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第20話 死神の足音

寒かったり暑かったりよくわからんなぁ……。

皆様、今の季節風邪には十分お気を付けを……。

 それから、どれくらい経ったのかはわからない。数分程度だった気もするし、一時間くらいそうしていたかもわからない。ともあれ、ようやくユーリさんは落ち着きを取り戻し、いつものユーリさんにめでたく戻ってくれた。戻ってくれたわけなのだが……。


「ユーリさぁん……そろそろこっち向いてくださいよぉ……」


 今度はどういうわけか、僕の方を見てはくれなくなってしまった。たまにこっちを一瞥したかと思えば、恨めしそうに眼を細めて、すぐまたそっぽを向いてしまう。今度はなんだろうか……。ひょっとして僕はまた悪いことをしてしまったのだろうか。それとも、口では伝えられないことを伝えようとしているのか。そう思って、僕は可能な限り脳味噌をフル稼働させて、ユーリさんの行動が意図するものの読み取りを試みる。


 そういえば、結構な時間が経過したと思う。僕の服は薄手で乾きやすい素材だったため、すぐに乾いてジャケットだけでもユーリさんに羽織ってもらってはいるが、それでもほぼ全裸と言ってもいい状態で、体は冷えてしまっているだろう。


 更には、ちょっともじもじしているようにも見えるし、と考えて、僕は一つの答えにたどり着いた。

 

「ユーリさんひょっとしてトイ」

「たわけかキミは」


 瞬殺。ちょっとばかり僕なりに頑張って推理したのだが、そんな答えはてんで見当違いと言わんばかりに言い負える前にピシャリと一蹴されてしまった。僕、ちょっとだけブルー。


 そんな僕を見かねたのか、ユーリさんは観念したように羞恥に耐えるような声で、蟻の囁きのようにぼそぼそと呟いた。


「……た」

「はい?」

「……見られた……。泣いてるところ、教え子のキミに……」

「……あ、えっ、は? え、えぇ……は?」


 気付く、理解が追いつかない、理解しかけるというプロセスを経て、結局僕はユーリさんの言わんとしていることに対して疑問形で返すことになってしまった。


「いやその……ガラじゃあないだろう。キミは、私が人前で泣くような人間に見えるか?」


 一向にこちらを向いてはくれないユーリさん。つまりユーリさんは見知って数週間そこらの僕の前で、大声を上げてわんわん泣き出し、それを恥じていると、つまるところそういうことだろうか? しかし、僕はユーリさんがそれを恥じる理由がわからず、きょとんとしてユーリさんに返した。

 

「見えるか、とかじゃなくて、誰だって泣きたい時はありますよ?」

「……あ、いや、そういうことじゃなくてだなぁ? その、人前で涙を見せるのは、なんというか、子供っぽく、ないか?」

「――――ぷ、あははははははは!!」

 

 そんなことを本気で、恥じ入るようにもじもじとユーリさんが言うものだから、思わず声を上げて笑い出してしまった。そんな僕を、ユーリさんは顔を真赤にして怒りを表し、捲し立てる。その頭から蒸気さえ汽車のごとく噴出させながら。

 

「なっ!? 何がおかしいと言うんだ!?」

「いやぁ、やっぱりユーリさん、カッコいいっていうより、かわいいっていう言葉のほうが似合うなぁって」

「かわっ!? ば、バカにしているのかキミは!? 怒るぞ!?」

「もう怒ってるじゃないですか、はははははは」


 ぷりぷりとしながらどこか子供っぽく怒る様は、とても愛らしく、普段の凛とした雰囲気を漂わせる、麗人といった言葉が似合うユーリさんのイメージとはかけ離れているかもしれないし、本人はガラじゃないと思っているのも事実なのだろうけれど。うん、やっぱり、いつものユーリさんも格好いいけれど、こっちの方が素って感じがして、好きかもしれない。

 

「ははは、ユーリさん。誰だって泣きたい時くらいはありますよ。それに、誰だってそのタイミングは違います。ユーリさんは、例えば旦那さんが死んで、子どもたちの前で泣いちゃってる奥さんが居たとして、その人に『みっともないから泣くな』なんて言えますか?」

