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アオイソラ  作者: 朔良こお
第三幕/真実が暴かれる時
36/59

prologue

 陽が傾き始めた街道を馬が一頭、物凄い速さで駆けている。騎乗しているのは、全身黒尽くめの男で、あまり印象に残らない顔立ちだが、今は唇を引き結び必死の形相だ。

 男が急ぐのには理由があった。

 大きな声では言えないのだが、男はとある人物から、とある事を調べるよう依頼されていたのだ。

 国内での仕事ならば良かったが、それは外国に行かなくては調べられない事柄で、普段ならそんな事は受けないのだが、今回のそれは報酬が破格であった。だから引き受けた。男には金が必要だったのだ。


 慣れない異国で、男は依頼された事を調べていた。

 だがつい先日、思いもよらない事実へと辿り着いた。

 それは依頼された事とは違うものの、どう考えてもこちらの方が重要で重大であった。

 だから男はそれを報告すべく、こうして馬を飛ばしているのだ。それに陽が落ちきる前に宿場町に着かなくては、今夜は野宿になってしまう。冬が目前の今、昼間は暖かいが朝夕はかなり寒い。しかも今日は風が冷たく、そのうえ、陽が傾くにつれどんどん強く吹いてくるではないか。今夜野宿をしたら、間違いなく風邪をひき熱をだすだろう。最悪、凍え死にするかもしれない。それだけは絶対に避けたかった。


 ふと、遠くに灯かりが見えた。

 目指していた宿場町である。

 それまで険しい表情で馬を飛ばしていた男であるが、それに気がつくと安堵したように頬を僅かに緩めた。

 

 もう少しだ――男は馬の尻に鞭を入れ、さらに速度を上げて、明るいその場所へと急いだ。




◆◆◆◆◆◆




 持っては下ろし……下ろしては持つ……羽根ペンは上下するだけであり、横に動くことなく時間ばかりが無駄に過ぎていった。書きたい事は決まっているのだが、最初の一文字を書く事ができないのだ。


「王妃様、お茶をお持ちいたしました」


 朗らかなその声に、ウルリーカは我に返る。手紙を書く前に、彼女のお茶を頼んだ事を、ウルリーカはすっかり忘れていた。それを誤魔化すように、口端をやんわりと上げて微笑む。


「ありがとう、デジレ。今日は、ミルクは多めでお願い」

「はい。畏まりました」


 デジレは濃厚な香りのお茶をカップに注ぎ、角砂糖と温めたミルクをそこへいれると、カップをウルリーカの前に置いた。ありがとうと礼を言い、そっとカップを持ち上げる。香りを嗅いでから、一口それを飲んだ。


「美味しい……」


 ほんのりと甘いそれにウルリーカの頬が緩み、それを見たデジレの口角が上がった。お茶と一緒に用意した菓子が入った菓子鉢の蓋を開け、ウルリーカの近くにそれを置く。今日のお菓子は何かと言うと、二口(ふたくち)ほどで食べられるであろう大きさの焼き菓子だ。その中の一つを摘むと、ふと、ウルリーカはある事が頭に浮かんだ。


「そうだわ。ねぇデジレ、お茶に招待したい方がいるのだけれど……」


 一度、彼女とゆっくりと話しをする必要がある。エーヴェルトの事を、どう思っているのか……それを彼女の口から聞かなくてはならない。もし、それを彼女が望むのであれば、自分がエーヴェルトに勧めるべきなのだ。


「お茶……でございますか。えっと……どなたをです?」

「テルエス殿なの」

「テルエス様?」

「ええ。外務大臣ニルス=ブローム殿のご息女の……」


 招待状を書くから、彼女に届けてもらえるかしら?――と、問うウルリーカに対し、デジレはもちろんですと頷いた。


 今のところ、王妃としての公務はそう多くない。有力貴族の婦人や令嬢方を食事やお茶に招待し、そこから色々と情報を得るのも王妃の仕事である。だが、エーヴェルトはそれを酷く嫌っていたので、まだ一度もした事がなかった。ウルリーカの体調を考慮して、エーヴェルトはそれをしなくていいと言っているのだが……彼女個人が、誰かを後宮に呼ぶ事までは禁止してはいない。


「その場でお返事を貰ってきて欲しいの」

「その場で……ですか」

「ええ」

「畏まりました」


 淡いクリーム色のカードの上を、羽根ペンが優雅に流れる。

 こういった場合、カードに書く文章は決まっているので、ウルリーカは悩む事なくペンを動かせた。

 ささっと招待状を書き終えると、それを同色の封筒にしまい、朱色の蜜蝋を垂らした。そこに己が印を押して封をすると、ウルリーカはそれをデジレに手渡した。



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