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第05話 好きならまず相手を知れッ!

 次の日の朝、司佐と昭人が食堂に入ると、コトハの姿はなかった。

「何やってんだ、あいつ……コトハは?」

 司佐が近くにいたメイドにそう尋ねると、給仕用の入口から、コトハが入ってきた。

「あ。おはようございます、司佐様。昭人」

「おはよう……何してるんだ?」

「朝食を運んでおります」

 コトハはそう言って、司佐の前に朝食を置く。

「そんなことは他のやつにやらせて、さっさと座れ」

「はい……でも、私は司佐様付きのメイドです。朝食だって……」

「俺は、口答えは嫌いだ。さっさと座れ」

「は、はい」

 コトハは司佐の右側へ行き、昭人と対面する形で座った。

「じゃあ、いただきます」

「いただきます」

 一同は、静かに朝食を食べ始めた。

 しばらくして、司佐が口を開く。

「コトハ。昨日は午前授業で終わったが、今日からは午後まで授業がある。昼食は食堂で取るから、午前授業が終わったら食堂へ来い」

「はい。わかりました」

「それから……帰りは、今日から二年の昇降口で待っていなくていい。また変なやつらに捉まっても面倒だからな。校門前に、坂木改めセバスチャンが、車を停めて待っているはずだから、先に乗って待っていろ」

