第25話 ファズグラン一賑やかな夜
ちょっとしたギャグ回です!
ギンミーモーアパゥワー……(もっとギャグ力を……)
何故か題名考えるのに時間が掛かってしまった……。
「ユーリさぁん……そろそろ機嫌直してくださいよぉ~……」
ようやく、ユーリさんは落ち着いてくれた。くれたのだが、一向に僕の首に抱きついたまま、身体の上からどこうとはしてくれなかった。
加えて、時折目が合うと不満そうにこちらをしばらく睨みつけて、ふんっ、とそっぽを向いてしまうのだ。それを数度繰り返して、僕の声もいい加減情けないものになってきた。
「ふん、これは罰だ。それに、これはただ単にキミの言葉の責任をとってもらっているに過ぎないのだが?」
「僕の言葉?」
「あぁ、キミは言ったぞ。『泣いていい』と。だから私はキミの前で泣き、それによって私は大変な恥辱に塗れている。これはキミが責任を負うべきことではないのかな?」
「そんな横暴なぁ……」
そんなやり取りを続けていると、ユーリさんは何が可笑しかったのか、くすっ、と笑みを漏らして、そのまま僕の方を向いた。どこかあどけない、気取らない笑顔、とでも言えばしっくり来るだろうか。その笑顔を愛らしいと意識してしまった僕は、不意にトクン、と鼓動が高まってしまう。
「その通り、女というものは己の恥を晒すことを何よりも嫌い、そして恥を晒した相手には容赦はしない。横暴なんだよ。無論私もな。だから、私はこれ以上恥を重ねるわけにはいかない。とは言え、キミが良いと言ってくれた以上、今後も私にも泣きたい時くらい出来るかもしれん。さて、困ったな? こういう場合はどうすればいいのだろうな? カイトくん」
ん? と促すように首を捻りながら、僕の名前をわざわざ少し間を取って呼ぶ辺り、ユーリさんは僕に言わせたいのだろう。多分、女の意地とか、さっき言ってた恥とかの部分に関することなんだろうが。だから僕は、ため息混じりに、その望みを叶えてあげようと、少しだけ疲弊した声で言った。
「はぁ……。わかりました。泣きたくなったらこのカイトまでご一報ください。いつでもどこでも貴女が泣ける胸をご提供致します」
「ふふ、よろしい」
「別途クリーニング代を請求させていただきますので、予めご了承ください」
「クリーニング?」
「……鼻水、とか? あいだっ!」
調子に乗って軽口なんて叩いていると、ユーリさんの手刀が僕の脳天を襲った。ユーリさんはというとやや恥ずかしそうにしながらまたそっぽを向いてしまっていた。しかし、腕はまだ離してはくれない。
「キミは時々デリカシーというものが無くなるな。これはまた調教する必要があるかな?」
「ごめんなさい。以後気を付けます……」
正直な話、調教という名の地獄のユーリさん式扱きは個人的に某国海兵隊と互角かそれ以上だと思っているので、できればこれ以上は願い下げしたいところだ。これ以上ユーリさんの機嫌を損ねれば実現しかねないので、僕は素直に謝ることにした。
そして、そんなことをしていると、ふと何かを忘れているような気がする事に気付く。そして、その何かを思い出そうと、『右腕』のある方へ頭を回し、偶然にもユーリさんともタイミングが合った。そして、その先には――――。
「じーーーーーーーー」
まじまじと僕らを観察する、クルスの姿があった。
「わひゃああああああああああああ!?」
「あぶっ!! おぶっ!!」
ユーリさんが慌てて飛び起き、その反動で下にいた僕は予想外のダメージを負うことになってしまった。顔を真赤に染め上げたユーリさんが、大きく後退って洗い呼吸を整える。
クルスはその様を一通り観察し終えると、今度は僕の方をじぃ、と見つめてきた。
「あ、ごめんクルス……。忘れてたわけじゃあ無いんだけど……」
「……どーだったよ?」
「はい?」
てっきり放置されて怒っているのかと思っていたが、クルスは寧ろ興味津々と言った様子で僕にそんなことを訊いてきた。けれど、僕もあまり察しのいい方ではない。主語やら目的語やらが欠落した、短絡的な一言だけで、全てを推し量るだけの能力を、僕は持ち合わせていなかった。
「だからよ、おっぱいよ。おっぱい」
「は?」
「いんや、あんだけくっついてりゃ当たってたろ?」
「あ、あー……」
「どだった?」
「…………良かった」
「うらやま」
「キミらは一体何を話してるかこの破廉恥共があああああああああ!!!!」
「あいたっ」
「いだぁっ!?」
僕らのやり取りに女性として何か危機的なものを感じ取ったのか、防衛本能に従うままに声を荒げてその辺に転がってちゃいけないレベルの超分厚い本と鞘に収まったナイフを僕とクルスに投げつけた。
クルスは本当に痛がってるかどうかわからないような声を上げて、僕はモロに側頭部に受けたので、当然ながら鈍く思い痛みがこめかみを支配している状態だ。
僕は頭を抑え、クルスは投げつけられたナイフを興味深そうに弄くり回し、観察していた。
「全く……キミ達は本当に読めないな……」
ユーリさんはようやく自分がどのような格好をしているのかを認識すると、胸元を手で抑えながら自分のコートを羽織り直した。そして、ようやく頭を上げられるまでに回復した僕は、目の前でクルスが鞘からナイフを抜き出し、更にいじくり回しているのを見て驚愕した。
「な、何やってるのクルス!? 危ないよ!!」
「いやぁ……珍しいからつい。それにオレ様も切られたら血とか出んのかなぁって」
「そりゃ出るでしょ生き物何だか」
ザクゥ!!
