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8)銭湯中

 鳥居の家から歩いて10分くらいの位置にある銭湯『よもぎ湯』は

深夜二時まで営業している。番頭は爺さんなので、女に

トラウマどころか恐怖をおぼえつつある鳥居にも安心だ。

 爺さんにまで迫られるようになったら、もうこいつは

山奥で一人暮らしするしかないが。


 また、よもぎ湯にはサウナもあるし、瓶の牛乳とかも売ってるし、

湯船にはライオンの口からお湯が出てくるアレがあるし、

マッサージチェアも、レトロな体重計もある!

 そういう空気が大好きなオレは嬉々として銭湯の暖簾をくぐって

番台でお金を払った。バッシュを脱いで床を歩く。


「おい、鳥居! 早く来いよ! 置いてくぞ!」

「樺、転ぶから歩け」

「歩いても転ぶものは転ぶだろ!」

 ちょっと寒かったので赤い手拭いをマフラーみたいに

巻いていると、鳥居から「……神田川」と意味不明な事を言われた。


「何だよ、神田川って」

「歌だ」

「へー。どんな歌なんだ?」

 鳥居が低い声で歌って聞かせてくれた。だが……。

「……オマエ、音痴だな……」

「……もう二度と歌わない」

 ヘソを曲げてしまった。

 仕方ないので「オマエの声、結構好きなんだよ」と言うと、

鳥居は振り返り、「また歌う」と言い出した。単純だな……。



 ロッカーに着替えを入れ、着ていたジャージを脱いだ。

 鳥居はモフモフがついたジャンパーのファスナーを

下ろしていた。ユニクロで買った服だった。

(オレも鳥居も無印良品とユニクロ大好き人間)

 そういえば鳥居の部屋には何だかモフモフが多い気がする。

 家の鍵には謎の毛玉みたいなキーホルダーがついてるし、

ケータイのストラップ(鳥居はガラケー派)にも毛玉がついてる。


「オマエ、そのモフモフのついた服って、

首筋がかゆくならないのか?」

「別にならない」

「鳥居ってモフモフが好きだよな」

「……ファーは好きだな」

 そう言っていたが、鳥居が咄嗟に目を逸らした。


「何してんだよお前」

「……いや、樺が……」

「オレが?」

「……すごい、から」

 赤面してボソボソ言っていた。


「はあ!? ドコがスゴイんだよ!?」

「……へそ、とか……」

 へそ!? 限定的だな!?

