第五話 現代魔法の歩き方
今日の魔法の授業は現代魔法です。
正直私はこの授業はとても苦手です。
火を起こすようなシンプルな魔法は古典魔法。
現代魔法は、既存の枠にとらわれない最新の魔法を扱う授業です。
初等部の授業が「魔法で遊んでいい時間」だったのに対して、
中等部の現代魔法は、とても難しい時間です。
今日のテーマは自動修復機能。
破損しやすい物質に魔法を固定化し、自動的に機能を回復させる――
いわゆる形状記憶合金みたいなものです。
とても難しい技術なのですが今回はわかりやすく
それぞれがどのようなアイデアがあるかを紙に書いて提出するというものでした。
皆が自由な発想で次々と提出していく中、私は残り数人になるまで
ずっと紙とにらめっこしていました。
ホムラちゃんはササッと書いて提出していましたが
私が終わるまで見守ってくれています。
今日の授業は提出が終わった人はもう帰っていいということで
教室はとてもまばらな状態です。
こんなときこそある意味お兄ちゃんがいればなぁと思ってしまいます。
余談ですが、アレから私は根負けして「兄様」ではなく
「お兄ちゃん」と呼ぶことになりました……(絶望)
そのたびにホムラちゃんが爆笑するので、私はムスッとしています。
で、お兄ちゃんは現代魔法がすごく得意です。
もっともお兄ちゃんの成績表を以前見せてもらったことがあるのですが
すべての科目が全部満点でしたが……。
ただお兄ちゃん曰く『一番得意は現代魔法』と言い切るほどで
多分こんなテーマならお兄ちゃんなら100枚でも書いて出せるだろうなと。
まぁもっとも人から聞いてそれを出すのもなにか違う気がするため
結局自分と向き合うしかないのですが、なかなかまとまりません。
私はなにかヒントがないかと、藁をも縋る思いでホムラちゃんに尋ねました。
「ホムラちゃんはなにを書いたの?」
するとなんのことなしといった具合で彼女は言いました。
「私は触媒の修復。ルビーってさ、魔力を込めすぎるとヒビが入るんだよ。
専用の修復屋に直してもらうんだけど、それも結構な値段でさ。
まぁ杖一本に比べたら、ささやかなもんだけど」
なるほど、自分の身の回りのものに置き換えてホムラちゃんは考えたみたいです。
私の杖もだいぶ年代物ですが、だいぶ大型で太めの木材を使っているので
最新の杖みたいにメンテナンスは必要ないので……。
まぁそれにこれはホムラちゃんの受け売りだし
先生も私とホムラちゃんが話していたのを見ていたので
そのまま採用というわけにもいかなそうです。
「あー今回は俺もすぐアイデア見つかったから良かったけど
とりあえず三年間こんな事をやらされたら俺もアイデアでなくて
一生家に帰れなそうだと思うと憂鬱だわー」
そんな事を言いつつホムラちゃんは机に座って足をブラブラとさせていました。
ちょっと厳しそうな先生ならすごく怒られそうですが
今回の先生は見て見ぬふりといった感じです。
私はちょっと書いては消し、また書いては消していました。
何度も繰り返すうちに、紙が削れそうになってしまいます。
その時閃いたのです。
そうか、この書いてる間にも削れていく消しゴムや鉛筆が
自動再生されるようになればいいんだ!
私は短いなりにこの事をササッと書き上げて
「やっとできたー、はぁー」
と、つい言ってしまいました。
あたりを見回すとすでに私しかもう生徒は残っていませんでした。
ホムラちゃんは黙って私を見届けていました。
私は逸る気持ちそのままに先生のところに行き、紙を提出しました。
先生は一通り文章を読むと「はぁ……」とため息をついて言いました。
「確かに一応考え方は間違ってはいない」
そんな言い方に、私は少し落ち込みました。
先生はお兄ちゃんと違って辛辣です。
「この自動修復にかかるコストが全く利点と釣り合ってない。
この自動修復鉛筆を作るのに何個鉛筆が買えると思う?
