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第七話 魔法使いの家門

その日は一日中、どうにも落ち着きませんでした。

胸の奥がざわついて、呼吸まで浅くなるような感覚です。


理由は、わかっています。

昨日の今日で、彼女――アルテミスさんが、

何事もなかったかのように登校してきたからです。


当然といえば当然なのですが、

それでも私は、彼女が「今日に限って」私の隣に座ってきたことに

強い違和感を覚えています。――何故ここなの!?


今までは、こうして真正面から関わろうとはしなかったのに……。


授業ごとに席を移動しても、

なぜか必ず、三人掛けの端の席。

しかも、無言のまま。


昨日のような、あからさまに不穏なマナは感じません。

だからこそ、余計に怖かったのです。


昼休みになるまで、その状況は続きました。


こんな日に限って、お兄ちゃんは来ていませんでした。

いつもは「来なくていいのに」と思うほどなのに、

どうして今日に限って不在なのでしょうか。


そんな空気に耐えきれなくなったのか、

先に声をかけたのはホムラちゃんでした。


「なあ。さすがに意味わかんねぇんだけど。

 なんか言いたいことあるなら言えよ」


アルテミスさんは、ゆっくりと視線を向けました。


「ありますわ。

 ただし、それは貴方ではありません」


そう言って、視線がこちらに移ります。


「カノンさん。貴方ですわ」


心臓が、どくんと跳ねました。


「……な、何でしょうか」


自分でも驚くほど、声が小さくなっていました。


「いつまで、道化のふりをなさるおつもりなのかしら?」


意味を理解するまで、少し時間がかかりました。


「……私は、道化なんかじゃありません」


精一杯、そう返します。

するとアルテミスさんは、ふっと小さく笑いました。


「ええ。確かにそうですわね。

 ……むしろ道化なのは、私のほうかもしれません」


その瞬間、彼女から黒いマナが滲み出しました。


怒りでも、憎しみでもない。

もっと曖昧で、行き場のない感情。


悲しんでいるようにも見えて、

でも、どう声をかければいいのかわかりませんでした。


「そういえば今日は、愉快なお兄様はいらっしゃらないのね」


その言葉に、思わず顔が熱くなりました。


「……愉快、ですか」

「ええ。毎日のように教室を覗いていらっしゃるでしょう?

