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第08話 司佐さまの、秘密の恋人ッ!

 次の日の朝、初めてコトハは、司佐の部屋に入ることを許された。それは昨日、司佐がメイドの研修期間を終え、正式な司佐付きのメイドになるよう命じたことにある。

 コトハの傍らには、昭人がいる。厨房から運び込まれたドリンク類をワゴンに積み、司佐の寝室の隣にある応接間へと向かった。

「ここは応接間。そっちが居間で、奥の部屋が寝室になる。起こす時以外、寝室に入ることはないだろう。ベッドメイクは他の者がやるし……いつも司佐は、起きてからすぐに飲み物を召し上がる。飲みたい物はその日の気分だから、こうして何種類も用意してある」

 ワゴンに積まれた飲み物を指して、昭人が説明する。

 コトハにとっては初めての司佐への仕事なので、緊張とともにわくわく感もあった。

「はい」

「まずは起こして、飲みたい物を聞く。その後、このワゴンから飲み物を作って渡す。起きて飲む時もあれば、ベッドの上で飲む時もある。飲み物は、まず水、その後コーヒーが最近の主流だけど、時々紅茶とかジュースとか言うから気を付けて。紅茶の場合は、茶葉まで聞くこと。銘柄はここに書いてある。淹れ方は覚えてるな?」

「はい。特訓しましたから」

「じゃあ、よし。とりあえず、これ持って起こしておいで」

「はい!」

 覚えることがたくさんあり緊張するが、コトハは寝室の扉を叩く。だが、返事はない。

 モーニングコールは返事がなくても入って良いことになっているので、コトハはそっと扉を開けた。

 寝室だけでコトハの部屋くらいあろうかという広さの中に、大きなベッドがある。

 コトハは昭人に見守られ、ワゴンを引いて中に入ると、ベッドに向かった。

 しかし、そこに司佐の姿はない。

「昭人? 司佐様がいらっしゃいません!」

 その時、更に奥の部屋から、制服を着た司佐が出てきた。

「ああ、おはよう」

「司佐様! 起きてらしたんですか?」

「うん。今、顔洗ったところ」

「ひどい。初仕事だったのに……」

 残念がっているコトハに苦笑し、司佐はベッドに寝そべった。

「じゃあ、起こして」

「起きているではありませんか……」

「いいから起こせよ」

 コトハは昭人を見ると、昭人は頷いて促す。コトハも頷き、司佐のベッドに向かった。

「お、おはようございます。司佐様……」

「そんな小さい声じゃ起きない」

 まるでからかっているかのように悪戯な目で見つめる司佐に、コトハは顔を赤らめる。未熟ながらも恋人となったはずの司佐を、直視出来ない自分がいた。

「お、おはようございます! 司佐様!」

「それじゃあうるさい」

 コトハはいじめられているかのような感覚に陥り、昭人に助けを求めた。

「はあ……いい加減、からかうのはやめろよ、司佐。だいたい、シャツにしわがつくぞ」

 見かねて口を出した昭人に、司佐は笑う。

「じゃあ最後のチャンス。コトハ、俺を起こす時は、ここにキスして」

 自分の頬を指差す司佐に、職権乱用だと昭人は溜息をついた。

 恥ずかしさで困り果てているコトハに痺れを切らし、司佐は笑ってコトハを軽く抱きしめる。

「もういいよ。ゆっくり、な」

「ごめんなさい……」

「コトハ。ここはもういいから、先に食堂で準備しておいてくれ。すぐに行く」

「わかりました。お飲み物は……」

「昭人にやらせる」

「はい……失礼致しました」

 うまく起こせなかった自分にしょんぼりし、コトハは司佐の部屋を出ていった。

 司佐が起きる上がると、眉を顰めた昭人がいる。

「なんだよ。何か言いたげな顔だな」

 笑ってそう言う司佐に、昭人は口を尖らす。

「懲りてないのか? 昨日のこと。職権乱用だ」

「ああ……まだ言ってなかったな。俺たち、晴れて恋人同士」

「え? あ、昨日、コトハの部屋に行った時?」

「そういうこと。辻に止められたりしてたみたいだけど、コトハの本当の気持ちは聞いたよ。だから俺が言わせたわけじゃない。本当だ」

「そう。それならよかったけど……」

 ワゴンから水を取り、飲みながら司佐は静かに笑う。

「もっと喜んでくれよ、昭人」

「ああ、喜んでるよ。でも……本当に大丈夫なのか? 許される恋だとは思わないけど……」

 昭人の言葉に、司佐は天井を見上げる。

「じゃあまあ、しばらく隠して様子を見るか」

「うん……」

「行くぞ。腹減った」

 二人はそのまま、食堂へと向かっていく。

 昭人は司佐とコトハの関係を喜んだが、波乱もあるだろうと予想し、一人冷静を保とうと思った。


「コトハ。俺たちの関係は、まだ誰にも秘密な」

 車の中で、司佐がコトハに言い聞かせた。

「どうしてですか?」

「うーん。いろいろ面倒だから」

「面倒、なんですか……」

「いや。べつにおまえの存在が面倒なわけじゃないぞ。ただちょっと、まだいろいろ準備が整っていない。とにかく俺がいいって言うまで、誰にも話すな。知っているのは昭人と、今必然的に知ってしまった、運転手のセバスチャンくらいだ」

