第5話 決意
フラウの家に案内され、柔らかいベッドに腰掛ける。
家に着くや否や、スイは「念のため、村の周辺に他の魔物がいないか確認してくるわ」と言ってすぐに見回りへと出かけていった。
そのため、今はフラウとアテスの二人だけがボクのそばにいる。
「とりあえず、ここでゆっくり休んでね。……あっ、イオリちゃん、膝から血が出てるよ! 痛くない!?」
「えっ……あ、ほんとだ」
フラウに言われて視線を落とす。
どうやら、村の入り口でわざと派手に転んだときに、本当に足を擦りむいて怪我をしていたらしい。
「あっ、ここ擦りむいてますね……ポーションをかけますね。少ししみると思いますけど……」
アテスが慌てて小瓶を取り出し、傷口にポーションをかけて治療してくれた。
傷口にピリッとした痛みが走る。
「いたっ」
「ひゃっ……ご、ごめんなさい……!」
ボクが小さく声を漏らしただけで、アテスはひどく怯えたように謝ってきた。
ポーション液が光るとともに傷はすぐに塞がったというのに、彼女はまだオロオロとしている。
「ありがとう、アテスちゃん」
「いえ……私は当然のことをしただけで……」
なるほど。
元気で前向きなフラウや、冷静でクールなスイとは違い、このアテスという少女は極端に控えめで自信がないらしい。
他者への依存心も強そうだ。
「イオリちゃん大丈夫? 落ち着いた?」
「うん、大丈夫。ありがとうフラウちゃん」
「ぴちゅ! ぴちゅ!」
「あははっ、ブランちゃんも元気になったんだね! よかったぁ〜」
フラウがボクの肩に乗ったブランを撫でていると、部屋の扉が開いた。
村の周辺を見回っていたスイが帰ってきたのだ。
「村の近くを少し見回りしてきたけど、魔物の気配はなかったわ。それに、あなたの友達らしき人も見つからなかった」
冷ややかな視線。スイはまだボクに対する疑いを捨てていない。
どう対応しようかとボクが思考を巡らせた矢先、ふいに部屋の中が神々しい光に包まれた。
これはきっと女神のフリをしたアスタロティア様だ。
「えっ、なんなの?」
ボクは状況のわからない一般人を装って後ずさる。
「大丈夫だよ、イオリちゃん! これは私たちに力を与えてくれた女神様なんだ」
フラウがボクを庇うようにして教えてくれた。
光の粒子が集まり、一人の女神の姿を形作る。
《はじめまして。私は女神ルミナスフィアです。魔物に襲われて大変でしたね。近頃魔物が活発になっているようなので巻き込まれてしまったのでしょう》
現れたのは、女神のフリをした魔王アスタロティア様だった。
慈愛に満ちた声色で語りかけてくる。
「女神様、ちょうどよかったです。このあたりに珍しい薬草なんてあるんでしょうか? 私は聞いたことないのですが。この子はそれを探していたところ、魔物に襲われ友達と離れ離れになったと言っています」
スイが一歩前に出て問いかける。
ボクが咄嗟についた嘘を、彼女はしっかりと追及してきた。
《そうですね、このあたりにはどんな病も治す薬草がごく稀に生えると言われています。かなり昔の言い伝えですから、聞いたことがなくても無理はありません》
「……そうですか」
《スイ?もしやその少女を疑っているのですか? 彼女からは魔物のような邪悪な意志は感じません。安心してください》
アスタロティア様は静かに微笑み、ボクの嘘を真実へと仕立て上げた。
力の源である女神様の言葉に、スイもそれ以上踏み込むことができない。
「ほら、スイちゃん! 女神様が言うんだから間違いないよ。イオリちゃんに謝って!」
「そうね、疑って悪かったわ。突然魔物が大量発生したあとだったから、少し警戒しすぎてたのかも」
スイはあっさりと非を認め、ボクに謝罪した。
冷静だからこそ、理屈が通ればそれに従うのだろう。
「スイさんは考えすぎてしまうところがありますから……見回りでお疲れでしょうし、お休みになられては?」
「そうね、少し疲れがたまってるし、休ませてもらうわ。それでは失礼します、女神様」
アテスの気遣いを素直に受け入れ、スイは部屋をあとにする。
《どうやらわたくしもそろそろいかなければならないようです。魔族は世界中にいますから。イオリさん、でしたか。あなたのお友達も無事に見つかると良いですね》
そう言い残し、女神の幻影は光の中に溶けるように消えていった。
「それでは……私も今日は帰ります……イオリさんはどうするんですか……?」
帰り支度をしながら、アテスが問いかけてくる。
「どうしよう。ボク、行き場所がないよ」
「お友達が見つかるまで、うちに泊まっていきなよ!」
「ありがとう!助かるよ!」
心細そうに俯くボクに、フラウが迷いなく提案してくれた。
こうしてボクは、フラウの家に泊まることになった。
夜。
ボクとフラウは一緒のベッドに横になっていた。
見知らぬ場所で不安だろうと気遣ってか、寝る時もフラウはずっとボクの手を握ってくれていた。
「お友達、見つかるといいね」
「うん、ありがとうフラウちゃん」
暗闇の中、隣でスヤスヤと眠るフラウの寝顔を見つめる。
純粋で、優しくて、正義感に満ちた無防備な少女。
ボクは静かに微笑む。
決めた。
この娘を堕とすのは、最後にしよう。
スイとアテス、両脇の二人から確実に壊し、彼女からすべてを奪い去ったあとに。




