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追放された黒薔薇は自由に咲く  作者: 文月紫梟


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洗礼式当日2

神殿に足を踏み入れた途端、空気が華やいだ。


「ヴィオレッタ様よ」

「本当に、お美しい……」

「さすがはリヴェルディア家のお嬢様」


参列した人々がこちらを振り返った。さざめく声が、祝福と期待を帯びて、または少しの悪意を孕んで広がっていく。白い柱の間を縫うように、視線が集まる。

私はその中心を、静かに歩いた。


白いドレスが床をなぞり、

縫い込まれたダイヤモンドが光を受けて淡く瞬く。祭壇へと続く回廊の先で、司祭が待っている。

鐘が鳴った。低く、深く、神殿全体を包み込む音。その一音で、ざわめきはすっと消えた。

まるで合図のように、神殿は静寂に満ちる。


「ヴィオレッタ・セシル=リヴェルディア」

名を呼ばれ、私は一歩前へ出る。


所定の位置に立ち、両腕を自然に下ろし、白く透ける袖を纏った手を体の前で重ね、腰を落として頭を下げた。

司祭の声が、厳かに聖句を紡ぎ始める。


その瞬間――空気が、澄んだ。


ひんやりと、けれど心地よい感覚が、肌を撫でる。視界の端で、揺らめいた。蝋燭によって影が揺れたのかと思ったが違う。


一切の光をも許さない様な黒。

それは神殿のあちこちから、音もなく集まり始める。

黒いオーラは、柔らかな流れとなって、私の周囲を巡る。


不思議と毒々しい闇の様な黒なのに不安はない。拒絶もない。


その流れが、ゆっくりと腕へ向かう。


透ける袖の内側。

腕の内側へ、それは静かに吸い込まれていった。


ひやりとした感覚が走る。


次の瞬間、肌の上に、確かな紋が刻まれた。

細く、優雅な蔓が、内側を這う。絡まり、形を結び

ーー一輪の花が咲いた。黒い薔薇。

神殿の空気が、一層澄んだ様に感じた。


誰かが、小さく息を呑んだ。


「……黒、だ」


囁きが、恐れを含んで広がる。

私は、そっと目を伏せた。


次の瞬間、神殿がざわめいた。


「黒い紋……?」

「そんな、聞いたことが……」

「悪しきものだ、あれは……」


恐れが、波紋のように広がっていく。さきほどまで祝福を向けていた視線が、距離を取るように逸らされる。


私は、その中心に立ったまま動かなかった。視線を司祭に向けると言葉を失ったまま、呆然としている。


「ヴィオレッタ!」


母の声が、震えながら私を呼ぶ。

父が一歩前に出て、私の腕を掴んだ。


「このままではまずい。戻るぞ」


有無を言わせない力。

私は抵抗しないまま、ざわめきの中を引きずられるように神殿を後にした。

外の光が、やけに眩しくきらめいていた。


馬車の扉が乱暴に開かれ、私は中へと押し込まれる。


「顔を伏せて」


母の手が、震えながら黒薔薇を隠そうとしているのか私の肩に外套をかける。

馬車が走り出す。車輪の音が、神殿のざわめきを遠ざけていった。


屋敷に戻ると、私はそのまま自室へと閉じ込められた。

外出は禁止。面会も制限。名目は、謹慎。

誰も、黒薔薇について詳しい説明はしない。触れないことが、正解だと思っているようだ。


数日後。重たい足音とともに、扉が叩かれた。


「王城より、伝令です」


部屋に入ってきたのは、見知らぬ使者だった。

形式的な礼の後、淡々と告げる。


「ヴィオレッタ・セシル=リヴェルディア」


名前を呼ばれた瞬間、

父の肩が、わずかに揺れた。


「そなたに刻まれた洗礼紋は、

 王国の秩序を乱す恐れがあるものと判断された」


冷たい声。感情も、躊躇もない。


「よって、王命により、

 即刻、国外追放とする」


空気が、凍る。

母が、声にならない息を漏らした。

父は唇を噛みしめ、何も言わない。

使用人たちは息を飲んだ。


私は、静かに一歩前に出る。

「…わかりました」


伝令は、わずかに目を伏せた。

「情けはない。日没までに、国境を越えよ」

それだけ告げると、踵を返した。伝令が去り、扉が閉まる音が屋敷に残った。


しばらく、誰も口を開かなかった。私は最初に息を吸い、静かに父と母を見る。


「……準備をします」

その声は、我ながら落ち着いていた。


「日没まで、ですよね。あまり時間はありませんから」


母が、はっとしたようにこちらを見る何かを言いかけたが言葉は出ない様だ。

父は一瞬だけ目を閉じ、短く頷いた。


「……そうだな」

それ以上、言葉は交わさなかった。


私は一礼して部屋を出る。

足取りは、いつもと変わらない。


自室に戻り扉を閉めた直後、ひやり、と空気が冷える。


鍵穴から霜が広がり、

扉の縁をなぞるように氷が定着する。誰にも邪魔されずに、考え事をするための小さな結界。


私は背中を扉に預け、ゆっくりと息を吐いた。

胸の奥が、軽い。恐怖はない。悲しみも、混乱もない。


ただ

「……やっと、ね」


誰に聞かせるでもなく、呟く。微かにその口角は上がっていた。


必要なものだけを選び、

無駄な装飾品やドレスは残す。魔導書。簡易の魔道具。替えの衣服。


コンコン、とノックの音がした。


一瞬、間を置いてから、返事を返し、私は氷を解き扉を開けた。


立っていたのは、父だった。

「……入ってもいいか」


私は頷く。父は部屋を見回し、

私が最低限の荷物しかまとめていないことに気づいたようだった。


「それで足りるのか」

「ええ」


短く答える。父は、懐から小さな革製のバッグを取り出した。


見た目は、ごく普通。けれど、魔力の気配がある。


「空間拡張の魔法付与がしてある。容量は……まあ、困らない程度だ」


私は、少しだけ目を瞬いた。

「……ありがとうございます」

「親として、これくらいはな」


それ以上、父は言わなかった。


バッグを受け取ると、

父は一度だけ、私の腕を見る。


何も言わず、何も聞かず。そして、踵を返した。

扉の外へ出た後、父が呟いていたこと私は知らない。

「……惜しいな…。」


屋敷を出る準備が整う頃、

廊下の奥から、母の声が聞こえてきた。


「どうして…!そんなの、認められない……!私の娘がこんなことになるなんて!私はどうなってしまうの…!」


ヒステリックに掠れた叫び。私のことを思っているようで、自分のことが好きな人。

私は足を止めず、その声を背にして進む。


玄関の扉が開く。

外には、父。大勢の使用人。そして、騎士団長が立っていた。


「……行くのだな」

父の問いに、私は頷く。


「はい。お兄様達にも宜しくお伝えください」

「あぁ」


騎士団長が一歩前に出る。


「国境まで、同行します」

「お願いします」


私はそう答え、屋敷を振り返らなかった。


玄関の扉が、背後で閉まる。


その音は、

終わりではなく、始まりの音だった。






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