「んぉぉおおおおおお!!!! 出てる!! なんか透明なの出てるのぉぉおおおおお!!!!」
「出るっつってんでしょぉがあああああああああああ!!!!」
注意を逸らしたクルスがナイフの扱いを誤り、割りとえげつない深さまでナイフが突き刺さる。そこから、透明色の体液が噴水の如く吹き出し、僕もクルスも訳の分からないテンションの大声を上げた。
僕らがギャーギャーと騒ぎ立てている中、一人安全な位置にいたユーリさんは、深い深い溜息を吐きながら、多大な心的披露を纏わせた一言を呟いた。
「キミ達は読めないな……。本当に」
クルスが僕の右腕に住み着いて一日目。前途は多難であると、この時ユーリさんは予感したという。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
現在、僕らは正座をさせられていた。あまりに騒がしくしたために、メリゼさんの逆鱗をグリグリと撫でくりまわしてしまったらしい。その為、今日は早めに酒場の方を閉めて、僕らの元へとお説教にやってきたというわけだ。
僕とクルスの頭(?)には野球ボール大のたんこぶができ、僕もクルスも等しくしょんぼりしながら涙を浮かべている。
しかし、ギャグパートとは言え、打撃無効、かどうかはさておき、効果の薄そうなクルスに対してこれほど大きなこぶを作るとは。もしかしたら、この街で一番怒らせてはいけないのはメリゼさんなのでは?
「そこ、お説教の最中にギャグパートとか訳の分からないことを言わない」
「あまりに的確に心を読むのを止めて頂きたいとここに進言させていただきます、マム」
僕が思っていたことをドンピシャで言い当てられ、その読心術の精度に僕はこれ以降メリゼさんの前で下手なことは考えられないなと、警戒を強めることとなってしまった。
「まったく、唯でさえ忙しいんですから余計な手間を取らせないでください。いいですか? これ以上騒いだら承知しませんよ? 私は明日も魔種の襲撃があると考えて備えさせていただきますので、失礼しますね」
「あ、ま、待ってくださいメリゼさん!!」
そう言ってその場を辞そうとするメリゼさんを、僕は慌てて引き止める。メリゼさんは訝るように僕を見下ろすと、まだお仕置きされたいんですかと鋭い視線で僕を射抜いた。
「あの、多分なんですけど……明日は襲撃は無いと思います」
「はぁ? 何を言ってるんですか?」
「あぁ、いえ、ごめんなさい。少し言い過ぎました。襲撃はあるかもしれません。ただ、少なくとも今日よりはずっと軽くなるはずです」
僕の言葉を、意味がわからないとメリゼさんは首をかしげる反応だけを示して、再びその場に腰を下ろした。
「どういうことか説明して貰えますね?」
僕は一瞬ユーリさんの方を見やり、ユーリさんが深く頷いたのを見届けると、僕もそれに頷き返す。
「はい。ただ、確かめたいこともあるので、僕と、クルスの『鑑定』をお願いしてもいいですか?」
「は、はぁ? クルスさんの、ですか?」
メリゼさんは嫌悪ではなく、戸惑ったような眼でクルスを見る。クルスはメリゼさんと目が合うと、ぱちくりとまばたきをし、ピースのサインを送った。メリゼさんはあまり上手とは言えないぎこちない笑顔で返すのが精一杯であるようだった。
「ま、魔種の『鑑定』なんて前代未聞です。上手くいくかなんて、わかりませんよ……?」
「構いません。ダメ元、と言いますか、本当に確認の意味が強いので」
「? はぁ……」
納得は行かない様子だが、なんやかんやあって一先ず僕の鑑定から始めてくれるメリゼさん。すると用意した羊皮紙が青白く輝きだし、段々と文字が浮かび上がってくる。すると――――。
「えっ!?」
「これはまた……」
「……」
そこには、次のような表記が成されていた。
レベル上限は依然として十であり、現在のレベルは最大値である十。筋力、耐久、魔力、知力などの能力はステージIIのランクD、敏捷のみステージⅡのランクCと、相変わらず冒険者的な平均値を大きく下回る貧弱なステータスだが、それでも平均的な僕の年齢の男子のステータスには届くかどうかという程度にステータスが上昇している。しかし、そんな事はさておき、二人が声を失うほど驚愕したのは、その下の欄、スキルが表示されている欄だ。
眼を覆いたくなるようなバッドアビリティの数々と、やたらと高い『睡眠適正』には眼を瞑るとして、二つのアビリティが読めるように表記されており、もう二つは何も書かれていなかった。内、読めるようになっているアビリティには、次のように書かれていた。
『異種疎通:SSS』『魔種親和性:SSS』
『異種疎通』。これが恐らく僕が魔種と会話できるようにしてくれていたアビリティだったのだろう。こんな僕にも才能が眠っていたことにも驚きだが、今回はこのアビリティにとても世話になったのだ。感謝するより他にないだろう。
その次の『魔種親和性』については、よくは分からないが、一体どんなものなのだろうか。しかし、二人が息を飲んでいたのは、僕とはまた少し違うポイントについてのようだった。
「何ですかこれ……見たこともないアビリティばかりです……」
「見たところ、魔種関連のようだな……。確かに、こんなアビリティを持った人類は前代未聞だ……。しかも、予想はできていたとはいえ、まさか本当にSSSランクとは……」
