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アオイソラ  作者: 朔良こお
第二幕/触れ合う心
34/59

幕間(3)それぞれの思い

 執務室の扉が勢いよく開かれ、オルヴァー=シェルストムは書面から顔を上げ、そちらの方へと視線を遣る。今時の若者ぶっているのか……それとも自分でそれが洒落ているとでも思っているのか……着崩した軍服姿の友がそこにいた。


「ヨルゲン……入室の許可は、まだしていなかったと思うが?」


 ノックも聞こえなかったぞ――と、眉根を軽く寄せそう言って、オルヴァーは書類に己が名前を記入し、左側にある決裁済みの書類を入れる箱へと入れた。そして次の書類へと手を伸ばす。


「ったく、(こま)けぇなぁオルは。昔からそうだよなぁお前さんはさ。ノックをしろだと? んなこたぁどうだっていいじゃねぇか。お前さんと俺の仲だろう? そう硬いこと言いなさんな」

「ヨール……お前って奴は……」


 オルヴァーは諦めと呆れを含んだ溜息をついて、机の隅に置いてあった小鐘(ベル)を鳴らす。すぐに内扉が開き、内務省室と大臣室の間にある控えの間から、最近オルヴァー付きとなった従僕が入ってきた。どうやらこちらの声が聞こえていたようで、主以外の人物が部屋に居る事は解っていたらしく、彼は驚く様子も見せずガルネリオ帝国軍総司令官ヨルゲン=リュングに一礼すると、表情を消したまま体ごとオルヴァーへ向き直った。


 各省の大臣と副大臣には、従僕が二~四名付く決まりになっている。誰を自分に付けるか……その人選は本人に任せられていた。ただし、従僕は王宮侍従の中から選ぶ事になっており、その任期は三年までと定められている。が、諸事情で従僕自身から、任期切れの前に辞めたいと申し出る場合もある。半年前に辞めたオルヴァーの従僕がそうだ。田舎の父親が急死したため帰郷し、彼が家督を継がなければならなくなったので、彼は退職し王宮を辞してしまった。その際、彼が数名をオルヴァーに推薦していた。その中の一人が、今目の前にいる青年である。


「お茶を二つ」

「畏まりました」


 すっと頭を下げて、彼は廊下側の扉から出て行った。お茶を入れるには、一階にある調理場へ行かなくてはならないからだ。


 小さな音をたてて扉が閉まるのを目視で確認すると、ヨルゲンは腰に下げていた剣をベルトから外し、どかりと長イスに座ってそれを脇へと立てかけた。


「で、何の用だ?」

「ん? あ、ああ。この間の報告だ。(やっこ)さん、何をあちらの宰相に報告したか、ご丁寧に控えてあってな。驚いたよ。ま、持っていたので全部じゃねぇだろうが……」

「……そうか」

「こちらが不利になるようなもんは、これといって特に見あたらなかったし、(やっこ)さんも取調べに素直に応じてくれたんで、禁固十年ってとこが妥当と判断したんだが……ちぃと軽すぎたか?」

「いや。お前がそう決めたのなら、それで良いのだろう。十年か……十年もあればその間に、ファラフ(あちら)の状況が変わっているかもしれないし、ガルネリオ(こちら)の状況が変わるかもしれないな」

「ああ。それかもな」


 フッと口端を上げ、ヨルゲンは背面に背中を預け、胸の前で腕を組んだ。それきりお互い口を噤んでしまい、室内は書類を捲る音だけが響く。だが、沈黙に耐え切れず、先に口を開いたのは……ヨルゲンであった。


