第三話 座学と実践
あれから一週間。
相変わらず友達は少ないですが、
ホムラちゃんという心強い友達ができて、
学校生活は思っていたより楽しかったりします。
ただたまに、同じ中等部になったことをいいことに
兄様が休み時間に遊びに来てはちょっかいをかけてくるのが
気恥ずかしくて困っています。
ホムラちゃんはそれをみて
「お前の兄貴、入学式では生意気なヤツって感じだったのに
実際見てると『かなりアレ』だな」
なんて言われて私は顔が真っ赤になる思いをしました。
私のことを気にかけてくれるのは嬉しいのですが、
もう少しだけ周りの目を気にしてほしいです。
もっとも、そういうことを兄様に求めるのは
魔法の真理にたどり着くより難しいのかもしれません。
そんなこんなで今日も魔法の授業です。
聖エルミナ魔法学園 中等部では毎日魔法の授業があります。
私はその……お父様が言われるように魔法以外はからっきしなので
魔法の授業の時間は唯一楽しいと思える瞬間であったりもします。
授業は座学と実践に分かれていて、
古典から最新技術まで、幅広い内容が扱われています。
「そういえばホムラちゃんはちょっと変わった名前ですよね」
ちょっと失礼かと思ったけど、あまりの話しやすさに
つい口にしてしまったときの話です。
「あー、名前ねぇ。俺も聞いたことないんだけど、うちの家
昔はかなり東の方の遠い国の出身らしくて、そこの言葉らしいよ」
あまり興味もなさそうにホムラちゃんは言いました。
「どんな意味なんですか?」
「炎。生まれたときの髪の色と目の色で決めたらしいよー。
どうせならルビーとかスカーレットとかもっとエレガントな名前が良かった」
「えー、どうしてですかぁ?」
するとギッとジト目で睨むようにホムラちゃんは私を見て
「あ、お前、名前にぴったしとか思っただろ、この話をするとみんなすぐそれだからなぁ。
私の本当の魅力、わかんないかなぁ。俺、絵に描いたような淑女なのによー。
ホムラかぁって毎回思うわぁー、本当にないわー」
そういう彼女の顔はどこか芝居がかっていて、本気でそうは思ってないようだ。
「でも私はホムラちゃんの名前、好きだよ」
「おま、そういうこと直球でいうなよ、気恥ずかしいわ。
まぁあの兄貴の血を引いてると思うとその残念さは血筋なのかねぇ」
そんな二人で話す会話はもうまるで数年来の仲のような気分でした。
「でもちゃんと好きな理由、あるよ?」
「名前に好きも嫌いもないと思ってたけどなんかあるのか?」
ホムラちゃんは、自分の名前にあまり興味がないみたいでした。
私も、カノンという名前が好きかと聞かれたら、
あまり気にしたことがないかもしれません。
「私にはお祖父様がいるんですが、私の魔法の最初の先生はお祖父様だったんです」
そんな私の話を黙ってホムラちゃんは聞いてくれていました。
「最初に教わった魔法が火をつける練習だったんですよね。
なので火にはちょっとした思い入れがあります」
「ふーん……なるほどねぇ」
と言って、彼女は胸元から手のひら大のルビーを取り出した。
それが彼女にとっての『杖』だった。
ホムラちゃんはかなり特殊な魔法の使い方をする。
普通は杖を使うか触媒なしで魔法を行使しますが、
彼女はルビーそのものを触媒にする、少し特殊なスタイルでした。
ホムラちゃんはマナを込めるとまるで手が燃えるかのように
手の周囲に炎をまとわせていた。ちょっとだけそうしたあと
彼女はすぐに火を消して、言いました。
「うちの家系は火に適性がある奴はみんな髪と目の色が赤になるんだってよ。
だからうちの家では火に関する名前のヤツが多いんだ」
「特異体質みたいな感じなんですかね……。
でも得意なことがあるのはいいことだと思います!」
精一杯フォローをしたつもりだったけどホムラちゃんは不満げでした。
「得意があるのはいいけど、それだけってのも
あまり面白いもんじゃないぜ?」
「でも他の魔法が全く使えないわけじゃないんでしょ?」
「そりゃあそうだけどな……正直中等部入学も結構危なかったんだぜ?
