第六話 対話と同調
今日の実戦は「同調」とだけ書かれていました。
私はそれを懐かしいなと思ってました……。
というわけで私たちはいつもの演習場に連れ出されてます。
穏やかで優しそうな女性の先生が解説を始めました。
「魔法使いの間で同調というと、ある特定の道具を指すことがほとんどです。
ときには子供のおもちゃとして、
ときには同じ魔法使い同士の、マナのコントロールのために。
そして現代においては魔法使いの決闘用に使用されることもあります」
私も幼い頃、この同調器でお祖父様とよく遊びました。
今は会うことも減ってしまって――少し寂しい。
今度、また魔法を見てもらおうかな……。
「道具自体も『同調器』と呼ばれます。仕組みはシンプル。
台座の球体に手を触れて、互いにマナを流し合うだけです」
……ただし、気をつけないといけないこともある。
「この同調器は不思議な特性を持っていて両者お互いの流し込むマナ量が
均一だと青白く輝き、どちらかが不足していると赤く光り、点滅し始めます。
また一方の流し込む量が過多だと、相手方は不足分のマナを吸い取られ
強制的に同調しようとするため、とても強い疲労感を感じます。
そのため、何かの争い事があった時に魔法使いが穏便に
争いを収めるために使われることもありますが
今回はあくまでも同調の練習なのでくれぐれも使い方に気をつけるように」
お祖父様は私が小さい頃、『このゲームでは負けたことがない』と
自慢気に語ってたのを思い出します。
もちろん私が子供の頃にやってたときはお祖父様が極力、力をセーブして
マナを流し込んでくれてたので、お祖父様のマナはとても温かい。
そんな記憶が頭に残ってます。
「では早速この同調器を皆さんにお配りするので、
まずペアを組んでもらって
二人で一つずつ取りに来てくださいねー」
先生はそういうとたくさんの同調器を取り出し始めた。
次々と他のクラスメイトが同調器を取りに向かっている。
私はホムラちゃんに向かって言った。
「私、とってくるね!」
「ああ、じゃあ頼むわぁー」
早速私は同調器を先生から受け取りました。
「はい、くれぐれも取り扱いに注意してくださいね」
私は、はにかみながら
「わかりました、ありがとうございます」
と答えました。
そんな時でした。
異様な圧のようなマナの淀み。
私の後ろに並んでいた女子生徒から流れてくるものでした。
一言で言えば、苛立ち。
まるで感情を隠そうとせず、自らの不快感を垂れ流すそのマナは
私をも不愉快な気分にさせたけど、努めて気にしないようにして
私はホムラちゃんの元に戻りました。
「ん、どうした。 なにかあったのか?」
「ちょっとね……でも気にしないで! 大したことじゃないから!」
「まぁカノンがそう言うなら……それじゃあ早速始めようぜ」
そう言うと二人でまずは地面に座り、同調器を挟んで相対した。
ホムラちゃんのマナの量、どのぐらいかなぁ。
私は正直ちょっとだけマナの量は自信があったので
かなり控えめにしてマナを吸い取られるぐらいでいいかと調整しました。
ゆっくりとマナを同調器に流し込む。
でもいつも杖に流すような量じゃなくて少量だけ。
同調器は赤黒く、不規則に脈打つように光っていた。
——調和していない。マナの流れが歪んでいる。
その瞬間、ホムラちゃんと目と目が合いました。
「ごめん、わかっちゃいたけど俺のマナ量じゃ全力でも追いつけないわ。
このまま全力で出し続けるから、もう少しマナ量しぼれないか?」
「うん、わかった、ごめんね」
私はとりあえず限界まで絞れるところまで絞ろうと決めました。
足らなければ足すのは簡単です!
