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アオイソラ  作者: 朔良こお
第二幕/触れ合う心
14/59

01

「王妃様、こちらなどいかがでしょう?」


 デジレの差し出したそれに、ウルリーカはちょこんと首を小さくかしげた。その仕草が愛らしく、デジレの頬がゆるりと緩む。


「少し……派手ではなくて?」


 デジレから受け取った大ぶりな黒真珠のついた髪飾りを掌に乗せ、ウルリーカは困ったようにこのファラフ側からつけられた新しい侍女を見遣った。年の頃はウルリーカと……否、ユリアとそう変わらないだろう。けれどどこか大人びた感じがあるのは、侍女という仕事をしているからなのかもしれない。


 少し癖の強い黒髪に、南方出身の母親譲りである褐色の肌をしたデジレは、掌の黒真珠のような瞳をキラキラと輝かせた。


「そんなことはありません! これを挿した王妃様を見たら、陛下だってきっと良く似合っていると仰るに決まっています!!」

「そうかしら?」


 フッと双眸を伏せたウルリーカに、デジレは余計なことを言ってしまったと、慌てて己の口を両手で塞ぐ。ウルリーカとの婚儀を終えて早二ヶ月……その間、エーヴェルトは一度も後宮を訪れることはなかった。

 そうは言っても、さすがに初夜は――と、普通は思うだろう。

 確かにその夜、ここでエーヴェルトと眠りはした。が、ただそれだけである。寝台にて、並んで眠っただけだ。そしてそれ以来、ウルリーカがエーヴェルトと顔を合わせることはなく、当然肌もいまだ重ねてはいない。

 それを知るのは、ウルリーカにつけられた侍女達の一部と、この後宮の女官達を管理する女官長だけだ。


「綺麗だけれど、やはりこれは、また今度にしましょう」


 ごめんなさいねと言って、装飾品を仕舞う箱にそれを戻すと、ウルリーカはエンマを呼んだ。それまで後ろに控えていた彼女が、スッと前へと出てくる。デジレが、僅かに悔しそうな顔をしたのだが、ウルリーカにはそれは見えていなかった。


「いつものように、後ろで纏めてちょうだい」

「畏まりました」


 鏡台の前に座ったウルリーカの髪を手早くブラシで梳かし、それを後頭部の高い場所で束ねる。細い紐で束ねた髪の付け根を結わき、そこへリング状の髪留めを嵌めて出来上がりだ。そこへ後宮女官長がやってきて恭しく(こうべ)を垂れた。


「失礼いたします王妃様。お仕度、整いましたでしょうか?」

「ええ」

「そろそろお時間でございます」

「わかりました」


 サラリと衣擦れの音をさせ立ち上がり、ウルリーカはエンマを連れて、女官長の先導でエーヴェルトの母――先王の側妃であったグンネルの部屋へと向かった。




◆◆◆◆◆◆




 テーブルを囲むのは、子供の頃から見慣れた顔ばかり……エーヴェルトは野菜がたっぷりと入ったスープをスプーンで掬っては、淡々とそれを口の中へと運んだ。


「そういえば、叔母上がウルリーカちゃんを昼食に招いているそうだね」

「母上が?」


 軽く双眸を細め、エーヴェルトはスプーンを下ろす。そんな報告は受けていない。それが顔に出ていたのか、イクセルの眉根が軽く寄せられる。


「何だ、彼女から聞いてないのか? 今日だぞ、確か」

「……」

「って、話せないか。お前、彼女に会いに行っていないんだから」


 イクセルの嫌味に表情を変えることなく、エーヴェルトはパンを千切り口へと入れた。砕いた胡桃が混ぜ込まれたそれはほんのりと甘いが、今日は角切りのチーズも練りこんであるため、ほんのりとしょっぱくもあった。


「おい、どう思うスタファン? 嘆かわしい事だと思わないか? 我らが国王陛下は、娶ったばかりのあの麗しく清らかな奥方を気に入っていないらしい。これは早々にジジイ共が騒ぎだすな。どこそこの令嬢が良いとか、隣国の姫が良いとか」

「イクセル、あのなぁ……」


 スタファンはナフキンで口もとを拭うと、テーブルに肘を乗せて頬杖を付いた。行儀が悪いのは解っているが、今はこの三人しか室内にはいない。気を使う必要などなかった。


「お前はどうしていつも、そういうことばかり言うんだよ?」

「だって本当のことだろう? 夫婦になって二ヶ月も経つというのに、エーヴェは彼女と一度も寝台を共にしていない。いい加減、ジジイ共だってそれに気がついているさ。どうやらその辺は、随分と鼻が利くらしいからね」


 小賢しい連中だ――と、イクセルは鼻を鳴らす。


「それはそうだけど……」


 モノには言いようってものがあるだろう?――と、スタファンは幼馴染みを軽く睨んだ。


「エーヴェ、お前、何が気に入らないんだ? ウルリーカちゃんは美人だし、ずっと王宮の奥で育ってきたんだ、男を知らない無垢な体じゃないか。お前の好きなようにできるんだぞ? 男にとってこれほど、楽しいことはないと、私は思うけどね」


 あ、違った嬉しいことだ――と、イクセルが言い直したのを聞き、スタファンは呆れたように肩を竦め天井を仰ぎ見た。


「内緒にしていたけど、実はもう、側室候補名簿が上がってきているんだよ」


 それには流石に驚いたのか、エーヴェルトの両の目が大きく見開かれる。


「筆頭はテルエス嬢……。覚えてるか? お前の妃候補だった一人だ」


 その名前を聞き、今度はスタファンが息を飲んだ。彼が想いを寄せている令嬢こそ、今イクセルが言ったテルエスなのだ。


「しかも彼女を上げるよう強く言っているのが……他でもないグンネル叔母上で、その叔母上はウルリーカちゃんを快く思っていない」

「……何が言いたい」

「今頃きっと叔母上に苛められて、泣いているんじゃないのかな? ウルリーカちゃん。お前が彼女の所に来てないことくらい、誰かが知らせてあるだろうしね。きっとこれ幸いと、そのことでネチネチ責められているよ。ま、それだけならまだ良いけど」

「っ!!」


 ガタンと音をたてて立ち上がったエーヴェルトに、イクセルは「もう食べないのかい?」とわざとらしく問う。エーヴェルトはイトコを睨むと、そのまま無言で部屋から出て行った。


「スタファン」


 付いていこうとした彼の名を呼び、イクセルはそれを制する。


「お前、本っっっ当に性格悪いな!!」

「真実を言ったまでさ。私は嘘は言ってはいない。叔母上がテルエス嬢を王妃にしたかったのも事実だし、ウルリーカちゃんを追い出したいのも事実。そしてそのためには、何をするかわからないのも……これまた事実だ」


 我が叔母ながら恐ろしい――と、イクセルはくっと喉を鳴らし、香辛料の効いた肉をひと口頬張った。


「まぁ後宮には、監視者を潜り込ませてあるから大丈夫だろうけど……万が一ってこともありえるからね。油断はできないよ」


 エーヴェルトの寵を得られていればまだ良いものを、そうではないから厄介なのだと、イクセルはおもいっきり眉根を寄せて顔を歪めた。


「陛下は彼女のことを……ウルリーカ様のことを……どう思っているんだろうな? ああして慌てる所を見ると、少しは気持ちがあると思っていいのかな?」


 深々と溜息をついたスタファンに、イクセルは「さあね」と肩を竦めた。




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