「あ、あのー……?」
神妙な空気を醸し出す二人に置いてけぼりにされつつある僕は、置いて行かないでと自信なさげに声を上げた。
「あぁ、済まない。いや、予想はしていたんだが、ゼニアグラス様に『英雄候補』として選ばれた中でも、キミはかなり特殊な人間だということがわかってね。ただ、どう特殊なのかを説明するのが難しいんだが……」
と、ユーリさんが言葉を詰まらせた、まさにその時だった。何の前触れも無く、先まで誰もいなかったこの部屋のベッドの上から、『五人目』の声が聞こえたのは。
「あら、お困りみたいね?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!?」
「きゃああああああああああああ!?」
「ん?」
「おや、ゼニアグラス様」
僕とメリゼさんは心臓が飛び出るかと思うほど盛大に飛び上がり、クルスは非常にマイペースな反応。ユーリさんは手慣れたように、既ににこやかに挨拶さえしていた。
「久しぶりね、ユーリ」
「お久しぶりです。が、もうこんな時間ですし、二人も驚いてしまっています。お戯れも程々に」
「もー! ベッケルトみたいにお小言言わないで頂戴!!」
二人は意外と言うべきか何というべきか、『神とそれを崇める一市民』と言うよりは『親戚同士のお姉さんとお嬢さん』の間柄のように親しく接している。ちょっと神様フランク過ぎだろとは思ったが、今更なのでそこには敢えて触れないようにしておこう。もっとも、メリゼさんは唐突な神の来訪に恐縮しきっているのか何なのか、完全に固まってしまっていたが。
「ゼニアグラス、何しに来たの……?」
「あらウジ虫ニート、元気そうじゃない。ふーん、ちょっとはマシな顔付きになったわね。ちょっとくらい、すこーしくらいは! 褒めてあげるわ!」
「そ、そりゃあどうも……」
ゼニアグラスはその小さな胸をえっへん! と大きく張りながら、ふんすと鼻息を荒げる。偉ぶりに来たのか褒めてくれに来たのか、はっきりして欲しいと思ってしまったのは内緒だ。
「それで、あんなこと言いながら登場したってことは、僕のアビリティが何なのか教えてくれに来たって解釈でいいんだよね?」
「んー? そうねぇ? 教えてあげてもいいんだけどぉ? 頼み方ってもんがあるわよねぇ?」
なんだろう。ドヤ顔チックにニヤつきながらこちらを見るのをやめて欲しい。最初にこの世界に送られて以降、しばらくぶりに会ったゼニアグラスだが、よもやこんなワガママ幼女的キャラ設定だったとは……。ユーリさんへちらりと視線を送ると、肩を竦めて苦笑しながら合わせてやってくれ、と目で合図されてしまう。なるほど、流石は神。礼節を重んじるユーリさんに子供扱いをさせるとは。
「お願いします。教えて下さい」
僕は深々と頭を下げ、ゼニアグラスに懇願する。しかし、ゼニアグラスは愉快げに更に目を細めただけで、そっぽを向いて調子付いた声でころころと笑った。
「きゃはは! だーめ! もっと誠意を込めてお願いしなさい? アタシほら、神様よ? 神様。信心は……まぁぶっちゃけ飽きたから、もっと私を褒め称える心を寄越しなさい!!」
「今信者さん達が捧げる心を飽きたって言っちゃったよこの神様!?」
出会った頃よりフランク、というより、もはや傍若無人と言っても過言ではない我儘全統神様は、さぁ、さぁ! と僕に褒め言葉を強要してくる。
ユーリさんもやれやれといったように頭を振り、メリゼさんもいつの間にか恐縮の姿勢から頬を引き攣らせていた。失望とも、怒りとも付かない笑顔を張り付かせて、幼女神を見守っていた。
諦めて、彼女を褒め称えようといいところを模索し始める僕。しかし、僕が彼女を褒めちぎるまで終わらないかと思われたその茶番は、思わぬ助け舟によりこれまた意外な終わり方を見せた。
「ほぉーら、とっととこの私を喜ばせなさぁい? ご褒美、欲しくないのかしらぁ?」
「ほー、ご褒美。何くれるんだ? パンツか?」
「……………………ぎゃああああああああああああああ!!!!!!!! 触手ぅうううううううううううううう!!!!????」
ぬっと、ゼニアグラスの死角から現れ、文字通り目と鼻の先まで肉薄したクルスに対し、まるで死んだ親の顔を見たかのような驚きを見せ、彼女は混乱と驚愕と恐慌を同時に引き起こしながらその場にひっくり返ったり、のたうち回ったりして、脱兎のごとく部屋の片隅まで避難してしまった。
「やだぁ!! 触手はいやぁ!! なんでこんなところに居るのよ!? アンタ達は何かしらに寄生してなきゃ生きられないはずで、魔種で、人間にとって駆除の対象でしょうが!? ここ人間の住処よ!? なんで居るのよ!?」
「カイトの腕に世話になることになった。よしなに」
目の生えている極太の触手からにょきりとVの字に先端が別れた触手を生やし、ゼニアグラスに掲げた。
「世話にって……アンタまさか親和性をそんなことのために使ったの!!??」
「え? あ、いや。親和性って……っていうかゼニアグラス、このアビリティのこと分かるの? メリゼさんが見たこともないって言ってたんだけど……」
「はぁ? 当然でしょう!? アタシはこの世界の創造主の一人で、この世界そのものなのよ!? アタシが知らない事なんてあるわけないじゃない!!」
