第7話 ルミナス・テラ堕ちる
翌日。
ボクは『友達』になったばかりのアテスを再び訪ね、彼女の家でお茶をご馳走になっていた。
楽しく談笑していると、開け放たれた窓から一羽の白い小鳥が飛び込んでくる。
ボクの使い魔であるノワールが化けた姿、ブランだ。
「ぴちゅ! ぴちゅぴちゅ!」
ブランはボクの肩に止まると、羽をバタバタとさせて必死に何かを訴えかけるように鳴いた。
「えっ……? ほんと、ブラン? はぐれたボクの友達の持ち物を、森の奥で見つけたの!?」
「ぴちゅ!」
ボクはわざとらしく立ち上がり、切羽詰まった表情を作った。
もちろん、全部芝居だ。ノワールには事前に「適当なタイミングで呼びに来て」と指示してある。
「どうしよう……早く探しに行かなくちゃ。魔物に襲われてたら……!」
「ま、待ってイオリちゃん! 森の奥は危険だよ。今すぐフラウちゃんとスイちゃんを呼んで……!」
慌てて止めようとするアテスの手を、ボクはぎゅっと握り返した。
そして、すがるような、ひどく心細い瞳で彼女を見つめる。
「ダメだよ。フラウちゃんは村のみんなの畑仕事を手伝ってて忙しいし、スイちゃんだって見回りで疲れて休んでるんでしょ? これ以上、二人の足手まといになりたくないの……」
「でも……っ」
「ボク、どうしても早く友達を助けたいの。……アテスちゃん、お願い。協力して? こんなこと、アテスちゃんにしか頼めないの」
ボクは、彼女のコンプレックスと「頼られたい」という欲求をピンポイントで突き刺した。
優秀な幼馴染たちではなく、自分だけを選んで、頼りにしてくれている。
その優越感と使命感が、アテスの心の中で一気に膨れ上がるのが手に取るようにわかった。
「……わかった。私、イオリちゃんと一緒に行く」
アテスは決意を固めたように力強く頷いた。
「私が絶対にイオリちゃんを守るから。フラウちゃんたちには内緒で、二人で探しに行こう!」
「ありがとう、アテスちゃん……! ボク、アテスちゃんと友達になれて本当によかった!」
ボクは満面の笑みで彼女に抱きつく。
愚かで、愛おしい獲物。
キミは本当にボクの思い通りに動いてくれるね。
かわいいよ。
ボクたちはフラウたちに気づかれないよう、こっそりと村を抜け出し、薄暗い森の奥へと足を踏み入れた。
「ぴちゅ、ぴちゅ」
ブランの先導に従って獣道を進む。
しばらく歩くと、周囲の木々がひらけた少し不自然な広場に出た。
「この辺りかな……ブラン、友達の持ち物はどこ?」
ボクがそう口にした瞬間。
ガサガサッ、と周囲の茂みが一斉に揺れ、おぞましい唸り声が響き渡った。
「グルルルル……」
「ギャアアアアッ!」
木々の影から姿を現したのは、十匹を超える魔物の群れだった。
ボクが事前に召喚しておいた魔物たちだ。
ボクたちは完全に包囲されていた。
「ひっ……! 魔物!? なんでこんなに!? 変身しないと……! 輝け、希望の光! 『ルミナスコア』、リリース!」
アテスはパニックになりながらも、光に包まれ、黄金に輝く砂を纏い、魔法少女『ルミナス・テラ』の姿へと変わっていく。
「湧き出る大地の力! ルミナス・テラ!」
――ドドォォン!
「イオリちゃん、私の後ろに隠れて! 絶対に守るから!」
テラは震える声でボクを庇うように前に出た。
彼女の前に、強固なシールドが展開される。
うん、健気で素晴らしいよ。
でも、君のその自慢の盾は、これからボクの手で完全に無意味なものになる。
「ぴちゅ……」
ボクの肩に止まっていたブランが、どす黒い闇に包まれた。
作戦通り、ノワールが変身能力を使ったのだ。
「え……? ブラン、ちゃん……?」
テラが呆然と振り返ったその時。
長身の女魔族の姿となったノワールが、ボクを抱き寄せ、鋭い爪をボクの首筋にピタリと突きつけた。
「……動かないでね、魔法少女」
背後から、蠱惑的で冷酷な女の声が響く。
「きゃあっ……! ブラン!? なんで!? いやっ、助けてアテスちゃん……!」
ボクは悲痛な声を上げ、涙目でテラを見つめた。
「嘘……イオリちゃん!?」
テラは絶望で顔を青ざめさせた。
彼女のシールドは『周囲の魔物』の攻撃を防ぐためのもの。ボクと一緒に内側にいたはずの小鳥が魔族になり、背後からボクを人質に取ったことで、彼女の盾は完全に意味を成さなくなった。
「ふふっ……私は魔族ノワール。もし抵抗するのなら、この可愛いお友達の首がどこかに飛んでいってしまうわよ?」
ノワールの爪が、ボクの首筋に僅かに押し当てられる。
「さあ、選びなさい。無抵抗で魔物たちの餌食になるか、それともこの子を犠牲にするか……」
「そんな……! やめて、イオリちゃんを傷つけないで……!」
テラは悲鳴のように叫んだ。
さあ、どうする?
