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アオイソラ  作者: 朔良こお
第二幕/触れ合う心
26/59

13

 全ての日程を終え、ガルネリオからの使節団がファラフを去った翌日、宰相室にソニエルがラルスを伴って訪れた。大使館建築工事執行の為の許可証を、彼等は貰いにやってきたのだ。時間がかかるかもしれないと思っていた土地購入は、思っていた以上にすんなりといった。何故ならファラフ側が大使館を建てるのに良い場所を、幾つか挙げてくれていたからだ。その中から、自分達の条件に合う場所を選んだ。


「大使館の設計の出来はいかがですか?」

「良い設計士を紹介してくださって感謝いたします。ガルネリオ(こちら)の設計士が描いた物を元に、ネルンの街並みに馴染むよう手直ししてもらっておりますが……実は昨日、少し見せてもらったのです。正直言って、彼に最初から全て任せれば良かったと思いました」

「そうですか」


 それは良かった――と、イクセルは満足げに微笑み、ソニエルも柔らかく口角を上げた。それを横で見ていたラルスは、この二人は似たような性格だと内心で苦笑する。どちらも本心を腹の中に隠している――と。


「そうそう。話は変わりますが、シェルストム殿はたいそうダンスがお上手なのですね」


 急に話題をふられ、ラルスはギョッとなった。


「あ、いえ、嗜み程度ですので、それほどのものでは……」


 ありません――と言おうとしたのを、ソニエルが「そうなんですよ」と口を挟む。


「シェルストム君と踊りたがっている令嬢は、帝都に沢山おりまして、彼が夜会に出ると順番待ちの列ができるほどなんですよ宰相殿」

「ブ、ブライン副大臣っ!!」

「ほう……」

「羨ましい限りです。私など、何故か年配のご婦人ばかりに人気があり、うら若き乙女には敬遠されてしまって……」


 こんなにもお茶目な性格なのに――と、ソニエルは悲しげに眉根を寄せた。イクセルは愉快げに喉を鳴らし、それはそれはと相槌をうつ。ラルスはキッと上司を睨むと、こほりと咳払いをした。


「ところで宰相閣下にお願いがあるのですが」

「お願い……ですか。何でしょう?」

「はい。ウルリーカ様の事なのです」

「王妃様の?」


 僅かに眉端を上げ、イクセルは訝しげにラルスを見た。


「はい。聞けばウルリーカ様は、こちらに来てから、一度も城から出た事が無いとか……」

「ああ……」


 確かに――と、大きく頷いたイクセルに、今度はソニエルが眉端を跳ね上げた。


「ほう……この国でウルリーカ様は、ずいぶんと窮屈な思いをされているのですね」


 非難のこもった声に、イクセルが困ったように笑う。


「陛下の寵愛の深さ故か……はたまた帝国の虜囚としか思っていないからか……」

「愛ゆえに――ですよ、ブライン殿」

「ほほう……」


 片唇を僅かに上げたソニエルの、氷蒼の瞳が「それは嘘だろう」と言っているのをさらりと流し、イクセルは見て見ぬふりをした。


「王妃様ご自身が、外に出たいと仰いませんので……」


 流れるような動作でカップを持ち上げ、イクセルは一口紅茶を飲む。ちらりと目の前の人物に視線を向ければ、ソニエルもラルスも渋い顔だ。


「では宰相殿。我らが滞在中、ウルリーカ様を外へお誘いしても良いでしょうか?」

「ええ。王妃様がそれを望まれ、陛下が許可なされば何度でも……」


 ウルリーカが城の外に出るには、夫であるエーヴェルトの許可が必要なのだと、イクセルは二人に説明をした。






 王宮から辞した後。迎賓館へは戻らず、ソニエルとラルスを乗せた馬車は大使館建設予定地へと向かっていた。ファラフ城から、そう遠くない所にそれはある。


「シェルストム君」

「はい」

「ウルリーカ様は、お幸せなのでしょうかねぇ……」

「……私には何とも」


 双眸を伏せたラルスに、ソニエルはふんと鼻から息を吐き出す。


「籠の鳥……というわけですか」

「……そうなのかもしれませんね」

「仕方がない――といえば、仕方がないですね。後宮なんて物は、傲慢な男が作るものですから」

「……そう、なのでしょうか」

「王家の血を残し、次代へ繋ぐ為―と言えば聞こえは良いでしょうが……結局は好色なだけなのですよ。権威を振りかざし、数多の女性を隷属させ、己が欲望を満足させるため作るのです。醜い顔をしていても、冷酷非道であろうとも、王であるというだけで、どんな美女も思いのままにできますからね」