炎の魔法の点数が100点だったから、ほかが10点ぐらいでもギリギリ
入学出来たのかなぁって感じだわ。そのぐらいほかは苦手。
むしろカノンは何が得意なの?」
得意、かぁ……。思えば何が得意なのかなんて
魔法に対して考えたことがなかったのです。
魔法は魔法であって、使ったことがある魔法と使ったことがない魔法が
あるぐらいにしか思ったことがなくて……。
なんて言ったらホムラちゃんは
「そりゃ贅沢な悩みってもんだねぇ。
普通の人間はそもそも魔法が使えないやつのほうが多いんだ。
まぁそういう意味じゃ俺も贅沢な悩みだとは思うけど
中途半端に使えるが故の悩みってのもあるんだよなぁ……」
そう言いながらじっくりルビーを見つめていたホムラちゃんはそれを
胸元のポケットにしまった。
そんな雑談をしていたせいなのか、今日は火を使う魔法の実技の日だった。
教官役の先生は厳しい口調で言います。
「初等部では魔法なんて使えればそれだけで褒められたかもしれんが
ここ(中等部)ではそんな事では通用せんぞ。
まぁとはいえ、まだ入学したばかりのお前たちに熟練の魔法使いのような
魔法行使は求めてはいない。
よって今日は最も基本的な魔法である火を灯す実演をしてもらう。
もちろん内容は内申点に響くからせいぜい気張れよ!」
そういうと先生は大きな布に覆われていた何かを取り出し
そしてその布を盛大に捲りとりました。
そこには人間の頭ぐらいのサイズの丸く磨かれた石が置かれていたのです。
石自体は何の変哲もない普通のそこら辺の石ころだけど
とても良く磨かれていました。
「これを衝撃を与えたりせずに燃やしてみろ。
ただし破壊するのは許さん。可能なら燃やして溶かしてしまってもいいぞ」
そういう先生の顔はどこか意地の悪い感じがして
やれるものならやってみろと言わんばかりでした。
周囲の生徒たちはざわつき始めました。
「無理だよ……」「こんな課題めちゃくちゃだ」
などなど様々な声が聞こえます。
そんな生徒たちを煽るかのように先生が言いました。
「なんだー誰も自信がないのか?
何ならこれを溶かしきれたら今学期は全部授業サボってもすべて合格にしてやる」
合格させる気がないのは、見え見えでした。
そんな挑発に乗ったのがホムラちゃんでした。
ホムラちゃんは黙って手を上げます。
「貴様、名前は何だ」
「ホムラ・バーネットだ」
そう彼女が言うと先生は「ほほう」という顔つきをした。
「よし、いつでもいいぞ、やってみせろ」
そう言うとホムラちゃんは胸元からルビーを取り出し
それを両手で握りしめると正面の石に突き出すようにして
両手からマナを送り始めました。
彼女の特性である「炎」を纏うようなまるで真っ赤に燃え盛るような
マナの奔流が、彼女の全身から両手に流れていくさまが見える……。
マナ感知は魔法使いの基本のキだとお祖父様から徹底的に叩き込まれたものだけど
彼女の強いマナはおそらく魔法の心得があるものなら誰でも読み取れるだろうと
言うほどに強く、そして鮮烈に赤く燃えたぎっていました。
「くぁあああああ!」
彼女が声を出し、意識の集中を限界まで高めたと思われる瞬間、
真っ赤なオーラのようなマナは石にまとわりつき、爆炎のような炎の渦が
石を包みました!
「すごい……これならもしかして……」
私は思わずそう口にしたのもつかの間。
炎の奔流は一瞬にして消えてしまいました。
時間にして約10秒程度でしょうか。
石は全体が真っ赤になっていたものの、溶けるまではいかなかったようです。
「ちくしょー、これでも無理なのかよ」
「残念だったな、だがなかなか見どころがあったぞ。
さあ、他に挑戦する奴はいないのか!?
