メリークリスマスin修羅場!!
今日は十二月二十三日。クリスマスイブのイブ。
そして――イベント前日。修羅場の真っ最中。
何の修羅場?そりゃ――イベント合わせのコピー本制作に決まってる。
何のイベント?そりゃぁ――日本最大の同人誌即売会に決まってるでしょう!!
「あっちゃん。コーヒー飲むぅ?」
気だるい口調のレイカ。通称レイ。
このような修羅場には欠かせない一人。アシスト機能は低いが、料理は上手。
それにマメに動くので、お茶やら買い物やらには動いてくれる。
そういう意味で重宝する。本業、コスプレ。
「スプーンに×十倍」
私はそうやってお願いする。
名は敦子。みんなに「あっちゃん」と呼ばれてる。
「あっちゃん……まだ夜まで時間はあるよ。今、ここで十杯の濃さのコーヒーはやめときなよ」
こうして心配してくれるのは、アシスト機能は「神の領域」の香奈。本業は小説書き。
「あっちゃんは「完全徹夜」の二日目だっけぇ?」
レイの間延びした声が――少しイラっとするけど。まぁ、いつものこと。
「少し寝たら?」
「寝たら……絶対に明日まで目を覚まさない。自信ある」
「……でしょうねぇ」
香奈は呆れたように、充血しきった目をしている私を見ていた。
私の本業――漫画描き。
本業とは趣味のこと。
レイも香奈も早々に自分の方は終わらせて、私のアパートに今朝から合流してくれた。
私は昨日の夜は寝ずに、明日のイベント合わせでコピー本の漫画を描いている。
「あと何ページぃ?」
「十五」
「……間に合うの?」
「間に合わせる」
私はレイにそう言った。まだ下書きも終わっていない美しい真っ白の――原稿用紙。
時刻は午後五時。あと何時間後には会場に行かねばならない。時間が惜しい。
「と、いうわけでスプーン×十でお願い」
「お湯で溶けるの、それ?」
「淀むわね」
「うぇ――」
レイが嫌そうに舌を出した。
「本番はこれより更に十杯を上乗せする」
「ドロドロじゃんっ!!ヘドロじゃん、それっ!!」
嫌な表現はやめぇいっ!!飲むのは私なんだから。
「あっちゃん……胃腸が弱いんだからさ。そういうのやめなよ。
冷蔵庫には栄養ドリンクしか入ってないし……二十五の女の冷蔵庫じゃないって」
「うるさい」
香奈が突っ込んでくる。
私が下書きをしているところから、綺麗な線で(私より綺麗なのがムカつく)でペン入れをしていく。 香奈、漫画描けばいいのに。
文章書きのこの子に、こんな特技を植えつけたのは私なんだけど。ね。
「あっちゃんが胃潰瘍で血を吐いたのいつだっけ?」
「去年のフユこみ前」
「医者に勧められても、入院しなかったでしょ?」
「してる暇なんぞない」
「今年の夏に、急性の胃腸炎で三十九度近い熱出して仕事先でブッ倒れたじゃん」
「……まぁね」
「それから二十キロは痩せたでしょ?」
「服のサイズが変わって、服代かさむのが困る」
カリカリカリカリ。(Gペンの音)シャッ、シャッ、シャ。(シャープペンの音)
そんな音がひたすら響く中、私と香奈の会話は続く。が、お互いの顔は一切見ない。
ってか、見てる余裕はない。
「……あっちゃんさ。二年前にナツこみでトイレに一時間待つのは嫌だからって、一切水飲まないで……帰りに倒れかけて救急車呼ばれたじゃん」
「悪かったって」
こみけ会場は欲望の塊と化した人間どもが集まる場所。何十万人という人間に、トイレの数が対応出来てない。
特に女の子はね。トイレの待ち時間がどうしても長くなるの!!
「そのときにさぁ。彼の翔くんに呆れられて、それが元で別れたんでしょ?
俺とこみけとどっちとるんだって」
「あいつがわかりきったこと訊いてくるからじゃん。
こみけに決まってるでしょ、普通」
「いや、それ、普通じゃないよ、あっちゃん」
「私がルール」
寝てないから強気。異様なハイテンションになりかけている。
「出た、あっちゃんの「私がルール」。翔くん可哀想に……。
せっかくこんなや○ざな趣味に付き合ってくれる優しい彼だったのにさぁ。
修羅場にも付き合ってくれるし、売り子もしてくれる。いないよ、そんな人」
「知らん」
本当に知らん。そんなこと二年前に終わっている。
「あっちゃんさぁ……」
「何?」
「……生き急いでるよねぇ……」
「うるさいなぁぁっ!!」
うっさい、うっさいっ、うるさいっ!!
「なーう」
「ごめんねぇ、コハル」
私の今の相棒――猫のコハル、♂。
昨日から構っていないので。欲求不満気味。
台所でコーヒーを淹れている――レイがいい遊び相手。
「コハル可哀想ぉ」
「レイに任せるわぁ」
レイの抗議など聞く余裕もないわ。とにかくあと十四っ!!
「なんかあたし、あっちゃんのメイドみたい。それとも家政婦さんかなぁ?」
そのためにあんたを呼んでいるのよ。
「助かるぅ~レイぃ。大好きぃ」
「あっちゃん……口調がレイになってるよ」
また香奈に突っ込まれた。
「あ~ヨシくんからメールだぁ」
レイがスマホを見てる。
ヨシくん――レイの今の彼氏。義実くん。
同じコスプレ仲間なので、明日は会場で会う予定らしい。
その彼からメールが届いたと、嬉しそうに見てる。
ほんとにあんたはマイペースで羨ましい。
「あっちゃん。ヨシくん、夜にはバイト終わってここにアシに来てくれるってぇ」
「レイ。ヨシくんに「アイシテルぅ」と私が言ってたってメールして」
「あたしの彼なんだからねっ」
レイ。あんたの抗議なんぞ聞く耳持たん。時間がないのよ、時間がっ!!
