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第18話 『青狼』の不在

今回は小話です。

二人が消えてからギルドでどういうやり取りがあったかっていうお話になってます。


「今なんて言ったんですか!?」


 雷鳴の如きメリゼの怒号が夕暮れ時の酒場を震わせる。


 各々の役割を終え、どうにか魔種の群れの撃退に成功した他の冒険者達も、そのただならぬ空気に当てられ、当事者たちの方へと視線を向ける。事の渦中にいるのは大声を張り上げたメリゼと、くだらなさそうに耳をほじっているディムシーだ。


「だぁかぁらぁ、何度も言わせんなよ。ユーリの奴が死んだってよ」

「デタラメを言わないで下さい!! お姉様がミノタウロス如きを相手に負ける筈がありません!!」


 ユーリが死んだ。彼女にとっては到底認められる筈もない一言に、普段以上の苛烈な怒りに煮え立つ視線を、目の前の大男に向かって怖気づくこともなく突き立てる。そして、それが信じられないのは他の冒険者達も同様だ。事実として、ユーリは過去にミノタウロスや、それ以上の脅威となる魔種の撃退、討伐を数多くこなしてきた、いわば真にこの街の『英雄』とも呼ぶべき存在だ。それがミノタウロス相手に遅れを取ったとなれば、些か以上に疑わざるを得ない。


 だが、ディムシーはその事実をむしろ悦んですらいるように、おどけた調子で状況の補足を行った。


「あぁ確かに。少なくとも俺が最後に見た時にゃまだ生きてたぜ? ただ、ガキを庇って崖の底に落ちて、腕が折れてたか? ありゃ。それに気も失ってたみてぇだし、お荷物のあのガキも一緒になって落ちてった。もし仮に運良くすぐ起き上がったとしても、あのガキを庇いながらミノの野郎から逃げるなんてな考えられんし、状況的に見てユーリは『死んだ』って言ってるんだが?」

「まず崖の底に落ちた事から不自然なんです!! お姉様は風の補助魔法を幾つか習得しています!! 崖の底に落ちるなんて考えられませんし、例えカイトさんを抱えながらでもミノタウロス相手に不覚を取るなんて考えられません!!」

「何度も言ってるじゃねぇか。普通のミノじゃ無かったんだってよ。たった一撃で数体いるお仲間を斬り殺すようなステータスを持った個体だぜ? 不覚をとる可能性だって十分に考えられるだろうが」

「でも……!!」


 しつこく食い下がるメリゼ。ディムシーは嘘を吐いている。ユーリを嵌めてミノタウロスに殺させているのはディムシーだと、メリゼはもちろん、他の冒険者達もディムシーは怪しいと猜疑の視線を浴びせかける。ディムシーが手柄欲しさにユーリを嵌めたのではないか、と。


 だが――――。


「いいかげんにしろよお嬢ちゃん。お前は冒険者ギルドの人間だ。じゃあお前がすべきはなんだ? ユーリを嵌めたかもしれねぇから、証拠が揃うまで俺の身柄を拘束するってか? ちげぇなぁ、ソイツは無理な話ってもんだ。あの女が『死んだ』以上、この街で一番腕が立つのは俺だ。そうなりゃ、少なくともこの状況が打破できるまでは俺を拘束するわけにはいかねぇ。それに、あの女が生きてると信じるのは勝手だが、お前ら指示を出す側は『最悪のケース』とやらを常に考えて動くのが定石だ。違うか?」


 冒険者としてはこの上ない正論が、ギルドの職員としてのメリゼに反論を許さなかった。確かに、今日はなんとかなったとはいえ、魔種の進撃がいつ止まるともわからない。最悪、全てを討伐し終えるまで止まらないことも想定しうる。


 であれば、ユーリが居ない今、貴重な戦力をこれ以上削ぐのは愚の骨頂であり、そしてユーリがいなければ最も魔種撃退に貢献するのはディムシーだろう。功績のある人間を、ディムシーという男を知らない民衆や国軍が讃え上げ、このユーリ殺害の疑いは晴らされざるを得ないことにだってなりうる。


 完全にしてやられた――――。メリゼは苦々しく奥歯を噛み砕かんと歯ぎしりをする。


 対して満足そうにニヤリと下卑た笑みを浮かべたディムシーは身を翻して酒場を後にする。


「んじゃ、後のことは任せとくぜメリゼ? あぁそれと、明日以降ももし魔種が来るようならよ、報酬としてあの宝珠、俺にくれよ。死人の持ち物だってんで腐らせるよりは、何倍もいいだろ? カハハッ!!」


 彼の後ろを、仲間たちもそれに倣って付いて行く。そんなディムシーの背中にメリゼは憎悪さえ覚え、ディムシーを睨みつけていると、彼女の肩をバルザが叩いた。


 「落ち着けよメリゼちゃん。残念だが、アイツの言ってることは正しい。状況が状況だし、『証明石』も怪しいところだろう。今俺達に出来ることは、アイツらの無事を祈りつつ、アイツらが何時帰ってきてもいいようにこの街を守ることだ。冷水は、いるか?」

「……ッ!! 結構です……。バルザさん、ありがとうございます」

「おうよ。頼むぜボス」


 心の底から悔しげに、メリゼは血が出るほど唇を噛み締め、やがてその血を手で拭うと、決然とした、いつものギルドを取りまとめるメリゼ・カチーフの顔つきに戻った。


 「皆さん、今日はお疲れ様でした。明日も魔種が進行してくると想定し、指示がなければ今日と同じ時間にここへ集合して下さい。私は、今の出来事を軍の方へ連絡し、可能な限り助力を願ってきます」


 カウンター奥の扉の向こうへ消えるメリゼを、バルザは見送った。そして、暫くその扉を見つめた後、彼の仲間たちの元へ歩み寄り、何らかの話を持ちかけるのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 自室へ向かう途中、冷えた頭でメリゼは状況を分析する。だが、それは分析というより、祈りにも近いものだった。


 大丈夫、お姉様なら生きている。ディムシーに嵌められた程度で、ミノタウロスに多少の不覚をとった程度で、死ぬようなことはない。それに何より――――。


「期待、させてくださいよ。貴方はお姉様の、教え子なんですから」


 瞼の裏に浮かんできたのは、あの少年。冒険者になりたいと言った時、自らが罵った、恥をかかせた少年。だがなぜだろうか、彼ならばと、今となっては思ってしまっている自分がいる。その正体が何なのか、今はまだわからない。


 メリゼは頭を振って、再び思考を入れ替える。あの二人は未だ戦いの中にいると信じている。ならば、私は私にできることをするまで。


 決意を胸に、メリゼ・カチーフは己の戦いに全力で臨むべく、深い呼吸とともに自室の扉をくぐった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!!

次は二人の視点に戻ってのお話です!

戦闘はこの章だとあと一回……ですね。

投稿してて毎回思うのは、毎日書き進めながら投稿している先生方凄いなぁってことですね……。矛盾なくよく書けるなぁと……えぇ。

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