「それは……確かに言えないが……」

「だったら、一緒です。僕も、さっきユーリさんが泣いてる時、止められませんでした。それに、ユーリさんはいつ、誰の前で泣いたって、みっともなくなんか無いですよ。今までずっと頑張ってきたんですから、ちょっとくらい弱い所を見せたって、それが恥になんてなるわけがありませんよ」

「…………はぁ」


 僕の言葉を聞いて、ため息をついてしまうユーリさん。頬は紅く、口端は僅かにつり上がっていたのだが、それに気づかなかった僕はやはり呆れさせてしまっただろうかと、誤魔化すように頭を掻きながら苦笑を漏らす。


「ご、ごめんなさい。何偉そうにって感じでしたね。はは……」

「いや、そうじゃない……。キミは……」


 ユーリさんは呆けた僕の方を見て、呆れたようにふっと笑みを漏らした。


「無自覚とは恐れ入る。これから先、キミは相当な女の子を泣かすことになるだろうな……女の敵め」

「はい!? いやいやいやいや!! どこでどうしてそんな発想になるんですか!? 僕女の子を泣かしたりなんかしませんよっていうか怖くてできませんよそんなこと!!」

「ふふふ、あぁはいはい。ではそういうことにしておこうか。そういうことに、な?」


 ユーリさんは勝ち誇ったように見事なドヤ顔を披露し、僕は全くあずかり知らない所で勝者(?)となったユーリさんに、苦笑いを浮かべることしか出来ていなかった。けれどまぁ、この件に関しては、ユーリさんの意外な一面を見れたということで良しとしておこう。

 

「あぁそれと、もし今日のことを誰かに話すような事があれば」

「おおっ? なんだかだんだん口が開かなくなってきました。口が……開か……むー、むー」

「よろしい」


 その代わり、口を滑らせようものなら即座に閻魔大王に舌を引き抜かれることになる爆弾を抱えることにもなったようだが。


そうこうしているうちに夜が明け、空の片隅が白く滲み出してきた。僕達、少なくとも僕が意識を取り戻してからそこそこの時間がたっている筈なので、かなり下流まで流されたと考えるのが自然だろうか。


 せめてファズグランの周辺地図は頭に叩き込んでおくように心がけてはいたのだが、実際に外に出てみると地図が抽象的なせいなのと、持ち前の方向音痴っぷりも相まって、どの森やどの山が地図上のそれに該当するのかいまいち判別がつかない。だが、少なくともファズグランよりは南側の場所に居ると仮定して動いていいだろう。結局気を失っていた時間を除いて一睡もできなかった僕は眠たげに目元をこすり、重々しい動作で立ち上がる。


 さて、ここからが本当の勝負だ。足に傷を負ったユーリさんとともに、ファズグランまで戻らなければならない。その為に、まず超えなければいけないのがこの岸壁だ。


 ただ登るだけならば、この穴を出たすぐのところに頑丈な蔦が伸びている。見張りをしようと崖を登った時に使ったものだ。それを使えば問題ないのだが、ユーリさんは片腕が使えない。なので、幸いにも少し川沿いを行った先に比較的緩やかな傾斜が見つかったので、一先ずはそこまで移動することにしよう。


 僕は細心の注意を払って穴から外を見渡す。魔種、特にあのミノタウロスが居ないことを確認し、ほっと一息吐く。そして、振り返ってどうにか乾ききった服を着こみ、出立の準備を終えていたユーリさんと顔を見合わせ、どちらからとも無く無言で小さくコクリと頷く。


 僕はユーリさんの腕を肩に回して、彼女の歩行を補佐する。ユーリさんは遠慮がちに僕に体重を預けるので、「大丈夫ですよ」と少しは強がらせてもらう。ユーリさんの熱と鼓動が、預けられた体越しに伝わってくる。耳元で、ユーリさんのか細い吐息を感じ取る。


 いつもの僕であれば、恥ずかしさのあまり卒倒してしまったかもしれない。だが、状況が状況だけに、未だかつて無い緊張感と集中力で、僕の頭は一心にあの傾斜へ向いていた。全ては生きるため、二人で、一緒に帰るために。


