表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/66

08.ヒーローじゃなくても

 「こっち、確認サイン。あと、戦闘補助の書類。サブ登録扱いだけど提出しないと面倒よ」


 昼前、ミランダがいつものように淡々と資料を押し付けてきた。

 画面の中には、都市認可の戦闘者リスト登録に関する申請書。

 “傭兵”として活動するには、最低限の記録が必要らしい。


 「正式所属ってわけじゃないけど、うちの依頼で戦う以上、都市側との手続きは避けられないわ。嫌なら、他を探しなさい」


 冗談めかしてはいたが、目は笑っていなかった。

 俺は黙って頷き、書類を受け取る。


 記入項目の中に、“戦闘スタンス”という欄があった。

 記号的な分類――前衛、後衛、支援、斥候。そして任意記入の「自己アピール」。


 俺は、そこで手を止めた。


 何を書けばいいのか、まるで浮かばなかった。

 強みはない。武器も能力も、技術も信念も。

 ヒーローでもなければ、勇敢でもない。ただ、ここにいるだけ。


 「……俺、なんなんだろうな」


 ぽつりと漏れた声に、隣の席で菓子をかじっていたレアが、もぞもぞと首をかしげた。


 「どうしたの、司馬くん。書類、難しい?」


 「ちょっと。自分が、何になりたいのか分からなくなって」


 「ふーん……でもさ、ヒーローじゃなくても戦えるよ」


 レアはそう言って、笑った。


 「ヒーローじゃなくても、って……レアさんは、そういうの、気にしないんですか?」


 俺の問いに、レアは小さく瞬きをしたあと、首をすくめるように笑った。


 「うん。だって、あたし……前に出ると怖くて足がすくんじゃうし、戦闘なんて得意じゃないし。

 けどね、壊れた装備を直したり、データを読んだりするのは得意なの。

 それでみんなが無事に帰ってくれるなら、それだけでいいかなって思ってる」


 彼女は恥ずかしそうに目を伏せながらも、言葉には芯があった。


 「誰かを救うために戦うのもいいけど、誰かが戦えるように支えるのも……立派な“正義”だと思うよ」


 その言葉に、心のどこかが静かに揺れた。


 “正義”――俺がずっと手にしたかったもの。けれど、ずっと手のひらからこぼれていったもの。


 「戦う理由なんて、ひとつじゃないさ」


 今度はガロの声が後ろから飛んできた。大きな段ボール箱を片手で持ち上げながら、にやりと笑う。


 「俺はただ、筋肉が好きだから戦ってる。戦ってる時が一番カッコいいからな」


 「……単純ですね」


 「いいだろ? 戦ってる俺、マジで映えるんだぜ。ネオンの配信でも、ちょっとした人気枠だしな」


 そう言って、自慢げに二の腕を見せつけてくる。

 でも、その自信はどこか清々しくて、少しだけ羨ましくもあった。


 ガロの声を背に、俺は改めて手元の端末を見つめた。

 “戦闘スタンス”、“自己アピール”、空欄のままの入力欄が、まるで今の自分そのものみたいだった。


 「俺には、誰かを守れる力も……映える技もない」

 「でも、それでも、ここにいたいって思った」


 誰に言うでもなく、そんな言葉が漏れる。

 気づけば、端末に指が動いていた。


 【スタンス:前衛(汎用近接)】

 【自己アピール:まだ形になってないけど、諦めない拳です】


 冗談みたいな言葉だ。でも、今の俺には、それしか書けなかった。

 “ヒーロー”でも“配信者”でもない。

 ただ、無様でも一歩ずつ前に進みたいと思ってる――そんな男。


 「提出、完了」


 ボタンを押した指先が少しだけ震えていた。けど、その震えさえも、自分のものだった。


 そのとき、デスクの向こうで端末を確認していたミランダが、ふっと目を細めた。


 「……アンタらしいじゃない。見栄も張らずに、自分を晒すなんて」


 小さく笑ったその横顔が、ほんの少しだけ、優しく見えた気がした。


本日も何話か1時間おきに投稿します

よかったらご覧下さい

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