妹よ、自慢の指先は私が作った義手だぞ
妹は生まれた時に魔力の流れが悪く手を失うことになった。片腕の娘など捨ておけと親が叫ぶのが聞こえて部屋へ舞い戻った。あの場面を見た時、小説のことをその時思い出した。
片腕のマリーという体にハンデがあっても天才的な剣の腕を持つ令嬢。ほとんど使用人に落とされている可哀想な冷遇され済みな子供。題材は確かそれだったと段々思い出してきたなぁ、と息を吐く。
男性のような姿をして騎士達の小さな団長になり、ばったばったと敵を倒していく話だ。男装だからか一定のファンに需要があったのを覚えている。
「手を……私なら作れる」
この世界の小説でゴーレムについての記述があり、本で調べたら土魔法の中で使えるものがあった。それを応用して可動域が手のように動かせるようになれば、義手を作り出せるのではないか。
妹のためにというより趣味と実益を兼ねて、せっせと土魔法を極めるためにゴーレムの製作を開始した。先ずは土を選ばなくては。本には土選びが何よりも重要だと書いてある。
こういう説明は陶芸などにも通じる。相性が悪いと使い勝手悪く割れてしまうかもしれない。うんうん頷きながら今日も両親たちの妹が片腕なしで生きている責任を押し付け合っている。
そう言った責任に関して誰が悪いというわけはないが、確率的にそうなっただけというのも感情的に納得できないのもわかるだけに、彼らを諌める方法がわからない。繊細な問題すぎて首を突っ込めないのだ。突っ込めたのなら、初めからしている。
ようやく形になったそれを持っていくと妹はやはり放置されていて、慌ててタオルで体を拭いてからドッキングした。放置とは言っても必要最低限の世話は使用人によりされているが、言葉をかけないからか泣くだけで言葉の欠片を言う気配がない。
こうなったらと妹を横に置いて魔道具と言われるそれになった義手を完成させていく。親がこちらへ来ることもなく使用人達も手に見えないそれを嫌そうに見たり。気にせずに、手にしか見えない物へ仕上げるためにただただ作り続けた。日夜。
転生者ゆえに教育を受けてもすぐに覚えたり数字に強いから片手間に勉強している様子を周りに見せ、妹のものをコツコツ作っていく。
出来上がった頃、たまたま見かけた使用人がチクったのか親が妹を見に来たことにより、妹に手が生えた認識をされた。違う、これは義手だと説明する。
言葉を重ねたが努力実らず、使用人や医者たちは妖精がイタズラにやったと自己判断してしまう。この世界の謎種族はこういったことをするらしい。
子供のクェーレがやったよりも現実的だったらしいと驚く。なんでもかんでも説明不可能なことがあると妖精のイタズラとするのが異世界流みたいだ。
自分が作ったと告げようとしたら妹を抱き上げた親たちを見て、愛されるようになるのなら言う必要はないかと思った。義手と言うことを知っているのなら、最大限配慮するだろう。
壊れても修復しているので、妖精が夜な夜な治していると使用人たちが噂するのが聞こえた。いやいや、毎日妹のところに来ている己の姿が見えないのかと呆れた。
普通に考えて姉の仕業と一人くらい繋げても認める発言をするつもりだったのだけれど、やはり妖精のイタズラの汎用性が高すぎてバレることも考える頭もなく。
苦笑しながらも見守ることにした。親により家庭教師が派遣され、漸く言葉の勉強が施されたおかげで遅いながらも話せるようになった。
クェーレはといえば現在、妹の義手がいかに美しく作れるか極めていた。一度決めたら段々ハマってしまっていたのは短所かもしれない。
過去、なにかすると一つを極めるのに集中し過ぎて、周りを疎かにするタイプであったということをすっかり失念していたのだ。
だからとはいえ、これはあんまりだ。
「君の妹の指先の美しさは、君にはないものだ。その爪、汚いよ」
婚約者に罵られ、言葉通り汚物を見る目で見つめられると隣にいる実妹をうっとり見てから白魚と評判の国一番の手を持つマリナ、愛称マリーが隣で自慢げに見せつける。
「え、でも」
その手を作ったのはこっちなんですけど???
