第九話 レオンハルト・フォン・ローゼンブルク
年に一度、魔法使いにとっての登竜門、
魔法力検定試験があります。
私たち魔法使いに対する要求は、年々強まるばかりです。
人々が魔法使いに畏怖と敬意をもったのも今は昔です。
超常現象の領域まで魔法を昇華できない人は、
ただの人と変わらないと見なされてしまいます。
そんな世相を反映して、この検定試験の難易度は年々上がっています。
受験資格は13歳から。
お兄ちゃんは毎年ストレートで合格し、今年はグレード3に挑戦です。
もっとも、お兄ちゃんの心配をする人はいません。
本来であれば、もう大人の等級でも通用する魔法使いなのですから。
一方で私のような不器用な魔法使いにとってはとても難しいものです。
この検定試験のテーマは「洗練さ」です。
マナ量でゴリ押しするような魔法は、
今では優雅さに欠けると見なされます。
卓越した魔法とは、
扱いの難しい魔法を、
どれだけ自然に使えるかなのです。
そして今年のグレード1の課題は魔法による『物質の具現化』に決まりました。
といってもグレード1は魔法使いにとっての入口。
ある意味誰でもできるレベルの内容です。
ただ、問題はできればいいということではありません。
具現化するものが、たとえば形も不揃いで、
いかにも呼び出しやすそうなサイズの石ころだったところで合格はもらえません。
わかりやすく言えば、磨かれたダイヤを出すとか
彫像のようなディテールの細かいものなどが好まれます。
……正直私は苦手な分野です。
ちなみに今回、ホムラちゃんは不参加です。
曰く
「そういう細かいの苦手だからパス」
なので同級生で顔見知りはアミちゃんだけとなりました。
本音を言うと、私も参加したくありませんでした。
しかしこれはお父様からの指示でした。
断ることは出来ません。
そんな私にお兄ちゃんは
「別に落ちたっていいんだし、遠足でも行くつもりで行こう」
と励ましてくれましたが、さすがにそこまで軽い気持ちにはなりません。
兄にとっては遠足どころか散歩程度の話なのかもしれませんが
私にとっては飲まず食わずで一週間鍛錬しろと言われたほうが
遥かに簡単だと感じてしまいます。
それに落ちてもいいなんてお兄ちゃんはいいますが
落ちた日には、何を言われるかわかったものではありません。
怒られるだけならまだいい……。
ただ私は捨てられるのではないかという恐怖心があります。
『わかった、お前に期待した私が間違っていた……』
まるで自分が言われたように頭の中でリフレインします。
落ち着くんだ、私……失敗しなければいいんだ。
まだ私は失敗していないんだ。
そう自分に強く言い聞かせて辛うじて心を奮い立たせました。
そして私はこのテーマに自分の一番思い入れのある魔法を使うことにしました。
そして試験当日。
会場の入口でアミちゃんが手を振って待っていました。
「アミちゃんこんにちは!」
「あら、カノンちゃんに……はじめましてではないですが
一応改めまして、アルテミス・フォン・ローゼンブルクですわ」
そう言うとアミちゃんはスカートの裾をつまんでお嬢様のように
お兄ちゃんに礼をしました。
まぁアミちゃんは実際お嬢様だと思いますが。
そんなアミちゃんに気後れすることなく、お兄ちゃんは返答してました。
「これはこれは、まさかローゼンブルクの家の方に挨拶される日が
来るとは思ってもいませんでした。
私のかわいい妹がお世話になっております。
どうか末永く妹と仲良くしてやってください」
お兄ちゃん!もう、なんで私の話なの!
このお兄ちゃんはどうしていつもこうなの!
