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追放された黒薔薇は自由に咲く  作者: 文月紫梟


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5/9

森に足を踏み入れた瞬間、世界の音が変わったように感じた。


風が葉を揺らす音、

どこかで鳴く小さな虫の声が、耳に届く。


日が傾き、空がゆっくりと橙から藍へと沈んでいく。


私は立ち止まり、深く息を吸った。


土と、緑と、湿った空気の匂い。

混じり気のない、自然そのものの匂い。


「……すごい」


思わず、声が漏れる。


屋敷の庭園にも、似た香りはあった。

でもこれは、整えられていない。大自然の匂い。

私は靴を脱ぐことはしないまでも、意識して、ゆっくりと足を運ぶ。


靴底越しに伝わる、土の柔らかさ。小石を踏んだ時の、わずかな違和感。落ち葉が潰れる感触。

たまに伸びる木の根を跨いだりして。


「……森の土の上を歩くのって、こんな感じなのね」


呟きながら、くすりと笑う。


今まで、私は整えられた場所しか歩くことを許されていなかった。

転ばないように、汚れないように。でも今は違う。


少し汚れても、少し乱れても、誰にも叱られない。口角が上がる。


「…最高ね」


木々の間を抜け、開けた場所を見つける。

空を見上げると、枝葉の隙間から、星が瞬いていた。


私はその場に腰を下ろし、拡張魔法が付与されたバッグから保存食を取り出す。

乾いたパン。固めの干し肉。


一口齧って、眉をひそめる。

「……これは……」


二口目を躊躇う。

「……いえ、文句を言える立場じゃないけど」


眉根を寄せてしばらく見つめた後、私はパンを元に戻した。


「……やっぱり、嫌」


小さく宣言して、立ち上がる。魔力を、静かに巡らせる。


風の流れ。音。獣の気配。

少し離れた場所に、小動物がいる。


「ごめんなさいね」


低く囁き、

氷を一筋、放つ。


鋭く、静かに。


獲物は苦しむことなく倒れた。


私は手際よく処理をし、指先に小さな火を灯し、焚き火を起こした。

火を眺めながら、ふと思う。


「……自分で獲って、自分で焼く、か」


こんなこと、

数日前まで考えもしなかった。


…椅子が欲しい。焚き火のそばの土を見て魔法を発動する。簡易的な椅子が出来た。背もたれ付き。

カップもついでに作って、水を満たしておく。



焼ける音。

立ち上る香ばしい匂い。一口食べて、目を見開く。


「……おいしい」

思わず、笑ってしまう。水をひとくち飲んだ。


星が増え、夜が深まっていく。

食後、私は焚き火のそばに座り背中を背もたれに預けた。


身体は少し疲れている。でも、嫌な疲れじゃない。


「……今日は、いい日だった」


誰に言うでもなく、そう呟く。


そろそろ眠ろうか、と

立ち上がろうとした、その時。


――ぞくり。


背筋を、冷たいものが走った。空気が、変わる。

意図を持った視線を感じる。


私は、ゆっくりと立ち上がった。


夜の森が、

静かに息を潜めた。


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