消しゴムも同様だ」
手厳しい言葉に私は更に意気消沈していきました。
「まぁ一応テーマには即しているから今日のところは合格とする。
だが君たち若者には、
我々大人では想像できないような
大きな規模の発想を求めているのだよ」
「はい……」
私はしょぼくれた返事をすることしかできませんでした。
「君も現代に生きる魔法使いなのだ。
高等部に行けばより高い実力や発想、高い理念が求められる。
今のうちにしっかり考えておくように。
今日のところはこれで帰って良し」
そういうと先生は教壇に揃えてあった教科書などを腕に抱えて
教室を後にしていきました。
私も席に戻ると、ホムラちゃんは退屈そうに机を指でコツコツ叩いていました。
そして、慰めの言葉をかけてくれました。
「なかなか厳しくもありがたいお言葉ってやつ?
まだ入学して間もない俺達にそこまで求められてもねぇ」
確かに私たちはまだ中等部にあがったばかりではあります。
ただ先生に言われなければ私は自分の考えを変えようとはしなかったかもしれない。
これからの魔法。
現代魔法は私にとっては遠くて。
きっとお兄ちゃんのような優秀な人たちが
革新的な魔法を生み出していって。
私はただそれを享受するだけの存在なんだろうなって。
高等部はまだ三年も先。
具体的に想像するのは難しい――けれど、
進学できなかった私はどうなるのだろうか。
それを考えたとき、私は全身に悪寒が走るようなゾクッとした
頭からつま先まで突き抜けるような、すべてを拒絶したいような感覚に襲われました。
『大人しく魔法の名門である聖エルミナ魔法学校に進学しなさい。
運が良ければ名家の子どもと縁談があるかもしれないしな』
私はお父様、お母様の都合のいいように使い捨てられるだけの運命なのでしょうか。
そんなのは嫌だ……いやダメなんだ!
私はいろんな思考が頭の中を走り、視界がぐにゃりと曲がって
体は確かに座っているのにどこまでも落ちていくような絶望感を感じました。
そんな時でした。
背中にヒヤッとしてるけど、どこか暖かさを感じる。
ふと見上げるとホムラちゃんが私の背中を擦ってくれてました。
「なにか良くないこと考えてるみたいだけどよ、あんまり考えすぎも良くないぜ?」
そう、ホムラちゃんは励ましてくれました。
「でも私、これしか取り柄がないんです……。
どうしたらいいかわからなくて」
「なんだそんなことで悩んでるのか。そんなこと言ったら俺なんて
もっとなんにもないぜ。なるようにしかならないんだよ結局」
励ましの言葉。
だけどその言葉は私に絶望を与えました。
結局私は物として生きていくしかないのだろうか、と。
でもホムラちゃんの言いたいことは別にあったみたいです。
「なるようにしかならないけどな、それが悪いことばっかりじゃねぇよ。
俺はお前より一番得意な炎の魔法ですら劣ってる。
でもその事実を知ったから、今は毎日炎を起こす練習をしてる。
絶対これは負けたくないからな。
でもそう思えたのは負けたって結果があったからなんだよ。
カノンはそんな俺を哀れに思うかい?」
私は目頭を熱くしながらもしっかりと前を見据えて答えました。
「ううん、ホムラちゃんはとっても強くて、私の自慢のお友達」
「ならお前ももっと自分に自信を持てよ。
お前は自信を持つために毎日努力してるのは俺はよく知ってるし
きっとあのお馬鹿な兄貴もお前が頑張ってることはわかってると思うぜ」
そういうホムラちゃんはどこか誇らしげで
だけど一方で本当にお兄ちゃんがそう思ってるかと言われると半信半疑でした。
魔法を道具だといい切るお兄ちゃんは魔法に対しての努力に
どこか冷めたところがあると思ってます……。
実際お兄ちゃんは魔法の練習をしてるところを見たことがないのです。
練習なんてしなくてもできる……だから軽んじているんじゃないか。
そんな疑念が私の中にはあったのです。
そして家路について私は兄の部屋を訪れました。