 とても熱心で、微笑ましいですわ」


……やっぱり、そう見えるのですね。

私にとっては、正直ちょっと恥ずかしい存在なのですが。





「魔法の才能もあって、妹思い。

 ……名門の家で一人きりの私からすれば、羨ましい限りですわ」




その声は、どこか本音みたいでした。


「おそらく……あの方は、貴方に重荷を背負わせることもないのでしょうね」


そう言って、彼女は遠くを見るような目をしました。




沈黙を破ったのは、またホムラちゃんでした。


「なあ。もしかしてさ、もう仲良しってことでいいのか?」

「ええ、そうですわ」


即答でした。


「昨日知り合ったばっかりだぞ!?」

「親しさは、時間で決まるものではありませんわ」


ホムラちゃんが、ぐっと言葉に詰まります。


「……ほんと、やりにくいな」


その言葉に、アルテミスさんは楽しそうに笑いました。


「あら。では、あだ名で呼んでくださってもよろしくてよ?」


その視線は、明らかに私に向けられています。

ホムラちゃんのことは、まるで“ついで”のようでした。


ホムラちゃんが、小声で私に言います。


「……って呼んでみてくれ」


少し私は戸惑いましたが、私は口を開きました。





「……アミちゃん、で……いいですか?」


一瞬きょとんとしたあと、彼女は微笑みました。


「では私も、カノンちゃんと……ホムラさん、と呼ばせていただきます」

「はぁ? なんで俺だけさん付けなんだよ」


思わずホムラちゃんが食ってかかります。


「不満でもありまして?」

「あるに決まってんだろ! 普通は揃えるだろ!」


アルテミスさんは、きょとんとした顔をしました。


「揃える……必要があるのですか?」

「あるだろ!」

「そういう文化なのですね。一応覚えておきますわ」


本気で納得したようなその言い方に、

怒っていいのか困っていいのか、わからなくなってしまいました。


「……ホムラちゃん、落ち着いて」


私がそう言うと、ホムラちゃんは舌打ちしてそっぽを向きました。


「ちっ……ほんと調子狂うな」


それでも、アルテミスさんから漂っていた黒いマナは、

いつの間にか、すっかり消えていました。



「昼飯行くぞ、カノン!」


ホムラちゃんに腕を引かれ、私は立ち上がります。


「そうですか、では私もお供いたしますわ」

「えぇ?!」

「……うわーまじかよー」






そんなこんなで――

今日は初めてアミちゃんと行く学食ツアーとなりました。


「私が食するに相応しいか、ジャッジして差し上げますわ」


……元ボッチの血が、これは危険な冒険になると告げてきます。


ホムラちゃんと二人で過ごす時間も楽しかったですが、

三人になると話題の幅が広がるというか……。

これが、いわゆるリア充というやつなのでしょうか。お兄ちゃん。


ちなみにお兄ちゃんは、いつも「爆発しろ」と言います。

人は爆発しないと思うのですが、

お兄ちゃんなら本当にさせそうで、少し怖いです。




学食に着くなり、アミちゃんは眉をひそめました。


「どうしてこの学食は、定員数を考慮していないのかしら?」

「学食なめんなよ。戦争なんだよ、これは」


確かに、学食は戦争です。

一分一秒遅れれば、人気メニューは消えていきます。


今日は三人で行動した結果、完全に出遅れていました。




「カノンちゃん、おすすめは何かしら?」

「この時間でも買えそうで……ここでしか食べられないものなら……」


「カレーだ!」

嬉しそうに言うホムラちゃん。


「……あの、庶民が食べるカレーですか?」

しかし声の温度が、はっきりと下がりました。


「庶民で悪かったな。お前も今からその庶民の味を食うんだよ」

「……カノンちゃんも、召し上がっているの?」


「う、うん。好きだよ」


少し考え込んだあと、アミちゃんは言いました。


「では、ホムラさん。三人分お願いしますわ」

「なんで俺なんだよ!」


結局、ホムラちゃんが人混みに突撃していきました。


二人でお茶を飲みながら待つ時間。

前ほど張りつめた空気ではありませんが、

まだ少しだけ、落ち着かない感じは残っています。



「どうして、こんなに混雑するのかしら……」

「学生の人数分しか作らないから、だと思うよ……?」

「なるほど。うちでは家族専属の料理人がいますから」


……本物のお嬢様です。




「おまたせー!」


ホムラちゃんが、三人分のカレーを持ってきました。


「せっかくですし……皆さん、揃ってからにしませんこと?」

「細けぇな!」


ホムラちゃんは文句を言いながらも、スプーンを置きました。


「じゃあ……いただきます」

「いただきます」

「……いただきますわ」


三人で、同時にスプーンを取ります。


ホムラちゃんは、すぐに顔をほころばせました。


「うまっ!」


一方、アミちゃんはスプーンを持ったまま、動きません。




「……本当に、食べられるんですの?」

「シチューみたいなものだよ。大丈夫だと思う」


少し迷ってから、意を決したように。


「……いただきます」




数秒の沈黙。




そして。


「……素晴らしいですわ」


どうやら、お気に召したようでした。


「香辛料を重ねて、食欲を刺激しているのですね。理にかなっていますわ」

「料理、詳しいの?」

「詳しいわけではありませんの。

 母が料理好きで……よく話してくれるのです」


そのときのアミちゃんは、

ほんの少しだけ、柔らかい顔をしていました。






私は、母の料理を食べたことがありません。

だから――

少しだけ、羨ましいと思いました……。


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