王宮魔導師が一生かける難解術式、Excelなら1秒で終わるんですが? ~限界OLの定時退社無双劇~
「アズサ・タナカ。お前のスキル『エクセル』とは一体なんだ? 攻撃魔法でも回復魔法でもない、歴史上聞いたこともない正体不明の力……よって、お前は聖女候補から外す! 王宮の隅っこにある『魔導管理課』で、一生カビの生えた魔道書の整理でもしているがいい!」
豪奢な王宮の謁見の間。
偉そうな筆頭宮廷魔導師からの「無能宣告」と「左遷命令」を受けてから、早一週間。
私、田中梓は、王宮の地下にある薄暗い『魔導管理課』のデスクで、埃っぽい空気を吸いながら大きく伸びをしていた。
前世の私は、都内のブラック企業で働く限界OLだった。
毎日のサービス残業、鳴り止まない電話、上司からの理不尽な要求。
過労死寸前まで追い詰められ、意識を失ったと思ったら、異世界に召喚されていたのだ。
しかし、水晶玉による鑑定結果は「スキル:Excel」という謎の文字列。
魔法至上主義のこの国において、炎を出したり怪我を治したりできない私は「役立たず」の烙印を押され、あっさりと見切られたのである。
(まあ、私としてはブラックな最前線、聖女としての魔王討伐、から外されてラッキーなんだけど)
私は鼻歌交じりに、魔導管理課の業務を見渡した。
この部署は、王都を守る「大規模防衛魔方陣」の術式を維持・更新するための裏方部署だ。
部屋の奥では、数人のエリート宮廷魔導師たちが、床に広げた巨大な羊皮紙に向かって、血走った目で何かを書き込んでいる。
「くそっ、この第4術式の魔力フローが合わない!」
「やり直しだ! 第1術式の変数から計算し直せ!」
「俺はもう三日徹夜してるんだぞ……!」
「甘えるな! 俺なんか五日風呂に入ってない!」
(うわぁ……典型的なブラック職場の徹夜マウントだ)
私はドン引きしながら彼らを眺めていた。
彼らがやっているのは、王都の防衛結界を月に一度更新するための「魔力計算」と「術式の再構築」である。
しかし、前世で社内SE的な業務も兼任させられていた私の目から見ると、彼らの描いている魔方陣は異常だった。
「あの……ちょっとよろしいですか?」
私はたまらず、エリート魔導師の一人に声をかけた。
「なんだお前は! 無能の分際で我々天才の仕事の邪魔をするな!」
「いえ、邪魔するつもりはないんですが……この術式、同じ計算式を何百回も手作業で書き写してますよね?」
「当たり前だ! 防衛結界を維持するためには、王都の三百の区画すべてに魔力を分配する記述が必要なのだ!」
「いや、だからって……変数が定義されてないから、後から一部の魔力濃度を変えたい時に、全部手作業で修正する羽目になってますよね? これ、完全に『スパゲッティコード(継ぎ接ぎだらけの欠陥プログラム)』ですよ」
「すぱ……なんだと!? この神聖な魔方陣を侮辱する気か!」
エリート魔導師は顔を真っ赤にして激怒した。
彼らのやり方はこうだ。
「気合い」と「根性」と「手作業」で、何万文字という術式を気力で書き殴る。ミスがあれば最初から徹夜で書き直す。
……控えめに言って、狂っている。
現代ITの観点から見れば、石器時代の労働環境である。
「……あっ!!」
その時、一人の魔導師が絶望の声を上げた。
羊皮紙の一部が、黒い焦げ跡を作って燃え上がったのだ。
「ば、馬鹿な!? 魔力配分の計算が一桁間違っていたせいで、術式が暴走しただと!?」
「おい、今日の夕方には結界の更新期限だぞ! 今から全部書き直していたら、絶対に間に合わない!!」
「結界が消滅すれば、王都に魔物が雪崩れ込んでくるぞ!!」
エリートたちは頭を抱え、パニックに陥った。
騒ぎを聞きつけてやってきた筆頭魔導師も顔面蒼白になり、「終わった……王都は滅びる……」と膝から崩れ落ちている。
(……仕方ないなあ)
私は小さくため息をつき、立ち上がった。
「あの、私がやりましょうか?」
「お前が!? 馬鹿を言うな! 我々が一生かけて習得する難解術式だぞ! スキル:エクセルなどという無能に何ができる!」
「いいから、見ててください」
私は目を閉じ、自身のスキルを唱えた。
「起動——『Excel』」
瞬間、私の目の前の空中に、見慣れた半透明の巨大なウィンドウが展開された。
緑色のアイコン。そして、無限に広がる無機質なセル(マス目)の海。
「な、なんだその光る板は……!?」
驚愕する魔導師たちを無視し、私は空中に浮かぶ仮想キーボードを超高速で叩き始めた。
タタタタタタッ! ターン!