 運転手の坂木はすっかりセバスチャンのあだ名が付き、苦笑する。

「わかりました。誰にも何も言いません」

「ああ。そのうち……公表出来るようにする。あんまり隠し事は好きじゃないんだ」

「はい……」

 なんだか司佐が自分を守ってくれているようで、コトハは幸せを感じていた。


「コトハ。今日は部活があるから、おまえは部活見学でもして、どれに入るか決めておけ」

 学校に着くと、司佐がそう言った。

「部活、入ってもいいんですか?」

「ああ。というより、うちは部活必修で入らなきゃいけないんだよ。何処か決めてるのか?」

「いいえ……司佐様は、何部なんですか?」

「俺は弓道。昭人は柔道。ほとんどサボってるけど、月にニ、三回は顔を出さないといけないから。おまえも家の業務があるとはいえ、部活動は認めるぞ」

「ありがとうございます。考えておきます」

「うん。じゃあ、昼に食堂でな」

 一年生の昇降口にコトハを置いて、司佐と昭人は去って行った。

「部活動か……」

 コトハは教室に向かいながら、部活のことを考える。中学の時もメイド業務があったため、帰宅部で過ごした。司佐はああ言ってくれたが、少しでも山田家に恩返ししなければと思っていた。


 その日の放課後、コトハは一人で部活見学をした。校舎内には様々な文化部が活動しており、外へ出れば運動部が汗を流している。

 ふと柔道場に差し掛かり、コトハは見なれた顔を発見した。昭人である。

 昭人は普段掛けている眼鏡を外し、真剣な眼差しで正座している。やがて始まった試合では、あっという間に勝利を得ていた。

 そこに、一戦を終えたばかりの昭人が、窓から顔を出しているコトハに気付き、近付いた。

「コトハ? こんなところまで部活見学か?」

「はい。昭人、カッコ良かったです」

 正直な感想を述べたコトハに、昭人は苦笑する。

「そんな言葉、司佐が妬くぞ」

「そ、そういうものですか?」

「たぶんね。ここまで来たなら、司佐の姿も見て行けよ。隣が弓道場だから」

「はい、ぜひ……昭人は、弓道やらないんですか?」

「弓道で司佐の身が守れるならいいけどね。どうせやるならこっちの方がいいと思ったんだ。司佐に何かあっても、すぐに駆けつけられる」

 昭人の忠誠心に、コトハは感心した。

「私も……柔道やろうかな」

 その言葉を聞いて、昭人は笑ってコトハの頭を撫でる。

「護身術は俺に任せて、おまえは好きな部活に入れ。こんな汗臭いところ、司佐に嫌われるぞ。それに、柔道は僕の好きな部活だ」

 頼もしいまでの昭人に、コトハは頷く。

「はい。じゃあ、司佐様のところへ行ってきます」

「うん」

 昭人に見送られ、コトハは隣の建物を覗く。

 広いその建物には、袴姿の司佐がいる。いつもと違って真剣な眼差しで的を射抜く姿が、昭人と同じく格好が良かった。

「あれ、コトハちゃんじゃん?」

 そこに現れたのは、司佐の従兄弟だという、貴一であった。

「貴一様」

「覚えててくれたの? 嬉しいなあ。でも、様付けはよしてくれる? 司佐じゃないんだから」

「じゃあ、貴一さん?」

「ハイハイ、なんですか? コトハちゃん」

「貴一さんも、弓道部なんですか?」

「いや、僕はバレー部だから。でも珍しく司佐が部活に来てるっていうからさ、殴り込みっつーか、果たし合いっつーか?」

 軽い様子の貴一に腕を掴まれ、コトハは弓道場の中へと連れて行かれた。

「たのもう!」

 突然響いた貴一の声に、弓道場内の全員がこちらを向く。

「貴一?」

 司佐は怪訝な顔で貴一を見つめ、その手に掴まれているコトハを見る。

「司佐。勝負だ」

「またか……それより、うちのメイドに触るなと言ってるだろう」

「こりゃ、失礼」

 貴一は掴んでいたコトハの手を離すと、司佐の前に立った。

「おまえ、一度俺を負かしたからって、いい気になるなよ」

 司佐が言う。

「いい気になんかなってないよ。だって実力だし?」

「貴様……」

「ま、いくら幽霊部員のおまえでも? 部員でもない僕に負けちゃうとか? そりゃプライドが許さないと思うけどぉ?」

 うざいまでに語り続ける貴一。

 そのきっかけは、以前一度、遊びで弓道場を訪れた貴一が、司佐よりも好成績を残したことにある。

「前のはビギナーズラックだ。一度勝ったくらいで、いい気にならないでもらおうか」

 そう言いながらも、受けて立って司佐は貴一に弓を差し出す。

「なに言ってんの。僕だって一応、良家のぼっちゃん。弓道は子供の頃からやってるんだよね」

「そんなことは知ってる。さっさとやれ」

「司佐。これは真剣勝負だ」

「わかってるよ」

「じゃあ僕が勝ったら、このコトハを僕にくれ!」

「はあぁぁぁ?!」

 驚いたのは司佐だけではない。コトハもまた、目を大きくして口を塞いだ。

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