逆ギレしながら、我儘全統神はさも当然のように喚き散らす。他の二人に関しては分からないが、僕からしてみれば初耳だ。正直、羽が生えてる以外は単なる幼女にしか見えない彼女が、神様と聞いていたとはいえ、そこまですごい存在だったとは、眉唾ものだ。
しかし実際、別世界から住人を連れてくるなんて芸当をやってのけるだけあって、力はあるのだろう。そこは、単に僕の認識力不足だったというわけだ。
「それじゃあさ、さっき僕のアビリティのこと、知ってるような口ぶりだったよね? もしかして、最初から僕のアビリティのことは知ってたの?」
「あったりまえでしょ!? じゃなかったらアンタみたいなゴボウニートこっちの世界に引き抜いて来ないわよこのゴボウ!!」
「ゴボウって……あとさ、僕のアビリティに『全統神の知慧』っていうのがあるんだけど、これってゼニアグラスがくれたアビリティってことでいいのかな?」
「そーよ!! 超寛大で超優しい、アティルカン海溝よりもふかぁ~い慈愛を持つこのアタシだからこそ、こっち来て大変そうだな~って思ったアタシが、アンタにアタシの知識をアビリティとして分け与えてやったのよ!? 感謝しなさいよ!!」
「うん、アティルなんちゃらは知らないけど、それについてはとっても感謝してるよ。だけど、それじゃあアビリティ関連の諸々、どうして最初に教えてくれなかったの?」
「ハァ!? アタシがそんなヘマする……わけ……」
次第に、真っ赤になったゼニアグラスの顔に冷や汗が溢れだし、だくだくと大洪水の様に次々と汗粒が流れていくようになる頃、ゼニアグラスは青くなった顔色でジト目を向ける僕から、あからさまに目を逸らす。
「あぁああ、アハハ。それは、そう! アレよ! アビリティを本当の意味で習得するためには、自分の力で自覚することが最も重要なのよ! だから喋るに喋れなかったの!! これはアンタを支援するって意味でも当然の処置で……」
「それなら、自覚云々位は話してくれてもよかったんじゃないかなぁ? それに、今『ヘマ』って言ったよね? ゼニアグラス?」
ものの見事に、自らが掘った墓穴に盛大に尻のあたりまで両足からずっぽりと嵌ってくれた全統神。僕はにこりと笑顔を浮かべて、ゼニアグラスに言った。
「ゼニアグラスさま? 自分が悪いって思った事をした時は、なんて言うんでしたっけ?」
そんな僕が恐ろしいのか、ゼニアグラスは引きつった笑顔と共に目をそらし、声だけは気丈にと、虚勢としか取れない声でゼニアグラスは僕の言葉をごまかすように言い訳をし始めた。
「うっ、うぅ……。わ、忘れちゃったみたいねぇ!! アタシ全統神だし!? 必要ない言葉だしぃ!?」
「そっかー忘れちゃったかぁ。だっ・た・ら・こうだ! てりゃっ」
ポカリと、ほんの手を置く程度の力を込めて、ゼニアグラスの小さな頭に僕はチョップをかましていた。そんな僕の行為を、ユーリさんとメリゼさんはぽかんと大口を開けて凝視していた。
「悪いことした時に、ごめんなさいって言えない神様はメッ、だよ!」
そんなことを言いながら、人差し指を立ててゼニアグラスに注意した。そんな僕を、今度は一体何を見たのか、まるで僕が生き別れの血縁か何かで、それを目の前で告白されたように、目を白黒させるゼニアグラス。だが、その顔が一瞬ヒクついたかと思うと、噴火するかのごとく激昂するのかと思いきや目尻に大粒の涙が溜まっていき、やがて本当の少女のように盛大に泣き出してしまった。
「ひぅっ……! う゛……う゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!」
「えっ、えええええええええええ!!?? ゴメンそんなに痛かった!!?? そんなに痛かったの!!??」
「ばっ……こぉの大馬鹿童貞!!!! ゼニアグラス様に手を上げるなんて何事ですか!!?? 詫なさい!!!! 今すぐここで!!!! アナタのせいで神罰か何かが下ってお店の景気に影響したらどうするつもりですか!!??」
「神様泣かして詫びろの理由がそれですか!!?? 商売根性お盛んですね是非分けて頂きたい!!!!」
「あ゛~~~~~~~~!!!! ふ゛っ゛た゛ぁ゛~~~~~~~~!!!!」
「ご、ゴメンてゼニアグラス!! そんなに痛いとは思わなっ冷た!!?? ちょっ!! 雨!!?? 嘘でしょさっきまで晴れてたよね!!?? 降ってる!!!! めっちゃ降ってるザーザーだよ!!!!」
「アナタが泣かしたからでしょう!!?? いいから窓!! 窓閉めなさい童貞冒険犯罪者!!!!」
「さり気なく童貞呼ばわりした上に犯罪の冒険してるみたいな言い方やめてくださいよ!!!!」
「全くキミは一日に何人の女を泣かすつもりなんだ?」
「返す言葉もございませーんー!!!! ていうかクルス助けて!! 色々と手が回らないの!!!! クルス!!!! クルスってば!!!!」
「Zzz……」
「寝てたの!!?? ごめんね!!??」
ギャーギャーと騒いでいても、一向に起きないクルス。保身に走るメリゼさんに、わんわん泣きわめくゼニアグラスにじゃんじゃん降り注ぐ豪雨。僕のキャパシティを圧倒的に超過した出来事の連続に押しつぶされそうになりながら、事態が落ち着いたのはそれから十分ほど経過した後だった。