君の唯一の存在意義である『守る力』を、君自身の手で捨てさせてあげるよ。
テラはギュッと唇を噛み締め、周囲を取り囲む魔物たちと、ノワールに捕らえられたボクを絶望的な瞳で交互に見やった。
少しでも動けば、ボクが殺される。
ボクという『大切な友達』を見殺しにできるはずもなく――彼女は、ポロポロと涙をこぼしながら腕から力を抜いた。
「……わかった。シールドは解除するから、イオリちゃんには手を出さないで……!」
テラは震える手で、自らの存在意義である光のシールドを解除した。
「ふふっ、いい子ね。さあ魔物たち、いきなさい!」
その瞬間、待ってましたとばかりに魔物たちが彼女に襲い掛かる。
「がっ……あぁっ!」
スライムやゴブリンたちの渾身の一撃が華奢な身体に叩き込まれる。
それでもテラは反撃しようとせずただうずくまり、魔物たちのリンチを耐え続けた。
私が耐えれば、イオリちゃんは助かる。
その思い込みだけで、彼女は必死に意識を繋ぎ止めていた。
やがて身体は限界を迎え、テラは力なく地面に崩れ落ちる。
もはや立ち上がる力すら残っていなかった。
「はぁっ……はぁっ……イオリ、ちゃん……無事、で……よかった……」
泥にまみれた顔を上げ、テラは安堵の笑みを浮かべてボクを見上げた。
ああ、なんてかわいいんだろう。
ボクはこらえきれず、クスリと笑ってしまう。
「あははっ……本当に馬鹿だね、アテスちゃんは♪」
「え……?」
ボクが冷たく見下ろすと、背後にいたノワールがボクを拘束していた手を離し、コウモリの姿に戻る。
ボクはゆっくりとテラの元へ歩み寄り、その顔を覗き込む。
「全部、ボクが仕組んだ罠だよ。魔物も、ノワールも……ぜーんぶね♪」
「な、にを……言ってるの……? イオリちゃん……?」
「ふふっ、『アスタロシフト』」
――ズゥゥゥゥン……
ボクの身体が闇に包まれ、羽と尻尾が生える。
元のサキュバスの姿に戻った。
「その姿……魔族……? イオリちゃん、なんで……?」
「あははっ、ボクはイオリじゃなくて魔族『アスタリリス』だよ。キミのことをずっと騙してたんだ♪」
「そ、そんな……嘘だよね……?」
「まだ信じられない? だったら教えてあげるね。どうしてアテスちゃんを最初に狙ったか、わかる? それはキミが一番弱そうで……一番簡単に騙せそうだったからだよ♪」
その言葉が耳に届いた瞬間、テラの瞳から光が消え失せた。
命懸けで守りたかった大切な友達が、自分を騙してあざ笑っていた。
信じていた希望が反転し、どうしようもない絶望に染まる。
彼女の心が完全に砕け散った音がした。
「あ……ぁあ……っ」
虚ろな目で嗚咽を漏らす彼女の頬に手を添える。
ここまで身も心も弱りきっているのなら、スキルが通用するはずだ。
ボクはサキュバスとしての能力『スキルドレイン』を初めて発動した。
「『スキルドレイン』」
「あっ……」
――ドクン……ドクン……
「んっ……ふふっ、すごい……」
彼女の中から膨大な魔力が流れ込んでくるのを感じる。
そして純度の高い絶望の感情。
初めて味わうその甘美な感覚に、背筋にゾクゾクと電撃が走り、深い快感が全身を駆け巡った。
これで、このルミナス・テラの力をボクも使うことができるようになった。
ボクが魔力を吸い尽くすと、今度はテラの胸元で輝いている黄色いルミナスコアを取り上げる。
「これが魔法少女の力の源『ルミナスコア』かぁ〜。これ、反転させたらどうなるんだろうね?」
ボクはすっかり絶望に染まった彼女の耳元で、優しく囁く。
「もうフラウちゃんたちの背中を追わなくていいよ。守るだけの弱い自分に苦しまなくていい」
「あ……」
「ボクが、アテスちゃんに『力』をあげる。だから安心して? また『お友達』になろ? 本当の『お友達』に。ね?」
コンプレックスという呪縛から解放してあげる、甘く優しい悪魔の囁き。
瞳を漆黒に染めたアテスは、すがりつくようにボクの腕に抱きついた。
「イオリちゃん……ううん、アスタリリスちゃん。私、あなたとずっと一緒にいたい……『お友達』になりたい……!」
その顔には、もう劣等感も孤独もなかった。
あるのは、アスタリリスという存在への絶対的な依存だけ。
ボクは彼女の髪を撫でながら、満足げに微笑んだ。
そして、ルミナスコアを彼女の手のひらに握らせる。
「じゃあ、さっきのボクみたいに言ってみて? ルミナスコアに向かって『アスタロシフト』って」
「うん、わかった……『アスタロシフト』……」
彼女は虚ろな目でそう唱える。
すると、ルミナスコアは黒く染まり『アスタロコア』へと反転した。
そしてルミナス・テラの身体が闇に包まれる。
やがて纏っていた闇が晴れると、そこには――
ボロボロだったはずの身体が完全に癒え、綺麗な黄色だったコスチュームを淡い黄土色へとくすませた彼女の姿があった。
「大地を蝕む瘴気……『アスタロ・テラ』……」
「ふふっ、アスタロ・テラちゃん。こっちにおいで」
「うん……アスタリリスちゃん……ずっと一緒だよ……」
こうしてボクたちは抱き合い、お互いの温もりを感じる。
まずは一人。
民を守る光の盾は、ボクだけの闇の盾へと生まれ変わった。




