表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アオイソラ  作者: 朔良こお
第二幕/触れ合う心
13/59

prologue

 祝福の鐘が鳴る中、エーヴェルトと共にバルコニーへと出たウルリーカは、二人を祝うために城の前庭に集まった民に向かって、その歓喜に応えるように手を振っていた。そんな二人をイクセルは、かなり下がった場所で見ていた。彼の口角はやんわりと上がっており、それは横にいる近衛隊の隊長スタファンも同じであった。


「しかしアレだねスタファン。エーヴェはちっとも笑いやしない」


 嬉しくないのかな?――と、イクセルは首を傾げた。その問いかけにスタファンは、ちらりと横目で幼馴染みを見る。そしてゆるりと胸の前で腕を組んだ。


「んじゃあイクセル訊くけどよ。陛下が頬緩ませて、ニコニコしていたら……お前、どう思う?」

「そんなの……気持ち悪いに決まっているだろう。バカか、お前」


 エーヴェルトのそれを想像したのか、イクセルの整った顔がぐしゃりと歪んだ。


「……だったら別にいいじゃねぇか。陛下だって、内心じゃ嬉しいに決まってる。あんな美人な嫁さんだぜ? 喜ばない方が変だろーが」


 そう言うとスタファンは、幼馴染みの背中をバシっと叩いた。たちまちイクセルの顔に怒気が浮かぶ。


「痛い」

「お前、ひがんでいるんだろう? いや、そうじゃないな。拗ねてるんだ」

「は?」

「陛下が結婚しちまって。妃殿下に取られて、拗ねてるんだよお前は」

「はぁ~? 何言ってるんだ、お前? そんなわけないだろうが」

「まぁまぁ照れるなよ。お、もう終わったみたいだぞ」


 ウルリーカの背に手を添えて、エーヴェルトがこちらへとやってくる。その表情からは、やはり彼の心情は判らない。嬉しいのか……嬉しくないのか……それとも………。


「っ!!」


 がくりとウルリーカの膝が崩れ、慌ててエーヴェルトがそれを支えた。化粧に隠されてしまい判らないが、実は今朝もあまり体調が良くなく、そのため顔色もけして良いとは言えなかった。


「大丈夫か? ウルリーカ」

「も、申し訳ありません」


 昨夜は緊張して眠れなかったのです――と、恥ずかしそうに、少し震える声でそう告白する王妃を、スタファンは「可愛い方だ」と思った。それはイクセルも同じらしく、柔らかな笑みを浮かべっぱなしである。ただ、この男の笑顔の意味を、表面通りに受け止めたら後が怖い。笑って人を殴るのが、このイクセルという男の本性だ。


「少しお休みになられた方が良さそうですね。後宮に一度戻られますか? それとも陛下の私室で?」

「宰相殿……」

「日が落ちる頃には、結婚を祝うための宴が始まります。それは明け方まで続きますので、体力を回復されておかなくては大変なことになりますから」

「……そう、ですね。お言葉に甘えることにしますわ。一度後宮に戻ります」


 苦笑しつつそう言うと、イクセルは控えていた女官長に彼女を連れて行くよう指示した。


 ファラフへ入り、後宮に入ってから今日まで、ぼんやりと日々を過ごしていたわけではない。

 重臣達と個別に面会をしたり、エーヴェルトの母と妹に挨拶をしたり、ファラフ語で言わなくてはいけない誓いの言葉を覚えたり……と、やることは沢山あった。

 特にファラフ語は、いかにも“丸暗記しました”といった風に、たどたどしく聞こえるようしなくてはいけなかった。そのため最初は、わざと下手に発音し、怪しまれないようする必要があり、おかげでかなり神経を擦り減らした。意識を集中させなくては、ついうっかりと、綺麗に発音してしまいそうだったからだ。


「待て、ウルリーカ。後宮に戻るよりも、俺の部屋に行った方が、その分多く休めるだろう」


 エーヴェルトはそう言ってウルリーカの頭上の王妃の冠を外すと、それを女官長へと渡した。自分の頭の上のそれも、彼は鬱陶しいとばかりに乱雑に取り、侍従に向かって放り投げる。


「歩けるか?」

「はい。大丈夫です」

「ならいいが……侍女を呼んだ方が良いなら、後宮に使いをやるが?」


 そうしたらきっと、やってくるのはエンマだろう……ウルリーカはゆるゆると首を振った。


「必要ありませんわ陛下。少し……少し休むだけですから……」

「そうそう。お前が傍にいるんだから、侍女なんか必要ないだろう? かえって邪魔なだけだからね」


 にやりと笑ってそう言うと、イクセルはエーヴェルトの肩を意味ありげにポンポンと叩いた。そして彼の耳もとに唇を寄せると、彼は小さな声でそれを囁く。


【夜まで待たなくても、いいんじゃないのか? 彼女を抱いてしまえ】


 ファラフ語でのそれに、エーヴェルトの顔があからさまに歪められた。


【お前っ……】

【さっさと子供を作ってしまえば、その分早くお前は彼女から解放される。そうしたら後は、好きな女性を後宮に入れられるじゃないか】


 くつくつと喉を鳴らすイトコに、エーヴェルトは呆れたように大仰に溜息をついた。


「行くぞ、ウルリーカ」

「……はい」


 ウルリーカの腰に回した手をそっと押し、エーヴェルトは王宮内にある自室へと向かった。


 先ほどの会話を、彼女が理解しているとも知らずに。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