第一話 入学式と、時代遅れの杖
――窓のカーテン越しに温かな光が照らし、部屋を包み込みました。
今日は聖エルミナ魔法学園、中等部の入学式です。
でも私はとても眠くて、それでいて窓から注ぎ込む太陽の光が心地いいですが
手の中に残る握りしめた杖の形の痣からは痛みが滲みます。
パシャー!
突如として窓のカーテンが開かれ、お日様の光が私の顔を照らしました。
眩しさに、思わず私は「んん……」と声を出しつつ
猫が顔を拭くように目を擦って、両腕を大きく伸ばしてのびーして
ようやく体を起こしました。
するとそこにはカーテンを開けた兄様の姿がありました。
「おはようカノン。 また夜ふかししてたのかい?」
兄様は、今日もいつも通りでした。
「おはようございます、兄様」
私はベッドから抜け出すと、ベッドの隣に立てかけておいた
私の背丈と同じぐらい長くて大きい杖を手に取りました。
今どきの杖と違って太くて直線的じゃない大きな杖。
それはお祖父様から譲り受けた大切な杖で、
もはや時代に取り残されてしまったものでもありました。
それでも――この杖はもう何回握ったかわからない。
自然と一番しっくりくるところに手が収まり、
それに答えるように私のマナが満ちていく。
どんなことがあっても、いつもいてくれる相棒です。
「今日は入学式だぞ、まさか忘れてないよな?
今日は親父たちやお祖父様も来るんだぞ」
……忘れていたわけではないのですが、杖を握ったら練習。
つい日課に出かけようとしてしまいました。
まだちょっと寝ぼけてるのかも。
「えへへ、忘れてたわけじゃないんですよ?
でもやっぱ毎日やってるからついつい……」
そんな私を兄様はちょっと呆れているのかな?
「毎日せっせと魔法の修練に励むのもいいけど、今日は新しい友達と
出会う日でもあるだろう?」
「そっか……今日はちゃんと時間通りに学校行かないと。ですね」
「まぁそうだな。それと身だしなみとかもちょっと気を使うと良いと思うぞ!
第一印象は大事だからね……最もカノンはそのままでも可愛いけどな」
「はい、兄様。ありがとうございます」
兄様が胸元から短い杖を取り出し、さっと魔法をかけました。
気づけば私は制服姿になり、寝癖も整っています。
「……兄様、流石にやりすぎですよ」
そう言いながらも、私は何も抵抗できませんでした。
「さっきも言ったろ? 今日は入学式で親父たちもくるんだって。
ぐちゃぐちゃな髪なんかで出てみろ、怒られるぞ?
まぁ爺さんに関しちゃカノンにちょっと甘いところがあるから
平気かもしれないけどな」
そういう兄様が一番、私に優しいです……。
きっと私がどんな格好でいたとしても
お父様もお母様もあまり気には止めないでしょう。
なぜなら二人とも兄様のことだけ気にかけているから。
でもそれでもいいんです。私には兄様がついていてくれるし。
……それに杖を握っているときだけは何もかも忘れられるんです。
魔法は私にとって友達なのです。
そして始まった入学式。
私は兄様とともに新しい学び舎である中等部の校門前まで来ていました。
兄様は「あまり気負いすぎるなよ、友達とかできるといいな!」と言い残して
先に学内に入って行きました。
私からするとちょっとやんちゃでもある兄様なのですが
兄様はとても優秀で、今年は生徒代表として入学式で新入生に挨拶をするそうです。
……兄様がいなくなってから、私はひどく緊張していました。
自然と両手で杖を握りしめ、立ち尽くしてしまいます。
いつもなら、マナのひんやりとした感触で落ち着けるのに、
今日はそれ以上に緊張のほうが勝っていました。
そんなとき、ふと私の頭を乱暴ながらも撫でる手がありました。
でもどことなく優しさを感じる……。
ふとみると私を覆うような大きな影とともに仰々しいローブに
大きな帽子を被り、長いヒゲを蓄えた、
如何にも絵に書いた魔法使いのような、お祖父様の姿がありました。
わしゃわしゃと雑に撫でるのはお祖父様のいつものクセでした。
お陰で兄様が整えてくれた髪の毛はボサボサになってしまいました。
「カノン、学校の前でボーっとして何をしておる」
お祖父様は優しい目で私を見ていたため、その目に吸い込まれるように
私の緊張感は解きほぐされていき、いつもの気分を取り戻せました。
「お祖父様、今日はお祖父様も挨拶されるんですよね」
「ああ、面倒じゃがな、一応名ばかりの学長ではあるからの」
そういうお祖父様は本当にめんどくさそうにいいます。
そんな私たち二人の周りにはざわざわと声が上がってました。
お祖父様は本当に偉大な魔法使いで、
私にとっては、修練を黙って見届けてくれる
ただの優しいおじいちゃんです。