ちなみに、この時のゲリラ豪雨は単なる偶然で発生したもので、ゼニアグラスの意志とは一切関係が無かったという。天気だけに空気読み過ぎだろうとは、この場全員の言葉だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ねぇニア……。そろそろどいてくれない……?」
「何よ。まさか重いなんて言うつもりじゃないでしょうね?」
「いや、重くはないけど……」
それから、変に濃ゆい時間を過ごしてしまったばかりに、とりあえず話の途中だったことをすっかり失念していた僕らは、落ち着いて話を戻そうという事になったのだが、その際にニアがすっかりへそを曲げてしまったのだ。その責任を追求され、何でもいうことを聞くということでどうにか機嫌を取った。そして、ニアから要求されたことは次の三つだ。
一つは呼び名を考えること。建前上では彼女の真名、すなわちゼニアグラスという名前は格式が高く、呼ばれる場合はうんたらかんたらとやたら長い薀蓄を聞かされ、要は長ったらしいから呼びやすい名前を考えろということだった。
その結果、生まれたのがニアという呼び名である。これが彼女の神出鬼没さから僕の世界での『近くにいる』って意味だと伝えると、意外と全員から高評価をもらうことができた。ありきたりなネーミングではあったので結構自信はなかったのだが、どうにか『センスまで無能』とはでは言われずに済んだ。
二つ目は、膝を貸すこと。つまり、今の状況の原因となっているのがこの要求だ。僕は今、ニアを膝の上に載せている。驚いたことに、比喩なしに羽のように軽かった。そのくせ、服のデザイン的に地肌のままの太ももが当たったりして、正直なところ僕の男の子があわや大惨事となりかけたが、女性陣二人の冷ややかな視線と、ふと見上げてきたニアの、少しだけ信頼の色が見えてしまった瞳を見てしまった以上、裏切れないという戒めを課すことで、今の僕は賢者無双モードと化しているのだ。
あとは、ニアの背中の羽根が大きすぎて、なんとかならないかと尋ねたところ、ノリ気ではなかったようだが、そのサイズ比のまま背中の中に引っ込んでいった。体の構造どうなってんだと突っ込みたくもなったが、そこは神様何でもありとうことらしい。僕はこの日、神秘という言葉に尊敬の念を懐いた。
そして最後の要求は、なんとまぁ突飛なもので――――。
『これからアンタに会いに行く度に、アンタの膝を貸しなさい!!』
ということだった。つまり、これからも僕らの元へは来るつもりらしい、この世界一偉い神様は。やること無いのか、なんて言った暁には他の事を要求されそうだったので、黙っておくのが吉だろう。ちなみにこの時、ユーリさんには意味深な笑みを向けられながら「懐かれてしまったな色男」などと呼ばれてしまい、こっ恥ずかしささえある。泣かされた相手にどうして懐くようなことがあるのか、そこだけが疑問だったが、女性陣の呆れた溜息に、盛大にスルーされてしまった次第だ。
ちなみに、さっきの『アビリティの自覚』云々の話は、意外と本当の話らしい。そのアビリティが珍しいものであればあるほど、自身の力でその内容を『自覚』し、理解する。これによって、初めてアビリティは十全な力を発揮できるのだという。ニアという模範解答はあるが、勉強と似たような話で、単に答えを見ながら問題を解くより、問題を自力で解き、答え合わせをしたほうがより定着しやすい、そんなイメージが一番近いらしい。
ちなみに、間違った答えに行き着いた場合は、感覚的に違うとわかるものらしく、最悪本当にわからなくてもニアに教えてもらうことで無理矢理に『自覚』ができるため、そのアビリティの持つ力を全て使うことができるようになるそうだ。最も、その場合は多少アビリティの純度が落ち、性能が劣化するようだが。
そんなわけで、ニアの先程の言い訳が苦しい言い訳などではなくきちんとした彼女の言い分であったことは確かなので、彼女の要求を呑んだのはそのお詫びも兼ねているというわけだ。
「それで、ニア。僕のアビリティの事についてなんだけど」
僕が切り出すと、ニアは少々退屈そうに足をぱたぱたさせながらぶっきらぼうに言った。
「あー、それね。別に、アンタが自覚してる通りなんじゃない? 『異種疎通』は異種族とでも話せる。『魔種親和性』に関しては……そうねぇ……。ある意味で、自分の身体を魔種化させるものよ」
「身体を魔種化……?」
「そんなの、聞いたこともありません」
「そりゃそうでしょうねー。アタシも知ってはいたけど見るのは初めてだもん」
見るのは初めて、と言いながらもあまり興味は無さそうに淡々と再開するニア。
「言ってみれば、ある魔種と『同じである』って特性を持てるのよ。このランクなら、それこそあらゆる魔種、あらゆる特性に至るまで完全にコピーするわ。ただ、注意するべきなのはコピーするのは特性であってステータスじゃないし、肉体的なものでもない。わかる?」
「魔種が張った同族以外に反応するトラップだったり結界だったりは無視できるようになるけど、身体を硬くさせるっていう特性自体は持てても実際に使うことはできない……ってことかな?」
「へー? 意外とすんなり理解するものねぇ。ま、アタシの教え方が上手いってことよね!」
「はは、左様で」
フン、と得意満面で胸を反り返らせるニア。僕ははいはい、とぽんぽんと頭を叩く。意外なことに、その手が払われる事はなかった。まさか、本当に懐かれてる……?
