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8 再会


檜室は肩に落ちてきたそれを払いのける。地面にボチャリと落ちたのは、蛞蝓ナメクジだった。


ヴェルモリウス。


それは魔力を吸い取る生態をもつレートBの魔物。低級シーカーであれば、あっという間に魔力を吸い上げられ干からびてしまう程に強力な魔物。だが、檜室は違った。


反射的に魔力でガードをし、ごく僅かな量の魔力を奪われるだけに済んだ。


「うげ、ナメクジじゃん!うえ」


「あらあら」


姫霧と峰藤が寄ってくる。姫霧がヴェルモリウスを炎魔法で焼き殺した。


「大丈夫ぅ?檜室くん」


「ああ、大丈夫だ」


檜室は天井を仰ぎ見た。そこには何もなく、ただただゴツゴツとした鍾乳洞のような岩が広がっていた。


(……ヴェルモリウスが一匹だけ?)


檜室は不思議に思った。ヴェルモリウスは【深淵のアビス】200〜326層に分布する魔物。これまで目撃した個体は、いずれも5〜10の複数匹で行動して狩りをしていた。


「……あん?なんだてめえ!いつからそこに居た!?」


大童の良く通る声が洞窟内に響いた。


(こいつの声は無駄に大きい。敵にみつかる危険性を考えて抑えろと注意しているが、一向になおらないな……)


そんな苛立ちを覚えつつも、彼の視線の先へと目を向けた。


するとそこには一人の男がいた。すぐに檜室はそれが椎名 冥だということに気がつく。


(……え?)


これまでの3週間、ずっと探し続けていた元パーティメンバーの一人。


ボロボロの衣服で、出口にたたずんでいた。


離れた檜室の位置からは、俯いている奴の顔は微妙にみえなかった。


「……あ!?あああ!?お前、無能ヤローじゃねえかよおお!?」


大童もそれが椎名だと気がつく。


また一段と大きく耳障りな声で大童が言った。檜室はその声が洞窟内に反響する度に苛立ちが増していくのがわかった。


しかし同時にそれに少し違和感を持つ。檜室はここまでの人生において概ね全てが上手く行っていた。気持に余裕があり、だからこそ……これまで大童の声などそこまで気にもならなかった。なのに、なぜ、今これほどまでに苛つきだしているのか。


「…………ホントに、冥か?」


その衣服から、それは椎名 冥だと確信していた。だが、檜室はそれをにわかには信じられなかった。


「はあ……あんたさあ、どこいってたのよ?ずっと探してたんだからね?ったく」


姫霧が強い口調で冥を指さす。すると、


「あ、そうなの?ごめんね……僕も皆に会いたかったよ」


椎名 冥は顔を上げ満面の笑みを浮かべていた。その表情はやわらかく、とてもダンジョンの中で数週間も過ごした人間の顔ではなかった。


やわらかく、和やかで……あの時の最期に見た憎悪の感情の欠片もなかった。


「はあ?ごめんねじゃねーよ、んだその口の利き方はよ?」


舌打ちをして苛立つ大童。


檜室はこの異様な状況に戸惑う。


(……いやまて、なんで生きてるんだこいつは)


まず、なぜこの【深淵のアビス】で数週間も生き延びれたのかという謎。拘束していたこの場所から消えていたのは、きっと魔物の類に連れ去られたのだろうと檜室は思っていた。だから見つかっても遺体か衣服くらいだろうと。


しかし、目の前の椎名 冥は生きている。それどころか、五体満足で。これといった怪我もなく体調もよさそうな様子。


「あ、ごめんなさい……久しぶりに皆に会えたからさ、嬉しくって」


「てめえ、この野郎……まあ、いい。やっとこのクソ面倒な捜索も終わったんだからな」


「ふん、そうね。ひとまずホッとしたわ……ああ、ホッとしたっていうのはアンタが無事だったからじゃないわよ?アンタがどこかで死んでてその痕跡があったら後が面倒だから」


今は【氷龍の刃】だけがここ、【深淵のアビス】326層まで到達できている唯一のパーティ。だが、これから先他の人間がここまで到達し、もし椎名 冥の遺体をみつけられてしまったら。


この世にはどんなスキルがあるかわからない。もしかしたらその遺体から何かしらがみつかり、スキルによって【氷龍の刃】が椎名 冥を陥れた事実が浮かび上がるかも。


例えば、椎名を拘束していた檜室の氷の魔力残滓。


(……クリーンなイメージのカリスマインフルエンサーとして生きる俺。だからこそ、万一にも傷になりそうなこの事は隠滅しておきたかった。だから活動の時間が削られ手間だったが、こいつを探し続けていたんだ……)


檜室は氷の鎖で固定された椎名が抜け出せるとは思わなかった。だから、もし椎名が魔物に食い殺されるならこの場所でその場合処理も楽だと。


しかし予想外の自体。檜室の鎖、座らせていた椅子、何もかもが消え椎名は消えていた。


(…………スキルももたない椎名がどうやって……?)


