医者の一分
私は、医師だ。
代々医者の家に生まれた。そこに私の意志は半ばなく、あるのは運命や宿命のようなもの。幼い頃より勉学に励み、努力を鼻にかけず、才能に傲ることなく、邁進してきた。他人よりも圧倒的に積み重ねてきた自負はある。周囲の期待に応えることにプレッシャーを感じることすら忘れ、ただひたすら突き進む。それに疑問を感じることはあれど、私は医者という業の聖職性を理解もしていた。止まることは許されない。負けることも逃げることもない精神を鍛錬せよ。
明日、大学病院から系列である今の病院に移って初の手術を行う。腹腔鏡手術による腎摘出。この手術における従来の開腹手術との違い、最大のメリットは低侵襲であること。つまり体への負担が少ない。体力の少ない小児にこそより適用されるべき術式である。
この病院は内視鏡外科手術の実績が足りない。そこで私が呼ばれた。病院側としても私個人としても実績やキャリアは重要である。それはそのまま信用となり、信仰にすらなりえ、延いては医療全体の発展につながる。
私はまだまだ上に行く。止まるつもりは毛頭ない。
「あ、せんせー!」
前方から児童が歩いてくる。
「ダメじゃないか。安静にしてなきゃ」
明日私が執刀する予定の小児であった。
「でも! いてもたってもいられなくって!」
「どうしてだい?」
なぜ、この子ははしゃいでいるのだろう。手術が怖くないのか。
体のサイズがやはり同年代の児童より小さい。難易度は高い。
「だって! 治ったらいっぱい遊べるでしょ! それにね、」
「それに?」
少女は恥ずかしそうに私に打ち明けてくれた。
「いっぱい勉強して、先生みたいな立派なお医者さんになって、たくさんの人を助けたいんだ」
「……」
ああ、私は何を勘違いしていたのだろう。
先生と呼ばれる私が患者に教わる。実績もキャリアも目の前の患者を救うための手段に過ぎないことを。誰かの命を救うことが真に医者の務めるべきことなのだと。
「明日は頑張ろうね。先生も頑張るから」
「うん!」
少女は快活に返事をしてくれた。悪性の腫瘍などないかのように。
医療行為は神が定めた自然の摂理に逆らうことなのかもしれない。やはり我々は傲慢なのかもしれない。
それでも私は誰かを助けたい。
私はブラックジャックになりたい。天才外科医と呼ばれたい。人々に称賛されもてはやされたい。だが、目の前のこの命を救うためならば、愚直な凡才となれどいとわない。