 そう思いませんか?――と、問うソニエルに、ラルスは困ったように口端を上げて首を傾げた。


「確かにそういう王もいるでしょうが、ファラフ王がそうとは……」

「側室が上がるのも、どうやら時間の問題のようですよ」


 淡々とした声音で告げられたそれに、ラルスの思考が一瞬止まる。


「既に候補が挙がっていて、そのリストもできているとか……」

「本当なのですか?」

「ええ。確かな筋からの情報です」

「側室……」


 もうそんな話が出ているのかと驚くラルスに、ソニエルは不快だとばかりに大きく息を吐き出した。そして上着の内ポケットから、彼は折り畳んだ紙を取り出し、それを広げラルスの前に突き出す。そこには女性の名前と家名が書かれていた。


「これ、は……」

「ファラフ王の側室候補です。名前の前に書いてある数字が、推薦の優先順番だそうですよ」


 候補者が沢山いますね――と、ソニエルは皮肉めいた笑みを浮かべた。


「最有力候補は、外務大臣の御息女ですか……」


 外務大臣ニルス=ブロームは、三日前に私的な会食をした相手である。柔らかな雰囲気の、人の良さげな男性で、微笑んだ顔は他者を安堵させるようなものだった。

 己が父親から厳しさや、冷酷さを引いたようだ――とラルスは思った。その笑みの下に隠されている本当の顔は、どうなのかは判らないが………。


「彼女は王妃候補の最有力者でもあったそうですよ。まあ、家柄は問題ないですし、宮廷でのお父上の立場も良い。派手な美女ではないようですが、可憐な花ではあるそうです。ですがまぁ、本人が嫌がっているので、彼女が側室になる事は無いでしょう。彼女以外の候補者の方が問題ですよ。言われれば、すぐにでも後宮にあがり、ウルリーカ様に対抗しようとするでしょうね。皆さん、勝気な方ばかりのようですから」


 女の争いは、それはもう酷いものなのですよ――と、経験者のような顔で、ソニエルは深々と溜息をついた。嫉妬からくるものは、酷いうえに醜いのだと、彼は口もとを右手で多い窓の外へと視線をやる。そんな上司を、やはり経験者なのだろうかと、ラルスは不躾に成らない程度に見た。その視線に気がついたのか、ふいにソニエルは視線をラルスへとやり、三日月のように目を細めた。




◆◆◆◆◆◆




 夕食を終えたウルリーカは、ソニエルによって届けられた帝妃ディルダからの手紙を読んでいた。ファラフ側に彼女が偽者のウルリーカだとバレないよう、本物のウルリーカを“ユリア”という名前の、ウルリーカが可愛がっている“猫”という事にし、日々の様子などが書かれていた。


「エンマ、読みますか?」


 空になったカップに紅茶を注いでいたエンマに、そっと手紙を差し出したが彼女は「いいえ」と短く返事をした。


「“ユリア”の様子を、貴女も知りたいのではなくて?」

「……特には」

「そう……」


 眉根を寄せ、納得いかないといった様子のウルリーカと、表情を変える事なく淡々と仕事をこなすエンマの、その間に流れる微妙な空気に耐え切れず、それまで黙っていたデジレが「あのぉ……」と口を挟んだ。


