安坂の笑み
本当に申し訳ないです!紛失した下書きノートの捜索に手間取りました。
先日やっと発見したので、ペースが戻るといいんですが…(-_-;)
会場内が暗くなり、なぜか緊張感が溢れる。
照明に照らされて現れたのは、先ほどとはまた違った印象の衣装。
アシスタントも連れずに舞台の中央に立った安坂は、おもむろに懐へ手を伸ばした。
出てきたのはトランプ。しかしそれはすぐに消えてしまう。
唐突に披露された技。瞬間的に会場はざわついた。
「皆さん、初めまして。安坂夕凪と申します。これから皆さんにマジックを披露したいのですが……」
消えたはずのトランプが、いつのまにか安坂の手に握られている。
俺は思わず目を疑った。
「まずは簡単なカードマジックから。失礼ですが
、誰か手伝ってもらえますか?」
好奇心などでかなりの人が手を挙げる。
選ばれたのは中学生くらいの女の子。緊張しながら舞台に上がる。
「この中から一枚選んでください」
女の子は何気なく一枚のカードを取る。
「ではそれに何か描いてください。そして僕に見えないよう他の皆さんにお見せしてください」
見せられたカードはクローバーのエース。巷で有名な、ゆるキャラの絵が描いてある。
「見せ終わったら、カードを貰います。そしてこの中に入れて」
トランプの束にさっきのカードが入れられる。
「これごと消します」
安坂がトランプを手で隠しただけで、そこにあったはずの物が無くなる。
「恐らく、さっきのカードは、あなたが着ている服のポケットに入っているはずです。それを確認したうえ、裏を向けてこの台に置いてください」
カードを見つけた女の子が驚いたような表情をしている。恐らく同じカードだったんだろう。
「このカードはクローバーのエース。そしてきっと、あなたが好きなゆるキャラの絵が描いてあります。違いますか?」
「え……うそ、なんでわかったの」
表に向けられたカードを見つめて、女の子は固まってしまった。
かなり驚いたのだろう。
「カードマジックは僕の得意分野ですから。楽しんでいただけましたか?」
無言で頷く女の子。少し顔を赤らめて席に戻っていく。
「では、次に移りましょう」
こんな調子でカードやコインを使った演出がなされていく。
安坂は当たり前のように、日常動作でマジックを盛り込んでくる。正直、余所見をしていたら見逃してしまうだろう。
初めてアシスタントが登場した。
何か大がかりな物を運んでくる。
「最後は皆さんにとっておきをお見せします」
人ひとりが軽く入れるサイズの箱。それを開き、中に何も入っていない事を客席に確認させた。
「これを使って、今から一人消してみせましょう」
オレは息を飲んだ。こんなものはテレビで見るようなものとしか思っていなかった。それを目の前で見られるなんて……。
「そうですね……これはあなたに手伝っていただきましょう」
一人の男を指名した。
すると南都美がオレの肩を叩いてくる。
「ねぇ、海……あれって」
安坂に指名された人物に、オレは見覚えがあった。
「あれは確か、外交で経済協定を推し進めてた大臣だよな?」
ここ数ヵ月、外国と経済協定を結ぶ事を推し進めていた、国会のなんとか大臣……だったかな?
政治に関しては全くからっきしなオレ。もっと勉強しなくちゃな。
「でもなんで政治家がここにいるんだ?」
疑問をよそに男は舞台に上がる。そして促されるままに箱へと入っていった。
「さて、箱を閉めたわけですが、この上から鍵をかけます」
入口。そして鎖が巻かれそこにも南京錠がかけられる。
超能力的な力を使わない限り、あの箱から出る事はできないだろう。
「この箱からは簡単に出られないでしょう」
とんとん。と安坂は箱をつつく。
「あと数分後、この中に先ほどの人はいないでしょう」
安坂が不意に不敵な笑みを浮かべた。
「数分とは言わず、もういないのかもしれません」
そう言うと思いきり、箱に剣を突き刺した。いくら本物ではないとは言え、あの勢いで刺されば、ただじゃ済まない。
安坂は躊躇する事なく剣を次々刺していく。
「さて、そろそろですよ」
南京錠を外し、鎖を解き、箱を開けた。中には誰もいない。
箱はただそこ場にあっただけ。布や壁で隠されたわけでもない。
まさか、あの短時間で……しかも目隠しもなしで人が消えるなんて!
会場が騒然とする。誰もが舞台に釘付けとなった。
「これで僕の用意した演目は終了です」
微笑みながらお辞儀をする安坂。
「先ほどの方は……きっと外に出られているはずですよ」
また不敵に笑って、安坂は舞台袖に消えていった。
そんなわけで。あっという間にショーが終わってしまった。
ただオレの中で引っ掛かるのは、あの安坂の笑いだった。