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第06話 司佐さまの、告白大作戦ッ!

 コトハの部屋は、コトハが来た時とほとんど同じ状況だった。変わったことといえば、テーブルの上に教科書が積んであることくらいだ。

「何もない部屋だな」

「はい。ここへ来る時も、ほとんど物がありませんでしたから……」

「そうか……本当に不自由していないのか? 遠慮なんかせず、何かあるなら言うんだぞ」

「ありがとうございます。今のところはないです」

「そう……」

 部屋の真ん中でコトハは立っており、司佐はその近くにあった長椅子に座った。

「おまえたちも座れよ」

「はい」

 司佐の言葉で、コトハと昭人も椅子に座る。

「お話というのは……」

 コトハが尋ねた。司佐は言いにくそうにしながらも、口を開く。

「ああ、話っていうか……なんだ」

 そう言いながら話の糸口を掴もうとする司佐は、チェストの上に置かれた一枚の写真に釘付けになった。

「あの写真は……?」

 司佐の問いかけに、コトハは立ち上がり、写真を司佐に差し出す。

「これは、私の初恋の人です」

 包み隠さず言った言葉は、司佐にとって衝撃以外のなにものでもなかった。

 写真には、まだ小学生くらいと思われるコトハと、コトハの肩を抱いて笑う少年の姿が映っている。仲の良いツーショット写真だ。

「初恋?」

 思わず、昭人もそう口を出す。

「はい。私、他に写真とか全然持っていなくて、この写真は宝物なんです」

 司佐と昭人は、顔を見合わせる。

 やがて、昭人が口を開いた。もう、司佐はショック状態だったからである。

「へ、へえ……今でもその人のこと好きなの?」

 他人の恋愛からか、昭人はズバリを聞いた。

 コトハは少し考えた素振りを見せると、笑顔で頷く。

「好きです。だって、結婚まで約束した仲なんです」

「ええ!」

 昭人は驚きつつも、ちらりと司佐を見た。司佐はすっかり意気消沈している。

 仕方なく、もう早めに切り上げようと、昭人は写真をコトハに返した。

 しかしその時、コトハは悲しい顔をする。

「彼……龍ちゃんっていうんですけど、龍ちゃんは小学校の時、ずっと一緒にいた男の子なんです。でも、中学の時に転校していってしまって……それに、メイドの家系である私を、龍ちゃんのお母さんが嫌っていました。別れ際も、もう龍ちゃんに会わないでって言われて……」