私は全身を雑巾を絞るかのようなイメージでマナの出力を行う。
すると徐々に同調器は明かりが灯りはじめ、ついには青く光り輝きました。
「おい、やったぜ! 面白いなこれ!」
「うん、私も上手く調節できてよかった!」
と、お互いに喜びを共有していましたが
ホムラちゃんの顔から流れる汗の量が尋常じゃないことに気が付きました。
きっとマナが吸い取られてるのとは別で
ずっと全力で流し込み続けていることで疲労しているに違いない。
私はマナを流し込むのを止めるとホムラちゃんに言った。
「少し休憩しませんか?」
「ふふっ、気を使わせちまってすまねぇな。
でももう限界だわ、お言葉に甘えさせてもらうわ」
そういうとホムラちゃんは大の字になって倒れ込んだ。
「はー、まじで疲れた。他の連中も上手く行ってるのかなぁ?」
ひっくり返ったまま、ホムラちゃんは周囲を見回す。
私も周りをキョロキョロと伺ってみると
意外とみんな同調に四苦八苦しているみたいで
ところどころ青く光っている所はあるけど
多くのペアは汗を流して休憩しているようです。
バタン。
どこかで誰かが倒れました。
私もホムラちゃんも、周囲の人たちもそちらを向きます。
先生が慌ててその人のところに向かいました。
「大丈夫かなぁ……」
私は思わず呟いていましたがホムラちゃんも心配そうに言います。
「あれ、本気で意識飛んで倒れたんじゃないか?
大丈夫かねぇ……」
しばらく周りが騒然としていると
次第に誰かが揉めているような声が聞こえてきました。
「なぜそのような危険なことをしたのですか?!」
「先生の方こそ間違ってますわ
なぜ優れた生徒を輩出するのが責務のこの学校で
優れた生徒がそうでない者に合わせる必要があるのですか?」
「そんな……では貴方は他者を傷つけても何も思わないのですか?!」
声を荒らげている生徒を見つめると……
あのマナの気配。さっきのやな感じの人だ。
しかもあの漂うマナの量や、洗練された雰囲気。
あの人、下手したらこの中で誰より突出してる……。
それはあの先生よりもすごいかもしれない。
「何かヤバそうだけど大丈夫かな」
そういうホムラちゃんに私は震える手を押さえつけるように立ち上がって言った。
「私、止めてくる!」
「お、おいまじかよ、先生に任せといたほうがいいって!」
そう止める声も無視して私はその子の後ろに立ちました。
「あら、さっきなんか結構なマナを垂れ流してる子がいるかと思いましたけど
貴方ですか、カノン・ローランさん」
私はふといきなり名前を呼ばれて何処かに隠れたい気持ちになりました。
ボッチの精神が心の中を荒ぶっていたけれど
ここは踏みとどまらなければならないです。
「なんで私の名前、知ってるんですか?」
そういうと彼女は呆れた表情を浮かべていった。
「そこら辺の有象無象はともかく、私がそんなに浅慮な人間だと思われるのは
不愉快ですわ。この魔法学園に通っているのであればローラン家の事を知っておくのは
至極当然のことです」
確かにうちの家は魔法の名門として知名度もあります。
でも私はそういった事をあまりオープンにしてこなかったので
関わっていないクラスメイトに名前を覚えられているのにはとても驚きました。
「学長であり、生ける伝説――ゼニス・ローラン。
将来を嘱望される生徒会長――フェリス・ローラン。
そして、恵まれた生まれに甘えて、ただ漠然と生きている――カノン・ローラン。
貴方はこの学園で、何をしているの?
暇つぶしで来ているのであれば普通の学校に通えばよかったんじゃないかしら?」
このとても失礼な物言いにはさすがの私も頭にきました。
「ま、ま、魔法は人を傷つけるために練習しているわけじゃありません!
貴方、わざと同調器に大量のマナを流しましたね!」
「察しが良いわね、さすがはあのキラーマシンと恐れられた
ゼニス・ローランの孫娘なのかしら?」
「お祖父様をそんな人殺しの道具みたいな言い方しないでください!」
私は自制が効かない状態になってる……でもなんとかしないと!