言いかけたところでハッとなる。妹は多分自分の手が義手なことを知らない。親たちが将来誰か言うだろう、と元々の放任主義を発揮して結局誰も言わなかったせいでマリナは知らないまま。
その頃、妹の手が次元の違う美しさをしていると噂されるようになったと知ったのは、極め切って内心出来栄えにほくそ笑んでいた頃。確かに自慢だったがこんなオチは流石に知らない。
婚約者の男がまさかまさか、己の手を蔑みながら己の作品を褒め妹に鞍替えするなんて。呆然とした。いつの間にそんなことになっていたのか、全く気付かなくて初耳だ。
婚約者に未練なんてあるわけもないが、妹がよくあるマウントを取りがちな女子顔をしている。怖い顔だ。そこにいるのはよちよち歩く女の子ではなく、醜悪な顔をした人のものを奪うことに快感を感じる女の顔。
「マリーちゃん……?」
その瞬間、もう姉の動作を真似して手を動かす練習をして喜ぶ子供はどこにもいなかった。俯き、ぽろっと涙が流れてから指で拭うと爪の中が少し汚れている。妹の指を見ると真っ白で陶器みたいに美しい。
「陶器だから、陶器みたいなのは当たり前でしょ……」
「なぁに?泣いちゃうの?お姉様……あははっ」
マリナの指には美しい宝石がこれみよがしに輝く。重量制限があるからつけるなと言っていたのに、子供特有のルールかなにかと思い込んでいて今は約束を破り、たくさん指輪を着けている。小ぶりだろうと指にそれだけ着ければどうなるのか。
マニキュアも盛りに盛っていて宝石みたいなものが付けられており、指輪より重いだろうことがここからでもわかる。よく耐えているなと他人事の気持ちで眺めた。
今からあなたの手は義手であると教えたところで信じる人間は誰もいないのは、馬鹿でもわかる。見下す姉の言葉を聴くわけがないと見ているだけでも感じ取れた。
親が言うのも無駄だ。最近知ったのだが両親は出産時にお互いいらないと押し付け合っていたくせに、その娘の素晴らしい手について社交界で自慢しまくっているらしいから。今更偽物だと言うわけがない。
仮に妹の手で婚約者を釣ったとして、その手を作った作り手のこちらの功績である。婚約者はどこかの童話みたいな伴侶の決め方をしているわけである。
足だったり髪だったり、妹の場合は手なだけだ。フェチなんだろうな。そこは己と気が合うだろう。息を薄く吐いて、上を向く。
「片腕のマリー、かっこよかったのにどうしてこうなっちゃったんだろう」
彼女は凛々しく片腕でも誇り高く戦いに身を投じていた。それが今はどうだ?これはもしやクェーレのせいなのか?
片腕のマリーは剣の才能に恵まれていたから剣を持たせようと思って、竹刀みたいなものを習わせていたのだが女の子のやることではないと投げ捨てて出て行ったきり、手に取ることはなかった。
だから、辛抱強くやりなさいと言ったし、親だって片腕しかないことを知っていたから止めはしなかった。万が一片腕の生活になったら世話をしたくない気持ちが漏れ出ていたのも知っている。
そして、親に簡単に捨てられることも易々と想像できたからこそやらせようとした。彼女は両腕でできるおめかしをし始めて、そこからガラリと妹に恨みのこもった目を向けられていることに今更ながら気付く。
「もしかして、手に嫉妬したと思われたの?」
貴族令嬢というのに、手は汚れが酷い。土は爪を切らないと落ちないからだ。粘度も高いものなので尚更取れないのに。それを嫉妬と捉えて、今みたいな嫌がらせをされたと思い込んだのかもしれない。
手が本物ではないと言う時期はいつかなんて、クェーレにわかるわけがない。こういうのは親の役目だ。でも、親は長女が製作者だと知らない。死ぬまで妖精が治し続ける保証なんてないのになんて無責任なことを。
自分とてこの家を継いで妹は遠くに行くかもしれない。それまでに腕と腕を魔力でどうにか使えるようにしてもらいたくて腕を使わせていただけだ。それを疎かにしている末路は、ポロッと接続部分が落ちること。
魔力や腕の意識を強めていれば維持できるのだ。それをサボってしまい、だが、説教や説得の方法はほとほとわからなくて。
「お姉様、彼が私と婚約を替えてくれるって言ってくれてますの」