「カノン、お前のことをとやかく言うものがいるかもしれんが
お前はお前らしくいれば良い。もっとリラックスして自然体で
いなければ、その杖もお前に答えてくれなくなるぞ」
「……はい」
お祖父様は常に魔法第一主義です。
何においても魔法が最優先で、その他は二の次。
でも私には優しい大好きなお祖父様です。
そういうとゆっくりと、でもしっかりした足取りでお祖父様は学内に入っていき
「わしも挨拶があるでな、先に行っとるぞ」
と言い残して先に行ってしまいました。
心は落ち着いたものの、私は相変わらずどうしたらいいかと戸惑ってました。
只々こういう場が苦手なだけではなく、もう一つ理由があって……。
それは初等部にいた頃の友達は全員いなくなっていたからです。
そうこうしているうちにチャイムの鳴る音がしました。
いけない、早く学校の中に入らないと遅刻しちゃう。
そうしてまた心が乱れてバタバタしつつも杖を抱えて私は入学式の
会場へと向かいました。
その途中の出来事でした。
っ! 瞬間何故か隣を並んでる兄様は私を遮るように前にたちました。
何故兄様がここにいるのかという混乱が先に立ちました。
「ちょっと兄様、いきなり前にたたないで……」
そこまでいって珍しく兄から『柔らかさ』が消えたことを何となく感じました。
気がつくと兄より背が高い、大人のような長身で
大柄な男子が 私の前に立ってるのが見えました。
「……」
兄とその人との間に明確に感じる敵対感。
いや敵対にすらなっていない。
私にも感じる、まるで吹雪のように 相手を敢えて威圧して誇示するマナの奔流。
そんな暴力の化身が一瞬だけ私を見た気がする。
その目はあくまで冷静で、そしてまるで平気で人を殺しかねないような冷たさ。
だけど何故かその人は少しだけ、ほんの少しだけ「愉しげ」に口元を歪めた気がする。
恐ろしい。
私は初めて悪寒が走るという気持ちを体感した。
これはあの冷たい私の両親とも違う。
恐ろしい。
そんな私をかばうかのように、兄は私の手を取った。
そんな兄の手は珍しく硬い。
「行こう、カノン。入学式が始まってしまうよ」
そう言われると私は半ば強引に兄に引っ張られて連れ去られたのでした。
会場にはもうすでにたくさんの入学生が集まっていました。
「カノン、今度こそちゃんと行くんだよ?」
そういうと兄様は観覧席の方に歩いていきました。
私は自分の出席番号が書かれた席に向かうと
狭い席の間をそーっと歩いて自分の席に向かいます。
「……ごめんなさい……失礼します」
そう小声でつぶやきつつ、私は席に向かいますが
途中で杖を椅子や他の方の脚にぶつけてしまい
そのたびに小声で謝りつつ通りました。
杖が長いせいで、どうしても人混みでは邪魔になってしまいます。
あからさまに舌打ちをしてくる人とかもいてちょっと怖かったですが
なんとか自分の席に座ることが出来て一段落といった気持ちでした。
するとすぐに司会の先生が新入生への挨拶ということで
簡単な挨拶をしてくれた後、『学長からの言葉です』の言葉とともに
お祖父様が観覧席から立ち上がるのが見えました。
会場の横のスペースに座っていた、お祖父様はゆっくりと立ち上がると
壇上にあがり、私たちをまるで睨みつけるような鋭い眼光で射抜きました。
まるでいつもの私には見せない、魔法を研究しているときのような
真剣な眼差しです。
するとお祖父様はゆっくりと語り始めました。
「まずは諸君、入学おめでとう。
聖エルミナ魔法学園における中等部に進学したということを
まずは諸君らは身を持って自覚してもらうことになる。
……初等部はあくまでも適正の確認であった。
つまりどのような者でも入学可能であり、
魔法への適性を見極める場であった。
しかしだ。中等部は魔法への適性が認められた者。
試験を通過したものだけが入れる狭き門である」
そう。お祖父様が言うように。
初等部では魔法が使えない子や魔法がよくわかってない子もたくさんいて
私のようなぱっとしない子でも一緒に笑い合ってくれる友達がいました。
でもそんな少ないながらに一緒に遊んだ友達の殆どが
中等部には進まず、他の学校に進学してしまいました。
その理由がお祖父様が言った、適正確認のための試験のせいです。
この先にある聖エルミナ魔法大学園には本当の意味での
優秀な魔法使いでしか進学できないと言われています。
私も本当は中等部すら進学できるか自信がなかったのですが
お父様に言われるがまま、試験を受けて無事進学が決まりました。
……正直なことを言えば初等部時代の友だちがいる学校に
私自身は進学したかったのですが……。
うちの家ではお父様の言うことは絶対です。