「何? デジレ」

「あの、“ユリア”とは……その……」

「ああ……」


 にこりと笑ってウルリーカは、「わたくしの可愛がっていた猫の名前よ」と答える。それを聞き、デジレは「猫好きなのか?」「どんな毛並みなのか?」と、嬉々として訊ねてきた。どうやら彼女は()が好きらしい。本物のウルリーカを知っているのはエンマだけで、ウルリーカは彼女をちらりと見ると、一緒に届けられた砂糖菓子を一つ摘み口中へと入れた。自分は話さないぞ――と、エンマに言っているのだ。そっと小さく溜息をつくと、エンマは顔をデジレへと向けた。


「“ユリア”は……性格の悪い、我が儘な猫よ。できる事なら、放り出してしまいたいくらい。本当に最悪なの」


 ぽそりと呟いた声に、デジレが目を丸くする。


「我が儘って……ウルリーカ様は、可愛がっていらっしゃったんですよね?」

「ウルリーカ様の前じゃ、大人しくて甘えん坊で、とても良い猫だったのよ

「猫が猫を被っていた――って事ですか?」

「そうね」

「へぇ……」


 何度も何度も目を瞬かせるデジレに、まさかそんな猫だったとは知らなかったと、飼い主であるウルリーカも頬を引きつらせた。


「ウルリーカ様の前だけでした。“ユリア”が従順で素直でいたのは……わたくしども侍女には、それはもう酷い態度で……」


 何度も泣かされました――と、エンマは眉宇に深い皺を刻んだ。“本物のウルリーカ”の事を言っているのだとも気づかず、ウルリーカは苦笑しながら「そうだったの、悪い子ねユリアは」としか言えなかった。


「あ、そうだ!!」

「デジレ?」

「わたくしの知り合いの所で、先月猫が生まれたんです。ウルリーカ様、一匹いかがですか?」


 黒い瞳を輝かせてそう訊くデジレに、ウルリーカは困ってしまった。彼女は猫が苦手なのだ。あのぐにゃぐにゃした体が、何ともいえず気持ちが悪い。だが、それを言うわけにもいかず……再びエンマを見る。エンマはゆるりと首を振った。自分で返事をしろと言っているのだと感じ取ったウルリーカは、優雅に扇子を扇ぎ、さりげなくそれで口もとを隠した。


 どう断ろうかと考えていると、デジレが「しまった!」といった風に口を大きく開けた。


「やっぱりダメですウルリーカ様。だって、赤様が生まれたら、猫がいると困りますもの!!」

「っ!!」


 デジレの言葉に、ウルリーカは目を瞠る。今、デジレが何と言ったのか……己が耳を疑った。だが確かに彼女は“赤様”と言ったのだ。それはつまり、エーヴェルトとウルリーカのである。


「皆で言っているんですよ。今のご様子なら、早く赤様がお出来になられるんじゃないかって」


 うふふと笑うデジレに、ウルリーカの顔が真っ赤に染まる。あわあわと口が無意味に開閉する。だが、そんな彼女とは逆に、エンマの顔は強張り青褪めていた。


「本当に陛下は、ウルリーカ様を愛してらっしゃるのですねぇ……」

「そ、そんな事は……」


 即座に否定する主に、デジレはぷうっと頬を膨らませ「そうなんですっ!!」と言い切った。




 あの夜……星空の下、庭でダンスを踊って以来、エーヴェルトは毎夜とまではいかないが、ウルリーカを抱く回数が以前よりも増えていた。彼の心の内で何があったのかなど、それはウルリーカに解るはずもなく……ただただエーヴェルトに、己が身を任せる事しかできなかった。

 自分が彼に愛されているのではないか?――と思うくらい、エーヴェルトはウルリーカに対し、どこまでもどこまでも優しかった。


「あ、でも……赤様が生まれたら、その赤様がガルネリオの帝位継承者になるんですよね?」

「そ、そうだったかしら?」


 助けを求めエンマを見れば、彼女は驚いた様子でデジレを見ている。


「デジレ……貴女……」


 喉の奥から声を絞りだすようにそう言って、エンマは厳しい視線をデジレへと向ける。そしてハッと息を飲んだ。にこにこと笑っているデジレだが、黒真珠のような瞳は笑ってなどいないのを………。


 エンマは両手を強く握り締め、自分を見るデジレを見返した。




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