも遥かに冷たい冷気に身を震わせて、パーカーを羽織る。
仄かに香った、桃のような甘いニアの残り香に、少しばかりドキッ、としてしまったのはここだけの話だ。僕も、まだ白黒の服を着て屈強なお兄さん方のお世話にはなりたくない。
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「珍しくに機嫌がよろしいようでございますな」
霧が立ち込めたような、殺風景で面白みのない場所。自分の家たる天界に戻ってきたゼニアグラスは、忠臣、ベッケルトに突つくような言葉に、自分が帰還した事を確認した。
「そう? そうかもね。なんせ変なやつだし。アイツ」
アイツとは、無論天界でも現在注目の対象である、今回の『英雄候補』、カイトのことである。その名前を思い浮かべて、ようやく自分の綻んでいることに気付き、見た目からは想像もつかないほど、凛然とした表情へ一瞬にして引き締めた。
「ま、いっか。ベッケルト、私はしばらく『奥』に篭るから。その間、天界の諸々のこと、お願いね」
「御心のままに」
ベッケルトと呼ばれた男は恭しく膝をつき、仕えるべき主に対し絶対の忠誠で応える。それが分かっているからこそ、全統神であるゼニアグラスは、ベッケルトに『任せる』と言っているのだ。揺るがぬ敬意と信頼。ここには主従関係において理想の一つとも言えるものが揃っていた。
彼の忠誠に満足そうに口端を緩めて、礼を続ける彼を背に、つかつかと天界の床を叩いていく。その表情は苦々しく、苛立ちに隠れた焦りをゼニアグラスは感じ取っていた。
「何よ……『無』属性の魔力なんて、聞いたこともない……」
言って、ゼニアグラスは開かれていた重厚な扉の向こうに広がる闇の中へ消える。その姿を確認したベッケルトは、ゆっくりと立ち上がると主がやってきた方角へと目を向けた。
「真月介斗……か」
その瞳には、別段何の感情も抱いていなかった。彼にとって、カイトは蟻のような存在で、それに掛ける感情など無い。あるのはただひとつの、意識のみ。
「君は、やはり危険過ぎる」
それだけ呟き、ベッケルトもまたその場を辞した。その言葉に秘められた真意を知るのは、未だ彼自身のみ。
ゼニアグラスの忠臣として、また彼女を守る最後の盾を自負する者として、ベッケルトもまた自身に課せられた使命を果たすべく、静かに動き出すのであった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!!
あれれー?おかしいぞー?手持ちの一章二十万字位なんだけどなー?
まだ結構あるぞー?
……。
すみません……もうちょっと続きます……。
切り方次第じゃ40話で済むかわかんねぇな……(小声)