「わかりました」

 司佐が諸注意を言って、立ち上がった。

「やっぱり、人がいる食事っていいものだな」

 司佐はそう言うと、コトハと昭人とともに、学校へと向かっていった。


 二年生の教室。元気のない司佐に、隣の席の昭人が首を傾げる。

「大丈夫? 司佐。気分が悪いなら、保健室でも連れて行くけど……」

「いやいい。それよりおまえ、昨日の作戦決行するべきかな? なんだか怖気づいてきたって感じなんだけど……」

 一晩中考えた昭人との作戦は、最高のシチュエーションでコトハに告白することだったが、いざ今日やろうとすると、ブレーキがかかる。

 珍しく弱気な司佐に、昭人は苦笑した。

「嫌ならやめてもいいんじゃないかな。昨日決めて今日告白だなんて早過ぎるよ。だいたい、あの子のこと、何一つ知らないんだし」

「そ、それもそうだな……」

「まずはお互いを知ることも大事だと思う」

 説得力のある昭人の意見に同意し、司佐は本来の態度に戻った。


 その日の昼食時、コトハは初めて学校の食堂へ向かった。すると、すでに来ていた司佐と昭人が、コトハに手招きする。

「こっちも今来たところだ。好きな物を取って来い」

「はい」

 司佐にそう言われ、コトハは学生たちの列に並ぶ。どうやら好きな料理を取っていき、最後に金を払うらしい。

 戻ってきたコトハに、司佐と昭人は驚く。

「それだけか?」

 コトハの持ってきたトレイの上には、パンが一つ乗っているだけだ。

「はい」

「……腹が減ってないの?」

 見かねて昭人も口を出す。

「そういうことではないですが……」

「じゃあ、どういう意味だ」

 怪訝な顔で見つめる司佐に、コトハは目を泳がす。

「でもあの、私、あんまりお金を持っていなくて……」

 恥ずかしそうに言ったコトハに、司佐は納得した顔をした。

「ああ、悪い。金のことなんてすっかり忘れてた……コトハ、嫌いな食べ物は?」

「ありませんけど……」

「じゃあ昭人。悪いけど、コトハの食事を適当に持ってきてやってくれ」

「わかった」

 司佐の申し出に、昭人はポケットから金色に輝くカードを取り出し、立ち上がる。

「あ、昭人。大丈夫です。あなたに私なんかの昼食代を払ってもらうなんて……」

「これは山田家のカードだ」

 それだけを言って、昭人は受付へ向かっていった。

「あの……すみません」

 申し訳なさそうに、コトハが言う。

「いや。学校に関することは、食事でもなんでも山田家が面倒見る。おまえも入学した時、そう誓約書にサインしたろう」

「はい。でも……」

「口答えするな」

「は、はい」

 そこに、昭人がトレーいっぱいの料理を運んできた。

「とりあえず、一通り持ってきたけど」

「いいんじゃない。残れば誰かにやればいい。じゃあ、いただきます」

「いただきます」

 昭人と司佐が、慣れた様子で箸をつける。コトハも、それに倣って食事を始めた。

「どうだ? コトハ。食堂の食事は」

 しばらくして、司佐が尋ねた。

「はい。とても美味しいです」

「そりゃあよかった。ちゃんとシェフが作ってるからな」

「そうなんですか。すごい……でも、あんまり人がいないんですね」

 辺りを見回して、コトハが言う。食堂には空席も目立つ。

「こっちは高級食堂だからな。金がないやつらは、あっち側の食堂に行く。比較的リーズナブルだから、あっちのほうが人気がある」

 高級なドアで仕切られたもう一つの食堂を指差し、司佐が答えた。

「そうなんですか……」

 思えば、近くにいる生徒はみんな気品がある気がする。コトハは自分がここにいて良いのかを考えたが、山田家のメイドとして恥じないよう、食事も優雅に出来たらと思った。


 その日の夜。結局、司佐はコトハに何を告げることも出来ず、部屋で本を読みふける。昭人が言う通り、コトハのことを知ることから始めなければと思ったが、実際のところ、コトハとは学年も違い、家でもメイドの業務が少なからずあるため、二人きりになどなれる機会がない。

「早く正式なメイドになれればいいのに……」

 司佐がそう言ったのは、コトハはまだこの屋敷へ来て間もなく、屋敷内の土地勘や作法もわからないため、研修期間として、今はまだ司佐付きのメイドではなく、屋敷全体の業務を覚える期間とされているからである。


 一方、図書室では、今日の業務を終えたコトハが、昭人とともに勉強していた。

 昭人は片肘をついて、コトハを観察する。あの暴君とまで言われた司佐を、一瞬にして普通の少年に戻したコトハ。少なからず、昭人にも興味があった。

(背が小さいからかもしれないけど、やっぱりまだ子供だよな……何処がいいんだろう、司佐は……)

「昭人。出来ました」

 心の中で独り言を呟いて観察していた昭人は、突然目の合ったコトハに驚き、座り直す。

「あ、ああ……見せて」

「……どうかしたんですか? 私の顔に、何か……」

「いや、なんでもない。うん、出来てる。そろそろ学校の勉強だけで大丈夫かもしれないな」

「本当?」

「うん。メイド業務もこれから本格化してくるだろうし、ここでの勉強は一旦止めよう。追いつかなくなってきたら、また言って」

 昭人の言葉に、コトハの顔は明るく輝く。

「ありがとうございます! 昭人も、自分の勉強やここでの業務に追われているというのに……私、学校の勉強だけでやっていけるよう頑張ります」

 そう言ったコトハを、昭人はまじまじと見つめた。確かにまだ子供のようなあどけなさが残るものの、健気な笑顔が好印象を与える。

「なるほどね……」

「昭人?」

「ああ、いや。なんでもない。じゃあ、部屋に戻ろう」

「はい」

 二人は図書室を出て、自分の部屋へと歩き出す。

「学校はどう? いじめられてないか?」

「大丈夫です。といっても、まだあんまり友達いないけど……でも、席が近い何人かとは話をしています」

「そう。うちはあんまり外部から来ないから……ましてや良家の人間でもなくメイド。しかも山田家のね。山田家をよく思っていない人間も少なからずいるから、油断するなよ」

「わかりました」

 コトハの部屋に差し掛かった時、奥の部屋から司佐が出てきた。

「司佐様。お出かけですか?」

 コトハに言われ、司佐は拍子抜けした。本当は、コトハを訪ねたかったのである。

「ああ、いや……ちょっとな。おまえたちは、また勉強か。それとも業務か?」

「勉強です。昭人に、もう学校の勉強だけでついていけると言ってもらえたので、明日からはメイド業に専念出来そうです」

「そうか。優秀じゃないか」

「頑張ります」

 コトハの笑顔につられるように、司佐もへらっと微笑んだ。

「あ……おまえの部屋に入ってもいいか。少し話がしたいんだ」

 その時、司佐がそう言った。

「はい。どうぞ」

 なんの警戒心もなく、コトハは自分の部屋のドアを開ける。

「あ、じゃあ、僕はこれで……」

 気を利かせて昭人が言ったその時、司佐が昭人の腕を掴んだ。

「一緒に来い」

「え……」

「いいから来い。二人きりじゃ、何話していいのかわかんねえだろ」

 必死なまでの司佐に苦笑し、昭人もコトハの部屋へと入っていった。

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