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第四話 おちこぼれと優等生

その後私は、兄様に連れられて家に帰宅しました。


「どうしてそんな無茶をしたんだい?」


そう聞く兄様は、いつもと変わらない穏やかな笑顔でした。

私はこの笑顔を見るといつも落ち着くのですが……。


「上手く言うのは難しいです……

 やれるところまでやってみようって

 なんとなくその時は思ったんです!」


そう言うと、兄様は少しだけため息を付きました。


「カノン、あの先生はいつもそうなんだ。

 生徒たちをからかって楽しむ悪癖を持っている。

 真に受けてはいけないよ。これからは程々に先生の機嫌を損ねないように

 上手くやればいいんだ」


兄様は諭すように私に言いました。

けれど、私の頭はそれを理解することを拒んでいる気がしました。


「私、魔法ぐらいしか取り柄がないから……。

 これぐらいのことしか頑張れないんです」


「カノン」


兄様は私の両肩に手を乗せて言いました。


「魔法が好きなのは君の自由だ。だけど所詮魔法は『道具』だ。

 ましてお祖父様の時代であればその道具に命を賭けることもあったかもしれない。

 だが今はどうだい? 実に平和な世の中だ。

 道具を使うのに自身を犠牲にするのは本末転倒だよ」


兄様は本気で、私を心配してくれていました。


だけど私はこのガッチリと肩を掴んでくれている兄との間に

まるで隙間風が通るような冷たい感覚を覚えてしまいました。


「兄様は……何でもできるから……」

「何を言っているんだ、僕は大したことはできないよ」


私を気遣っているはずの言葉が、

私には無配慮に響き、感情は爆発寸前でした。


「兄様は何でもできるから、そんな簡単に割り切れるんです!

 私には……私にはこれしかないんです!

 こんなことぐらいしか、胸を張れることがないんです!」


私は今日、再び涙を流し、その涙を手で拭っていました。

そんな私の手を優しく包んで、その後ハンカチで涙を拭き取ってくれました。

でも涙は止まらなくて……。


「カノン。僕が君を傷つけてしまったのなら謝る。ごめんよ。

 ただその、言葉遣いが良くなかったのかな……。

 ただ僕はカノンに自分自身を一番大事にしてほしいって言いたかったんだ。

 カノンにとっての大事なものがあるように

 僕にとって一番大事なのはカノンなんだ。

 だから自分をそんな安く見積もるようなことはしないでおくれ」


そういう兄様は真剣な表情でした。

兄様は本当にいつも私のことを考えてくれている。

それは過剰なほどと言ってもいいと思います。


「わかりました、兄様。無理はしません」


そう言えば、この話は終わります。

それでも、胸の奥は冷えたままでした。


「わかってくれればそれでいいんだ。

 別に何か特別な存在にならなくたっていいんだよ。

 ほとんどの人間は何も『一番になるもの』なんて得られないんだから」


兄様は本当にいい人で……でもたしかに兄様は

突出したなにかはないと謙遜するけれども。


でも私から見るとすべてがこなせる完璧人間のようで。


そんなときだけ、兄様はどこか遠くの存在のように感じてしまうのでした。

 