「目的のためなら、親友の彼氏も使う。
あっちゃん……サイテーの人間だねぇ」
「うるさい、黙れ」
香奈のツッコミを受け流す。
「最悪」の人間じゃないだけまだマシよっ!!
「あっちゃん、最悪」
「レイ、お前が言うなっ!!」
「あっちゃん、胃が弱いから、スプーン二杯ね。これで我慢して」
「二杯じゃ物足りない」
それでも飲む。やっぱ、レイの淹れるコーヒーはインスタントでもうまい。濃いけど。
「あっちゃん、来年の元旦はどうするの?」
「高ノ宮神社」
香奈に訊かれ、私はそう答える。
「そこで今年、あっちゃんおみくじで「大凶」出してたよねぇ。こんなのあるんだぁって」
「いいじゃん。これ以上悪くなりようがないんだから」
レイに悪態をつく私。でも、まだ理性はある。
でもそれもあと何時間持つかしら?
「来年は何が出るかね?」
「大吉でしょ」
嫌味な笑いを浮かべる香奈に、私は動じることなくコーヒーを啜る。あー、濃い。
「あっちゃん、最強」
「なんだ、そりゃ?」
レイが突っ込む。意味わからん。
午後八時。意識が――ヤバイ。
「レイ……冷蔵庫から栄養ドリンクのウンクル頼むわ。三千円のやつ」
「ちょっ……あっちゃん、さっきも飲んだじゃんっ!!」
立ち上がりかけたレイを止め、香奈が私を睨む。
「あれはまだ千八百円のやつ。これからは三千円クラスのものよ」
フフフフフフ。私は低く笑う。
「一日一本が限界なんだからっ!!もうあっちゃん、二本は飲んだでしょっ!!」
「甘いな……これで四本目だ」
「余計にダメっ!!」
「じゃぁ、コーヒー、スプーン×十五」
「寝ろっ!!」
とうとう香奈がキレた。
「あっちゃん……十一ちゃんの掲示板でも、あっちゃんと同じようなこと書いてる人いるよぉ」
何、呑気にスマホ見てるんだ、貴様っ!!レイっ!!
「日本全国に我が同胞がいるのよっ!!私は一人じゃないわっ!!」
「また血を吐きたいのっ!?」
「血が何よっ!!こみけがすべてなのよっ!!
ふははははっ!!正義は我にありっ!!」
香奈の怒気など――今の私の敵ではないっ!!
「あっちゃんの人格が崩壊したぁ!!」
レイが私から一メートルの距離を置く。それが何よっ!!
ピンポーン。
「ヨシくん、ナイスっ!!」
香奈が声を上げる。
「アシ要員がひとり増えたわね」
「あっちゃん、酷いぃっ!!」
チャイムの音がして――私はトーンダウンしてしまう。
せっかくテンション上がったのになぁ。
レイがそんな私を睨みながら、玄関へ走っていく。
「あっちゃ――んっ!!ちょっときてぇぇ」
力の抜ける声で、レイが呼ぶ。
「忙しいのよっ!!」
「いいからぁ……ヨシくんいっぱい荷物持ってきて、持ちきれないのぉ」
「何だ、そりゃぁ」
えぇっい!!どこまでも、使えんやつっ!!
私は勢いよく立ち上がり――ドンっ。
こたつの角に――右膝をおもいっきりぶつける。
「……くはぁぁ……」
あまりの痛さにもんどりうつ。
「大丈夫……あっちゃん?」
心配そうな香奈の顔。涙目で私は痛さを香奈に訴える。
「あっちゃん、早くぅぅ」
レイの声。おのれはぁぁぁっ!!
ぶん殴りたい衝動のおかげで、痛みを堪えて立ち上がる。
右足を引きずるように、玄関へ向かって――あれ?
「……翔……」
どうしてあんたがここにいるのよ?
「相変わらずだな……お前」
恥ずかしそうに玄関に立つ――元彼の翔。
「何してんの?」
「本当に相変わらずだな、お前」
私の対応に――翔が少し怒っているように言った。
でもしょうがないじゃん。
「ってか、お前……痩せただろ?血を吐いたとか聞いたけど」
「うん……まぁ」
「ちゃんと食ってないだろ?」
「仕事とこっちが忙しいの。で、何?」
だから――なにしに来たのよ、あんたっ。
「……これ」
つっけんどんに右手を私に差し出す。
小さい――青い箱。
「何、これ?」
「……そこまで言わせるのかよ……指輪っ!!寄り戻したいんだよっ!!」
顔を真っ赤にして。相変わらずはあんたじゃん、翔。
いつの間にか――私の後ろには香奈も来ている。
レイは私の横でにやにや。
翔の後ろにはヨシくん。
これ――もしかしてハメられた?
「いいよ」
私――即答する。
「え……マジっ!?」
翔が私を見て驚いて。
「すごーいっ!!」
「やったな、翔っ!!」
外野が喜んでる。
「その代わり、時間がないの。手伝って」
私の答えに――一瞬で場の空気が凍りついた。
仕方ないじゃん。恋より――今はこみけが大事なんだし。
マジ、時間ないし。
「……言うと思った。そのつもりで来てるから。
その代わり、こみけが終わったら……だから」
脱力しかけても、それだけは翔は私にはっきりと言った。
「……わかってる」
私は頬が赤くなるのを感じながら――こう思った。
――アシ要員、一人GET。と。
これはクリスマスイブ、イブのお話。
そして――正月の三人娘――。