表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/30

第09話 賞品は、コトハッ?

「おまえ、ふざけるな! コトハは物じゃねえ!」

 貴一の襟元を掴んで、司佐が言った。だが、貴一はいつもの司佐のように、余裕の表情で笑う。

「わかってるよ、そんなこと。僕だってコトハちゃんの意思は尊重するし。でもさ、部員でありコトハちゃんの主人である司佐が、コトハちゃん賭けて負けることなんかなくない?」

「……挑発してるつもりか?」

「まあまあ、これは遊びじゃん。たとえおまえが負けても、一日だけで構わないよ」

「おまえの一日は危険過ぎる! どんだけ遊んでんだよっ」

「そんなの司佐に言われたくないんだけど……で、肝心の賞品ちゃんはどうよ? コトハちゃん」

 突然、貴一に振られ、コトハはきょとんとする。

「あの、私は……」

「ああ、ごめんね、突然。部活に不真面目な司佐が真剣になれる賞品なら、なんでも良かったんだけどさ。たまたまコトハちゃんが傍にいたから言っちゃった。でも、司佐が負けるわけないし。いいよね?」

「……司佐様がいいなら……」

 コトハの言葉に、司佐は口を尖らせる。

「いいわけないだろ。そんな条件、一日だって駄目だ」

「融通が利かないなあ。じゃあ、コトハちゃんのキスを賭けてってのはどう?」

「もっと悪いわ!」

「ああ、もう。面倒臭いなあ。とにかく僕は、おまえと真剣試合がしたいだけなんだよ」

 そう言って、貴一は軽く的を狙う。一本の矢は、見事ど真ん中に突き刺さっていた。

「さあて、どうする? 司佐」

 貴一の不敵な笑みが、司佐の闘争心をかき立てる。


「司佐様と貴一さんが、女生徒を賭けて真剣試合だってよ!」

 そんな噂は、すぐに隣の柔道場へと届いた。

 試合中の昭人は、それを放り出して、柔道場を出て行った。


 弓道場では、二者一歩も譲らず、真剣試合が行われていた。すでに見学者で溢れ返っている。

「すごいな。二人とも、連続ど真ん中……これが公式試合だったら、すごい記録だ」

 感心している見学者を押し退けて、昭人は中へと入る。

「退いてくれ」

「昭人……」

 中へ入ると、コトハが昭人に駆け寄った。

「コトハ。何があったんだ?」

 眉をしかめて、昭人が尋ねる。

「貴一さんが、真剣試合を申し込んだんです。貴一さんが勝ったら、私を一日連れて行くって……どうしよう。きちんと断らなかった私のせいです」

「いや……貴一さんも強引な性格だからな。あの司佐を乗せるくらい……」

 試合を見守ることしか出来ず、二人は結果を待った。

 一時間も接戦が続き、見学者すら帰る者も現れたその時、貴一が的の端に矢を当てた。

「クソッ。滑った」

 互いの汗で床が滑り、貴一は悔しそうに声を上げる。

 先程と同じプレーが出来れば、司佐の勝ちである。

「大声出すな。結果が決まる」

 司佐は不敵な笑みでそう言うと、位置に着くために歩き出す。

 そして弓を引こうとした瞬間、床に落ちた汗にバランスを崩し、司佐は派手に転んでしまった。

「うわっ!」

 一瞬、空気が止まる。そして司佐は、さあっと血の気が引くのを感じた。

 持っていた矢は、転倒の拍子で外に落ちている。

「これは……れ、零点!」

 しいんと静まり返った中で、貴一がコトハの手を取り、その手にキスをした。

「貴一さん……!」

 止めに入ろうとする昭人に、貴一が手を出して制する。

「これは司佐との勝負だ。賞品はコトハちゃん。それは司佐も了承してるし、みんなも聞いていた。なあ? 部長」

 貴一は、遠くから見ていた双子の弟・藤二に言った。藤二は弓道部の部長だったのである。

「あ、ああ……」

