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第07話 司佐さま、まさかの失恋ッ?

 夜の山田家の庭で、司佐と昭人は固まっていた。やがて、司佐の体が震え出す。

「イ……イヤだと――――――?!」

「司佐!」

 今にも殴りかかりそうなほど、怒りに似た震えを起こしている司佐を、慌てて昭人が止める。

「離せ、昭人! 殴りゃしない」

 そう言った司佐に、昭人は静かに手を離した。

「よ、よし、コトハ。イヤな理由を聞かせてもらおうか。まだ龍ちゃんって男が忘れらないのか?」

 すっかり意固地になっている司佐は、そう言ってコトハを見つめる。

「違います」

「じゃあ、なんだ」

「だって……急に結婚だなんて。私、司佐様のことは好きですし、お慕いしています。でも、結婚となると話は別です」

「どう別なんだ。おまえに俺は不釣り合いか?」

「……どちらかといえば」

 コトハはたじろきもせず、正直に答えた。

「貴様……俺への恩を忘れたか!」

「でも、結婚は一生を決めることです。そういうことでは、私、司佐様のことを何も知らないですし、子供の頃から男性の理想像があるんです」

「理想像? なんだ、それは」

「働き者で、爽やかな人です」

 それを聞いて、司佐と昭人は一瞬止まった。どちらも司佐とは程遠い。

「悪かったな、働いたことなくて、爽やか系でもなくて!」

「いえ、あの……」

「もう黙れ、コトハ! 帰るぞ」

 その時、見かねて昭人がコトハの腕を掴んだ。

「待て、昭人。まだ話は終わっちゃいない」

「でも……」

「コトハ! 今から命ずる。おまえは俺と付き合え! これは決定。命令だ!」

 絶対的な命令に、コトハは驚き、やっと恐怖さえ感じていた。

「命令……」

「そうだ、絶対命令だ」

「ひ、ひどすぎます! そんな命令……私は、司佐様にきちんとお仕えしたいんです!」

「そうだ、仕えろ。命令は絶対だ。わかったら、とっとと部屋へ帰れ!」

 恐ろしい顔で命令した司佐に恐怖し、コトハは涙を堪え、小走りで屋敷へと入っていった。

「あいつ、俺に挨拶もなしに帰りやがって……メイド失格だな」

「司佐!」

 その時、一部始終を見守っていた昭人が、真剣な表情で司佐を見つめる。

「あんまりだ、司佐! コトハをなんだと思ってるんだ。あの子は司佐の所有物なわけじゃない。あの子にだって人権はあるんだぞ。勘違いするな!」

 いつになく強い口調の昭人に、司佐の冷たい目が貫く。

「おまえこそ勘違いするな。俺にそんな口を利いていいのか」

「……不愉快にさせたなら謝るよ。でも、あんまりだよ。僕はあの子と同じ立場だから……ショックだ」

「……俺のプライドが許さなかったんだ」

「わかるけど……」

 気まずい空気になりながらも、二人は互いの気持ちがわかっていた。

 その後、二人は静かに部屋へと戻っていった。


 部屋に戻ると、司佐はバルコニーに顔を出す。夜風が冷静にさせてくれる気がした。

 コトハには酷いことを言ったとも思うが、コトハもあんな言い方はないと、プライドを傷付けられた自分もいる。

 司佐は隣の隣であるコトハの部屋を見て、ふと思い立ち、立ち上がった。


 コトハは、部屋で泣いていた。

 憧れていた司佐の恐ろしいまでに冷たい瞳に、恐怖を感じたのである。また、主人である司佐に逆らった自分を許せなくも思う。それでも、正直に答えたかった。

 ドン、ドン……と、突然、窓が叩かれ、コトハは驚いて立ち上がる。

 恐る恐る窓に近付くと、バルコニーには司佐がいた。

「司佐様!」

 コトハは驚いて、泣いていたことも忘れ、バルコニーへ続くドアを開けた。

「さっきは、すまなかった――」

 プライドを破り捨て、司佐が言う。

 元気のない司佐に、コトハは首を振ると、そのまま司佐を部屋に招き入れる。

「入ってください。中に……」

「ああ。その……謝りに来ただけだから」

「いいえ。私も謝らなければ……本当に、申し訳ございませんでした!」

 その場に土下座して言うコトハに、司佐は苦笑した。

「土下座はやめてくれ。俺たちの関係が、遠いものだと認識させられる」

 司佐は椅子に座り、コトハに手を差し伸べる。

 コトハはその手を取ると、申し訳なさそうに顔を伏せる。

「謝らせてください。私、司佐様付きのメイドとして、司佐様のご質問には包み隠さず答えるつもりでした。でも、結果的に怒らせてしまって……申し訳ありませんでした」

「もういいって。これからも、正直に話してくれ。俺が悪かったんだ。ちょっと急ぎ過ぎた」

「……本当は、嬉しかったんですよ?」

 その時、コトハがそう言ったので、司佐は驚いて顔を上げた。

「え?」

「私、今は司佐様にお仕えすることしか考えられません。だから、恋愛とかそういうことではなく、きちんとお仕えしなければ、一人前ではないと思いました。それに、辻さんからも、くれぐれも女として司佐様に近付くなと、仰せつかっております」