檜室の中に違和感と不安が広がっていく。


椎名 冥は見つかった。だが、生きているのは想定外。そして異質だった。それを感じているのは檜室と峰藤のみで、他の姫霧と大童はいつもの椎名に対するような態度でいた。


(あいつら、なにも思わないのか……どうみてもおかしいだろ、この状況は)


馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、本当に馬鹿なんだなと檜室は苛つく。


椎名は無能力者、ゼロシーカー。戦闘力は皆無であり魔力も脆弱で戦うことはできない。


なのに、この【深淵のアビス】で3週間もの時を生き延びた。どうかんがえても、この状況はおかしい。


「ったく、こちとら時間が削られまくってて眠いっつーの……ふぁあ」


大童があくびをした時。


「……え」


「は」


「!」


椎名 冥の姿が消えた。


「やあ、杏樹。僕は君に一番会いたかったよ」


「!?」


杏樹をみると彼女の目の前に椎名がいた。


(は!?な、いつの間に……!?)


杏樹の肩に手をかけ、微笑む椎名。杏樹も檜室どうよう信じられないという顔をしていた。


警戒し続け、目を僅かにもはなさなかった。なのに、一瞬にして杏樹の前へと移動していた。しかもそれだけじゃないSランクシーカーである彼女の肩に触れている。


ヒーラーの彼女だが、近接戦闘はそこらのCランクシーカーを凌ぐ。ましてや無能のゼロシーカーである椎名が杏樹に触れようとすれば、本来秒で組み伏せられているはず。


「……私も会いたかったわ、冥」


杏樹の声が微かに震えていた。動揺を隠すように笑みを浮かべていたが、彼女の纏う魔力がいつでも迎撃できるように流動していた。


流石の姫霧も今の動きで椎名の異質さに気がついたようだった。表情が険しくなり、魔力を纏い戦闘態勢へと移る。


「んあ?おい、てめえ!!杏樹の体に触れてんじゃねえぞカスが!!」


大童はあくびをしていて椎名の動きを見ていなかった。ずんずんと椎名の元へ寄っていき、彼を杏樹から引き剥がす。


「……そろそろ別件の時間だ。雷豪、後は頼む」


「?、いいのか?俺一人で楽しんでよ」


「ああ。……姫霧、杏樹、行くぞ」


逃げるように足早に転送門へと向かう三人。残された大童と椎名。


「さあーてと、二人っきりだぜえ?ひゃはは、はは」


「……そうだね」


「あ?んだよてめえ、もっとビビれよ!怖がれよ!つまんねえな、おい!?」


立ち上がる椎名。


「もしかして諦めの境地っつーやつか?あーくそ、つまんねえなおい!!わかれよ!命乞いをして必死に生にしがみつこうとするお前がみたいんだよ、こっちはよ!!ったく……相変わらず空気が読めねぇゴミだな!?」


