7 何処へ
転がるガルヴィーダの腹部が冥の魔力で赤黒く光る。冥は蹴りを入れた瞬間マーキングをしていた。
「!」
しかし一匹がやられた姿を目の当たりにしていても、ためらうこと無く次々と残りのガルヴィーダが飛んでくる。四方八方から、縦横無尽に冥の命を奪おうと鋭い牙と爪で襲ってくる。
途轍もないスピード。だが、冥はその動きを読み、軽々と躱し続けていた。
(……ガルヴィーダの動きがよく分かる)
ガルヴィーダの魔力の流れ、飛びかかる瞬間の彼らの動きはその魔力の動きで先が読めた。
たとえば飛びかかる気のない奴は、脚に集中させている魔力が少なく、逆に攻撃するとなっている奴は魔力の溜めが大きい。
さらに魔力以外でも気配でガルヴィーダの位置や動きが読めた。殺気と大気中の魔力の流れ。
スキル【暴食】を得た冥は、莫大な魔力を纏うことでより高い精度で感知するとができた。
――凄まじいスピードで襲いくるガルヴィーダ。
それを紙一重で躱し、さらに体に触れていく。
「……【悪食】」
冥がそう唱えると、ガルヴィーダ達の纏う魔力が急激に減少したのがわかった。
彼らもそれを察知したのか、驚き戸惑っているのが見て取れた。
最初に致命傷を与えたガルヴィーダが魔力を失い、絶命した。魔力は魔物にとっての生命力。それを殆ど失えば、あの大怪我を負っていたガルヴィーダが力尽きるのは無理もなかった。
「ガルヴィーダから得られた能力は【魔獣爪】か……セット」
ガチリ、とスロットにスキルがセットされた音が聞こえた。
「【発動】」
【魔獣爪】を発動させると、冥の腕に纏う魔力が変形し、オーラが巨大なクロウのような形になる。
「……まんま、獣の爪だな」
発現させた爪を眺めている冥。隙だらけである。だがしかし、周囲のガルヴィーダは先ほどとは打って変わり、何故かうろつくだけで一向に襲いかかろうとはしなかった。
力の差を体感し敵わないと感じたのか、それとも冥のもつ異質な能力を怖れているのか。或いはそのどちらともか。と、その時――
「ウオオーン!!」
と、遠吠えがした。洞穴の出入り口。いつの間にかそこにいた巨大な人形の獣。狼獣人、【ラカンアグリー】レートSS+
奴の遠吠えをきいたガルヴィーダが体をびくりと震わせた。グルルルと唸るラカンアグリー。
ガン、と奴は持っていた大斧の柄を地面に叩きつけた。その瞬間、再びガルヴィーダ達が冥へと向かって攻撃を開始した。
先ほどと同じ様に紙一重でその攻撃を躱していく冥。だが、今度はすれ違いざまに【魔獣爪】で斬りつけていた。
いとも簡単に体が真っ二つになっていくガルヴィーダ。獣の群れはあっという間に切り刻まれ、骸になった。
「……凄いな。こんなに切れ味がいいのか、このスキル」
「主様。スキル自体の性能もありますが、それをより強力なものにしているのは主様の魔力操作のお力です。本来、体の頑丈なガルヴィーダを簡単に切り裂けるような威力はそのスキルにはありません」
「え、そうなの?」
「主様はこれまで、ずっと絶えず魔力操作の訓練を怠りませんでした。その努力のなせる技です」
……スキルが使えない僕には、それを磨くしか無かった。武器や防具へ魔力を集中させ戦う技術、魔力コントロール。
かならずしもパーティメンバーが守ってくれるわけじゃなかったから、必死で磨いてきた。
「……そっか」
「はい。主様は御立派です」
「ありがとう……っていうか、なんでそんなに僕を持ち上げるの?」
「持ち上げてなどおりません。事実です」
「……そう」
……なんだかくすぐったいな。今までこういう風に扱われた事がなかったから、ちょっと困る。これが檜室や大童たちななら喜ぶんだろうけど。
「申し訳ありません、主様」
「あ、いや、スキルの端末なら仕方ないよね。こっちこそごめん……けど、その主様って言うのは変えて――」
――ドオオンンン!!!
