拝啓 節子さま
認知のおばあちゃんと若い子のお話です。
友達・・とは違うかも知れませんがそれに近い関係もあるんです。
拝啓 節子さま
秋も深まり気付けば貴女と初めて会った季節になりました。
あの日の事は今でも私にとっては奇跡であり、宝物でもあります。
貴女のおかげで今の私があると断言出来ます。
会いたいです。
いつか会えると信じてまた一年頑張りますね。
久保田 早紀
「早紀!何回言えばわかるの!!早く学校へ行きなさい!!遅刻するわよ!!」
今日も朝から母親の声で家から追い出されるように学校へ向かう。
正直学校へ行く理由が分からない。
成績 成績 成績
成績がものを言う時代に、どう頑張っても成績が上がらない私の様な人間に教室は居心地の悪い空間だ。
「彼氏や旦那さんにするなら 高学歴 高収入 高身長だよねー」
教室に入るとクラスの女子が話しているのが聞こえた。今流行りの 3高 と言われる言葉だ。
「 自分の事を棚に上げて良く言うよね」
「 !!?」
「あっ、おはよー久保田さん。今の聞こえた?」
ニシシと笑いながら話しかけて来たのは、隣の席に座る 真瀬 美里。
一瞬自分の心の声が口から出たと驚いた。
真瀬 美里
彼女は学年でも10番以内に必ず入るほどの秀才で、特に得意科目の英語は帰国子女だけあって英担とも普通に英語で会話をしている程の腕前だ。
大学も海外の大学を目指していて毎日忙しそうにしている。
( まぁ、私とは別世界の人だよね)
私は今日も何の為に学校へ通っているか分からないまま下校時間を迎えた。
進学する人たちは今から塾に向かうが私は就職するからこのまま帰宅だ。
バイトしたいけど学校が許可していないので仕方ない。
帰宅の準備をしていると
「久保田さん今から塾?」
隣の真瀬さんが話しかけて来た。
「私は進学しないからこのまま帰るよ」
「じゃあミスド行かない?私行った事無くて・・」
「真瀬さん、塾は?」
「今日は休みになったの!だから良かったら一緒に行ってくれない?」
特に予定も無いし人助けと思って付き合う事にした。お店に着くと真瀬さんは目をキラキラしながらトングとトレーを持ち、ドーナツを選んでいた。
「今日本当は塾だったんだけど、サボっちゃった」
ドーナ食べ終えた真瀬さんが静かに話始めた。
きっと誰にも話せないけど話したい事なんだろうと思い黙って聴く事にした。
「今週からお婆ちゃん、お母さんの母親なんだけど一緒に住む事になってね・・」
真瀬さんが語ったのは、お婆ちゃん(節子さん)が一人で暮らせなくなった為に急きょ引き取ったと。
お婆ちゃんの住む家の隣の住人から
「お母さん、同じ物ばかり買って来てはそのままにしてて家の外にも臭いがすごいの。何とかしてもらえないかしら?」
と連絡が入った。
真瀬さんと母親が行くとすでに悪臭となっていた物は( 牛乳 )だった。
季節は夏、近所からの苦情が出るのも仕方ないと二人でとにかく片付けたが染みついた臭いは簡単には消えず、一時避難で連れて来たと・・
「でもね、買って来ちゃうの牛乳。、なんで牛乳なんだろう・・」
真瀬さんは頼んだジュースを飲んでいる。
「牛乳に何かしらの思い入れがあるのかもね?」
うーんと考え込むがわからない。
「そろそろ行こうかな?お母さん一人で心配だし」
「今日塾じゃなかった?」
「心配で帰って来た!って言うよ!」
ニシシと笑った真瀬さんはお世辞でも可愛く無かったが、母親を心配しているのが伝わる優しい顔だった。
その日から何かと話すようになった私たちは、お互いの家を行き来する仲になっていた。