しかし、こういうところは意外と僕が今までやっていたゲームと似たようなものだっただけのことだ。アビリティやら、こういうファンタジーならどういう設定が起こりうるか、ある程度の予想はつく。たまたまその経験が、応用できただけのことだ。今のはそれだけのことだ。
それに、いつだかクルスと出会った時、森の中で殺されかけた盗賊が僕が『見えない』だの何だのと言っていたが、このアビリティのおかげだったのだろうか? またも自分のアビリティに感謝することになったが、どうやって使っているのかもわからない。恐らく今はまだ無意識下で使えている程度のアビリティなのだろうが、意識的に使えるようになるまで、暫くの間は過信は禁物だろう。
「それで、残る二つのアビリティについては……」
「そのことなんですけど……メリゼさん、クルスの鑑定、お願いできますか?」
「え、あ、はい……」
今の言い出しっぺではあるが、やはりやるのかと、メリゼさんが戸惑った表情で応える。クルスはというと、あの騒ぎの中でも寝てしまい、この話し合いを再開する頃には露出させていた身体の殆どを引っ込め、今や目玉の部分だけを腕から露出させている状態だ。僕個人としてはやはり可愛い思うのだが、ユーリさんとメリゼさんは反応に困って苦笑しているし、ニアは僕の左腕にしがみついて唸っているが……まぁ置いておこう。確かに結構なホラーである自覚はある。
クルスを、メリゼさんに差し出す。正直、起こしてしまうかもとも思ったが、眠るために身体を収納する必要があったとすれば、目玉だけ残していてくれたのは彼なりの配慮だったのだと思う。ならば今はそれに甘えさせてもらうとしよう。
クルスの閉じられた瞳に、メリゼさんの手が翳され、先程の青白い発光現象が起こる。やがてそれが止むと、また羊皮紙上にクルスのステータス関連の文字が書き綴られていく。それを確認して、僕はクルスに声を掛けると同時、ニアは僕の背後へと回ってしまった。
「クルス、クルス」
「ん~……?」
眠そうに、クルスが僅かに瞳を開ける。だが、瞼が重りにでもなったと言わんばかりに、うっすらとしかクルスの瞼は開かれない。可哀想だから、手短に済ませよう。
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
「ん~~……」
にょきりと極細触手の先端だけをちょこんと出し、小さく左右に振って、クルスは僕の腕の中に沈んでいった。その感覚はきちんとあり、表現が難しいが、腕の中に何かが侵入してくるような感触ではあるのだが、まるで元からそうだったと言わんばかりに、僕はそれが自然なことだと受け入れてしまえていた。
「や、やっと行ったわね……」
「ニア、クルスは悪い触手じゃないよ。いきなりじゃなくていいから、あんまり怖がらないであげてほしいな……」
「う、うっさいわね!! そんなこと言ったって無理なものは無理なの!!」
ぷい、と。ニアがまたそっぽを向いてしまう。しかし、完全に機嫌を損ねたわけではないらしく、ニアは依然僕の膝の上だ。僕は苦笑いをしながらニアに語りかける。
「ごめんごめん。でも、ほんとにゆっくりでいいんだ。ニアの早さでいいから、考えてみてくれない?」
「…………考えとく」
「ふふっ、ありがとう」
僕はそう言って、ニアの髪を指で梳く。ニアは最初ビクッとしたけれど、すぐに気持ちよさそうに目を細めた。
「何神様に対してしれっと親バカな父親みたいな事してるんですか。お取り込み中で申し訳ありませんが……というか変に取り込まないでくれませんか?」
とっととこっちに集中しろと、ある意味ファズグラン最恐のメリゼ女史が僕らを睨んでいる。ニアはニアで「不敬な奴ね!!」とか言って暴れだすのかと思いきや、そのあまりの迫力にさしものニアも押し黙っていた。
メリゼ・カチーフ。神をも竦み上がらせる女……。コワイ!