頭が痛くなりそうです……。
先に触れたローゼンブルク家については、
お兄ちゃんの言葉どおりの家門です。
犬猿の仲。
いずれも魔法使いの家系として世に名を知られた二つの家門ですが、
魔法に対する考え方は、正反対といっていいほど異なります。
そのため、私のお祖父様の代に至るまで、
ローラン家とローゼンブルク家は対立を続けてきました。
ローラン家の魔法が、調和や対話を重んじるのに対し、
ローゼンブルク家の魔法は、力と絶対性を尊ぶ魔法至上主義にあります。
アミちゃんの名前も、あの出会いのとき、名前を聞いた瞬間、
私は、なるほどなと思ってしまうほど、その名前は重いのです。
だけどお兄ちゃんはそもそもそんなのどうでもいいやって人なので
まぁなんか誰とでもヘラヘラしてる人なんですよね。
そういう意味ではアミちゃんも家門の影響は感じるけど
どこか天然というか……アミちゃんは時々、話をしていて言葉が伝わってるのか
心配になるほど世間から浮き世離れしたようでかつ、面白いことを言ってきたりする
とっても憎めない子だったりします。
もっとも、そんな事言ってる私が一番へっぽこ魔法使いなので
人のことをああだこうだ言ってないで気合を入れなければなりません……。
「お兄ちゃん、馬鹿なこと言ってないでさっさと試験会場行っちゃってよ!」
「何を言っているんだい、カノン。僕はそんな事を言われると悲しいよ。
それにアルテミスさんは僕もいていいときっと思ってくれてるよ」
……なんて図々しい人なんでしょう。
しかしそこが憎めないのがお兄ちゃんでもあります。
案の定アミちゃんもアミちゃんで
「優秀なだけじゃなくてジョークも面白い、素晴らしいお兄様じゃありませんか。
こんな人がカノンさんのお兄様だったなんて、私羨ましいですわ」
なんていうんだからもう手に負えないよぉ……。
結局私たちは3人で試験会場内に入っていきました。
まぁさっきはものの勢いでお兄ちゃんに先にいっちゃってなどと言いましたが
当然試験は簡単なものから行われるので私たちが先なんですよね。
そんなこんなでワタワタしているうちに試験は始まりました。
試験の順番は連番になっていてアミちゃんが先で、私が後です。
正直アミちゃんの魔法は授業でも見ていましたが
私が見てる範囲ではまるでお兄ちゃんにも遜色ないような
美しい洗練された魔法を使っているのが記憶に残っています。
そのことからもアミちゃんは一見外にはまったく出しませんが
きっと家に帰ったら血の滲むような努力をしてるのが伝わります。
私のようにただただ瞑想ばかりしてる単調な魔法使いではありません。
だけど私は今日という日のために怠けていたわけではありません。
この一週間でやっと私は実現することが出来たのです。
そしていよいよ私たちの出番がやってきました。
審査員席には錚々たる肩書の方々が並んでいます。
そしてそこには私のお祖父様もいました。
当たり前ですがお祖父様は私と一瞬だけ目が会いましたが
そのまま深く目を閉じました。
それが私に緊張感をさらに感じさせました。
その時私は、アミちゃんやお兄ちゃんが知ってか知らずか
私を緊張から解きほぐしてくれていたのをちょっとだけ理解しました。
「15番、アルテミス・フォン・ローゼンブルクさん、前へどうぞ」
誘われるがままにアミちゃんは前に出ていきました。
審査員の人たちが待つ中でアミちゃんはお題目を言いました。
「私は優雅なティーセットを出しますわ」
というと中空に手を突き出しました。
するとそこに光沢のある、上品な装飾が施された短い杖がゆっくりと現れ
それをアミちゃんは掴むと、ひょいっと言った感じで
地面に向けて軽く振ると、地面からまるで上書きされるかのように、
お茶会用のテーブルが出現しはじめ
そしてそのテーブルの上にはとても上品な金の縁取りがある
ティーセットが現れました。
すると彼女は杖を消して、席に着席すると
おもむろにポットから紅茶をティーカップに注ぎ、飲み始めました。
「美味しいですわ、カノンさんもいかがかしら?」
そういってアミちゃんはこっちに手を振ります。
アミちゃん……お兄ちゃんと違う意味でやっぱり緊張感がない……
私は心のなかで汗をかくような気持ちでいっぱいでした。
一方で試験官の方々はざわざわと相談を始めています。
まぁ、結論は見えていました。
アミちゃんは間違いなく合格です。
中空から杖を取り出すこと自体、
すでに中等部の生徒の力量を通り越しています。
これは具現化ではなく、
別の場所からの「取り出し」にあたりますが、
グレード1の試験であれば、