「まず、バラバラだった魔力変数を別のシートにまとめて、絶対参照($)で固定」
「王都三百区画への配分記述は、オートフィルで一瞬で下までコピー」
「複雑な属性変換の条件分岐は、IF関数とVLOOKUPで一元管理して……」
「最後に、この無駄だらけのスパゲッティコードは——マクロ(VBA)を組んで、ワンクリックで全自動構築されるようにする!」
「な、何を言っているのか全くわからんが……凄まじい速度で、完璧な術式が魔法陣の中に構築されていく……!?」
私が作業に費やした時間は、わずか3分だった。
「はい、完成。あとはこれを実行するだけです」
私が空中のエンターキーをターンッ!と叩いた瞬間。
王都全域を、これまでにないほど強固で眩い光の結界が包み込んだ。
「お、おおおおっ!? 結界の強度が、今までの十倍……いや、百倍に跳ね上がっている!?」
「しかも、魔力の無駄なロスが一切ない……なんて完璧で美しい術式なんだ!!」
エリート魔導師たちは、私の前にひれ伏し、涙を流して感動していた。
「アズサ様! 我々が愚かでした! あなたは真の天才……いや、神だ!」
「どうか、他の攻撃魔方陣や、回復術式の最適化もお願いします!!」
「あなたがいれば、我々ももう徹夜しなくて済むんです!!」
筆頭魔導師までもがすがりついてきて、私に「特級宮廷魔導師」としての地位と、莫大な報酬を提示してきた。
しかし、私は前世のブラック企業の教訓を忘れていない。
便利なツール(人間)だと思われたら、永遠に仕事を押し付けられるだけだ。
私は、空中のExcelにササッと「新しい契約書」を打ち込み、印刷して彼らに突きつけた。
「引き受けてもいいですが、条件があります。この『労働条件通知書』に今すぐサインしてください」
「なになに……? 『一、労働時間は一日きっちり8時間とする』『二、完全週休二日制および祝日は休業とする』『三、有給休暇の100%消化を義務付ける』……『四、残業は一切認めない』!?」
「はい。私のこの『自動化マクロ』のパスワードは私しか知りません。私が機嫌良く働ける環境を整えないと、明日からまた皆さんで手作業の徹夜ライフに戻ることになりますよ?」
私の悪魔のような(いや、極めて真っ当なホワイト企業の)労働条件の提示に、筆頭魔導師たちは震え上がりながらも、泣く泣くサインをした。
***
それから数ヶ月後。
「ア、アズサ様……! この第8術式のエラーがどうしても直せなくて……どうかお助けを……!」
「ん? ああ、それはセルの参照先がズレてるだけですね。ここ直しておいてください」
「おおお! 直った! ありがとうございます!」
かつて私を無能と見下していたエリート魔導師たちは、今や私の教える「エクセル関数」の基礎を学ぶための生徒となり、私を崇め奉っている。
無駄な業務が効率化されたことで、王宮の魔導管理課は「最もホワイトで生産性の高い神部署」として生まれ変わっていた。
キーンコーンカーンコーン。
王宮の時計塔が、午後5時を知らせる鐘を鳴らした。
「おっと、定時ですね。私はこれで失礼します」
「えっ!? あ、アズサ様、もう少しだけ……! このマクロの組み方を……!」
「ダメです。契約書にもある通り、残業はしません。プライベートの時間は何よりも大切ですからね。それじゃ、お疲れ様でした〜!」
私はさっさとパソコン(魔法陣)をシャットダウンし、軽やかな足取りで王宮を後にした。
魔法の才能なんてなくてもいい。
現代のITスキルと交渉力さえあれば、異世界でも圧倒的にホワイトな生活が手に入るのだ。
私は今日、定時退社後に新しくできた王都のカフェで、ゆっくりと新作のケーキを堪能する予定である。
(あ〜、定時退社って最高!)
夕日に照らされる王都を見下ろしながら、私は心の中で快哉を叫んだのだった。




