幕間(2)心の支え
「帰ったぞ」
「お父様!!」
皇女一行と共に王都へ行っていた父レオナルドが帰館し、アリシアはお帰りなさいの言葉ではなく、ずっと気になっていた事を真っ先に口にした。
「皇女様のご様子はいかがでしたか? お加減は良くなったのですか?」
「おいおいアリシア、それよりも先に私に言う事があるのではないか?」
んん?――と、片眉を跳ね上げる父に、アリシアは居住まいを正し「お帰りなさいませお父様」と、父の頬に頬をくっつけた。なんともおざなりな感じのそれに、彼女の父親の後ろに控えていた婚約者の青年は苦笑する。
「遠くから見た感じでは、大丈夫そうだったが……」
ムウッと唇を曲げる父のその返事に、アリシアは苛立ちを露にする。もう結構ですわと、父を押しのけ婚約者の前へと行った。
「お帰りなさいクラエス」
「ただいまアリシア」
こちらは父の時とは違い、唇と唇をしっかりと重ね合わせる。レオナルドの頬がひくりと引きつるものの、お邪魔虫扱いされるのは嫌なため、疲れたから寝ると言って私室へと行ってしまった。アリシアは居間へクラエスを引っぱっていくと、長椅子に彼を座らせてその横に自分も腰を下ろす。そしてきゅうっと眉根を寄せ、右手を胸の前で握りしめた。
「わたくし、心配なの……」
「ん?」
「ウルリーカ様が……とても……。だってエンマったら酷いんですもの。あと二日くらい、ここで休んでいったって良いじゃない? それを無理矢理……」
「ああ――」
そうだな――と、クラエスは同意するように頷くと、口をへの字に曲げているアリシアの、両方の手を優しく……愛しげに……そっと握った。
「おそらくあの侍女殿も、本心はきみと同じだっただろう……。だがあれ以上遅れては、陛下の不興を買うと判断し、無理をさせたんじゃないのかな? 実際、皇女殿下がヨーテに滞在している時、時間稼ぎをしているのではないかと言う貴族もいたらしい」
「どういうこと?」
「殿下がここにいる間に、帝国はファラフと敵対している国と同盟を結び、王都へ攻め込んで来るんじゃなか――って、そう邪推していた人間がいたってことだよ」
「んまぁ酷いっ!! ウルリーカ様は本当に、本っっっ当に、お体の具合が悪くていらしたのに!!」
その貴族、馬鹿なんじゃないの――と、アリシアは眦を吊り上げ、感情に任せて床を踏んづけた。
「王都へ向かう間も、殿下は馬車から出てくることは殆どなかったよ。出てきても決まりとかで、薄布を頭からすっぽりと被っているから、顔色はまったく判らなかったけど……少し足もとがおぼつかなかったかな?」
「なんですって!!」
青褪めるアリシアにクラエスは、翌日の大広間での様子を一部始終話してあげた。最初は険しい表情だったアリシアだったが、口づけの長さに呆れながらも、ウルリーカを抱き上げ後宮へ向かうくだりになると、きゃあきゃあと歓声をあげて己の事のように喜んだ。
「ねぇクラエス」
「なんだい?」
「大丈夫……よね? 陛下とウルリーカ様……」
「それは……どうだろうね。残念だが、断言はできないよ。ただ……」
「ただ?」
「ただ……できることなら殿下には、陛下の心の支えになってもらえたらとは思う」
「心の支え?」
「ああ。陛下を支える方は多くいらっしゃるが、心が安らぐ……心を預けられる……そういった相手となると話しは別だ。今の陛下には、そういった心を支えてくれる方がいない」
だから皇女殿下には、そうなってもらいたいんだよ――と、クラエスはやんわりと口端を上げた。アリシアもそうねと頷く。
「ねぇクラエス」
「なんだい?」
「わたくしは貴方の……心の支えになれていて?」
「ああ。もちろんだよアリシア」
「良かった……」
安心したように微笑むと、アリシアはクラエスともう一度唇を重ねた。