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4 覚醒



……妹だけは守らなければ……。


激しい暴行最中、僕の中にあったのは……ただそれだけだった。


何度も途切れかける意識は、その度に戻された。


四人による拷問ともいえる行為は、いつまでも終わる気配がなく、飽きる様子もなかった。


僕はただただ、助けを……命乞いをした。


それは死にたくないという思いもあったが、それ以上に自分が居なくなれば妹が生きていけないということ。


ここでは死ねない。妹の為に、たった一人の家族のためにこれまで沢山のことに耐えてきた。


ダンジョンでの報酬の分配、動画でのイジラレ役、僕を囮にするストーリー形式の台本を使った生配信。


高校生時代では……こちらが手を出せないのをいいことに学校の人たちから嫌がらせの数々も受けてきた。


教科書を捨てられ、物を隠され、水をかけられ、無能力者なら俺の方が強いと先輩の不良に殴られ蹴られ……。


今思えば、あれもイジられキャラが定着した弊害か……。


コイツになら、何をしてもいいという、弱者のレッテル……。


でも、そんな弱者でも……絶対に守りたい人が、いる。


(……玲、華……)


「……おね、が……します、僕が……いないと」


「!、まて、おまえら」


檜室が大童の殴るのを制止した。


「その続き、なんだ?言ってみろ」


「……い、妹が……入院して、て……」


目を丸くする檜室。


「……だから、僕が……い、いないと……」


「忘れてた!グッジョブ、グッジョブだよ!いやあ、そーだそーだ、それがあった!」


にんまりと広角があがり、嗤う檜室。


「お前の妹さ、なんでとつぜん昏睡状態になったんだろうな?」


「……え」


「いやあ、『お兄ちゃんの事で話がある』って言ったら簡単についてきてくれたよ。あん時は兄妹そろって足りないんだなぁ、って思ったよ。何がとは言わないけど、ぷぷ」


「……あんたが……玲華を……」


「ダンジョンってさぁ、超便利なんだよ。知ってたかい?魔力のない人間は魔力への耐性がない。そんなやつをこの魔素が満ちたダンジョンにつれてきたら、どうなると思う?」


昔、ダンジョンが出現したばかりの頃。魔力の存在を知らずにダンジョンへと踏み込み、意識を失い後に絶命した大量死亡事故があった。


魔力を構成する魔素は、普通の人間にとっては猛毒だ。


魔素の薄い低レベルダンジョンでも、数分いただけで魔力耐性のない人間は意識不明になり後遺症が残る。


「このダンジョンにはさ、お前の知らない秘密の隠れ家があってな?一時間くらいかな、そこに放置しててさ……あの苦しみ方は正直興奮した。ありがとな、思い出させてくれて。あ、動画も撮ってあるんだけど、みる?はは」


「氷河くん」


杏樹が携帯をみて檜室を呼んだ。


「名残惜しいけど、そろそろ時間よ。1時間後に新しいパーティメンバーとの面談があるわ」


「お、そうだった」


「それじゃあ、コイツは殺していいな?」


大童がにやりと笑った。


「いや、まて」


「?、なんでだ?」


「そいつは杏樹のお気に入りだ。今までの玩具とはちがう。簡単に壊すのは勿体ないだろ」


「まあ、それもそうだな。けど、生かしといて大丈夫なのか?」


「大丈夫だろ。こうして鎖で縛ってあるし、それにここはSランクダンジョン、【深淵のアビス】326階。例え拘束が解けて逃げられたとしても、この階層にいるSランクモンスターに殺されるさ」


姫霧が「あは」と嗤う。


「あとそれにさぁ、たとえこの無能が外へ出られたとしても、誰もこいつの言う事を信用する奴なんていなくない?あたしらって超有名ギルド『氷龍の刃』なんだよ?こいつがなに言ったって痛くも痒くもないよ!」


「確かにな。命拾いしたな?ゼロシーカーくん。いや、むしろ死んどいたほうが良かったか?ぎゃはは……あ、そーだ。お前、妹のこと心配しなくてもいいぞ?万一目が覚めたら、ちゃんとこの大童様が面倒みてやるからよ?体で稼ぐ方法を手取り足取り、たーっぷりとな?」


「さ、行くぞお前たち。それじゃあな、無能。また生きていれば会おう」



立ち去る四人をみる気力もない。僕は俯き項垂れていた。


(……僕のせいで、妹が……)


ああ、でも……ほんとにバカだったな。


冷静になれば、そうだった。


あんなこと、妹がどうとかいわなければ檜室も忘れていたのに……。


いや、そもそも……そうだ、あの日僕が檜室に騙されてギルドに入らなければよかったんだ。


全部、身から出た錆じゃないか。


……自分が、馬鹿すぎて……死にたい。


――ふいに漂う、強烈な獣臭。


「!?」


洞穴の出口に二つの小さな光が見えた。微かに聞こえてくる獣のノド鳴りの音。あれは猛獣の目の光だとすぐに理解した。


……そ、そうか……四人がいなくなったから……!!