そうすると更に彼女は声のトーンを上げて
まるで私を見下すかのように言いました。
「言うわよ、私はゼニス・ローランのような輝かしい時代の魔法使いこそ
誇り高いものだと思っていますからね。
貴方のようにそれなりのマナを持っているのに
まるでおままごとみたいに友達とやってるのを見るのは反吐がでますわ」
「私だけじゃなくて友達まで馬鹿にして……。
魔法使いの良し悪しはマナの量だけがすべてじゃないです!」
それを聞いて彼女はニヤリと笑いました。
それはまるで彼女の闇のようなマナに撫でられるかのような感触に
私は悪寒を感じずにいられませんでした……なにか企んでいるのでしょうか。
「そうねー、その言葉だけは私も同意するわ。
じゃあ試しに私とこの同調器で勝負してみない?」
なにか罠がある。
直感がそう警鐘をならしています。
彼女は卓越した魔法使い。
纏うマナの量や質がそれを物語っている。
だけど私も「マナの量」だけは負けてない。
そしてそれはきっと相手も気がついてるはず……そこがひっかかるのです。
でも私はホムラちゃんのことまで馬鹿にされて完全に頭に血が上っていました。
「そこまで言うなら勝負します!」
「カノンさん、アルテミスさん、お願いだからやめて!」
先生は叫ぶように言うが、どうやら相手は引き下がる気は毛頭ないようです。
しかしそれも当然かもしれません。
彼女から誘ってきているのですから……。
「じゃあ受けて立ってくれるということで。
そういえば名乗っていなかったわね。
私の名前はアルテミス・フォン・ローゼンブルク。
いずれ貴方達ローラン家の者たちを超越する者の名前よ」
しかし私はすっかり怒りに呑まれていて。
「名前なんてどうでもいいです」
普段の自分ではでないような語気の強い言葉に自分でも驚きました。
しかし一方で彼女の顔は見るからに怒りに満ちているのを感じます。
「ならばこの勝負、負けたら貴方は毎日私の前に来て
『おはようございます、アルテミス様』と挨拶しなさい!」
もはや売り言葉に買い言葉でした。
「じゃあ私が勝ったらもう生徒を傷つけないでください」
そういうと私とアルテミスは両方とも同調器に手をかざしました。
正直私は競うような同調器での『遊び』をしたことがない。
しかし今回は相手が相手なので容赦はしません。
最初から全力でマナを流し込む!
するとすぐに、同調器は真っ赤な光を脈打ち始めました。
彼女はまだあまり必死に魔力を注ぎ込んでいないみたい。
でも私の方がマナを吸い取られる感触がないので
相手のほうが出力が低いことは間違いないです。
するとふと彼女は1つの石を宙に投げると
その石は空中で滞留し、その石からもまるで彼女からのマナを
反射させるようにして同調器にマナが注ぎ込まれ始めると
赤い脈動が消え、同調器は青白い光を放ち始めました。
「おい、道具を使うのはズルだろ!」
ホムラちゃんだ。
けどそんな彼女の意見をアルテミスは関係ないといった様でした。
「さっき彼女とは『マナだけが全てではない』という意見で
一致したばかりよ、当然様々な趣向を凝らすのが流れってものでしょ」
いきなり出力が跳ね上がり、私はびっくりしました。
「どう、私の多重並列起動は。
安くない触媒を代償にするけれど、威力は普通の杖を使うより
倍強くなるわ、貴方のマナ量も凄まじいけどこれならどうかしらね!」
ダブルアクション……すごい技術です。
依代は必要ですが、これができれば実質“二人分”の行使になる。
どうしてこんなにすごいことができる人が弱いものいじめなんてするんだ。
そんな強い憤りが私は心の中でふつふつと沸き立っていました。