それだけで十分に評価対象となるでしょう。
さらに言えば、造形そのものが高度です。
テーブルや椅子のような長細い形状は、
加工の難易度が高い。
その上に並ぶ陶磁器は、さらに繊細さを要求されます。
しかも中には、実際に紅茶が入っている。
これらすべてを同時にイメージし、
同時に出現させる。
その一点だけでも、
この魔法の完成度は明らかでした。
普通の魔法使いなら成人してから到達するだろうという領域だと思います。
そして、具現化の試験で最も重視されるのは、
「消えないこと」です。
不完全な具現化は、
短時間で破綻し、世界から消失してしまいます。
しかしアミちゃんの魔法には、
消失の兆候であるマナの残滓が一切ありません。
世界への固定化は、
完全に成功していました。
「結果は追って知らせます、お疲れ様でした」
そう言われるとアミちゃんは深々とお辞儀をしてこちらに戻ってきました。
「ふぅ……緊張しましたわ」
なんて言っていますが……本当だろうかと思ってしまうのは私だけでしょうか。
「アミちゃんの魔法、やっぱりすごいね」
「ふふっ、カノンちゃんにそう言われるのは合格するよりも嬉しいですわ」
「そんな……私は全然すごくないよ」
謙遜でもなく本気で私は答えました。
「何を言っているのです? 貴方がすごいと言ってくれた私に勝ったのは
貴方ですわよ。もっとカノンちゃんは自信を持っていいのですわよ?」
「うん、ありがとう。だけど自信がないのは本当だよ。
私なんてマナはあるけど魔法は全然上手く使えないから……」
するとアミちゃんは頭を優しく撫でてくれました。
「心配しなくても大丈夫。カノンちゃん、貴方は自分が思ってるより
遥かにすごいところにいる。貴方の実力は違う形ではあるけど
貴方のお兄様にも匹敵するものですわ」
お兄ちゃん……私のいつもそばにいる、だけど遠いところにいる存在。
私を引っ張ってくれるけど、きっといつかいなくなってしまう存在。
果たして本当に私にそんな力がどこにあるというのだろう。
「次、16番、カノン・ローランさん、前に来てください」
でも時間は待ってくれない。
今は自分を信じるしかない。
「いってくるね、アミちゃん」
「いってらっしゃい、カノンちゃん」
そう言うと私は審査員の人たちの前に長い杖をコツコツとついて
出ていきました。
私の姿を見ただけで、ひそひそ話をする審査員がいました。
言われても仕方ありません。
この私が使っている杖は初心者用の杖です。
自転車で言えば補助輪のついた自転車に乗った中等部の生徒です。
異様に見えても仕方ありません。
でも私が信頼してるのはこの杖なんです。
他の杖を使う事はできるかもしれないけど
これが私の魔法を使うことに関しては大事。
お祖父様に魔法を教わってから片時も離れずにいるこの相棒を抜きには出来ません。
「ではカノンさん、今日使う魔法を教えて下さい」
私は緊張しながらも必死で声を絞り出して言いました。
「わ、私は魔法でドーナッツを出します!」
これには試験官の人たちだけじゃなくて周りの人たちもざわつき始めました。
「……ドーナッツだって?」
「一体何を考えてるんだ……」
人々の声が聞こえてきて私はパニックになりそうになりますが
その熱を杖に流し込むかのように、深く、深く集中する。
魔法は、イメージに大きく左右されます。
具現化魔法では、なおさらです。
少しでもほころびがあれば、
マナは洪水のように溢れ、
形はすぐに崩れてしまう。
だから私は、ただひたすらに、深く、深く。
マナが私の全身から両手を伝って杖の先端に集中していく。
マナは巨大な光の塊となって会場に出現し、
光で埋め尽くすほど眩く放たれていた。
それでも私は更に深く入り込んだ。
これが、私との魔法との対話の仕方。
何も考えない、あるのは私と魔法だけだ。
ほかは何もいらない、考えない。
そこに一つ、たった一つのドーナッツを考える。
細かいことは考えない。あのよく見覚えのあるドーナッツだ。
イメージするんだ、ほかは何もいらない。
マナが凝縮していくのを感じる。
アミちゃんのように綺麗でなくていい。
ただ私ができる一つのことに集中するんだ。
その瞬間、閃光は弾けるように消し飛んだ。
私はその自らの生み出した強烈な光に目を見開くと……
そこにはアミちゃんの生み出したテーブルに並んで
なんと人間サイズのドーナッツが姿を表してました!!!
ど、どうしよう、サイズの設定を間違えた!?
あたりも騒然としていました。
そ、そうだ、中身がちゃんとしていればまだ失敗とは言えないかもです!
