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第01話 ぷろろーぐッ!

 東京都内の一等地。芸能人や政治家たちが住む高級住宅街に、一際大きな屋敷がある。

 表札には「山田」の文字。元は華族の家柄で、財閥として名高い。不動産王、山林王、医者に政治家、実業家。親戚中が資産家だらけのこの家は、もちろん近所で知らない者はいない。


司佐つかさぼっちゃま。そろそろ学校へ行くお時間です」

 広い食堂に一人で食事中、執事に言われ、少年は立ち上がる。それと同時に、少年に上着が着せられた。

 少年の名は、山田司佐やまだつかさ。十六歳。外交官の父と女優の母を持ち、不動産王であり政治家でもある山田家当主の孫息子である。

 栗色かかった地毛の髪は長めに整えられ、女優の息子だけあって整った顔立ちをしている。一人っ子のために甘やかされて育ったものの、それを許す環境があった。

「うん、行ってくる。昭人あきとは?」

「すでに車に」

「わかった。じゃあ行って来るよ」

「行ってらっしゃいませ。司佐おぼっちゃま」

 大勢の使用人に見送られ、司佐は家を出ていった。今の時代、傍から見れば異様な光景ともいえるが、この家ではこれが常識だ。


「おはようございます。司佐様」

 家を出るなり、外には高級車が停まっている。その前に、司佐と同じ制服を着た、短髪で眼鏡をかけた少年が立っていた。

「おはよう、昭人」

 司佐はそう返事をして、車へと乗り込む。昭人と呼ばれた少年もまた、司佐の隣に乗り込んだ。

「失礼します」

「ハイハイ、どうぞ」

 車が動き出すと、急に姿勢を崩して、司佐が言った。

「司佐。まだ家の中。見られるよ」

 昭人もまた敬語をやめて、司佐を静止する。

「平気だよ。車にはスモーク張ってあるんだから」

「そういう問題じゃないと思うけど……」

 眼鏡を正しながら外を見つめる昭人は、小島昭人こじまあきとという。司佐と同じ年のその少年は、両親はおらず、六歳の時に司佐の友達相手として、施設からこの家に連れて来られた。

 司佐にとって昭人は、唯一心を許せる親友であり、そして用心棒でもある。そのため、家の外や二人きりの時には、タメ口を利くよう命じていた。

「それより昭人、おまえ柔道の試合があるんだろ? 朝練さぼってまで車磨きなんかしなくていい」

 司佐がそう言ったのは、昭人の家で与えられた仕事のことだ。司佐と一緒に勉強することはもちろん、司佐の身の回りの世話以外にも、毎朝の車の掃除や司佐の靴磨きなど、さまざまな仕事を与えられている。

「いや、僕が柔道部に入っているのは、司佐を守る護身術を身につけるためだけだ。学校は部活必修だから入っているだけのことで、試合なんか出ないよ」

「もったいない。そりゃあ、小さいころから俺を守るためにいろいろ仕込まれてるんだ。柔道だけじゃなくていろいろ有段者のおまえが、活躍しないなんてもったいない。俺がいいって言ってるんだぞ?」