私はその日は魔法の鍛錬を休みなさいと言われていましたが

私の心にはまるで火が灯るように魔法のことだけが頭にあり

自室の中央で杖を握りしめて、瞑想をしていました。


この杖を握っていると、心が落ち着く。

何もかもを忘れて、深く……どこまでも落ちていく。





コンコン。

誰かが扉を叩く音がしたような……。


「カノン、カノン!」


そう言った瞬間、兄様が私の体を抱えてくれていることに気づきました。

気がつくともう窓からは日差しが差し込んでいるのが見えました。

どうやら瞑想中に力尽きて倒れてしまったようです。


昨日に続く今日の有り様でしたが、兄様は私をベッドに一旦座らせると

入学式の時のように杖を取り出すと、あっという間に私の身だしなみを

整えてしまいました。


「兄様……私……」

「気にするな、誰だってわかっていても失敗することもあるさ」


兄様はいつだって私を責めることをしません。

でも『兄様』が言うからこそ、その言葉を私は疑ってしまいました。


顔に出てたのでしょう、兄様は続けて言いました。


「何か知らないがカノンは僕のことを持ち上げ過ぎだよ。

 僕だって失敗することもあるし、出来ないこともたくさんある」


私は虚ろな気分になりつつ問いました。


「本当にそうでしょうか。

 少なくとも私は兄様が何か失敗するところなんて

 想像もできないです」


そういうとちょっと兄様も何故か悲しそうな顔をしました。


「そう見えるように誤魔化しているだけだよ。

 自分で言うのも何だけど僕は器用なだけで、

 そして、ちょっとだけ、ずる賢いだけなんだ。

 カノンは純粋だから、そのことはちょっとわからないかもしれない」


兄様にできないことなんてない、

そう思い込んでいた私の中の考えが、

少し揺らいだ気がしました。


遠かった兄様が私にまるで寄り添うかのように近くに来てくれた。


そんな事を勝手にそう思っていました。




そうして私は翌日、学校に行くとホムラちゃんがいつものように

元気そうに私を迎えてくれました。


私は朝に弱いのですが、

朝型のホムラちゃんが、

いつも大教室の奥の席を確保してくれていました。


お陰でボッチ……あらため二人きりの学園生活ですが

私の穏やかな学園ライフは守られています。

ただホムラちゃんはいつも窓側の席を取るので日差しが差し込んでくると

眠気に誘われて寝てしまいそうになるのだけがネックです。


「そういえばさ、カノンはいつも兄貴のこと、兄様って呼んでるよな」

「そうですね……なにか変でしょうか?」


特に意識したことのない何気ない日常のセリフでしたが

ホムラちゃんからすると違和感があるようです。


「ひょっとして親も含めて様付けなのか?」

「そうですね、もうだいぶ昔の話ですが、お母様にそのようにしなさい

 と言われて。それ以来です。今ではすっかり慣れてしまいましたが」


するとホムラちゃんは顔を突き出してきて私にいいました。


「でもよ、俺なんかにはちゃんづけだろ? それはいいのか?

 いやまぁ別に俺はいいんだけどよ……」


そう言うとホムラちゃんは教室の入口に立っている兄様に目線を送ります。

私も目線を送ると兄様は軽く手を振って答えてきました。


「お前の兄貴のシスコンっぷり、ぶっ飛びすぎてて意味わからないわ」



正直私もアレは恥ずかしいからちょっとやめてほしいのですが……


以前話したときの兄様との話がこうでした。




「兄様、いくらなんでも毎日休憩時間に私のこと見られてると

 クラスメイトのみんなも私のことを見てきて恥ずかしいです……」


「何を言っているんだいカノン。かわいい妹に何か大事がないか見届ける。

 これは兄としての責務だ、勘違いしちゃいけないが

 決して僕はこれは公私混同しているわけではないよ?」




言ってることは正直めちゃくちゃだと思うのですが

私は口下手なので言い返してもどうせ言いくるめられるだけなので諦めてました。




そこでホムラちゃんは恐ろしいことを言ってきました。




「お前、試しにあいつに向かって『お兄ちゃん!』って呼んでみろよ。

 あいつ、喜んでそのまま卒倒するかもしれないぜ?」


「う、うーん。ちょっと今まで兄様といってたから急にお兄ちゃん呼びするのは

 気恥ずかしい気がするのですが……」


本当なら兄弟同士なのだから恥ずかしがる理由はないはずなのに、

想像しただけで赤面してしまいました。


「はー、カノンはほんと奥手というか、真面目すぎるよな。

 なーちょっと試しにやってみようぜ、一回だけ、な!」


「ホムラちゃんはほんと一回言い出すと聞かないですね。

 わかりました、一回だけですよ!」


そう私は言うと、席を立ち、兄様の前にカツカツと歩いていきました。

ちょっと私はムスッとしてたかもしれないですが

そんな様子を見ても兄様は爽やかな笑顔を崩していませんでした。


兄様は、同じ血が流れているのか疑いたくなるほどの美形で、

教室は毎回ざわついていました。

当の本人は全く意に介さずといった様子なのですが……

我が兄ながら、本当にそれでいいのですか兄様……。


私は兄様の目を覗き込むぐらい顔を近づけて言いました。


「お、お、お兄ちゃん! いい加減毎日見に来るのはやめてください!」


「お……兄ちゃん……?!」


その瞬間でした。

兄様の鼻から、赤い血がすーっと口元まで流れてきました。

その瞬間、兄は慌ててティッシュで鼻血を拭き取ってましたが

教室中は騒然とした雰囲気となっていました。


ですが、兄様はどこまで言っても兄様でした。


「カノンよ……お前は成長したな。

 いいか、これからは必ずお兄ちゃんと呼ぶように。

 そもそも家族なのに兄様などという呼び方をするのは良くないんだ、ウンウン」


……などと好き勝手なことを言い残し、

満足そうにどこかへ行ってしまいました。


去り際に忘却の魔法をかけ、周囲の生徒から

「鼻血を流した」という事実だけを消去していったのが、

いかにも兄様らしいやり口でした。

直接その瞬間を目撃していなかった人は、

おそらく記憶ごと消されてしまっているのでしょう。


私は席に戻ってどかっと座ると、大きなため息をついてしまいました。


「あーあ、ありゃ重症だな。かわいがってもらってるねぇ『お兄ちゃん』に」


ホムラちゃんはからかうように言いました。

明らかにこの状況を楽しそうに見ていましたが

私は恥ずかしくて死にそうでした。


「ホムラちゃんがやれって言ったんじゃないですか!」

「ああそうだったごめんごめん、でもおかげで面白いものが見られただろ?」

「まぁ確かに……私の言葉に慌てる兄様ははじめてみました」


そういうとゲラゲラと笑うホムラちゃん。

私はほっぺを膨らませてムスッとしましたが、

それでも彼女は笑うのをやめず、反省の色などまったく見せませんでした。


「悪かった悪かった、ごめんごめん」


しかしこのきっかけ以降、兄様は事あるごとに

「お兄ちゃんと呼べ!」と言い出すようになり、

私の悩みは一つ増えてしまったのでした。


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