 そう、生きて帰るんだ。僕も死にたくはないし、ユーリさんを死なせるつもりなんて毛頭ない。だから前へ、前へと進む。


 やがて、僕らはその傾斜に辿り着き、一段落したことから、気の抜けた溜息が漏れる。それではイカンと気を引き締めようとするが、同じように僅かに荒くなった息を整えていたユーリさんと目が遭い、お互いに苦笑を浮かべ合う。


 大丈夫、きっと上手くいくと、この時の僕らはファズグランへ無事たどり着く光景だけを考えていただろう。それは決意の表れでもあり、何より僕らにとってはそれこそが希望だった。だが、僕らは次の瞬間知ることになった。



 死神は、極上の絶望を与えるために、生者が希望を懐いた時にこそ現れるのだと――――。



 「ブォォォォォォオオオオオオオオオオ!!」


 それはさながら、審判の喇叭。大気を震わす、激昂の雄叫び。怒りながらに涙するように、敵は誰ぞ、死ねよ砕けよと吠え狂う。


 『崖の上から』、追跡者であるミノタウロスは僕らを文字通り血眼になって探している。ゆっくり、しかし確実にこちらへ歩を進めて来る。


 この時になって、僕は穴から這い出た事を後悔した。位置的には、その接近に気付けてさえいれば穴に隠れていればやり過ごすこともできたかも知れなかった。だがもう遅い。今はミノタウロスからはこちらの姿は見えていないが、いずれ見つかる。今から穴へ戻るにしてもそうだ。仮にユーリさんが万全の状態であっても、今この傾斜の影から這い出ようものならば一瞬で見つかり、そして殺される。


 『殺される』――――。その事実を前にして、絶望に沈むかと思われた僕の思考は、しかし予想に反して酷く冴え渡っていた。どころか、さもそれが『当然のこと』と思っているかのようにさえ、受け止められていた。絶望に耐え切れず、頭がおかしくなってしまったのかと本気で考えたが、どうやらそうでもないらしい。


「万事休す、か」


 言いながら、ユーリさんは決意を固めた瞳を湛え、無事な手で自らの愛刀の柄を掴む。戦う? いや違うだろう。素人目に見てもわかる。今のユーリさんとあのミノタウロスでは、戦いにすらならない。だから、ユーリさんの行動が意味することは即ち。


「私が時間を稼ぐ。その隙に、キミは逃げろ」


 予想通りの決意と、予想通りの言葉。否は認めないと、確固とした意志を携えた瞳がそう告げる。だが、無論そんなものは却下だ。僕の為にユーリさんが死ぬ? 何をバカな。『そんなことは万に一つもあっちゃいけない』。


 だから考える。この時だけはユーリさんの提案を捻じ伏せ、僕の言う事を立派な『作戦』として聞いてもらうために、最も最良な策を練るために思案を冷えた頭で巡らせる。


「……カイトくん?」


 ユーリさんが話しかけてくるが、僕は全く気付かない。今日以降脳を使うことが叶わなくなっても構わないという、不退転の覚悟を持って最大限以上の力を振り絞り思考回路を回転させる。


 まず引き出すのはミノタウロスの特性。何か使えるものは無いかと、自分の手持ちの道具を確認し、僕達が今置かれている状況を確認する。現在地は不明。『証明石』は損失。もしかしたらギルドから捜索隊が派遣されるかもしれないが、魔種の襲撃が今日はないとは限らない以上、アテには出来ない。ユーリさんは満身創痍、身体を動かすだけならば、僕のほうが遥かにマシに動ける。そんな状態で、僕は一つの案を思いつく。僕は『やっぱりか』なんて言葉を思い浮かべながら、熱暴走寸前まで陥った頭を冷やしながら、自嘲する自分をどうにか隠して、ユーリさんに向き直った。 


「ユーリさん」

「……?」


 不安げに、首を傾げながら僕を見つめるユーリさんは、ただ僕の言葉を待つ。


 『見納め』かもしれないな。そんな縁起でもないことを考えながら、僕は決して内心を悟られないよう、平常を装ってユーリさんにあることを尋ねた。


 「賭け事は、好きですか?」


 それは僕にとっての、事実上の遺言だった。

 


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!!

話数の分け方も問題ですかね、なんか無駄に話数が多い気が……。

と、とりあえずキリ重視で、できれば一万字くらいで一話になるように調節したいとおもいます!

何回公約破れば気が済むのか、続きは明日で……。許してください!なんd(ry

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