 そんな司佐に、昭人は苦笑した。

「本当、僕はそういうのには興味がない。強くなりたいっていう向上心があるとすれば、司佐を守らなきゃならないっていう自覚があるからだ」

「わかった、もういい。そう言ってくれるのは嬉しいけど……おまえの将来でもあるんだから」

「うん。ありがとう」

 そんな会話を交わしながら、車は都内の私立学校である蘭梗学園らんきょうがくえんへと入っていった。


 幼稚部からあるその学校は、ほとんどの者が大学までここに通う。

 司佐と昭人もまた、ずっとこの学校だ。

「おら道開けろ、ブスどもが。司佐様がお越しだろうが!」

 司佐が玄関口を入るなり、ズボンをずり下げた雰囲気の悪い生徒が、そう言って周りの女生徒たちを遠ざける。

「おはようございます、司佐様」

 明らかに不良と見られる目の前の少年は、司佐を見るなり両膝をついてお辞儀をする。

 司佐は見下すように少年を見つめると、何も言わず片足を差し出した。

 すると不良の少年は、用意していた司佐の上履きを、その手で履き替えさせる。

「ありがとう。でもそのずり下がったズボンは美しくないな」

 司佐の言葉に、見た目不良の少年は慌てて立ち上がり、下がったズボンを上げた。

「申し訳ございません、司佐様」

 その時、司佐は未だ長い不良少年のズボンの裾を踏んだ。

「長いズボンだね。足短いんじゃないの?」

「は、はは……すみません……」

「あれ? 今ちょっと、イラッとしただろ」

「いえ、してません!」

「そう? 反論ならしていいんだよ。いくら学長の孫だからって、俺を引きずり下ろすなんて簡単だろ。まあでも、そうなったら君の家も厳しくなるだろうけどね」

「滅相もございません!」

 もはやイジメとしか言えないような司佐の言動に、思わず昭人が腕を掴んで静止する。

 司佐は冷たい目で顔を背けると、そのまま不良少年を置いて教室へと向かっていった。


 教室に入ると、一同は空気を張り詰める。ここでの司佐は、教師より高い地位にいる。いわば王様だ。

 それは、この学園の学長が祖父であることが大きく関係しているが、先程の不良少年のように、破産寸前の家族を救ってもらったり、家ぐるみで山田家に世話になっている者も少なくない。それによって、司佐の地位は画一されていた。

 また、昭人という用心棒が常に側にいることも大きい。子供の頃から司佐を守るための英才教育を受けてきた昭人には、無謀な不良よけの役割は十分担っている。


「司佐君。クッキー焼いたの、食べない?」

「ジュース買ってきたんだけど」

 休み時間になると、取り巻きのように女生徒が司佐に群がる。

「今いらない」

「残念。ねえ、今度の休みどっか行かない?」

「ああ、いいよ」

 司佐の恐ろしさは知っていても、味方にしてしまえばこれほど強い人材はいない。女子たちは司佐をモノにしようと毎日が闘いで、司佐はそれを知っていても女遊びには積極的だ。