「辻のやつ……余計なことを」

 軽く舌打ちをし、司佐は苦笑した。

「でも、よかった。そういうことか。俺は嫌われてはないんだな?」

 司佐の言葉に、コトハはいつものように大きく頷く。

「もちろんです!」

「他に好きな男もいないんだな?」

「いません」

「これからも、俺に仕える気持は変わらないな?」

「はい、変わりません」

 そう言ったコトハを、司佐は優しく抱きしめた。

 コトハは司佐の腕の中で固まり、赤くなる。

「つ、司佐様……?」

「合格だ。もう研修期間は終えて、正式に俺専属のメイドになれ」

「……はい!」

 嬉しさに微笑み、コトハは涙を流す。

「なんだ、泣いてるのか?」

「いえ……嬉し涙です。私、小さい頃から司佐様にお仕えするのだと頑張ってきました。今こうしていることが、夢みたいで嬉しいんです。だからこれからも、司佐様にきちんとお仕えしたいんです」

「……コトハ。俺は恋愛が絡んだからって、メイドの業務が疎かになるとは思ってないよ。逆にもっと互いを知ることが出来るんじゃないのか?」

 司佐の言葉に、コトハはゆっくりと頷く。

「そうかもしれません……」

「じゃあ、辻が言ったこととか、俺に仕えるとか、そういうことは今は忘れて、コトハの正直な気持ちを教えて?」

 それを聞いて、コトハは真っ赤になり、未だ腰の辺りを抱きとめたままの司佐を、じっくりと見つめる。

「好きです。司佐様のこと……」

 司佐は満足げに笑い、コトハをもう一度抱きしめる。

「じゃあ、俺たち付き合えるな?」

「……それは、命令ですか?」

「いいや。おまえの意思で決めろ。だけど、業務とかそういう裏事情はなしで」

 至近距離にある司佐の顔を見つめ、コトハは微笑んだ。

「よろしくお願いします!」

「よし、決まりだ」

 それは、司佐にとってもコトハにとっても、幸せが包んだ瞬間だった。


「じゃあ、帰るとするか」

 それから程なくして、司佐はそう言って立ち上がる。そして、入ってきたバルコニーへと向かった。

「何処から来たんですか? 司佐様」

「ん? あそこ」

 コトハの問いかけに、司佐は遥か向こうの自分の部屋を指差す。だが、隣の部屋のバルコニーは、三メートル以上空いている。

「子供の頃からやってる遊びだから心配するな」

 そう言いながら、司佐は壁に少し出た縁に足をかける。

 二階とはいえ天井が高いので、普通の二階より高く、落ちればひとたまりもない。

「キャ……」

 主の危険に、思わずコトハは声に出す。だが司佐は顔色一つ変えず、隣のバルコニーへと向かった。

「司佐!」

 その時、異常を察知した昭人が、隣の部屋から出てきた。

「おっと、危ね」

 最後にバランスを崩した司佐が、間一髪で昭人の部屋のバルコニーへと降り立った。

「何やってるんだ、司佐!」

「ヘヘ。懐かしいよな。この遊び」

「もう子供の頃じゃないぞ」

 呆れ顔の昭人に、司佐は不敵に笑う。

「子供に出来たことが、今出来ないわけがない。それに、ここから来たから仕方ない。ドアには鍵をかけちゃったから」

「司佐。万一のことがあった場合、怒られるのは僕なんだぞ?」

「大丈夫だって。昔より背が伸びた分、万が一バランスを崩したって、今みたいにギリギリ飛び移れるからな」

「まったく! 勘弁してくれよ」

 そう言いながらも、昭人は部屋に戻り、四角いテーブルの天板を持って来ると、それを司佐の部屋のバルコニーへとかける。

「……折れないだろうな」

 いまいち信用していないように、司佐は昭人を見つめる。

「こんな夜に、壁の縁を伝うよりはよっぽど安全だ。大丈夫だよ、分厚いんだから」

「そうか」

 司佐は足場となった天板の強度を叩いて測り、そして足をかける。

「じゃあ、おやすみ。コトハ、昭人」

 天板はしなりながらも司佐の重みを受け止め、司佐は無事に自分の部屋へと戻った。

「じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 それぞれが興奮冷めやらぬ中、三人は自分の部屋へと入っていくのだった。

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