「節子さん、こんにちは!」
「あら、あきちゃん。いらっしゃい」
節子さんは私の事を あき と覚えてしまった。
あもさも同じ母音だからなのか?サ行が言いにくいのか?どちらにしても可愛いから許しちゃう。
「早紀ごめんだよー。何回教えてもダメで」
美里が申し訳無さそうに謝ってくるがそんな事気にならない。
あの日、美里から節子さんの話を聞いて早三ヶ月。年も明け四月からは私たちも三年生。美里は海外の大学を目指しており忙しそうに動いている。
「里ちゃんは遠くの学校に行くって言ってて寂しいわ。アキちゃんも遠くに行くの?」
物忘れが酷くなった節子さんは、一人で暮らす事が出来なくなり今は美里の家族と暮らしている。
目の前にはコップに入れた牛乳が三つ。
私は節子さんの隣に腰掛けると一つのコップを手にした。
「私は節子さんの側にいるよ。節子さんに何かあったら美里の代わりに駆けつけられるようにね」
牛乳を飲み干しながら気持ちを伝える。
節子さんは嬉しそうに笑うと、大切な物入れから食べかけのせんべいを渡してくれた。
美里とおばさんは「お母さん!そんな物渡して!」とか言っていたけど、私は節子さんが大切な物をくれた事が嬉しかった。
節子さんにとっての大切な物。それは牛乳とおせんべいだった。
4月になり私と美里はクラスが分かれた。
私は就職クラス、美里は進学クラスになったが会える時は美里の家に行き節子さんの相手をした。
節子さんはどんどん物忘れが酷くなっていき、時々だけど私と美里を間違えた。
それでも節子さんの事を嫌いになれず、私は時間があれば美里の家に来た。
私の話を聞き、美里の話も聞く。
そして宝物入れからおせんべいを出しては私たちにくれた。
「お母さんには内緒だよ」
そう言いながら手渡してくれるお菓子を、私は大切に受け取る。二人は捨てるからちょうだいと言ってきたが、節子さんから貰った物をこの家で捨てる事に抵抗があったから、いつも家に持ち帰った。
ある日、そんな私を見た母が
「早紀にそんな優しい所があったなんてねー。早紀は介護の仕事が合ってるかもね」
「えっ?何その仕事・・」
母から聞いた話は、物忘れが酷くなった高齢者の世話をする仕事だった。
私は今まで、何となく会社に入って何となく生活する。そんな日々しか考えてなかったのが急に介護の仕事を知りたくなり調べ始めた。
時に施設に見学に行き、親に相談し夏休み前の三者面談で初めて担任に話した。
担任も驚いていたが私の話を聞いて先生の方でも調べてくれると言った。
両親もそんな私を応援してくれた。
「早紀すごいね!ずっと就職するって言ってたのに、介護福祉の学校へ決めたんだって?」
「専門だけどね、節子さんのおかげだよ!節子さんと会えなかったら私学校に行こうと思わなかったもん」
「ばあちゃん早紀の事気に入ってるもんね!」
「アキちゃんだけどねー」
ミスドでドーナツを食べながら二人で大笑いする。
この生活も残り半年。
3月になれば美里はアメリカの大学へ行ってしまう。そうなれば私は今みたいに節子さんに会いに行っても良いのか?迷惑ではないか?
そう考えながらも介護の勉強をした。
夏休みも終わり新学期が始まった。
学校の行事も一つまた一つと終わり、いよいよ受験一色となったある日。
美里から一本の電話が鳴った
はぁはぁはぁ、、
[ 早紀!!おばあちゃんがいなくなった!!]
節子さんどこ?!!
[ お母さんが洗濯物を取り込んでる間に、家から出て行ったらしいの!]
節子さん!どこに行ったの?!!