コンコン。
軽くノックしてドアを開けると兄は机に向かってなにか教科書などを見ているようでした。
私が入ってきたことがわかると兄はその教科書類を全部閉じて言いました。
「なんだカノンか、驚かさないでくれよ」
そう言うとお兄様は教科書に挟んであった漫画を引き出しにしまいました。
どうやら勉強するふりをして漫画を読んでいたみたいです。
「お兄ちゃん、勉強なんて珍しいと思ったけどやっぱりサボってた」
昔、お兄ちゃんは言ってました。
勉強なんて授業を集中して聞いていればそれで十分だろって。
「親父やかーちゃんがうるさいんだよ
僕からすればこんな事時間の無駄なのに」
そんなふうに言えるお兄ちゃんはやっぱり眩しくて、羨ましかった。
「でもお兄ちゃんは頭いいから……」
「あのなぁ、カノンもわかってないなぁ。
こんなの俺、頭がバカでテストが0点になってもやらないぞ」
「えぇ?!」
それは流石に言い過ぎなんじゃと思い、思わず口を出しました。
「そんな事したらお父様からものすごく怒られるんじゃ……」
「まぁそれも時間の無駄だけど、勉強する時間より短いからな」
あまりの言い草に羨ましいを通り越して呆れてしまいました。
「こんなものはやりたいようにやっておけばいいんだよ。
……それで? 珍しく僕の部屋に来たんだ、なにか用事があるんだろう?」
「うん……今日、現代魔法の授業があって。
お兄ちゃん現代魔法は得意でしょ?」
そういうと特になんの気なしにお兄ちゃんは言った。
「まぁそうだな。労力で言ったら、カノンを朝起こすほうが
100倍は大変だ」
私はそう言われて顔が焼けるように真っ赤になってしまいました。
「そ、そんなに私寝起き悪い?」
「寝起きが悪いっていうか、現代魔法が簡単って話だ」
私はふと胸を撫で下ろすと同時に、この天才肌め!とちょっと頭にきた。
でもそんなに得意というなら相談してみるのも間違ってはいない気がする。
私は今日の課題について、そして先生に言われたことを口にすると
少しお兄ちゃんは一瞬だけマナのゆらぎが苛立ちを表してたように感じたけど
顔は努めて平静を保ってた気がします。
「実にくだらないね、その先生、きっと努力はいつか報われる!とか
信じちゃってるタイプだわ」
やめてくれ、その言葉は私にもホムラちゃんにも効く。
「ああ、悪気はないんだ。努力は無駄なことじゃない」
私が凹む顔を見てお兄ちゃんは慌てて言葉を絞り出すように言いました。
「ただね、世の中の革新的出来事なんて、案外毎日歩いている道端のはずなのに
思わず転んでしまう、そんな偶然の産物で
生まれてるって僕は思ってるんだよ」
そういうものなんかと言われればなんとなく妙に説得力がある気がしました。
でもやっぱりそれは努力は無駄なんじゃないかと疑問に思い
それをぶつけてみました。
「それだとやっぱり努力しても意味がないってことなのですか?」
そんな素朴な私の疑問にお兄ちゃんは真剣な表情で答えてくれた。
「毎日歩く道っていうのは人によってそれぞれだ。
僕にとって毎日っていうのは面白おかしく生きて、
カノンが健やかに過ごすのを見ていることが道なんだ。
でもカノンにはカノンの道がある。
それは僕には理解できないものだけど
人が違う道を歩くのは悪いことじゃないだろう。ただそれだけのことなんだ」
お兄ちゃんの言うことは難しいけどちょっとだけわかったような気はしました。
「どうだい、この偉大なお兄ちゃんの思想は
カノンをも感動の渦に巻き込むほどの思慮深い視野の広さだと思わないか?
そうおもったら『さすがはお兄ちゃん!すごい!』といって
僕に抱きついてきてくれてもいいんだぞ?」
さっきの締まった顔とは似ても似つかないだらしのない兄の顔がそこにはありました。
「お兄ちゃんって頭いいのに、どうしようもないほどバカですよね……」
そう言い残して私は部屋を去りました。