痺れを切らしたのか、ラカンアグリーが大斧を冥に向かって振り下ろした。
「ガルッ!?」
ラカンアグリーの振り下ろした大斧の側面。刃に軽く触れ、斬撃の機動を逸らした冥。
「――ガルッ、ブッギャッ!!?」
ラカンが後方へ回避しようと体勢を屈めた瞬間、【魔獣爪】で首を跳ね飛ばす。
「……ガルヴィーダ、レートS。ラカンアグリー、レートSS+か……」
首の消えたラカンアグリーの体。力無く、膝をつき倒れ込んだ。ドシャっと紅い絨毯のように地面へ広がる血液。
獣の亡骸の山を見渡す。
以前の自分であれば、胸が痛む光景だったが今はもうなんとも思わない。冥は改めて、自分の何かが壊れていることを実感した。
「流石は主様です。先ほどの戦闘、あの身のこなしは熟練の戦士……いえ、それ以上でした。やはり、長い年月をかけ磨き上げたその魔力操作能力の賜物でしょう。身体に纏うオーラも適切であり、その動きは人間の限界を遥かに凌駕しているようにお見受けしました」
人間を凌駕した……確かに、言われてみればさっきの僕の動きは最早化物じみていた。
レートSの魔物を倒せる人間は、世界的にみても限られた上位のシーカーだけ。それもパーティで狩るのが基本で単独では戦わない。
なのに、僕はこの数を……一人で。
「……僕は、本当に強くなったんだ……」
「はい、主様。スキルを得たことで飛躍的にお強くなられました。……そのお力で、これから先何をいたしますか?」
「これから……」
「主様のお望みです。まずはあの不届者共を皆殺しにでもいたしましょうか?」
「……檜室たちのこと?」
「はい。主様をあの様に扱ったこと、到底許せるものではありません。お命じくだされば私が捕らえてきますが」
見た感じこの猫はレートで言えばおそらくSSSくらいの強さがある。確かにアイツラを連れてくることはできるのかもしれない。
「……ん?あれ、ていうか君なんで檜室たちのことを知ってるの?君が現れた時にはいなかったよね、あいつら」
「私は主様に仕えるために召喚と同時に主様の記憶を読み込ませて頂いております。なのであの不届者のことは知っているのです」
「記憶をインストール……マジか」
「何か問題が?」
「問題はないけど……」
まあ、別に猫だしな。記憶っていったって知られて困ることもないよーな。
猫が紅い瞳をこちらに向け、僕の言葉を待っている。
「……えっと、僕の望みだったよね」
「はい」
「僕の望みは、3つある。1つは檜室たちに復讐すること。僕にしたこともそうだけど、何より妹をあんな目に合わせたことは到底許せる事じゃない」
「では、私が」
「いや、これは僕がやる。他の誰でもない、僕がアイツラを地獄に落とさないと気がすまない」
彼らから受けた仕打ちを思い返すと腹の底から憎しみが沸き立ってくる。そしてそれから目を逸らし上手くやれていたと思い込みをしていた自分にも。
だから、この復讐は僕がやる。
自分の手でやらなきゃ意味がないんだ。
「なるほど、わかりました。これはあくまで主様の復讐。私が手出しして良いものでは無いのですね……差し出がましいことを……申し訳ありません」
「ううん、大丈夫。むしろありがとう、僕なんかのことをそこまで……嬉しいよ」
「主様……」
猫の表情はわからないが、声色が明るくなった気がした。僕のことを気にかけてくれて嬉しいのは本当だし、スキルの端末と言えど仲良くしたい。猫好きだし。機嫌良くなったっぽくて良かった。
「それで話を戻すね。2つ目は妹の医療費を稼ぐ」
「主様のご記憶にありました。魔力医療病院という専門施設にご入院されていると」
「うん。そこは名前のとおり魔力関係の治療を専門にしている病院なんだけど医療費が高額でね。特殊な医療器具開発や治療をするための薬品開発をしている関係なんだろうけど」
ダンジョンがこの世界に現れて二十年。魔力によって負う怪我や病はまだまだ未知の域であり、医療研究は追いついていない。研究し対処法を見つけるには多額の資金が必要であり、必然的に医療費が高額なのだ。
「まあ、だからお金が欲しい。それで、3つ目……強くなること」
「主様はお強いです」
「前よりはね。けど、このダンジョンのより深く、深層の魔物と比べたらまだまだ……でしょ?」
ここは【深淵のアビス】326階。魔物の平均レートはS、目撃されている最も強い魔物で『アラクネ・ネファンダ』のレートSSS。
ダンジョンの最高ランクがSだから、Sとつけられた【深層のアビス】だが、200階を下れば魔物はSレート以上のものが多く存在する。
多くのパーティ、ギルドが挑戦する【深淵のアビス】だが、200階層以降に挑んで無事なのは十組程度。
そして最高到達階層である326階層、今僕がいるここまでこれたのは『氷龍の刃』だけ。
しかし、【深淵のアビス】は、まだまだ底がみえない。少なくとも800階層はあるとの噂もあり、底の方にはSSSレートを超える化物がいる可能性が高いと言われている。
「この力を使えば、まだまだ僕は強くなれはず……いや、強くならないといけない。アイツラに圧倒的な絶望を与える為には、深層の魔物をも倒せる力が必要だ」