私はドーナッツに駆け寄り、ドーナッツを一欠片つまんで口に含みました。
「あ、美味しいです」
ちゃんと中はフカフカで、サイズ感は間違ってしまったけど
ちゃんとドーナッツになっていました。
しかしそんな私を尻目に審査員の方々の視線は、
刺すように私とドーナッツを見ていました。
しばらくすると、一人のしわがれた笑い声が聞こえてきたのです。
「はっはっは、これはえらいでかいドーナッツじゃの」
「は、はい……しかしこれはどう評価したらいいのやら……」
「とりあえず各々評価と着目点をメモして持ち帰ろうぞ。
どうせ全ての受験者でやることじゃ」
「そのとおりですね」
そういうと司会役の人が
「お疲れ様でした、結果は追ってお知らせしますので下がって結構です」
「わ、わかりました。失礼します!」
そう言って頭を下げた瞬間、
会場中の視線が、まだ私から離れていないことに気づきました。
成功とも失敗とも言えない。
評価も出ていない。
ただ、奇妙な魔法を使った生徒として、
私はそこに立たされていました。
これ以上そこにいるのが耐えられず、
私は逃げるように、
お兄ちゃんとアミちゃんの方へ駆け出しました。
その時のことでした。
バンッ!
私は誰かにぶつかってしまったようです!
「す、すみません!」
すぐに謝って逃げるかのように立ち去ろうと思ったその時です。
凄まじい力で肩をまるで押さえつけられるかのように掴まれたのです。
「え、な?! なにをするんですか?!」
そういうと、背の男の人は掴んだまま言いました。
「何故ためらっている?」
私はあまりの出来事に混乱していました。
「何を言ってるんですか……?」
私は怖くなってしまい、萎縮してしまいました。
よく見るとこの人、背丈は大人の人ぐらいあるけど私と同じ学校の制服……。
そしてその人の周りには両手で数えられるほどの取り巻きの方々がいました。
……全員魔法使い、それもかなり練習してる洗練されたマナの雰囲気。
だけど私を掴んでいるこの人だけは何かおかしい。
強いて言えば一番最初にアミちゃんにあったあの禍々しいマナの奔流。
まるで暴風が形をなして歩いてるような、でもどす黒くはない。
黒いけどそれに属性はない。
暴力そのものが形をなしているようなそんな恐怖感。
そんなときでした。
「レオンさん、そいつさっきバカでかいドーナッツ出したガキじゃないですか」
「ホントだ、こいつ審査の日にこんなへんてこな魔法使って、何考えてんだ」
明らかに取り巻きの二人は私のことを馬鹿にして見下してました。
しかしその刹那の瞬間……!
二人は凄まじい勢いで吹き飛ばされました。
すぐに分かりました、やったのはこの人……。
心配にもなりましたが、この状況、私も人の心配をする余裕などありませんでした。
「俺は今こいつと話をしている……余計なことは言うな、邪魔だ」
すると私をバカにしてた残りの取り巻きたちも大人しくなりました。
当然です、こんな全身が刃物で出来たような人に逆らえるわけがない。
「それでだ、何故あんな安っぽい魔法を使っているのか、と聞いている。
お前が本気を出せば、なんならあそこの試験官一人ぐらい焼き殺すことすら
可能だろう、何故そうしない」
——その言葉が比喩にすぎないことを、この場にいる誰もが理解はしています。
それでも……私にとってはあまりに飛躍した表現。
これは試験だ。お題もあれば殺し合いでもない。
だけど何かを言わなければ私は殺されかねない。
それほどまでに本能が警戒心を呼んでいる。
「こ、これは試験です……戦いじゃありません」
すると彼は更に顔を近づけてきて言いました。
「戦いじゃない……だと? じゃあそのお前の纏っているマナはなんだ。
現代の魔法使いでは到底追いつくことは出来ないレベルのそのマナ。
おそらくその年齢にして狂気とも言える歳月と時間のみによって
実現されるものだ。魔法が好きだとか楽しいとか言ってるくだらない連中では
絶対に到達し得ない領域。それがお前という魔法使いだ。
人を殺すぐらいの熱量を持っていてもおかしくはない。
なんのためにその力を蓄えた? 俺はそれに興味がある」
……価値観が違いすぎて何を言えばいいかわからない。
私にとって魔法は……なんなのだろう。
私は無条件で魔法は私の中にあるものだと思っていた。
だけどこの人は違う。まるで魔法が人を操っているかのようなそんな恐怖。
私は震えることしか出来ませんでした。
私はこの方から伝わるおぞましい黒のマナが触れるほどに
飲み込まれそうで……怖い!
