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追放された黒薔薇は自由に咲く  作者: 文月紫梟


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洗礼式当日

洗礼式当日。

白いドレスに身を包む。

襟元は高く、首筋の半ばまで覆われているが、薄く透ける素材のおかげで重たさはない。

そのまま袖へと続く生地には、細やかなダイヤモンドが縫い込まれていて、歩くたび、角度を変えるたびに淡く光を弾いた。


胸元から下は異なる布地。

体の線に沿って滑らかに落ち、裾に向かって静かに広がる。

指で触れれば分かるほど上質で、金糸の刺繍が華やかに施されていた。


完璧だ。

誰が見ても、祝福されるべき“お嬢様”の姿。


「とてもお綺麗ですよ、お嬢様」


背後で侍女が微笑む。


「ありがとう」


私はそう返し、鏡から視線を外した。


扉が開かれ、廊下へと出る。

白い石で統一された屋敷の通路には、すでに多くの人影があった。

使用人たちは一様に足を止め、深く頭を下げる。


「おはようございます、ヴィオレッタ様」

「良い洗礼式となりますように」


祝福の言葉が、雨のように降る。

私は微笑み、頷き、歩を進める。


廊下の窓から差し込む朝の光が、ドレスの装飾を照らす。

きらめきが壁に反射し、道そのものが祝祭の一部のようだった。


馬車へ向かう中庭には、すでに両親が待っていた。

父はあまり興味がないのか、ちらりとこちらを見た後視線を逸らした。母は厳格に品定めをするかの様に私を見る。


「緊張している?」

「いいえ、お母様」


本当のことを言った。

緊張は、していない。


馬車に乗り込むと、扉が閉じられ、外の音が遠のく。

車輪が石畳を進む振動が、身体に伝わってくる。


窓の外には、よく知った街並み。

整えられた通り、旗、花、洗礼式を祝う飾り付け。


守られた世界。

管理された安全。


私は膝の上で手を組み、静かに息を吐く。


魔力の流れを、内側でなぞる。

いつでも使える。

隠しているだけで、封じられているわけではない。


神殿の尖塔が見え始めた。


あそこだ。

運命を“与えられる”場所。


唇の端が、ほんのわずかに上がる。


――与えられるつもりは、ないけれど。


馬車はやがて止まり、扉が開かれる。

外には、人々の視線と、祝福と、期待。


私は一歩、地面に足をつけた。


洗礼式の日。

この国にとっては祝福の日。


私にとってはーーー…


ゆっくりと、神殿へ向かって歩き出す。


その背中を、

誰もまだ疑っていなかった。


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