02.夢、打ち切られる
企業ビルの自動扉が、無音で開いた。
俺は胸元に表示された登録コードを提示しながら、受付カウンターに歩み寄る。
ロビーは白を基調とした清潔なデザインで、床にはギルドのエンブレムが輝いていた。
――ここが、俺が配属されるはずだった“ミラージュ・ギア・ガーデン”。
「すみません、配属通知の件で来ました。S3-2791、司馬シンです」
受付の女性型アンドロイドが一瞬だけ沈黙し、目元のライトが赤く点滅した。
何かがおかしい、と肌が察知する。
「……確認中です。少々お待ちください」
返ってきた声はどこか硬かった。
背後には他の来訪者たちが談笑しながら待っている。みんな胸を張っていて、俺と同じように“これから始まる何か”を信じている顔だった。
なのに、俺の足元だけが、急に沈んでいくような感覚があった。
数分後、カウンターの奥からスーツ姿の男が現れた。
「司馬シンさんですね。少々、お時間よろしいでしょうか」
通されたのは応接室。透明な防音ガラスの向こうで、ビルの中庭が照らされていた。
男は、言葉を選ぶようにしながら、静かに口を開いた。
「申し訳ありません。あなたの配属内定ですが……正式な処理が行われておらず、記録から抹消されております」
その言葉が、頭の中を何度もこだました。
「えっ……でも、通知は届いてて、公式の認証も……」
声がかすれていた。
自分の口から出た言葉なのに、まるで他人のものみたいに聞こえた。
「確かにデータ上の通知は発行されています。しかし、当社側の判断により、当時の募集枠は白紙に戻されておりまして……」
男は機械的に続けた。
「正式な契約処理が行われていない以上、あなたを社員としてお迎えすることはできません」
冗談だろ、と言いかけて飲み込む。
冗談なら、どれだけよかったか。
「せめて、説明を……! 俺、ずっとこの日のために……!」
言葉は途中で途切れた。相手の目が、まったく感情を持っていないことに気づいたからだ。
最初から、これは“決まっていたこと”なのだ。
俺の都合も、努力も、期待も、ここには何一つ関係ない。
「お手数をおかけしました。どうか今後のご活躍をお祈りしております」
そのまま、立ち上がるように促され、俺は機械のように頷いて、出口に向かって歩き出した。
指先が少し震えている。何かを掴もうとして、それが空振りになる感覚ばかりが残っていた。
ドアの外に出た瞬間、俺の中にあった“英雄になりたかった”という言葉が、音もなく崩れ落ちた。
ビルを出た瞬間、まるで別世界に放り出されたような感覚に襲われた。
さっきまで輝いて見えていた都市の光は、どこか遠く冷たく感じられる。
広場に立ち尽くす俺の周囲では、変わらず広告ホログラムが流れていた。
『英雄アシェル、配信通算記録更新!』
『今週の人気戦闘ギルドランキングはこちら!』
『あなたも登録して、ヒーローになろう!』
どれもが、別の誰かに向けられた言葉のようだった。
端末を開いて確認する。確かに、通知は残っている。正式な承認記録も――だが、それを示したところで、どこにも通じなかった。
「記録に残っていないものは、存在しない」
この都市における絶対のルールを、俺は身をもって思い知らされた。
何をすればいいのか分からなかった。
どこへ行けばいいのかも。
ポケットの中にあるのは、剥き出しの身分登録と、期待が形になったはずの通知だけ。
腹が減っていることに、ようやく気づく。
宿もなければ、金もない。
このままじゃ、ただ“記録にも残らず都市に消える一人”になる。
――それだけは、嫌だった。
俺は当てもなく歩き出した。
人の流れと逆行して、喧騒から離れるように、街の隅へ、影の方へ。