私と美里は別れて探した。
おばさんには警察から電話がかかって来るかも知れないから家で待機してもらった。
節子さんはそこまで足が強くないから、そんなに遠くに行ける訳ない!そう考えて近所の公園や神社やお寺。正直お寺は暗くて怖かったけど探した。
最後に美里の家からは離れたスーパーへ行き、店員さんにダメ元で聞いた。
「夕方かな?それらしいお婆さん来ましたよ。せんべいを一袋買って行かれたかな?」
私は頭を下げると美里の家に向かった。
もしかしたら帰ってるかも知れないと思って・・
美里の家に着くとパトカーが家の前に停まっていた。私はそっと玄関から顔を出すと
「早紀ちゃん!おばあちゃん見つかったよ!ありがとねー!!」
「良かった・・です。あの、美里は?」
肩で息をしながら聞くと
「ばあちゃん!!早紀、ばあちゃんは?!」
と美里も駆け込んできた。
後で話を聞いたらパトカーがこちらに向かって行くのが見えたらしく、急いで戻って来たと言った。
美里の両親がお巡りさんと話している間、美里と私は節子さんに付き添った。
どこかで転んだのか?顔や腕に切り傷があったのを見つけた美里は救急箱を持って来た。
節子さんは 「どこで切ったのかなぁ?」とツバをペッペッと傷口に吹き掛けていた。
「早紀ちゃん、今日はありがとね。後でお家まで送って行くね。」
今日はもう疲れたからと出前を取ってくれた。
私は温かいうどんを啜りながら、おばさんの話を聞いた。
「ばあちゃん二人にあげるお菓子を買いに行ったみたいでね、帰り道が分からなくなったんだろうってお巡りさんに言われたの」
そう言ってテーブルの上にお菓子を出した。
そこにはいつもくれるおせんべいがあった。
「ばあちゃんを見つけてくれた人が言うには、これは娘たちにあげる物だからって絶対離さなかったんだって。自分が一番好きなのにね」
ふふって笑いながらおばさんもうどんを啜った。
「娘?」
私が聞くと美里が
「孫の聞き間違いじゃ無くて?」
と、続いた。
食事が終わり私は節子さんの部屋にいる。
「おばあちゃんにはね兄が二人妹二人弟一人の六人兄妹だったの。昔は貧しくてね病気になっても簡単にはお医者さんに診て貰えなかったらしいの。おばあちゃんも何度か死にかけたって話してくれたのよ。」
私と美里はおばさんの話に耳を傾ける。
「でもね、妹二人は流行りの風邪に罹りそのまま立て続けに亡くなったと・・その妹の名前が サトさんとアキさんなんだって」
節子さんが私と美里の名を優しそうに呼ぶ理由が分かり、何故か少しだけ悲しくなった。
そして、妹と自分の何が違ったのかを考えた時気付いたのが( 乳 )だったと・・
当時、牛の乳は高価な物で簡単には口に出来なかった。たまたま遠足で訪れた牧場で子牛が生まれ飲ませて貰えたのだと・・
( だから牛乳だったんだね )
これからはおばあちゃんに出された牛乳は残さず飲もうね!と美里と誓い合った。
だけど、あの日を境に節子さんはどんどん衰えていき、年が明けると起き上がる事も出来なくなった。
私も美里も受験で節子さんに顔を見せる事も出来ず、モヤモヤしたものが胸の中に溜まっていった。
そして受験前日、やる事はやった!あとは本番で出し切るだけ!と、美里に連絡して節子さんに会いに行った。
「珍しくおばあちゃん起きてるのよ」
そう言って案内された部屋で節子さんはベッドの上で座っていた。
「あらアキちゃん!学校から帰って来たの?」
そう言いながらせんべいを渡してきた。
私は何故か涙が込み上げてきて、泣きながらそのおせんべいを受け取った。
「ありがとう、節子さん」
節子さんも嬉しそうに微笑んでいた。
珍しく食べかけじゃない、袋に入ったままのおせんべいを私はお守りにした。
節子さんはずっと私と美里を心配してくれていた。
風邪をひかないように!と、何度も何度も言い続けた節子さんの目の前にはコップに入って牛乳と、大好きなおせんべいが置いてあった。
「卒業おめでとー!」
「美里!美里もおめでとう!いつ立つの?」
「おばあちゃんの四十九日が終わったら直ぐかな?」
「そっかぁ、寂しくなるなぁ」
節子さんは私の受験が終わった二日後、眠りながら亡くなっていた。
連絡を受けた時、まるで本当の孫のように美里と号泣していた私を親戚の方達は驚いて見ていたが、おばさんが話すと納得していた。
私は専門学校を卒業した後、介護施設へ就職した。
私が就職した当時はまだ、そこまで介護に力が入っていなかった世間もここ数年でとても施設が増えてきた。
私は今でも介護職で働いているがもう一つ上の資格、ケアマネジャーの試験を受けようと思っている。
節子さんのような方を一人でも救えるように、笑顔で過ごしてもらえるように・・
「里ちゃん、あきちゃん。これ一緒に食べようねー」
「お姉ちゃん、私これ好きー」
「私も好きー」
昔は今と違って簡単にお医者さんには診てもらえませんでした。
私の祖母の話を思い出し書いてみました。