05.最初の戦場
クロスリンクで目を覚ましてから三日。
まだ正式な契約でもなく、仮の身分での滞在だったが、生活は少しずつ落ち着きを見せ始めていた。
といっても、支部に安定などという言葉は似合わない。
夜には銃声が鳴り、昼には配信ドローンが何かを嗅ぎつけて飛び回る。
依頼リストは山積みで、戦闘だけでなくゴミの分別や迷子探しの案件まで並んでいた。
ミランダは忙しなく支部を仕切っていた。
依頼主の対応から隊員の配置、予算管理に機材の補修――そのすべてを、あの艶やかな仕草のまま、見事にこなしていく。
「あたしがいないとこの支部、三日で崩れるのよ」
そう言ってウインクを飛ばす余裕さえあるのだから、惚れるやつがいるのも分かる。
だが、今日だけは、そんな彼女の顔がやけに険しかった。
「――戦闘区域でスタンピードの兆候。状況確認に行く。サブ班は待機、バックアップドローンの展開急げ」
ミランダが端末に指を走らせると、支部内に緊張が走った。
その空気を察してか、隅で工具を弄っていた青年が顔を上げた。
「俺も行こうか、ミランダ姐さん」
「いい。これは初動確認。出張るほどの規模じゃない」
「……じゃあ、新人でも行ける?」
唐突に飛び出したその言葉に、室内が一瞬だけ静まり返った。
「おい、マジかよ……」
誰かが小声で呟いた。
ミランダも一瞬だけ視線を止める。だが彼女の顔に浮かんだのは、怒りでも失望でもない。ほんのわずかな、驚き――そして、笑みだった。
「シン。自分から言い出すってことは、それなりの覚悟があるってことでいいのね?」
「……はい。正式じゃなくても、俺、今はここにいる。それなら、俺にできることがあるなら、やらせてください」
その言葉に、自分の声が震えていたのを、あとになってから気づいた。
怖くないわけじゃなかった。ただ、もう“何もしないまま”でいるのが怖かった。
ミランダは端末を操作し、何かのデータを送信する。
「いいわ。現地にはネオンのドローンが先行してる。撮られる覚悟もしておくことね」
「……わかりました」
「本当に、わかってる?」
その言葉に、少しだけ声音が鋭くなる。
「カメラの前では、誰も助けてくれない。殺される瞬間まで、笑い者になる覚悟がいるのよ」
正論だった。
都市で戦うということは、勝敗よりも視られ方がすべてという現実だ。
「それでも、やります」
答えは震えなかった。
ミランダは数秒、何かを見透かすような目を向けて、それから頷いた。
「なら行きなさい。……最初の戦場ってのは、一番自分が見える場所よ」
戦闘区域へのルートは、一般人の立ち入りを防ぐため厳重に管理されている。
けれどクロスリンクの車両には、最低限の通行認証があるらしく、検問は短時間で済んだ。
「現地到着、ドローン信号確認。……あんたの“お披露目”も間もなくだね」
そう言って笑うのは、俺と一緒に現場へ向かっているクロスリンクの戦闘員――筋肉質で陽気な青年、ガロ。
ブーメランパンツにコートを羽織ったような、どこか羞恥心を置き忘れた服装。それでも堂々としている姿が、不思議と頼もしい。
「震えてる?」
「……ちょっとだけ」
「いいじゃん、それで。最初の戦場で震えない奴のほうが怖いさ」
簡易装備に身を包み、ブザーが鳴るのを待つ。
周囲には、既に展開されたネオンのドローンたちがホバリングしていた。
そのすべてが、光学レンズをこちらに向けている。
《戦闘区域第7ブロック、警戒レベル:イエロー》
《注目戦闘者:クロスリンク所属・新人戦闘者 “S3-2791” 初出撃》
『おい新人!?』『これが拾い物ってやつか?』『どうせすぐ逃げるだろ』
コメントが流れる。俺の名前も知らないくせに、期待と冷笑を交えて視線だけは向けてくる。
そして、扉が開いた。
鉄の音、空気の圧、視線の熱。
全部が、俺に襲いかかってくる。
だけど俺は、一歩前へ出た。