01.ようこそ、カルディア=シェルへ
――都市が、輝いていた。
夜の空を横切る光の筋は、上空を飛ぶ通信ドローンの軌跡だ。
それに応えるように、ビルの側面を埋め尽くすディスプレイが広告と戦闘配信を交互に映し出す。
遠くをリニアモーターカーが走る音がして、地面が低く震えた。
俺はその振動を足裏で感じながら、ターミナルの階段を一歩ずつ降りていく。
靴は少し擦り切れていて、背負ったバックパックもくたびれていたけど――胸の中には、まだ燃えるような気持ちがあった。
カルディア=シェル。
この巨大な人工島は、旧文明の遺物である“ゲート”を取り囲むように作られた実験都市。
世界で唯一、安定的にダンジョンと接続し、調査と戦闘、都市生活を両立させている街だ。
その中でも、戦闘支援と人材管理を担う大手の企業ギルド――
俺はそこに、正式な戦闘者として内定をもらった。
“英雄”になるための第一歩。そのはずだった。
街に立ち込める独特の空気は、湿った金属のにおいと熱を含んでいて、それがなぜか俺の心を落ち着かせた。
歩きながら、自分のポケットに手を入れ、登録端末を取り出す。
画面には、簡潔な配属通知と、企業のエンブレムが表示されていた。
「ミラージュ・ギア・ガーデン社 第七戦闘管理課」
それが、俺の新しい肩書になるはずだった。
「ようこそ。訪問目的と身分証の確認をお願いします」
階段を降りきった先――ターミナル出口で待ち構えていたのは、警備ドローンだった。
人間そっくりに関節が動く無人機が、人工音声で淡々と告げてくる。
その機械の眼が、俺の顔をスキャンした瞬間、ポケットの中の端末が反応音を鳴らす。
『認証完了。戦闘者登録番号:S3-2791。配属先:ミラージュ・ギア・ガーデン社 第七戦闘管理課』
その音を聞いたとき、胸の奥がかすかに震えた。
――夢が、現実になったんだ。
これでようやく、俺もあの英雄たちの背中を追える。
画面越しじゃなく、自分の足で、拳で、“正義”を選べる側に立てるんだ。
誰かの命を救って、それが街に記録されていく。そんな日々が始まるはずだった。
ターミナルを抜けて、都市の広場へと歩み出す。
そこは広告ホログラムとライブ配信スクリーンに覆われた、まさに“都市の顔”と呼ぶにふさわしい空間だった。
人々が行き交い、各ギルドの宣伝映像が音も光も惜しみなく撒き散らしている。
「戦闘配信再生数、過去最高更新です!」
「今週の人気ギルドランキングはこちら!」
「英雄アシェルが新たな記録達成――!」
目がくらむほどの情報量。その真ん中に、俺はいた。
眩しいと思う反面、どこか違和感のようなものが胸に引っかかった。
人混みのなかで、ふとスクリーンに映った一人の戦闘者が目に留まった。
顔も名前も知らない。ただ、拳を振るい、仲間を背に立ち塞がっていたその姿に、なぜか目が離せなかった。
《《現在、戦闘区域第9ブロックにてライブ中継中!》》
その下に並ぶチャット欄には、賛辞、嘲笑、煽り、応援――都市中の視線が交錯していた。
この街では、戦うことすら“コンテンツ”だ。
勝つか負けるか、生きるか死ぬか。そのすべてが視聴数で評価される。
俺も、きっとすぐにこのカメラに晒される日が来る。
でも、それでいい。俺は俺なりの“正義”を貫くために来たんだから。
広場を抜けた先、街の区分表示が立っていた。
「ゲート中枢方面:コアリンク区/企業支部:リベレート商業区/一般宿泊:ノースリングブロック」
目指すべき方向は決まっている。迷う理由はなかった。
拳を軽く握る。
その手は、まだ何も掴んでいない。けれど、きっといつか――
この都市のどこかで、誰かを守るために振るえるはずだ。
「よし……行こう」
ひとり、そう呟いて歩き出した。
この都市、カルディア=シェルの喧騒に紛れながら、俺の物語が、静かに始まっていた。