ほとんど話すことのない両親ですが、このとき私は言われました。
『お前はフェリスと違って原始的な魔法ばかりに固執している
時代に取り残された者じゃないか』
『加えてお前はフェリスと比べて、その他のことも満足にできない』
『大人しく魔法の名門である聖エルミナ魔法学校に進学しなさい。
運が良ければ名家の子どもと縁談があるかもしれない』
言いたいことはありました……でも……。
私はそんなお父様の言い分に黙って従うしかありませんでした。
そんなお祖父様が話されているのに
意識をそらして考え事に耽ってしまいました。
ただ、どうやらまわりの生徒たちは退屈らしく
ヒソヒソと雑談のような声すら聞こえていました。
しかしそんな様子は関係ないと言わんばかりにお祖父様は続けて
演説を続けていました。
「昨今は魔法にしか出来ないことが、技術の進歩で大きく縮小した。
火も水も、今や人の手で容易に扱える。
そういうお祖父様の顔には不満の表情が見て取れた。
「しかしだ。だからこそ魔法使いの真価は、今、問われている。
火を灯し、水を生み、雷を落とす――
それらはすべて、我々の先代が人類に示した道標に他ならない。
諸君らには、その先を導く魔法使いを目指してもらいたい。
以上だ」
そういうとお祖父様はそそくさと壇上から降りてしまいました。
そのまま元いた席に戻ることもなく、文字通りどこかにいなくなってしまったのです。
おそらく空間跳躍で、もうこの学校とは離れたどこかに移動したのでしょう。
空間跳躍。
先程お祖父様が言われていた、まさにまだ人類が科学というもので
たどり着けていない領域。
お祖父様の最も得意とされてる呪文。
お祖父様の空間跳躍は本当に綺麗で、まるで本当に消えてしまうかのように
不自然にいきなり消えるでもなく、でも魔法の残滓を残さないから
よく見てないと消えたことすら気が付かないのです。
この領域にもいずれ人類は到達してしまうのでしょうか。
その事をお祖父様は「もしその時が来たらワシは魔法使いを引退しよう」
なんてとんでもないことを言っていたのが印象に残ってます。
そして続けざまに、司会の人が簡単に説明をしました。
「続けまして、在校生からの言葉として生徒会長、フェリス・ローラン君」
そう言われると、兄様は観覧席側から立ち上がり壇上に上がりました。
すると兄様はいたずらっぽく笑うと私の方に視線を送ってきて
私は急に恥ずかしくなって顔を手で覆ってしまいました。
いつも兄様はそうやって私をからかって楽しんでいるんです。
そして再び兄様は正面を見据えると、胸元から杖を取り出し、掲げるように片手で
天高く、やや動きをわざと誇張するように弧を描くように振り上げました。
すると光り輝く文字で壇上の上に『新入生の皆さんを歓迎します』という文字が
浮かび上がり、厳かでいて、それでいて落ち着く雰囲気の音楽が流れ始めました。
皆がそれを見て息を呑んで見守っていました。
周囲には光源となるものもなくて、スピーカーもない。
つまりこれは兄様の魔法によるもの。
そういう魔法があるということは魔法が好きな人は知っている事ではあります。
でもマイナーだし、そのわりに習得には手間ひまがかかるし
実際には機械を使う人がほとんどだけど……。
これを見て多くの同級生たちはきっと兄様が今日という日のために
わざわざこの魔法を練習してきたのだろうときっと思うのだろうなって。
でも兄様は、きっとこの魔法を練習すらしていない。
そんな自慢の兄は、いつもの砕けた雰囲気で語り始めました。
「まずは定型文通り、みんな入学おめでとう。
誰もやりたがるやつがいないから、仕方なく生徒会長とかいう
面倒な役職をやっている者だ」
相変わらず軽い口調。
少し観覧席側には不機嫌そうにしてる先生っぽい人もいるけど大丈夫なのかな?
「さっきやたらと眠くなる話をしていた爺さんがいたんだが……
まぁあの話は忘れていい。年寄の話は長くていけない。
という訳で私から言いたいことは入学おめでとうってことだ!
別に細かいことなんてその後考えればいい。
無事卒業してそのまま進学する人もいれば、他の人生を歩む人もいるだろう。
そんな君たちを僕ら在校生を代表して等しく歓迎しよう。
言いたいことは以上だ、学生生活、楽しんでくれ!」
それだけ言うと、兄様はそそくさと壇上を降りていってしまった。
案の定というか、会場はざわつき始め、司会の人がそれを咎める。
「皆さん、静かに。 以上を持ちまして生徒会長の挨拶を終わりとしまして……」
こんな大勢の人前なのに物怖じせずに自分の言葉や行動を貫ける。
そんな兄様は私にとってやっぱり憧れの存在です。