「そう……好きにすれば」
他に言う気力がなく、のろのろと顔を下げて歩き出す。二人の呼び止める声が聞こえて、親に出ていくと告げるとそのまま出奔した。
「ん?っていうことは……!」
妹のために魔力の繋がりが離れないように遠くに行かないようにしていたが、本当は魔道具の専門職が多い土地に行きたかったのだ。
それが叶うのならば門から出てすぐにスキップしながら外に行き、手にカバンを握り直しつつ魔道汽車に飛び乗る。
「道草食ってる場合じゃないっ」
カバンをエイッと持ち上げると椅子に座る。間に合ってよかった。丁度だった時に到着してくれてなんだかこれって運命かもしれないと乙女心が浮かぶ。こういうのは小説とかで、運命の巡り合わせのように描写されるから尚更強く思う。
妹とどれほど離れたら手がダメになるのかは検証を最近はしていないため、もしかしたら意外と距離が離れても大丈夫かもしれない。しかし、それは重量範囲内に収めていればの話、だ。
ゴテゴテの装飾品だらけの手首にさらなる負荷がかかる作業となると、思い出されるのは。花嫁になるときはかなり色々手作業が必要だった気がする。
婚約者と結婚の話し合いをするわけもなく、たまたま見かけたことがあり、結構動くんだよなぁと反芻させた。
まあ、もう気にすることはない。他家の人間になるのなら大人になるということだ。姉の手からいつか離れるというだけだから、自分が面倒を見るのではなく奪い取った方の花婿が妹の手を添えてヴァージンロードを歩く役目。
余計な世話なことだろう。邪険に思われているに違いない。一人納得して窓の方に顔を向けた。
*
半年後、姉が行方不明になるという一家の悲劇が新聞で取り沙汰されても尚、妹は姉の婚約者を健気に支えて婚約をしためでたい再起の日。結婚式は盛大に祝われる中、花婿と花嫁はお互い相思相愛で微笑みあっていた。魔導カメラも設置しており新聞記者達は忙しく、カシャカシャと撮影に動いている。
花嫁は何度もお色直しをして、招待客の手を握っては手の美しさを見せつけるために一人一人時間をかけて触れ合わせていた。
手に惚れた婿も、己の妻の手を最大限に間近で見せられる承認欲求的行動を止めることはなく、むしろもっとたくさんの招待客たちの手を握るようにとアイコンタクトを取る。
何度も何度も手を振り、ハンドシェイクを何百回と繰り返す。その間、ゴテゴテした指輪をつけており、爪の装飾を褒められてニヤニヤと内心笑う片腕のマリー。いや、両腕のマリナ。
小説ではこの時期のマリーは騎士学校にて才能を発揮しており、手に剣を持ち周りから素晴らしいと待望の瞳で言われていた。片腕と侮る人間はおらず親は当然のように彼女に近寄らない。母親は女らしくない娘を無視して姉の方ばかり気にかける。
姉は妹がいない顔をして過ごし、家族と食卓を毎日囲み貴族令嬢として妹の分までプレッシャーを与えられていた。姉は妹を蔑みながらも好きなことをして輝く姿だけは羨ましいと待望の眼差しを向けていたという裏話もある。
しかし、現実は安っぽい物語にも満たない出来事しかないのだ。マリナは両腕があることで、手がいつも汚い姉が嫌で嫌で仕方なかった。
姉のくせに泥遊びをしていると使用人たちの間で囁かれていて、密かに探ったところ婚約者ともあまり交流していない。
マリナは姉の婚約者が貴公子然としているところが素敵だとずっと、欲しいと感じていたのに。その時、マリナの過去に渡る姉の行いを思い出す。
姉はこちらが気づいた時には剣を持つように厳しく言い、物心ついた時には必要だと思えないのに魔力操作のコントロールをするよう、押し付けてきた。
『手が汚いくせに何様なのよ!』
両親にやりたくないと言ったところ反応が思わしくなく、思春期に入る頃には姉が嫌いで嫌いで仕方なくなっていたのに、その時も見るとずっと爪先が茶色くて不潔に感じてしまう。
そうなると、姉は己よりも格下なのだとどうしようもなく自信が湧き上がり婚約者はこんな女よりこちらの方が絶対に良縁なのではないか、と笑みを浮かべた。
白魚の手を汚さんとする身内の所業は、蹴落とすための策略であり虐待と常々思っていたマリナの心に黒い火を点けてしまう。