「……そりゃあひどいな。中学生に言うセリフじゃない」

「でも、私たちはそれに納得して、最後の記念にこの写真を撮りました。好きですけど、今はもう、いい思い出っていうか……」

「じゃあ今、恋とかしてないのか?」

「してませんよ。司佐様にお仕えする身ですし」

 コトハの言葉に、司佐が息を吹き返す。

「なんだ。そうか……いや、うん。思い出深い、いい写真だね」

 写真を眺めて、司佐が言った。

「写真といえば、もう一つ持っています。こっちも一枚しかない宝物です」

 コトハは首に下がったロケットペンダントを取ると、それを開けて司佐に差し出した。そこには、美しい女性が笑いかけている。

「鳩子さん……」

「え?」

「鳩子さんだ! 見ろ、昭人!」

 慌てた様子で、司佐が昭人にペンダントを渡す。

 司佐が思い焦がれた初恋の人に、昭人は目を凝らすが、正直、記憶には結びつかない。

「コトハ、この人は?」

「私のお母さんです」

 それを聞いて、司佐と昭人は絶句する。

「お、母さん……コトハの……」

「はい。でも、名前は葉月です。私が子供の頃に、病気で亡くなりましたが……鳩子さんって?」

「葉月……亡くなった……そうか。いや、それはおいおい話すよ」

 一気に上がった心拍数を下げようと、司佐は深呼吸をする。

「そうですか。それで、聞きたいことってなんですか?」

 コトハは相変わらずマイペースで、そう尋ねる。

「あ? ああ、いや……そうだな。今夜は遅いから、また今度にしよう」

「そうですか?」

「長居して悪かったな。じゃあまた明日。おやすみ」

「おやすみなさいませ、司佐様。昭人」

 そう見送られ、司佐と昭人はコトハの部屋を出て行った。


「ああ、驚いた。鳩子さんがコトハのお母さんだったなんて……昭人、これはもう運命だと思わないか?」

 コトハの部屋を出るなり、司佐が昭人にそう言った。

「え? うん、まあ……」

「なんだよ、つれないやつだな。きっとコトハが来た日、街で見間違った鳩子さんは、コトハだったんだ。これは絶対運命だな」

「でもさ、コトハの母親は葉月さんって言うんだろう? 司佐、ちゃんと名前を聞いて、鳩子さんって名前だって言ってたじゃないか」

「それはそうだけど……何かの記憶違いだったのかもな。とにかく、俺は初恋の人を見間違ったりしない。あの写真の人は鳩子さんだ」

「鳩子さん、ハトコさん……コトハさん?」

 二人は顔を見合わせ、笑った。

「ハハ……まあ、おいおい真相もハッキリするさ。なんていったって、鳩子さんの娘が目の前にいるんだからな」

「まあ、そうだね……」

「それより、まったく、コトハには驚かせられっぱなしだ。そういうのには奥手だと思ったけど、彼氏がいたなんて」

 司佐の言葉に、昭人は笑う。

「子供の頃だろ。あんなの恋人じゃないよ。それより、今は司佐様にお仕えする身だってさ。よかったね、司佐」

「ああ。踏み込んだ途端に、まさかの玉砕かと思った」

「司佐がフラれるわけないと思うけど。結構小心者なんだなあ」

 笑っている昭人に、司佐は口を曲げる。

「言ってろ。でも、コトハがニブくてよかったよ。結構突っ込んで聞いたから」

「確かにね」

「明日こそ、いろいろ聞こう。おまえもついて来いよ」

「仰せのままに」

 二人は笑った。

「馬鹿なこと言ってないで、寝よう。おやすみ」

「うん。おやすみ」

 そのまま、二人は各自の部屋へと入っていった。


 それから数日間をかけて、二人はコトハの生い立ちなどを聞いた。

 軽井沢の山田家別荘でメイドをしていたこと。父はおらず、母も早くして亡くなり、祖母と二人で住んでいたこと。別荘一角にある小さな小屋で暮らしていたこと。小学校、中学校へ通いながらも、メイドの手伝いはしていたこと。そして、最近祖母が亡くなり、ここへ来たことなどを聞いた。


「決めた! やっぱりコトハはいいやつだ。俺は告白するぞ」

 山田財閥の跡取りである司佐の、一世一代の決意だった。

「昭人、コトハを庭へ連れて来い。プロポーズ大作戦、決行するぞ!」

「今?」

「今だ。決めたらすぐ! 早くしろ! おまえもいてくれよ」

「わ、わかった」

 司佐の命により、昭人は慌てて去っていく。

 満月に近い夜、司佐は庭の池のほとりで、コトハを待った。

 頭の中では、数日前に練り上げられた昭人とのシュミレーションが思い出される。

(告白したら、抱きしめてキス)

 心の中で呪文のように唱えていると、昭人に連れられ、コトハがやって来た。

「お呼びでしょうか、司佐様」

 ネグリジェ姿で慌てて連れてこられたコトハ。そんな姿もそそられた。

 司佐はコトハの前に立つと、静かに深呼吸する。

「あ……今夜は月がキレイダネ……」

 棒読みで言った司佐。

 そんな司佐に目もくれず、コトハは空を見上げると、優しい笑顔で月を見つめる。

「わあ、本当ですね! 都会で星は見えないんだと残念に思っていましたが、月だけは変わらず綺麗です」

 僅かな照明に照らされたコトハに、司佐は静かに口を開く。

「……おまえが好きだ」

 やっと言った司佐。でも、コトハは変わらぬ笑顔を向けている。

「私も好きですよ?」

「……いや、おまえが言っているのは、たぶん違う意味だ」

 コトハの様子からそう悟り、焦った様子で司佐が言った。

 だが、コトハは首を傾げている。

「違う、意味ですか……?」

「そう。つまり……俺は男として、おまえを見てるっていうか……」

「はあ……」

「つ、つまりだ。俺はおまえと結婚してやってもいいってことだ!」

 昭人はついにそう言った司佐を見つめ、その行く末を見守った。

 この瞬間を、何度シュミレーションしただろう。この後、二人は抱き合い、キスをする。波乱のカップル誕生である。

「イヤです」

 だがその時、コトハはそう言い放った。

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