「おい、ラルス坊はいつ帰ってくるんだ?」

「さてね。あちらでの滞在は、あと十二日くらいだと思うが……場合によっては延びると聞いている」

「そうか。で、例の件……話してくれたんだろうな?」

「……」

「オルヴァー」


 今度はヨルゲンが溜息をつき、がしがしと乱雑に頭を掻いた。短く刈り込んだ彼の黒髪には、年相応に白いモノが混じっており、お互い年を取ったものだとオルヴァーは思う。


「オル、お前さん言ってねぇな」


 ギロリとオルヴァーを睨みつけ、ヨルゲンは忌々しげに舌打ちをした。


「すまないヨール。ブラインと一緒にファラフへ行く事が急に決まったものだから……ラルスにそれを話す暇がなかったんだ」

「ハッ、どうだかな」


 ヨルゲンは大雑把な動作で脚を組むと、組んだ脚の腿に肘をつき頬杖をつき、執務机の向こうにいる友を見た。


「お前さんが決められた結婚を嫌うのは、俺だって解っているよ。理由だって、ちゃんと知っている。だがなぁオルヴァー、娘に泣かれちゃあ男親はどうしようもねぇんだよ。可愛い娘の希望を、男親ってぇのはよ、是が非でも叶えてやりてぇんだ。だからぉオル。エルサをラルスの嫁にしてやってくれよ」

「ヨルゲン……それを決めるのは私ではないよ。ラルス自身だ」

「そりゃそうだけどよ。親の……一族の当主の意見ってぇのは絶対だろう? だからお前さんがラルスに命じればいいんだよ。リュング家の末娘を妻にしろ――ってさ」

「ヨール……」


 眉間に皺を寄せ、ゆく(かぶり)を振るオルヴァーに、ヨルゲンは大仰に溜息をつき、頬杖を外し、長イスの背もたれに背中を預けて天井を見上げた。

 ヨルゲンには息子が二人に娘が三人いる。奥方とは恋愛結婚で、オルヴァーのように政略結婚ではない。彼の末娘エルサは、子供の頃からラルスを一途に想っており、彼がファラフへ大使の補佐官として赴任する事を聞き、父親にラルスの妻になりたいのだと打ち明けたのだ。


「ラルス坊に想う相手がいるのは、俺だって解ってる……解ってるよ。けどよぉ、ラルスのそれは、どうにもならねぇ(・・・・・・・・)想いじゃねぇか。それはお前さんだって、よく解ってんだろ? ああ? だったらエルサを貰ってやってくれよ。俺が言うのもなんだが、妻に似て器量良しの優しい子だ。ラルスだって、きっと気に入ってくれるさ」

「ヨール、無茶を言わないでくれ。大体……」


 コンコンと扉が叩かれたため、オルヴァーは出掛かった言葉を飲み込むと、淡々とした声で入室の許可をした。先ほど出て行った従僕が、二人分のお茶を持って中へと入ってきた。盆には菓子ものっている。甘い物が大好きなヨルゲンのために、菓子も用意したようだ。それを見た瞬間、泣く子も黙る強面の総司令官は、くしゃくしゃと相好を崩した。


「ご苦労」


 すっと頭を下げ、彼は控えの間へと戻っていった。


「いやいや、さすがだなお前んトコのは。ウチの野郎どもじゃ、こうはいかないぜ」


 ほくほくと嬉しそうに菓子を頬張る友に苦笑し、オルヴァーは自分の分を彼の皿へと移すために立ち上がった。茶器と菓子がのった皿を持って、彼は長イスの方へと移動しヨルゲンの向かい側に座ると、菓子皿を彼の前へと置いた。


「お、(わり)ぃなぁオル」

「いや。甘い物はあまり好きではないから」

「そういやぁそうだったな」

「ああ」

「甘い物は好きじゃないって断ればいいものを、お前さんは出してくれた相手を傷つけたくねぇから、無理してそれを食っちまうんだ。んで、にっこり笑って美味しいですねって、心にもない事を言うんだよな。なぁオルヴァー」

「ん?」

「それってよ、断るより酷いんじゃねぇのか?」

「……」


 ぴた――っと、カップを持ち上げた手が止まる。だがすぐに、何事もなかったかのように、オルヴァーはカップに口をつけると、こくりと喉を上下させた。


「そうかもしれない……」


 ぽそりと呟いて、オルヴァーはもう一口お茶を飲む。恵まれた環境で、何不自由なく育っていながら、なんとも不器用な男だ――と、ヨルゲンは菓子を頬張りながら、黙って茶を飲む幼馴染みの男を見ていた。




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