 また男子にとっても、司佐を怒らせさえしなければ、気さくに付き合える人間でもある。

「いい加減にしろ。予鈴鳴ってるぞ」

 うるさいまでの女子に、昭人がそう促したので、女子たちは渋々去っていった。

「妬いてんの?」

 悪戯な瞳で見つめる司佐に、昭人は眉をしかめる。

「よくあんなやつらの相手出来るな」

「べつに遊びで付き合う程度なら、あんな軽い連中いないだろ。おまえも息抜き程度ならセッティングしてやるよ」

「興味ないよ」

「またまた。俺たちは健全な高校男児だろ」

 軽薄なまでの司佐、時に暴力的な司佐、子供の頃からずっと傍で司佐を見てきた昭人にとって、その心理は理解出来ていた。

 司佐の両親は海外を飛び回り、ずっと外国暮らしである。山田家当主の祖父は健在だが、別々に暮らしているため、司佐はいつも一人だ。

 そんな中で、司佐に近付いて来る者はみんな裏があるので、それを何度も裏切られてきた今の司佐の人格形成は、ある意味当然の結果だと思った。

 それと同時に、自分がしっかりして司佐を支えなければと、昭人はいつも心している。


 学校が終わると、すでに校門の前には山田家の車が停まっている。

 司佐はそれに乗り込むが、昭人を助手席に座らせ、付いてきた二人の女子を一緒に乗り込ませた。

「ぼっちゃま、どちらへ?」

 運転手の坂木が尋ねた。彼もまた、運転手としてずっと司佐の送り迎えをしている。

「人前でぼっちゃんって言うなって言ってんだろ。銀座まで」

「大変失礼致しました。かしこまりました」

 後ろの座席では、司佐を挟むようにして女子が座っている。

「キャー。セバスチャンもカッコイイ。さすが山田家の運転手さん」

「セバスチャンって誰だよ」

 うるさいまでの女子に、司佐が怪訝な顔をして尋ねた。

「運転手さんだよ。運転手さんはセバスチャンって感じでしょ?」

「そうか?」

「アニメの話? それを言うならスチュアートじゃない? セバスチャンは執事だろ」

 真面目な昭人が、真顔で口を挟む。

「ええ? セバスチャンでしょ。そっちのほうが、ぽい」

 女子はくだらない論戦を始めるので、司佐は苦笑して口を開いた。

「ハハハ。んじゃ、今日から坂木はセバスチャンな」

「ええ? 勘弁してくださいよ」

「うるさいぞ、セバスチャン」

 車の中は、和やかな雰囲気に包まれた。

「ねえ司佐君、手見せて。私、手相にハマってるんだ」

「当たんのかよ?」

「勉強中」

 そんな会話を交わしながら、女子は両側で司佐の手を握る。司佐は愛もなく近付いてくる女子たちを遠ざけようとはしない。

 そんな司佐は、ふと車の外を見て目を開いた。

「止めろ!」

 司佐の声に、車は路肩に止められる。

 女子たちを押し退けて車から降り、司佐は辺りを見回した。

「司佐?」

 慌てて追ってきた昭人が、怪訝な顔をして尋ねる。

 司佐は目を伏せ、車に戻ると、女子たちを車から降ろした。

「降りて」

「え? でも、司佐君……」

「今日のデートはなし。勝手に帰って。バイバーイ」

 女子たちを街の中に放り出し、司佐は昭人とともに後部座席に乗り込むと、家へと帰っていった。


「どうしたんだよ、司佐。あの子たち、可哀想に」

 そう言う昭人の横で、司佐は外を眺めている。

「じゃあ、おまえが慰めてやれ」

「司佐?」

「……鳩子はとこさん。覚えてる?」

 おもむろにそう言った司佐に、昭人は頷く。

「ああ……司佐の初恋の?」

 昭人はそう言ったものの、ずいぶん昔の記憶を辿る。司佐と同じく一度だけ会っているのだが、その顔までは思い出せない。

 まだ二人が小学部に上がって間もない頃、地方に家族ぐるみで出席したパーティーに来ていた女性に、司佐は恋焦がれていた。

 すでに当時も大人の女性だったが、儚げな容姿、優しい笑顔が、今も司佐の中で理想の女性像として君臨しており、今まで何度も話題に上ってきた話でもあるが、ここ数年では久しぶりに出た話題である。

「そう。なんか似てる人がいた気がして……」

「もう十年も前だよね? 相当な年になってると思うんだけど」

「うるさいな、昭人! 俺だってわかってる。でもさ、やっぱり忘れられないよ。初恋だもんな」

 珍しく頬を染める司佐に少し呆れながらも、昭人は静かに微笑んだ。


 しばらくして、一同は家に着いた。気晴らしといって買い物をしていたため、いつもより時間が遅い。

 ふと見ると、山田家の正門前で、立ち往生している少女が目についた。

 司佐はさっきから初恋の人を思い浮かべていて、見るものすべてがその女性に見える。

「鳩子さん? いや……似ても似つかねえ」

 一瞬目を疑ったが、残念そうに司佐は舌打ちをする。

「でも、何やってるんだろう。屋敷の前で」

 二人が首を傾げていると、運転手の坂木が車を降りた。

「君、何をしているんだい?」

 その問いかけに、少女は笑顔でお辞儀をした。

「こんにちは。本日付で本宅勤務として配属されました、メイドの小桜琴葉こざくらことはと申します!」

 ズルッ、と、司佐は肘をついていた窓枠から滑り落ちた。

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