「そこは腹筋とか胸板とか言えよ!」

「すまん……」


 そう言いながら、耳まで赤くしていた。

 今まで何回一緒に銭湯に来てんだよ! と

毎回テレテレしている鳥居にツッコミを入れる。

 そもそも『身体がスゴイ』のはオマエだろうが! と、

婆さんに盗撮されるレベルの鳥居を見つめた。

 男のオレから見ても、鳥居の身体は色気があった。

 鎖骨とか喉仏とか。


 そんなデレてる鳥居を放置して、オレは銭湯の扉を開けた。

 鳥居がオレに興奮しているという事は、あまり深く

考えないようにしている。

 だからこそ上手くやっていけてるのかもな。

 そう思っているのはオレだけかも知れないが。


「今日も銭湯を満喫するぞー!」

 宣言していると、後ろから歩いてきた鳥居が「そうだな」と

淡々と応えてきた。



 誤魔化し続けているが、オレは鳥居に興奮したりしないから、

あいつの気持ちをちゃんと理解出来ないでいた。

 でも、そういう『男を好きになる感情』が

あるんだっていう事を今は拒絶せずに許容っていうか……

受け入れられる気持ちだった。

 それは鳥居がどれだけオレに対して真摯でいてくれるかを

知ったからだった。

 逆に言うなら、そういう鳥居の要望に応えてやれない自分自身を

申し訳なくも思っていた。



 風呂からは、こもった熱気が顔や身体一面を包み込むが、

それがまた思考をぼやけさせる。鳥居の目線を気にして腰に

タオルは巻いていたが、鳥居も腰タオルをしていた。

 そんな鳥居から目を逸らし、オレは壁のタイルに

描かれた富士山を見つめる。


「よし! 鳥居! どっちが長く息止めてられるか競争しようぜ!」

「嫌だ」

「嫌なのかよ!?」

「のぼせる」


 じゃあ背中の流しあいっこ勝負だ! と、イスに座って

シャワーノズルを回していると、鳥居は「勝ち負けの判定は

どうするんだ?」と隣りに座りつつ訊いてきた。

……そこまで考えていなかったオレは返答に困る。


「えっと……背中を流されて、気持ちよかった方の負けとか?」

「おれが負ける」

「ええっ!?」

 鳥居の初めての敗北か!? と思ったが、鳥居は

鼻を押さえたまま赤面していた。無表情で。

……こいつ、今確実にイヤらしい妄想をしたな……。

 鳥居の二の腕を叩くと、あいつは「……痛い」と抗議してきた。


「オマエ……今、確実にヘンな事考えただろ?」

「考えてない」

「鳥居、シャンプーとコンディショナー間違えてるぞ」

「……」

「ああ! おい! コンデショナーで無理矢理洗おうと

するなよ! 泡立たないから! それ泡立たないヤツだから!」

 そんな鳥居と洗い場で他愛無い話をしていた。

 色々と思う所はあるけれど、コイツとの会話は楽しいのだ。



「鳥居、明日の朝は何を食いたい?」

「樺が作ってくれるものなら、何でもいい」

「そーゆーのが一番困るんだよ~ちゃんとリクしろよ~!」

「……」

 鳥居は頭を洗う手を止めて少し考えた。泡や水滴が

あいつの頬や首筋を滑り落ちていた。

 シャンプーのCMの俳優みたいでイラッとする程の美形だ。

 それから鳥居は呟いた。


「……オムレツ」

「そうか、オムレツな? バター味のやつでいいか?」

「それがいい」

「オマエ、オムレツとかハンバーグとか好きだよな」

「あまり婆さんが作ってくれなかったからな」

「オマエんち共働きだから婆さんがメシ作ってくれてたんだっけ?」

「茄子の味噌焼きとかな。好きだが、毎日だと……」

「飽きるよな」

「ああ」


 好きだが、飽きるか……。

 コイツはオレに『好き好き』言ってくるが、飽きたりとか

しないのだろうか? オレは飽き性だから、凝り性のコイツとは

真逆だった。


 毎日オレの顔見て、オレと会話してて飽きないのかなあ……。

 ま、まあ、オレの全裸見て興奮してるようなヤツだもんな。

 ていうか、まさか、そーゆー事したい、とか、な、ないよな?

 だがここで『オレとニャンニャンしたい?』とかオレ訊けない。

 もしも『したい。すごくしたい』とか言われたりしたら

鳥居の半径50メートル以内に怖くて踏み込めない。


 鳥居のことは好き……なんだけど、そういう事を

こいつとしたいとかは正直よくわからないからだ。

 いや、そもそもオレ達って、どういう関係になるんだ?


 普通の友人関係でもないし、かといって恋人同士っぽくない。

 何で恋人同士じゃないかって? オレは鳥居に何度も

助けられて、こいつの事を好き、だとは思うけど、ムラムラするとか

興奮するとかいう感情があんまりそんなに無い気がする……。

 え、えろい事とかをですね……してませんしね……?


 家の中でテレビ観ながら手を繋ぐくらいで、チューもしてないし。

 あ、鳥居がたまに抱きついてくるけど、直ぐに

引き剥がしてるし……。でもオレは『照れ臭い』のであって、

特に『気持ち悪い』とか『イヤだ』とか思ってない気がする……。

 かといって鳥居とヤりたいかというと、そういう気持ちに

なれないんだよなあ……。

 なんかコイツを放っておけない感情が強いっていうかさ……。


 それなら鳥居はオレとヤりたいとか本気で思ってるのかな?

 いや、そもそも男同士って、どうやってヤるんだ!?

 昔に吉田と観たAVの知識を応用すると、ど、どっちかが

ツッこまれる側になる……んだよな? 何処に突っ込むんだと

真剣に考えて、思い至った結論に血の気が引いた。

 鳥居の身体を改めて拝見すると……



こいつのアレとか、無理無理無理無理!! 死ぬ!!!



 かと言って、オレが鳥居に突っ込むとか、

それも無理無理無理!!

 鳥居がAV女優みたいに喘いでる光景とか、想像つかねー!!!!

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