挑戦しなかった奴はバツとして、火についての今日の実技の感想文を
提出させるぞ。最低でも1000字書いてこい!」
えーーーーーー!といった声や不平不満の声が吹き出してました。
仕方なくと言った様子で次々と挑むものの、皆見事に玉砕していきました……。
そしていよいよ全員が終わり、残るは私だけになってました。
私は……正直辞退しようかと考えていました。
お祖父様はよく言っていました。
「魔法が凋落した原因の一つは、思い上がった魔法使いたちが
それをひけらかしたからだ。自らの力は自らが理解していれば良いのであって
人に誇示するものではない」
その言葉を、私はちゃんと理解できてはいませんでしたが、
自己主張が苦手な私にとっては、都合のいい真実だったのかもしれません。
でもその時です。
ホムラちゃんは言いました。
「カノンなら、できるんじゃないのか?」
私は言いました。
「どうしてそう思うの?」
するとホムラちゃんは難しい顔をしながらも言いました。
「なんかさぁ、カノンと一緒にいるとたまーに感じるんだけど
まるでうちにいる爺さんみたいな気配を感じることがあるんだよ。
爺さん、戦前生まれでさ、魔法使いとして前線に出てたぐらいでバリバリの
魔法の使い手なんだけど、なんていうかマナの量が根本的に違うっていうか……。
カノンからは何かそういうの感じるんだよね」
そういう彼女はどことなく私に気を使ってるような気がしました。
その時私は気が付きました。
私は自己主張したくないとか、お祖父様との話とか
そういうことじゃなくて、ホムラちゃんの炎だけが取り柄という
自信をへし折ってしまうのではないかと気にしてたのかもしれない……。
「わかったホムラちゃん、私行ってくる」
「おう、あの先生の顔を真っ青にしてやれ!」
ホムラちゃんの叱咤激励に私は答えなければなりません。
「なんだ、お前はてっきり作文のほうが好きなのかと思ってたぞ。
名前はなんだ!」
「カノン・ローランです、がんばります」
そう告げると私は石の前に立ちました。
そして使い慣れた大きな杖をぎゅっと両手で握りしめ
先端を岩に向けると、杖に体のマナが流れ込むイメージをします。
……魔法を使う瞬間だけが私の気持ちを穏やかにしてくれる。
耳には外の何もが聞こえなくなり
ただひたすらイメージ……。
火の形は……ホムラちゃんの出した炎の渦は綺麗だった……。
そうだ……同じような形で、真似をしてみよう。
全身からマナの激流が杖から奪い取られ、パンッ!と巨大な火柱が立ち昇った。
視界が真っ白に染まり、杖を通じてマナが大量放出されるその感覚に、
意識は溺れ、溶けていきました
と、後にホムラちゃんが私に教えてくれました。
私はどうやら集中しすぎてその場で意識が途絶えてたみたいです。
その場は慌てて先生が止めに入ってくれて
それでその場は収まったらしいですが、ホムラちゃんは
こういってくれました。
「あの先生、目をパチクリさせてたぜ! やったなぁ!」
そう保健室で語るホムラちゃんはやっぱり優しい顔をしてました。
私は黙ってホムラちゃんの手に手を伸ばしてました。
「仕方ねぇなぁ」というとホムラちゃんは私の手を包んでくれました。
相変わらずホムラちゃんの手は少しひんやりしていて
ボーっとした私を優しく冷やしてくれてるようでした。
「お前、自分のこと全然ダメみたいによく言ってるけどすげーじゃん。
俺なんて一番自信あった分野でダメだったんだぜ、ショックでけーわ」
そううなだれるホムラちゃんは本当に衝撃を受けたみたいだったけど
どこか嬉しそうな顔をしてました。
「ホムラちゃんの真似をしてみようって思ったらたまたま出来ただけだよ。
きっとホムラちゃんの魔法を見てなかったら出来なかったと思う」
それを聞いて彼女は深い溜め息をつきながらも苦笑いしてました。
「ふつーの人間は真似しようとしてもできないんだって……
まったく、でもなんかなー」
ホムラちゃんも目を潤ませてました。
「名前も知らないやつにやられてたらムカついたか
それか、心が折れてたかもしれねぇけど、カノンだからいいかって。
今はそんな気分だよ」
そんな言葉を聞いて私は嫌われなくてよかったと思うと
気持ちが溢れ出てきて、軽く泣いてしまいました。
「ったく、何泣いてるんだよ。泣きたいのはこっちだぜ。
でもな、そのどでかい杖の手垢をみたら
少なくとも俺はどれだけカノンが頑張ってるのか嫌でもわかっちまったんだ。
だからもし俺が劣ってると俺自身で思ってるなら
それは努力不足ってことなんだよ」
私は溢れる涙が止まらなくなってしまいました。
今まで兄様ですら、私の魔法を褒めてくれる人はいませんでした。
そう、唯一褒めてくれていたのはお祖父様だけ……。
気がつけばホムラちゃんも目から涙が伝ってました。
「俺、どっかで火の魔法だけは誰にも負けないって。
勝手に思い込んでて、練習もろくにしてこなかったんだ。
で、他の魔法を練習して上手くいかなくて。
だから俺が火の魔法で負けたのは俺自身のせいなんだよ。
俺がちゃんと練習してれば……」
あとは二人で、手を握り合いながら一緒にひとしきり泣きあってました。