私は目を閉じて殻のように閉じて、もう何も出来ない!
パンっ!
その瞬間でした。
捕まっていた肩が解放されたのです。
闇から解放された私が見たものは
手を払いのけたお兄ちゃんと、一緒にいたアミちゃんでした。
「カノンちゃん、大丈夫!?」
「う、うん、ありがとう。もう大丈夫」
お兄ちゃんは私の前に、盾になるように立ちはだかった。
「その手をどけろ、うちの妹が困っている」
私はそう希望の光の素顔を見たとき
初めてあのお兄ちゃんが険しい顔をしているのを見たのです。
するとまるで見下ろすように私のお兄ちゃんとアミちゃんを一瞥すると
その暴力装置は嫌悪感をむき出しにした表情で言いました。
「我が家門の誇りに傷をつけた落伍者と
ローラン家の才能余りあるほど受け継いでおきながら
全く価値を理解せずに磨き上げることもしないゴミクズじゃないか」
お兄ちゃんも負けじと言い返しました。
「魔法に心すら飲み込まれているお前にはわからんだろうよ」
相変わらずお兄ちゃんの顔は険しいままでした。
あのお父様やお祖父様の前ですら飄々としているお兄ちゃんが見せるはじめての顔。
「ふん、端からお前のような最低のゴミには興味はない。
もっとも、逆らうようならわからせてやってもいいがな。
そして、アルテミス、なるほど貴様が負けたのはこの女か。
落伍者であることにはかわりはないが、この化け物に負けたのなら
理由としては理解はできる」
ふとアミちゃんの方を見るとアミちゃんも恐怖なのか
地を見て相手の顔を見据えることすら出来ていない……。
でも、私を化け物呼ばわりするこの人は一体。
私は化け物と言われて不快だとも嬉しいとも思わなかった。
ただあったのは違和感。
私は魔法を愛してるだけなのに、彼は魔法で人を測る。
「カノン・ローラン、といったか。
自己紹介しておこう。俺はレオンハルト・フォン・ローゼンブルク。
貴様ら軟弱なローラン家を叩き潰し、魔法の栄光を取り戻す者の名だ」
そういうとその暴風のような人は静かに去っていき
取り巻きの人たちも吹き飛ばされた人を担いで去っていきました。
「大丈夫か、カノン!」
そういってお兄ちゃんは手を差し伸べてくれます。
私はその手を取っていいました。
「大丈夫。お兄ちゃん……」
……その時、気が付きました。
お兄ちゃんの手はとてつもなく冷たく、そして震えていました。
私の直感は間違っていなかった。
おそらくあの人は私はもちろんお兄ちゃんよりも高いところにいる。
お兄ちゃんは天才だけど、あの人は才能の上に研鑽を重ねた化け物……。
「……カノンちゃん、ごめんなさい」
そう言って、アミちゃんは視線を落としました。
「レオンは……私の従兄弟なんです。
ローゼンブルク家の宗家の長男で……」
そこで、言葉が途切れました。
続けられなかったのか、
それとも、続ける必要がないと思ったのか。
私にはわかりません。
けれど、その名を聞いた瞬間、
胸の奥に、重たいものが沈んだ気がしました。
名前を知ったからといって、
あの感覚が消えるわけではありません。
ただ私は、
逃げ場のない場所に触れてしまったのだと――
そう理解しただけでした。
ローゼンブルク。
その名が示すものを、
私は今さら、思い知らされていたのです。
「しかしきついマナだった。
あんなの当てられ続けるだけでこっちのマナが消費してしまうよ。
カノンは最初っから当てられてたみたいだけど大丈夫だったのか?」
「うん、大丈夫だった……だけどとっても真っ暗で。
黒かったり暗いマナは色々見たことがあるけどあの人のは深淵。
濁りがなかった……」
「そ、そうか……。
まぁでもいずれにしてもカノンが無事で良かったよ」
憔悴する二人を他所に、
私の心の中には、
何か異物のようなものが残っていました。
魔法とはなにか。
その問いは、まだ形にもならない、
漂うマナのように
私の中に沈んでいきました。