ふと転送門が大童の脳裏に思い浮かぶ。


「……あー、希望があればもっと必死になるのかぁ?」


へへ、と醜悪な笑みを浮かべる大童。


「そうだな、おまえにチャンスを与えてやるよ。ひゃはは」


「チャンス?」


「俺に一発でも拳を入れれたら、転送門で地上に連れ帰ってやる」


魔力が登録されている者以外、転送門での移動はできない。椎名は檜室が登録させなかったため、転送門を扱うことができない。


「帰りたいだろ?地上に……妹に会いたくねえのか?」


「!」


椎名の目に光が宿ったのを大童が感じた。必死の表情で向かってくる椎名に大童の心が沸き立つ。


「そーそーそー!!それでいいんだよ!!うひゃひゃひゃ!!」


椎名が大童を殴ろうと拳を振り抜く。だがいとも簡単にそれは躱され、背後から背中を蹴られる。地面を転がる椎名。


「ほらほら、もっとだよ!もっとこいって、根性みせろよ!一発でいいんだぞ?それで妹に会えるんだぞ?」


「……くっ、うおお!!」


ふたたび椎名が大童へと向かっていく。だがそれも躱され、躓き倒れ込む。


「ひゃはは!!いい叫びだな今のは!!よし、そんじゃもっとやる気ださせてやるか!?」


倒れている椎名の髪を掴み上げ、顔を近づける大童。


「このままお前がでられなかったら、あの妹は俺の玩具にするぜえ?」


「……なっ」


「たーっくさん使ってやるよ。そんで飽きたらどっか売るわ……へへ、想像したら興奮してくるなあ?」


べろり、と舌舐めずりをする大童。


「……そ、それだけは……やめて、やめてよ!」


泣き出しそうになる椎名。その様子に大童は喜びだした。


「いいいねええええ!!!その顔!!!あははは、はは!!んじゃ、ほら俺に一発入れないと!?ほら、目の前に顔があるだろ!?大チャンスじゃん!!」


ぐっ、と握られた拳。それを大童の顔めがけ振り抜く……が、またしても簡単によけられた。それどころか髪を掴まれたまま、顔を地面に叩きつけられた。


――ゴッ、と鈍い音が鳴る。


「ひゃははは!!気持ちいいなあああ!!弱いものイジメってーのは!!」


――ゴッ、とまた顔を地面に打ち付けられる椎名。


「弱肉強食、弱者は強者に喰われるために存在してるんだよおおお!!!てめえの妹も俺が喰ってやるからなあ!!ちゃんと動画におさめててめーの墓標に供えてやるぜえ!!」


「……う、うわああああ!!!」


叫ぶ椎名。声が裏返り、洞窟内に虚しく響く。体当たりをしようとした彼を難なく躱し、腕を取る大童。そのまま後ろに回し押し倒す。


「ぐあっ、あ」


後ろ手にされた腕がゆっくりと締め付けられ、苦悶の表情を浮かべる椎名。


ミシミシ、と骨が軋む音が鳴る。


「よしよし、いい反応だ!そんなお前にはもうひとつチャンスをやろう!!」


「……ぐ、ぎ」


腰に馬乗りにされる椎名。巨体と背負う大剣、身にまとう鎧により百キロを超える。


「これからお前の腕を折る」


「!?」


「それで叫ぶのを我慢できたら、地上に連れ帰ってやるよ」


「な、え……」


「大丈夫だ、安心しろ!うちには杏樹がいる!成功できたらあいつにいって治してやるからよ!!な?いい遊びだろ!?」


はあはあと興奮する大童。


「……そ……ぐ……ぁ」


体重をかけ、返事ができないようにする大童。


「よし!!決まりだな!?それじゃあ先ずはこの左腕、行くぜぇ!!?」


――ミシミシ、ミシッ


「フヒッ、へへへ、ひひ」


ゆっくり、じわじわと力を入れていく。


「――〜〜ッ!!!」


脚をじたばたさせもがく椎名。それが更に大童の興奮の度合いを高めていく。


「……ほーら、ゆっくり、ゆっくり……優しいだろ?」


――ミシミシ……ベキッ


「あっ、シマッター(棒)」


「――ッッ、ぎゃ、あ……ああああああ――!!!」


唐突に折られた椎名の左腕。


「悪い悪い!ついうっかり力の入れ具合間違えたわ!ごめんな?ぷっ、ふ……あひゃははははははは!!!」


「あああ、痛いッ、いだいいだい、いたいいい〜〜ッッ!!」


「あーあー、いいねいいねぇ!!叫べ叫べ!!おらもっとだよ、もっと苦しめや!!ひゃははは!!」


無邪気な子供のように喜ぶ大童。


その笑い声は洞窟内を反響し、椎名の叫びを掻き消した。


粗い吐息、口の端から垂れている涎。


大童は醜悪な笑みを浮かべ、椎名髪を引っ張りその横顔を覗き込む。


苦悶の表情で目を閉じている椎名。小さなうめき声と、痛みに耐えるように小刻みに繰り返される荒い呼吸。


それが更に大童の興奮を高めていく……


「へへ、くく……ひひっ」


かに思えた、


「ぅ、うぐぅ……ぅ……



その時――



……なんちゃって」


突如、椎名の表情が一変し「べっ」と小さく舌を出した。


先ほどまで苦しみ痛みに耐え、苦悶していた人間とは思えない、平然とした表情。


「…………は?」


大童は理解が追いつかず、呆気にとられる。その瞬間、


「――!!?」


ぐるんと大童の世界が回転した。



【重要】

先が気になる、もっと読みたい!と思っていただけたら、ブックマークや☆☆☆☆☆→★★★★★評価、をよろしくお願いします。執筆へのモチベが上がります。

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