未来の遺書は、まだ間に合うと言った
よろしくお願いします
帰りのホームルーム中に中間試験の成績表が配られた。先に受け取ったクラスメイト達が騒々しかった。聞こえてくる声は明るく楽しそうで自分だけ疎外感を覚えてしまった。自分が呼ばれるまで少し前のことだが、中学時代を懐かしく思い出していた。
「水野」
悟を呼ぶ先生の声に一気に現実へと引き戻された。席を立っているクラスメイトを邪魔に思いながら慌てて教卓に向かった。
成績表を受け取ると、ちらりと見た。順位には後ろから数えた方が速い順番が載っていた。軽くため息をついた。
そして先に成績表を渡された友達と合流した。だいたいみんな同じくらいの成績だった。友人たちとほとんど変わらない。そうと思うと悪くはないとも思えた。最近ざわついていた気持ちが少し落ち着いた。順位の同じくらいの友達と成績の良かった友達を軽くいじったりしてから帰宅した。
友達といた時は回復していた気分も1人になるとまた落ちていった。帰宅してもいつものようにゲームする気にはならなかった。それどころか、なにかをする気にもならなかった。それでベッドに入ってぼんやりとしていた。
「悟、晩ご飯よ」
そう声が聞こえるとともに体を揺すられて目が覚めた。
「ありがとう。お母さん」
お母さんがこちらを振り向く気配がして
「なあに、急にお袋だなんて。……高校生になったら急に大人ぶっちゃって。早く下りてきなさいよ」
お母さんはからかい口調を含んだ声を残しリビングに下りて行った。
掛布団をめくって体を起こした。ぼんやりしたままベッドから立ち上がった。そのままリビングに向かおうとすると太ももに違和感があった。
ポケットを探るとカサリという音ともに少し潰れた茶封筒が出てきた。身に覚えのないもので中を確認しようとしたら階下から母のせかす声が聞こえた。慌てて机の上に封筒を置くとリビングへ向かった。
食事が終わって自室に戻ると机の上に気のせいではなく封筒があった。悟はもうずいぶんと手紙なんて書いてない。学校からだって封筒に入ったプリントなんか配られていない。
体を強張らせながら手に取った。手紙を開けることができない。だが、そうとしてもいられない。今日配られた初めての中間テストの順位は悪くて、復習しなければならない。息を大きく吐き出すと封筒を開けた。中から出てきたのは1通の手紙だった。
[親父、お袋先立つ不孝をお許しください。
私は楽な方を選び続けた。努力から逃げて、できない理由を並べて、自分を納得させてきた。その結果がこれだ。誰のせいにもできない、何も残らない終わりだ。……もし、あの時逃げなければ。私が憧れたあの頃の夢を捨てずにいられただろうか。ただ胸を張って「これが自分だ」と言える人生を、生きられただろうか。
親父、お袋、これまで大切に育ててくれて本当にありがとうございました]
心臓の音がバクバクと早鐘を打つようにうるさい。手が震えそうになるのを必死に抑えて手紙を封筒ごと机に叩きつけるように置いた。
扉を乱暴に開けて階下に降りた。そのままの勢いでドタドタと駆け下りた。そして勢いよく扉を開けた。お母さんとお父さんがびっくりしたように悟の方を見た。
「何をそんなに慌ててるのよ。家の中はそんなに走ったら危ないでしょ」
悟は声が震えないように気を付けた。
「ごめん、ごめん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……。」
そしてゆっくりと口を開いた。
「俺の部屋に手紙置いた?」
お母さんは悟の言葉に訝しげにしながらも
「私は知らないわよ。お父さんは?」
お父さんも僕の様子に首をひねりながら
「……知らないけど、手紙がどうかしたか?」
先ほどの手紙を父さんたちに見せるわけにもいかないので、とっさに
「……なんか鞄に手紙があったから父さんたちのかと思って……」
と言うと、父は不審そうに
「中身見てないのか?」
悟はこれ以上突っ込まれたくなくて
「あ、たしかに。手紙なんて初めてだったからてっきりお父さんたちかと思ったよ。見てくるね」
そう言うと悟はバタンと扉を閉めて階段を駆け上った。悟は手紙を引き出しの奥に突っ込むとゲーム機の電源ボタンを押した。起動するのを待っているとトントンというノックの後で父さんが
「悟、今いいか?」
悟はドックンとひときわ心臓が鳴った。平静を装うように平坦な口調で
「どうしたの?大丈夫だよ」
と返事するとお父さんが扉を開けて入ってきた。その後ろにはお母さんもいる。お父さんが悟の様子を伺いながら、
「……さっきの手紙は何だったんだ?……もちろん言えないならそれでもいいが」
悟はとっさに
「告白の手紙だったよ。……でもいたずらだよ」
そう笑って明るく言うと、お父さんは一段と低い声で
「……いじめられてるのか?」
悟はお父さんが予想通りの反応ではなく慌てた。たしかに遺書よりは嘘コクは優しいが人によってはいじめだ。
「違うよ。……友達がいたずらでやっただけ。最後には友達の名前書いてあったから」
悟が語気を強めて言うと痛いくらいの沈黙に包まれた。その空気を打ち払うようにことさらに明るく
「いじめられていたら始めから手紙のこと聞かないよ。……読んでいた時はすごくうれしかったけどね」
そういうと、それでもまだこちらを窺うように見ているが
「……分かった。だけど辛いこととかあったら必ず相談するんだぞ」
そう言うとお父さんたちは心配そうにしながらも下りて行った。去り際にお母さんが
「でも、あんまり言いたくないけど、人を傷つけるような嘘をつく子とは仲良くしないようにした方がいいわよ」
言い残していった。
なぜかゲームをする気がなくなってしまった。ゲームを切って机に置いた。そしてベッドに大の字に倒れこんだ。
ダラダラしていると気味悪く感じていたはずの手紙のことが頭から離れない。結局我慢できなくなってしまった。怖いもの見たさで読むと最初よりはいくぶん不気味に感じなくなっていた。
遺書のようなものだったが、恨み言が書かれていなかったのも大きいかもしれない。
落ち着いてくるとどうしても他人事だとは思えなかった。心当たりが多すぎる。もしかしたら未来の自分かもというバカげた想像をしてしまった。だが、時間がたつにつれて本当かもしれないと思うようになった。そうなってくると再び恐怖がわいてきた。
寝て忘れようと机から離れて頭から布団をかぶった。それでも、別のことを考えようとすればするほど頭から離れない。ぜんぜん寝付けない。勉強したら眠くなるから机に向かった。
机に置きっぱなしにしていた手紙は引き出しの奥に突っ込んだ。
返却されて本棚に突っ込んだままのテストを取り出した。そして先ほどのことを忘れるようにテストの復習を始めた。今度はテストときちんと向き合えた。
1,2時間もすると眠たくなってきたのでベッドへと向かった。ベッドへと向かいながら悟はこれまで抱えてきた焦りやもやもやが少しだけ晴れたような気がした。