婚約者を奪うことはいとも簡単にできた。指先に何度もキスできる権利があるならば、男は楽にこちらへ傾く。美しい手を持つ妹の方が婚約者に相応しい、と姉の婚約者はうっとりした顔で同意した。
姉がどれほど、汚い手を持つクェーレがどれほど悔しい顔をするか考えるだけで楽しみで実際の日を迎えたときは、思ったよりもずっと反応がなくつまらなかった。食事の時間にでも反応を確認しようとしたら彼女は家を出て行くと告げて、そのまま鞄を持って門を出て行きその後は知らないと言われて驚いた。
『なによっ。私に取られたのがそんなに悔しかったの?なら、家にいて引きこもればいいのに!』
そうしたら毎日のように部屋に行って自慢したのに。奪われて悔しいか、奪われてどう思ったのか。聞きたくてたまらなくてあの瞬間ずっとそばで聞いていた。
半年は花嫁の準備期間で忙しく、姉のことなど思い出す暇もなかったのでふと、今になって頭に浮かんだのはこの華々しい最高潮の時間に目の前にいたら、どんな嫉妬や憎しみに溢れる顔を見せてくれるのか見られなかった惜しさのせい。
「はぁ、お姉様がいてくれたら」
己の花婿であり奪い取った元婚約者になる現夫の男に聞かれてしまい、彼は苦笑する。
「流石に式には来れないだろう」
来れなくさせておいてのこのセリフ。二人はお互い似ているので誰も言葉を聞いたものがいないのは、ある意味でよかったのかもしれない。
正常な人間が聞いていたらさらに引いていた思考を話す二人は、笑い合ってそれよりも!手と手を取り合う。感性がそっくりなのは夫婦になるべくしてなったのかもしれない。
「遂にお待ちかねのケーキカットだ」
「私たちの共同作業ね!ふふっ、楽しみねぇ……」
残念な二人の初の共同作業は浮気だということを指摘されぬまま、普通の感覚からすれば恥知らずであるのにも関わらず堂々と式場の真ん中に行く。
「皆様、ケーキ職人が趣向を凝らした自慢のケーキをご堪能ください。では、花嫁様、花婿様、ケーキ入刀をお願いします」
進行役がマイクに向かって声を張り上げると花嫁の手の上に花婿の手が乗り、ケーキを切るために二人は力をグッと入れた。
──パキ
招待客の声がワッと広がり、一つ目の終わりは誰の耳にも入らなかった。
「よし、行くよマリナ」
「ええ!」
もう一度力を入れた途端、マリナは腰からの筋力を手にこめた。軽い動作ではあるがメンテナンスもされない状態では十分な負荷である。
──ゴトッ!
入刀し終えた時、カメラのシャッター音と共にもう一つの音が花嫁たちの耳に届く。
「え?」
一番初めに気づいたのは花婿たちの近くにいたカメラマン。腕がばっきり行く様を間近で見ていた、可哀想な人間だ。
「へぇあ……?」
瞬間、会場中が化け物に襲われたのかと思われるほど叫び声で満たされた。パニックに次ぐパニック。あちらこちらで叫ばれるのは「花婿が花嫁の腕を切り落とした!」だった。
*
「花婿が花嫁の美しい手を欲しがった末の悲劇か……だってね」
キラキラした銀髪をゆったり流す貴公子よりも貴公子をしている男が、共同スペースでお茶を飲んでいた女のところへわざわざやってきて、新聞紙をこれみよがしに見せつけた。
見ずとも内容は知っている。他国のこととは言え、あまりに刺激的かつセンセーショナルな話だからだ。知らぬものは平民、貴族ともにいないのではないかというほど、猟奇的な大ニュースに沸いていた。いい話は伝わりにくいのに、悪い話は流れ星よりも早い。
ゴシップネタのある新聞なので彼のような貴族が読むようなものではないのに、珍しく目を通し、わざわざ内容をこうして教えてきたらしい。彼はこういうものにも好奇心が強いからよく読むと口にしている人だ。
何が言いたいのかはわかるけれど。目の前の男はロンデン。初めて出会ったのは魔導列車の先にある国だった。どの道具も素敵で街並みも自慢の品なのか、見やすいようにあちこち飾られていた。機械仕掛けの道具というものが思い出される。
もっと素敵で大きな時計屋へ入った時、老齢と中年の真ん中くらいの年齢らしき男性が座っていて、時計をじっと見ていた。