「そうだ……確かに真剣勝負だな。だが、貴一! コトハを連れて行っていいとは言ってない。それだけは断る!」

「は? 今、真剣勝負だって自分が言ったんだろ」

「他のことならなんでも呑むから、コトハだけは勘弁してくれ!」

 そう言った司佐に、貴一は首を傾げる。

「なんで? なんでそんなにムキになるの? 今まで自分の彼女と言ってた人だって、簡単に差し出してたくせに……たかがメイドだろ?」

 司佐はゴクリと息を呑むと、コトハを抱きしめた。

「コトハは俺の恋人だ! だから渡せない!」

 そんな突然の恋人宣言は、その場にいた全員にどよめきを与えた。

「じょ、冗談だろ? この子、メイドなんだろ?」

「だからなんだ。俺の彼女を渡せない。筋が通ってるだろ」

「いや、通ってない。おまえの相手がメイドだなんて、どこの親が許すんだよ」

「そりゃあ、親父たちにはまだ言ってないけど……」

 言い合いを続けている二人の間で、コトハは司佐を見つめた。

「つ、司佐様……私は大丈夫です。真剣勝負なのに後から無効にしたら、司佐様のお立場が悪くなります。私、貴一さんのところに行きます」

 コトハはそう言って、貴一の元へ向かい、お辞儀をした。

「一日だけですが、よろしくお願いします」

 そんなコトハに、司佐は拳を握る。

「……コトハ」

 そう言った司佐に涙目になりながら、コトハはぶんぶんと首を振る。ツインテールの癖毛が、横にいた貴一の頬を叩いた。

「いいんです、司佐様……たった一日の我慢です」

 自分の髪が当たっている貴一に目もくれず、コトハはそう言って司佐の手を取る。

「すまない、コトハ……格好悪い負け方をした」

「いいえ。司佐様は格好良かったです。私のために一時間以上も戦ってくださったなんて、それだけで幸せです」

「コトハ……」

 ラブシーンを続けている司佐とコトハの間に入り、貴一はコトハの肩を抱いた。

「んじゃ、まあ、とりあえず預かるわ。じゃあねー。あ、皆さんお騒がせしてすみません。ではでは」

「貴一! コトハに手出すなよ」

「それはどうかな。明日までは、僕のものだからねー」

 不安げな司佐を尻目に、貴一はコトハを連れて去っていった。

「司佐……」

 昭人が司佐に駆け寄ると、司佐は悔しそうに笑う。

「ハハ……情けねえな、俺」

「司佐……」

 そこに、部長の藤二がやって来る。

「悪かったな、貴一が……」

「そうだ、藤二。おまえが止めてくれれば……」

「僕が頼んだんだ」

「え?」

 藤二の言葉に、司佐と昭人は顔を見合わせる。

「だって司佐、全然部活に来ないから。貴一は昔から僕と一緒に弓道もやってたし、スポーツは何やってもうまいだろ。たまには司佐にハッパかけてくれっていったら、あの調子だ。コトハちゃんを賞品にしたのは悪いと思うけど、悪いようにはしないと思うから安心して」

「出来るか。あいつはタラシなんだぞ!」

 司佐の言葉に、藤二は苦笑する。

「しないよ。司佐の恋人なら尚更。僕たち従兄弟だけど、司佐の怖さは知ってるよ」

「……ハッパかけるんなら、直接言ってくれればいいんだ。真面目に部活に参加してないのは悪く思ってるけど、ギリギリ許される範囲は来てるだろ」

「あのねえ。大会前だけ来られても困るんだ。部員の士気だって下がるだろ。だって練習してない司佐が、一番うまくてエースなんだから。やってられないよ」

 部長としての責任を果たそうとしている藤二に、司佐は頷いた。

「確かにな。じゃあ今後は改めるから、これからは直接言ってくれ。灸を据えるといっても、これじゃああんまりだ」

「わかった。僕も悪かったよ」

 司佐と藤二は和解し、その場で部活は終了となった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