第十話 魔法のお友達
あの試験から一週間がたちました。
あれからなにかが変わったかと言えば、なにかが変わったわけでもなく。
相変わらずホムラちゃんは、アミちゃんとよく言い合いしたりして。
アミちゃんは相変わらずお嬢様で。
お兄ちゃんは相変わらずおバカさんだったけど。
口には表せないけれど、アミちゃんはたまに複雑そうな顔をすることが増えました。
それはお兄ちゃんもかすかにだけど、そんな表情を見せることがあります。
でもきっと一番変わったのは、私。
やることは毎日同じ。
友達と笑いあって、勉強して、お家に帰ったら魔法の練習。
だけど私は魔法の練習に取り掛かるたびに、雑念が払えなくなっていました。
杖を握りマナを込めるたびに私の中に流れるマナに色が付いたような
そんな不安感。
そして脳裏に浮かぶのはあの暴力が形をなして歩いてるような、レオンハルトという人。
あの人は私を同類扱いしていたと思う……。
そんな迷いはマナの姿となって露わになる。
雑念の混ざりあったマナは濁る。
私の周囲に漂うマナは澄んだ色をしていなかった。
私はすぐに意識を集中し直す。
すると、あたりのマナは透き通った色に転換されていく。
そんな色を見たときですら、私はあの人の真っ黒なマナを思い出してしまいました。
「はぁ……」
毎日当たり前にやっていた所作、それが出来ないのです。
そんな日々が一週間続きました。
私はホムラちゃんにも、アミちゃんにも言い出せないでいました。
自分のマナが濁ってしまったことを。
悩んだ私は、気がつけば無意識にお祖父様の工房の扉を叩いていました。
コンコン。
返事はありません。
私は黙って扉を開けました。
この扉は特別製。お祖父様が許した人しか開けることは出来ないのです。
なので、ノックは不要です。
だけど私はいつもノックをします。
「おや、やっぱりカノンかい」
あざといかもしれませんが、お祖父様は私が来ると
いつも喜んで迎えてくれました。
ノックはそのための挨拶なのです。
しかし今日はいつもとは違いました。
お祖父様は私を見た瞬間、顔つきが少しだけ変わりました。
笑顔はそのままに、だけど眼光が鋭くなった気がしました。
「お祖父様……」
「たまに来たかと思えばどうやらなにか問題ごとを持ち込んだようだね。
息子もそういうところがあったが、孫にもその癖は伝染ったようだね」
ちょっとだけ、やれやれといった言い方をされてしまいましたが
その声はあくまでもいつもの優しいお祖父様でした。
「いいだろう、何があったか話してみなさい」
私はあの日の出来事をありのままお祖父様に伝えました。
私が必死になって説明するのを
お祖父様は真剣な表情で黙って聞いてくれていました。
そして話し終えると、お祖父様は大きなため息をついて言いました。
「カノンよ、お主は子供の頃をもう覚えていないかもしれないが……
お主にとって魔法とはなんじゃ」
魔法……。その言葉はまるであのレオンハルトという人との対話の再来のようでした。
優しいようで厳しい。
棘こそないけど何かを問い詰めるかのような質問。
「わかりません……気がつけばそこにあったもの……でしょうか」
「ふむ……」
お祖父様はため息のようにそういうと目を閉じて
その長く伸びた立派なヒゲを撫でました。
「お主は……お菓子を出したい一心で魔法に触れた。
それは覚えておるな。ゆえに試験ではドーナッツを出した」
その言葉はどこか重く響きました。
「はい……私にとっての原点だと思います」
「じゃあ、もう魔法をやめたらどうじゃ?」
「そんなっ!」
……そう口に出したところで、私は言葉に詰まってしまいました。
そう、私が魔法を続ける理由は既に完結している。
「別に必要な時にお菓子が出せれば良い。それでいいじゃろ」
いつものお祖父様の声なのに、それはまるで私を裁くかのような響きでした。
「よくは……ありません」
「何故じゃ」
間髪いれず追求の言葉が飛んできます。
私は何を言えばいいかわかりませんでした。
私は泣き出しそうになっていました。
何故私はこんなに激しく追求されているのでしょうか。
なにか悪いことをしたのでしょうか。
とうとう私の頬には涙が伝っていました。
するとお祖父様は優しい顔をしながらこういいました。
「魔法とは元来道具じゃ。その本質は変わらぬ。
物扱いするのも、道具を信頼し、頼れる相棒とするのも
それは人それぞれのあり方じゃ」
そう言いながら、お祖父様は部屋の中を杖をコツコツと音を立てて
歩き回りながら続けます。
「相棒、信仰の対象、依存先、友達。どれであってもいけないということはない。
ローゼンブルクは我々を認めないが、我々は彼らのあり方も
その一つとして認めてはいる」
すると本棚の前で一つの本をお祖父様は取り出しました。
それはどうやらアルバムのようで、写真には
若い頃のお祖父様、そして知らない人たちが写っています。
写真はだいぶ古いものらしく、紙がボロボロで、指であまり強く触れば
破けてしまいそうなほどでした。
それを私に見せながらお祖父様は言います。
「ワシの若い頃の友人たちじゃ」
「お祖父様の……お友達?」
「そうじゃ。……皆優秀な魔法使いだった」
「……今は?」
そう言うと、お祖父様は本を閉じた。
「皆亡くなった。戦争でな」
お祖父様の若い頃。
私にとっては大昔だけど学校で習った事があります。
とても大きな戦争があった。
その頃はまだ今みたいに科学が発展していなかったから
魔法が戦争の道具として使われていた時代があったと。
「ワシが魔法使いを続けているのは、もう仲間を失いたくないからじゃ。
そんな思いをしなくていいように、生涯を魔法に捧げることにしたのじゃ。
だがそれを褒めてくれる、分かち合う、そんな友人は誰もおらん。
ワシにとって魔法は孤独で寂しく、だが止まれないものなのじゃ」
いつも優しいお祖父様の表情が、悲しみをにじませていました。
そんな表情で、お祖父様は私の顔を見ました。
「カノン。お主のマナはとても心地よいものだった。
若かった頃の、何にも染まっていなかった頃を思い出す。
だが今日のお主は違う。水に一滴の絵の具を垂らしたかのように
何かに染まっておる。
それは何かを背負い始めたことを示している」
「何かを……背負う?」
私は違和感こそ感じていたけれども
そんなお祖父様のように使命感を感じたことも
義務感を感じたこともありませんでした。
だからお祖父様の言うことがわからない……。
「改めて言う。カノンよ、無理して魔法の道に進む必要はない。
友達と楽しく毎日を過ごす。それでいいじゃないか」
「……駄目です、お祖父様。私にはそんなことは……」
魔法を捨てるなんてことは考えられない。
私は気がつけば、杖の跡が手に付くほど、強く激しく杖を握りしめていました。
そして気がつけば、私はお祖父様の家を飛び出していました。
目から頬を伝う涙は止まることを知りませんでした。
私が魔法を捨てる……?
そんなこと、できるはずがない!
私にはこれしかない。
もし私が魔法を捨てれば、お兄ちゃんもきっと私を要らない子だと思うに違いない。
お祖父様ももう、私に声をかけてくれないだろう。
そして……お父様、お母様……。
私は捨てられるかもしれない。
私は大声で泣き叫びました。
きっとホムラちゃんにも、アミちゃんにも捨てられる。
魔法だけが私にとっての存在価値なんだ。
だけど今日、泣きながら触る杖は
どんなにマナを流しても、私の涙を止めてくれることはありませんでした。