「ご、ごめんなさい。もう出たんですか?」
「はぁ~~…………。ほんとに貴方は。私をそんなに驚かせて何がしたいんですか? 白髪でも増やさせたいんですか?」
僕は羊皮紙を覗こうとした途中、メリゼさんにそんなことを言われて、あるんですか? と視線を上げてしまった。その先に、地獄の閻魔もかくやという羅刹がいた。
「黙りなさい。とっとと見るべきものを見なさい。まだ死にたくないでしょう?」
「是が非でも死にたくないであります、マム」
本当に嫌な汗がよく流れる日だ今日は。一体何が悪いんだ? 全体的に僕か。なら仕方ないな。
ニアは今のメリゼさんのミノタウロスも殺せそうなほどの声に、完全に震え上がってしまっていた。しかしズボンが温かくならないということは、キミは耐えたって事なんだな。勲章ものだよニア。僕は実際、内側がちょっと生暖かい。
そんな事をしながら、ようやく僕らはクルスのステータスに目を通す。そして、ユーリさんとメリゼさんは、やや呆れたように言った。
「キミは本当に何か持っているか、あるいは取り憑いているな」
「相当質の悪い悪霊でなければいいんですけれどね……。あとでお塩持ってきます」
二者二様ではあるが、大同小異、驚きすぎてもうどう驚いていいかわからないとでも言いたげな、疲れきった二人の声が虚しく響く。そこかいてあったステータスは、次のようなものだった。
筋力がステージⅣのランクB、知力はステージⅣのランクB、耐久はステージⅣのランクD、魔力がステージⅤのランクC、敏捷がステージⅣのランクA。そしてレベルは五百とあった。紛れも無い、化け物じみたステータスが、そこにあった。
ちなみに、比較として、ユーリさんに教えてもらった彼女のステータスを挙げていくと、筋力から同順でステージⅢのランクC、ステージⅣのランクC、ステージⅡのランクA、ステージⅡのランクC、ステージVのランクDで、レベルは四五〇。
流石に、ユーリさん最大の強みの一つでもあろう敏捷性においては二ランク分も遅れを取っているものの、その他全てのステータスにおいてユーリさんを凌駕し、総合的に見て約二ステージ分ものステータスの開きが、平均してクルスとユーリさんにはあるのだ。
それに、今更ながらユーリさんのそのステータスが、ニアに見初められて見込みありと判断された『英雄候補』である彼女が血の滲むような努力を行い、その結果として彼女ののレベル上限である五百から僅か五十レベル下に達するまで鍛え抜き、それでもクルスとはどうしようもない程のステータス差が生じているのだ。
それだけでも異常だというのに、クルスからは、今朝の戦闘から戦いに慣れている、という雰囲気を全く感じられなかった。どころか、産まれて間もないような人格を持っている事から、クルスは実際、まだこの世に産まれてからそこまでの時間が経っていないのではないだろうか? という仮説まで立てられている。
当の本人は記憶を失っているらしいので、それを確かめる手段はありそうにもないが、もし仮にそうだとすれば、クルスは生まれたその瞬間からユーリさんをも上回る、文字通り規格外の怪物触手だったという事が考えられる。
触手族は本来そこまで強力な魔種ではなく、一部特殊な個体でも、成長できて上限が精々二百から三百前後まで、というのが一般的で、更に基本は群生するという生態を持っている。だが、クルスはあの場に一人だけで過ごしていた。
あらゆる触手の常識を尽く覆すクルス。だが彼の不可思議は留まるところを知らず、僕らをさらなる困惑の深淵へと導くのだった。
「しかもあの……クルスさん、レベル上限が書いてないようなんですが……」
「むぅ……」
「……」
メリゼさんの、もはや驚きすぎて辟易としつつある声で告げられた言葉に、ユーリさんは食い入るように、ニアは神妙な面持ちで聞き入れる。
確かに、現在のレベル脇に書いてあるであろうクルス個人のレベル上限が、何処にも見当たらなかった。それが意味するところは、二つ考えられる。一つはメリゼさんの鑑定スキルではクルスのレベルの上限を見破れなかった。
たった今、アビリティのあれこれについて豆知識を得た僕だ。もしかしたらクルスにも、自覚やら何やらが不十分で、そうしたものが読み取れなかったか。あるいはクルスのレベル上限が高すぎて、メリゼさんにも『鑑定』することが出来なかったか。
もう一つは、そのまま書いてある通り。額面通り、クルスにレベル上限が『無い』ということ。
それはつまり無限に成長しうるという事を意味しており、この場に居る人は全員、俄には信じがたいという硬い表情で、僕の右腕を見やった。確かに信じがたいことだ。それはこの世界の法則に反するということではないのだろうか。しかし、あまりにも謎が多すぎるクルスについては、何一つ、「そんなバカな」と一笑に付せるだけの根拠が皆無だった。
気付けば、段々と三人の視線が僕に集まってきているのがわかった。お前はなんてもの連れてきてくれたんだと、特に人類組の二人の目が語っていた。
僕はそれを紛らわすように、おほん、とわざとらしく咳払いをして、メリゼさんに先を促した。
「そ、それでメリゼさん。他には? アビリティとか、どうなってますか?」
「はぁ……アビリティですか……。もうこれ以上驚きたくないので、先を見たくないんですが……」
「すみません……、できればもう少しだけお仕事していただけますと、とてもとてーも有り難いです……」
もう部屋に戻って寝たい、という弱音と、勝手に読んでくれよという恨みがましい視線とともに、また羊皮紙に目を通していく。勿論冗談だというのはわかるが、申し訳なさすぎてメリゼさんに頭が下がる思いだ。
そして、メリゼさんがクルスのアビリティを読み上げていく。メリゼさんによると、クルスのアビリティは、『読み取れる』のが『軟硬変質:S』、『テンタクルボディ:S』、『薬効体液:A』、『魔法適正:S』、『五感共有:S』とのことで、バッドアビリティは、『要寄生』、『要睡眠』とあった。
