第十一話 孤独な魔法
私は一体何をしているんだろう。
私は、生まれて初めて学校を休んだ。
今まで、物心ついてから休んだことは一度もない。
お父様がそれを許さなかったから。
だけど私はドアに強化の魔法を使い、固くその扉を閉ざした。
最初は、激しくドアを叩く音がし続けていたけど
私はベッドにくるまり、杖を抱きしめてひたすらその音に耐えた。
とても長い間叩かれていたような気がしたけど
音がしなくなったとき、ひっそりと布団から頭を出して
時計を見たとき、たった10分しか経っていなかった。
10分……それが私の価値なのかもしれない。
だけどもうどうでもいい……
……本当にどうでもいいの?
私にはもう何もわからない。
ノックする音が消えてから、
部屋が静寂に包まれた。
不気味なほどに静かな部屋。
私に宿ったのは不安感だった。
自然と私は杖を手に取って、部屋の中央に立っていた。
何千回、何万回やったかわからない精神集中と瞑想。
……。
全く集中できない。
苦しい。
魔法だけが私のそばにいてくれる。
そう信じていたのに、今はその期待は裏切られる。
そんなはずはない。
私はそう思って念じても念じてもマナは整わない。
代わりに、波立った暴風のようなマナが私の周りを包み込む。
私は冷や汗をかいた。
このマナは……あの人のマナにそっくりだ。
ゾッとした。
何がとは言葉にすら出来なかった。
私は反射的に杖を投げ捨てた。
その瞬間、自らの過ちを激しく後悔し、
慌てて杖を抱えるように持ち直した。
でも、杖はうんともすんとも言わなかった。
当たり前だ、杖は喋らない……ただ応えてくれるだけ。
そんなときだった。
先ほどとは違う優しいノック音。
「カノン、ちょっといいかい?」
お兄ちゃん……。
「ダメ。誰とも話したくない」
「……何があったかは知らない。ただ、ここにいていいかい?」
「こんなところにいてもいいことなんて、なんにもないよ」
私はお兄ちゃんにも当たり散らかした。
ふとまた時計が目に入った。
とっくに通学して学校にいかなければ遅刻する時間だ。
「カノンと一緒にいられることはいいことだよ?」
「馬鹿なこと言ってないで早く学校いかないと、もう遅刻だよ」
私はお兄ちゃんを追い払いたかった。
でもお兄ちゃんは動く気配がなかった。
「お兄ちゃんも……お父様に怒られるよ」
「はは、そうだろうね、というかさっきもう怒られたよ。
多分この後大目玉だ」
相変わらず軽口ばっかり……。
でもお兄ちゃんは……本当に……いつでも……優しすぎる。
「ここにいても、私学校にはいかないよ」
しばらく返事はなかった。
けどちょっとして。
「別にいかなくてもいいんじゃないか?」
「お兄ちゃんはそういうと思った」
そういう人だって知っている。
お兄ちゃんは常識とかそういうものには縛られないで
自分で信じたもののために行動できる人なの。
私はお兄ちゃんと話すうちに、少し気分が落ち着き始めていました。
「それを言えるのは……選ばれた人だから……だよ」
「カノン」
お兄ちゃんの声はあくまで優しいです。
「人は人に選ばれるんじゃない。自分で選ぶんだ。
だから僕はここにいる。それを間違えてはいけないよ」
「だから選ばれてるって言ったんですよ……。
私のような人間にその言葉は言えないんです」
そういうとお兄ちゃんは黙ってしまいました。
私は、悪い子なんです。
きっとお兄ちゃんをとても困らせている。
そんな自分に耐えられなくて私は言いました。
「お兄ちゃん、お願いだから、学校に行って。
それが無理なら、せめてそこにいないで」
「……わかった。でも何かあったらすぐに呼んで。
今日は僕は家にいるから」
「お父様に」
「わかってる、でももう決めたんだ」
そう言うと、お兄ちゃんはどこかに歩いていく足音がして
それは遠くに消えていきました。
私は『安心』しました。
しばらくした後、杖を持ち直して再び瞑想を試みました。
マナの色は濁ったままだけど、青くて、海のような色をしていました。
私はその日、1日中瞑想をしていました。
雑念が混ざってもいい、何かを忘れるために没頭したかったのです。
結果、頭の中には今までのことが逆流するように様々な
思い出がフラッシュバックしていました。
私は気がつけば小鳥のさえずりで朝を迎えたことを理解しました。
半分寝ぼけながら瞑想していたようです。
それを瞑想といっていいのかは疑問ですが……。
とにかく朝です。
しかも中途半端に立ったまま寝ぼけてたせいでめちゃくちゃ眠いです。
あ……学校。
そう思った瞬間、私の思考は落ちていきました。
私は腹を括りました。
今日も学校にはいかない。いや、いけない。
根拠は全くありませんでした。
でも学校に行く時間になっても激しいノックはありませんでした。
ただただ静かなだけでした。
でもお兄ちゃんだけは声をかけてくれました。
「カノン、今日は学校に行ってくる。
何かあったらすぐ知らせてくれ、いつでも駆けつけるから」
そう言い残してお兄ちゃんは学校に行きました。
そんなこと、していい訳が無い。
そんなことしたらお兄ちゃんは本当に戻ってきてしまう。
私が一人で破滅するのはいい、でもお兄ちゃんを巻き込むのは違う。
ノックがないのはきっと私はもう見捨てられたのでしょう。
ならば殊更学校に行く意味はない。
と、私は杖を握り直して……その手はそのまま止まってしまいました。
いけない。
これ以上は触れてはいけない。
それは考えてはいけない。
考えるな。
ダメだ。
……。
どうでもいいのならば『魔法』もどうでもいいのではないか?
私は掴んだ杖を離し、そっと壁に立てかけました。
そしてそのまま布団に潜り込みました。
もう、何も考えたくない……。