気になって話しかけると時計が大好きだとか、この街に来たばかりの自分の話をする。気になるのはやはり指だ。彼の指はなく、欠損していた。
気になって彼に見て欲しいものがある、と妹のものより最高傑作になった手首を取り出し、相手の度肝を抜かせた。椅子から転げ落ちかけた人を支えると座り直させて、経緯を説明した。
家でずっと作っていたことや、繊細な動きと多少の衝撃に強くしたこと。今は耐久性を上げたくて極めようと思っていることを語る。
『見てもいいかい?』
微かに震える相手の指先は何を思っているのかわからないが、手にしか見えないほどの模型を具に見てから掛けていた縁メガネを取る。
そうして眉間を揉む動作をすると男性、のちに知ることだが、王弟の血筋に当たる高貴な身分を持つ隠居老人と自称する、本物の元王族その人が「頼みがある」と真摯に頭を下げた。
欠けた指を作って欲しいと。柔軟性と可動域があれば過去、自分が諦めた時計作りができるようになるかもしれない。微かな望みでもやってみたいと。そこからはもう急ピッチでとんとん拍子に進んだ。
男は本物の元王族で、時計職人の弟子たちを抱えながら街の名物の時計を手がけている店だったらしい。今は指がこうなので弟子に店を任せて、彼は指導をしている身なのだとか。
過去にあった出来事から現在へ思考を戻す。
「先生は?」
先生というのは時計屋の主人を呼ぶ人たちがする、周りからの呼び名。名前呼びは恐れ多いとなった結果、先生という言い方が定着している。クェーレも、壮大な肩書きを聞いてから気軽に呼んでくれと言われたものの、ちょっと、いやかなり尻込みして先生呼びさせてもらっていた。
彼に尋ねると、至極楽しそうに機械いじりを朝からしていると爽やかな顔で答えた。彼も彼でご機嫌なのがわかる。目の前にいるのが時計屋の主である王弟の筆頭一番弟子、なのだとか。
指を魔道具仕掛けとして制作し始めてすぐに、得体の知れない女がいると言いたげな視線をバシバシ受けながらも、指を動かしたい男と制作を仕上げたい女を数ヶ月も見ていた影響で視線が柔らかくも優しいものに変化していた。
それに気づいたのも、製作過程時に作業をしていると飲み物や食べ物を部屋にロンデン直々に、持ってきてくれるようになってからだが。
半年後、まだまだ試作品段階であるが店主の男との調整を重ねに重ねて、今現在は指を使う訓練も兼ねた時計制作に執念を燃やしている。
初めて会った時年相応だなと思ったのに、時計に触り始めて割と早く段々顔や目が煌めいて溌剌としてきたのには驚いた。妹にはない変化だったから余計に。
「何者かなんて聞くことはないから安心してくれ。けれど、なにか不安に思ったり、憂いがあるのならいつでも教えてほしい。君は先生の命の恩人なんだから」
他のたくさんいる弟子たちからも、先生の復活に大絶賛とか恩人だと好意を向けられている。こんな経験は初なので戸惑うばかり。
「なにもないから安心して」
記事の妹の姉であり、元家族たちのその後も大批判に晒されていることも全て把握しているのだろう。実の両親から実は義手であることを、記事の事件の後聞かされたのか聞かされていないのか。
住んでいた家のことは特に隠してはいない。進んで言ってもいないが。新聞をテーブルに置くロンデンは焼きたてのパンの入った袋をトンと置く。
「ああ、言いたいことって言ったら一つだけあるかも……あくまで一般的な感想だからね?」
クェーレが首を傾げて微妙な顔をしてから、上を向く。男は椅子を引き「教えて」と前屈みに耳を寄せた。顔がいいから距離が近いと困る。顔がいい人間に弱いのだこちらは。
「赤ん坊を抱っこする時に取れるよりは、良かったんじゃないかな」
首をすくめて一言だけ言い終わるとロンデンは目をぱちぱちして、表情を緩めてから安堵した様子で軽く笑った。
「そうだね」
今のは指が上手く動いたぞ!と大喜びする時計職人の声が聞こえてきた頃には、大人になったマリナのことを頭の片隅にも思い出すことはなかった。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。マリナの手さん「無理、もう無理、ギブ」