アビリティに関しては低くても、『薬効体液』のランクAで、『テンタクルボディ』、『軟硬変質』、『魔法適正』、『五感共有』に関してはランクSと、それぞれの細かな能力は不明だが、中々に高水準で纏まっている。この他読み取れないものが三つほどあるようだが、メリゼさんはともかく、ユーリさんもやや沈んだような表情をしている気がするのは何故だろうか。
「どうして触手族に魔法適正があるんだ……。いや、クルスくんにはステータス的にも人間と同等かそれ以上の知力があるようだし、あってもおかしくはなないにしてもだ……」
「お姉様……気をお確かに……」
「メリゼ……ありがとう……もう少し耐えてみるよ……」
ユーリさんは酷く落ち込んで、メリゼさんの言葉を支えにどうにか踏みとどまっている様だった。ユーリさんは確かな努力の上にその実力を獲得している。その上でユーリさんはそれほど高い『魔法適正』を得られず、聞けば苦労することが何度かあったとか。弛まぬ努力をしたからこそ、この不可思議触手が彼女にショックを与えるのは至極当然といえば当然な話で、誰も責められない状況がもどかしい。
だが、これで僕は一つの確信を得た。それはこの場において、僕だけが――ニアはよくわからないが――あまり衝撃を受けたようではないことの原因である。それと同時に、いくつかニアに訊きたいことも出来てしまったが、それはまた後にしよう。
「ありがとうございます。メリゼさんのお陰で、知りたいことは知ることができました」
「…………もうこれ以上驚くつもりはありませんよ? それで、何が分かったっていうんです?」
メリゼさんは、虚ろな目で僕を見てきた。僕はメリゼさんに鑑定をしてもらって、その結果を読み上げてもらっていただけのはずだったが、かなりのハードワークだったらしく、精神的にメリゼさんは死に体だった。そんなメリゼさんを極力傷つけないように、言い回しを考えながら、出来る限りやんわりと告げた。
「あの……多分なんですけど、僕、魔種のステータスが見えちゃいます」
「――――――――ンガッ」
「あぁ……メリゼ、肩でも膝でも何でも貸そう。ゆっくり休め」
僕の言葉がトドメの一撃だったと、メリゼさんは恐らく女の子が出しちゃいけない類の声を出し、後ろにのけぞってその開いた口から魂的な何かが抜け出ようとしていた。その隣にいたユーリさんは、私はお前のことを分かってやれるからな、と、その肩に優しく手を置いていた。
「な……何が不味かったんでしょう……」
「そりゃアンタ……『鑑定』の上位互換の『看破』を持ってますみたいなこと言えば、ねぇ?」
「おまけにメリゼは一度は悪意は無かったとはいえ、無能のレッテルを張ってバカにした身だからなぁ。これまでのストレスに加えて、バカにした相手が実は格上かもしれない、なんてことになれば、な?」
人を見る目を持たなきゃならないギルドの管理人としては、完全敗北を喫したわけだと、ユーリさんは肩を竦める。
僕はようやく状況を理解すると、焦りながらメリゼさんのフォローに回る。
「ま、負けてなんていませんよメリゼさん! 多分、僕のは魔種に対して限定的に使えるアビリティだと思うし、まだまだ不安定なんですよ! 見えたり見えなかったりするんです! だから、人類も魔種も、安定して確実に『鑑定』できちゃうメリゼさんの方が、全然すごいですって!」
「~~~~~~!!!! 貴方にフォローされたくなんてありませんっ!!!!」
がぁっ! と気炎を吐きながら、メリゼさんがぐいんと僕に詰め寄り、イランお世話だとムキになっての完全復活を果たす。だが、無理やり怒りで気付けをした反動か、メリゼさんは疲れたと大きな溜息を深く吐いた。
「それで……、残る一つは一体何なんですか?」
「うーん……そっちについてはまだなんとも」
僕の未だ自覚しきれていないのか、浮かび上がらない二つのアビリティの内、一つは『魔種のステータスを見ることができる』アビリティとして見当がついた。ただ、もう一つのアビリティについては皆目見当も付かない状態だった。
ただ、もしかしたら未だに明らかになっていない二つのアビリティによって魔種のステータスを見ることができているかも知れないし、無論そうでない場合も考えられる。まぁ、わからないものは仕方がないので、この辺りは追々当たりをつけていくしか無いだろうという事で、この話は終わりになった。
「では、他に無ければそろそろお暇したいんですが、いい加減明日は襲撃が無いだろうっていう話の、根拠を聞かせてもらいたいんですけど……」
メリゼさんはそれを聞くまでは戻れないと、じとりと僕を視線で縛って離さない。勿論僕だって元から説明するつもりだったので、両手を上げて話し始める。
「あはは、すみません。えっと、ちょっと長くなっちゃいましたけど、今ので僕がどういう能力を持っているのか、とかは分かってもらえましたよね?」
「えぇ。『童貞』、素晴らしいアビリティだと思います」
「ほっといてください!! ごほん。えと、それで、僕は魔種と話せるってことが、分かってもらえましたよね?」
「あぁ、分かっ…………っておいおい、まさか」
「冗談……ですよね?」
「…………あー」
ユーリさんとメリゼさんは、信じがたいものを見たかのように表情を凍らせ、ニアに関しては僕が言わんとしていることを早々に察したらしく、口元をヒクつかせてなんとも言えない表情を作り出していた。
そんな三人に、僕は満面の笑顔を以って、三人の疑問に僕の出した答えでもって僕がここに帰ってくるまでにしていたことを説明した。簡潔に、これ以上無く明快に。
「ハイ、魔種の皆さんに、色々とお願いしてきました」
その時、僕は殴られていた。幽鬼のごとくゆらりと立ち上がったメリゼさんに。平手でバシンと。それはもう叩かれた頬が真っ赤に腫れ上がる程に。わけが――――。
「わからないのはこっちですよ!!!!」
この日、極限までどう反応して良いのかわからなくなった人間は、とりあえず人を殴るのだと、僕は初めて知ることになった。
この世界は、理不尽だ……。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
思いの外長くなってしまいました。
ありがとうキーワードご都合主義……!
もうすこしがんばりましょう。頑張ります……。