……それでもまだ私も出し惜しんでるマナは十分にある。
だけどこの状態以上にするならもう出し惜しみは無し。
これ以上の出力は持続して出力できる限界を超えるため
もしこれ以上の出力を相手に出されたら終わりです。
私は一気に更に出力をあげる。
すると同調器は再び赤く、
まるで鼓動を打つかのように、不規則に波打ち始めました。
確かに彼女の多重並列起動は驚異的でしたが、
まだ抗えないほどじゃない。
彼女の頬に伝う汗が見えた。
着実に彼女のマナを奪いつつある。
私は勝利を確信した。
その時でした。
彼女は再びもう二つ、石を宙に投げるのが見える。
更に二つの石が彼女を媒体としてマナを反射してそれは同調器に注がれた。
彼女の周りで3つの石が眩く発光し、演習場にキィィィィンと
耳鳴りのような高音が響き渡りました。
すると同調器は一瞬だけ眩い青白い光を放ち、
次の瞬間、限界を超えたかのように白く輝き始めました。
「ふふっ、これは奥の手で、使うつもりはなかったのですけれどもね。
多重並列起動。
これで私の行使できるマナ量4倍よ。
どう?マナ量には多分結構自信があったと思うけど
流石に厳しいでしょう?
ああ、ちなみに参ったと言っても止める気はないわ。
私に歯向かった報いを受けなさい」
「てめぇこの野郎!」
その言葉に怒りに駆られてホムラちゃんが殴りかかろうとしていた。
でも私はそれを片手で制しました。
「だめ! ホムラちゃん!」
きっとこの人は暴力で向かってくる相手には本当に容赦しないはずです。
そうなれば大怪我をする人が出てくる。
「でもよぉ……」
「私、絶対負けないから!」
そういう私だけど、もう打てる手立てはない……。
ここまでなのかな……。
お祖父様……私は前に進むことは出来ないのでしょうか?
そう思ったとき、ふとお祖父様が言っていたことを思い出しました。
『いいか、カノン。魔法とはまずは一にも二にもマナの鍛錬。
これに尽きる。ひたすらこれを研ぎ澄ますのが第一歩だ』
『お祖父様、マナの鍛錬ってマナの量をどんどんふやせばいいの?』
『それも大事だが、いちばん大事なのは純度だ。
雑念混じりの100のマナより全神経を研ぎ澄ませた1のマナのほうが
断然価値は高く、その1は100をも打ち倒すのじゃ』
もう迷ってる暇はない。
残ったマナ量も少ない。
私は目を閉じ、雑念を捨て、全神経を集中してマナをひたすらに込めた。
蛇口から流れる水のようなマナが、一点を射抜く光の針へと凝縮される。
ああ……この感触なんだ。いつもの杖を握りしめてやってる瞑想。
とてもよく馴染んだいつもの光景、これが答えなんだ……
すると私の体からマナが吸い取られる感覚はなくなり
眼の前から猛烈に激しい光が発生したのとほぼ同時の出来事でした。
ミ、リ……ッ、パキィィィィン!
凄まじい轟音が鳴り響き、私は流石に意識を音に持っていかれて目を開くと
そこには汗だくになって地面にうつ伏せになっているアルテミスがいました。
荒い呼吸からして相当無理な魔法行使をしていたのだと思う。
アルテミスと宙に浮いていた3つの触媒が粉々に砕け散っていました。
私はどうやら今度こそ勝ったみたいです!
「約束通り、これ以上人を傷つけるのはやめてください!」
「はぁ……はぁ……あんた、何がマナがすべてじゃないよ……
この化け物が……」
それに対して私はつい声に出していました。
「マナはマナです。いいも悪いもありません。
『道具』みたいなものです、正しく使うことが大事です!」
「……あなた、怖いわね」
と彼女は笑った。
その瞬間、ずっと冷たいと思っていたお兄ちゃんの言葉の、
本当の意味を――私はようやく理解したんです。