「高みを目指されるのですね」
「うん。強く無ければ、喰われるだけだから」
……そう、強く無ければ。僕は強者になる必要がある。
「では、まずどちらから?」
「……まずは、ダンジョンの下層を目指そうと思う」
「強さを優先されるのですね?」
「ああ、本当なら妹を守る事が最優先……けど、玲華を守るにしても、アイツラに復讐するにしても、いずれも圧倒的な強さが必要だ」
強くなければ大切な人を守り通せない、強くなければ奴らを絶望へ落とせない。
目的を達する為には、最も強くならなければならないんだ。
「……それに強くなれば金銭面の問題も解決しやすいだろうしね」
「なるほど。しかし、主様がいない間に玲華様に不届者共が危害を加える可能性がありませんか?」
「いや、暫くは大丈夫だと思うよ。少なくとも危害は加えられない」
「そうなのですか?」
「彼らの性質を考えるとわかる。アイツラはまず第一に承認欲求を求めている。動画の再生数、SNSのフォロワー、周りから持て囃されたいっていうのが一番の目的なんだよ」
「承認欲求」
「うん。ずっと側でみてきたからわかる。そのためなら平気でヤラセもするし必死にもなる。命をかけてここの魔物にだって戦いを挑むくらいだからね」
「ふむふむ」
「多分、いま僕世間的にはが死んだことになっていて、それがホットな話題になっているはず……去り際にもそうするって言ってたしね。暫くはそれをこすり数字がとれて承認欲求も満たされるだろう……あの手この手で擦りまくって多分、2週間くらい持つかな。僕は結構有名だったし。あ、悪い意味でね、はは」
弱い、無能、最強パーティ『氷龍の刃』で唯一の汚点、弱点。なんでそこに居るんだよ、他にもそのパーティに入りたいやつは大勢いるのに……みたいな。
動画のコメント欄やネット掲示板の批判を見せられた時はショックだったな。そういや、あの時もカメラ回してたっけ……ショックを受けた僕のリアクションは良い数字になったのかな。あの後暫く機嫌よかったから、それなりに数字は取れたのかもな。
「2週間が経ったあとは僕の復讐だ〜とか言って適当な魔物を狩りにくるだろう。ドキュメンタリー風にシナリオを用意して撮影も気合いれるだろうから、準備に1週間、撮影1週間くらいかな……それが終わってからいよいよ妹の方」
……なんだか、少し嫌だな。彼ら一緒に過ごした時間が長かったから、どういう目的でどう思考が働きどう動くのかが手に取るように予測できてしまう。
「悲劇に見舞われたパーティメンバーの妹。お兄ちゃんの仇はうったと、感動系にして別動画で更に数字を稼ごうとするだろう……だから当面の間は危害は加えられないかな」
「なるほど……しかし、当面の間はというのは?」
「それで数字が取れなくなったら、多分、アイツラは妹でまた同じ事をしようとする。僕にしたような事を。動画の旬が過ぎたあと、いつになるかはわからないけど……アイツラは絶対に妹を使おうとする」
「成る程。最低でもそれまでは玲華様は安全だということですね」
「そうだね。そうなるまで早くて4週間くらいかなって思ってる……だから、その期間で強くなる」
「強くなる。下層の魔物を喰らい、新たな力を手にして……ですね」
「そう、【暴食】の力がある今、それが可能だ」
……弱肉強食。悔しいけれど、奴のいったその言葉は正しいのだろう。
弱ければ誰も守れない。
弱けれればお金も稼げない。
弱ければ命を奪われる。
弱ければ、喰われるだけだ。
だから、今度は僕の番だ。
この【深淵のアビス】で強くなり、お前らを喰い散らかしてやる。
「……そういえば、君の名前って」
「私ですか?」
「うん」
「私の名前はブラディ・リリィです」
「へえ、可愛らしい名前だね」
「……」
「それじゃあ行こう、ダンジョンの下層へ」
「はい主様」
――それから3週間後。
「……あの野郎、マジでどこに消えたんだよ」
大童が頭をかき苛つきながら言った。
消えた椎名冥の4度目の捜索。
「落ち着け、雷豪」
「けどよ檜室くん……アイツがもし外に出てたら」
「出られるわけないじゃん、バカなの?やっぱ脳筋」
「あ?んだと姫霧、てめえ」
「ダンジョンにある各階層の転送門。それは魔力を登録した人間しか行き来できない……あいつの魔力は登録されていない」
檜室が得意げに語る。
「それにもし万一外へ出られたとしても、冥くんにはなんの力もありませんよ。それよりもこの階層の魔物に連れ去られ喰われてしまったという可能性の方が高いです……ああ、その様子を見たかった」
よだれを垂らし興奮している峰藤。
「ダンジョン内で使えるカメラは魔石が内蔵されててかなり高額だからな。あいつを監視し続けるだけのために置いてはおけなかった……すまない、杏樹」
「いえいえ、大丈夫です氷河くん。魔物に壊されちゃったら勿体ないですもんね、機材」
「……ん?」
――ポトリ、と檜室の肩に何かが落ちてきた。
【重要】
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