今までここに魔物がこなかったのは自分よりも強い気配を放つあの四人がいたから。彼らが居なくなった今、ここにあるのは僕というただの餌。


「あ、ひぃ……や、やだ」


椅子が地面に凍りつき、揺らしても動かない。体には氷の鎖が巻き付き、もはやあの魔物に喰われるのをただただ待つしかなかった。


――ひたり、ひたりと足音を殺しこちらへと近づいてくる。


死にたくない、死にたくない……死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない、やだ、なんで……僕がッ


――でも、死にたいって……言ったでしょ?


「……あ……」


誰かの声が聞こえた。


――あれは、嘘?


う、嘘……じゃない、だって僕は……彼らが言う通り、バカで無能だったから……だから、死んでも仕方がないし、


(仕方がない)(死んでも仕方がないんだ)(それにバカ過ぎて死にたい)(恥ずかしくて生きていけない)(生きたくない)(あれ?でも、生きたいって……死にたくないとも思ってて)(死にたくない)(なんで?)(死にたくないのか、僕……)


どうして、なんで?本当は生きたいのか?死にたくないのか?ぼ、僕は……なんで死ななきゃ、ならないんだ?なぜ生きたいと思った?



――妹を残しては逝けないからでしょ。



纏まらない思考に、誰かが囁きそう答えた。


『お兄ちゃん』


ふいに妹の笑顔が過る。


深い眠りに落ちた久しくみない彼女の笑顔が、色褪せること無く思い起こされた。


一緒の日々を生きたあの頃の玲華の声が、僕の名前を呼ぶ。



……そうだ、僕がいなくなったら玲華は……。



「……僕は……」


――死にたいんじゃないの?さっきそう言ってただろ。


「……嫌だ」


死にたい?そんなの、嘘だ……自分のこの状況を、『死ぬのは自分のせいだから』『ここで死ぬのは仕方がない』ってそう自分を慰めて諦めるための言葉だ……!!


(……騙された僕が悪い?身から出た錆?……そんなわけ、あるか……受け入れようとするなよ!!)


……ふざ、けるな……!!


受け入れられない現実を飲み込むための自己否定。弱い僕が生きていく為の処世術。苦しみから逃れる為の歪な理由作り。……彼らに心を削られ身を削られ、更には自分で自分を卑下して自分を納得させ生きていく為の。


(……本当のバカだな、僕は)


あれだけやられてまだ僕はそうやって自分を守ろうとするのか?


(……死ぬんだぞ、もう、終わりなんだぞ……こんな状況で、まだ死ぬ事を無理やり正当化しようするのか?本当にバカじゃないか僕は……)


そうだ、本心はそうじゃない。


死んでいいなんて思ってない。


死にたいなんて思ってない。


やられて当然とは思えない。


騙された方が悪いなんて思えない。


僕が追放された理由に正当性があるとは思えない。


殺される程の事をしたとは思えない。


「……生きたい」


許せない。


このまま終わりたくない。


死にたくない。


「……妹を、守りたい……」


――じゃあ、どうするの?


……生きたい、生きたい、死にたくない、こんなの嫌だ!!妹だけは……失いたくない、だから死ねない!!生きたい、死にたくない!!


「うわあああああ、ああ!!!」


気づけば叫んでいた。寄ってくる魔物に威嚇していたのかそれとも発狂にも近いなにかなのか、意味や理由は自分でもわからない。


けど、その叫びには死にたくない、生きたいという強い想いが確かにあった。


誰かが囁く。


――でも、ここで助かっても……僕は無能、ゼロシーカーだよ。なにも出来ない、またあいつらにいいように遊ばれ、妹……玲華もいずれは……



「やら、せない……」



感情が黒く染まるのを感じた。


怒りが、憎悪が自分を埋め尽くす。腹の底から沸き立つような、熱いなにかが思考を支配する。


「僕が、絶対に、やらせない……」


――強く無ければ、守れない。


「強くなりたい、強く……」


――もう、弱い自分は嫌だ。


「……いや、だ」


右肩に鋭い痛みが走る。向かってきたのは、ガルヴィーダ。Sレートの狼型の魔物。


「――……ッ」


深く刺さるガルヴィーダの犬歯。途轍もない激痛。だが、僕は叫ばなかった。恐怖も痛みも、何もかも、底なしの深淵のような憎悪に飲み込まれていく。


「ガルルル、グルッ――!!!」


耳元で聞こえる大きな唸り声、鼻が曲がりそうな血と濃い魔力の混じった獣臭。


「――ッ、……ッ、〜〜!!」


食い込む牙と爪。肩が胸ごと引きちぎられ、喰われるかと思ったその時。


全身から白い光があふれ出した。


「!?」


その光によりガルヴィーダが弾き飛ばされる。


突如あふれ出した白い光。それは魔力ではなく、特殊なオーラだった。


初めてみるそれに驚く冥。だが、それが何か瞬時に理解していた。


「……これ、は……スキル覚醒……!?」


そう、それは魔力を持つもの全てに訪れるスキル覚醒だった。


目の前に現れたカード。タロットカードの様な1枚のカードは、銀色。


この色はスキルのレア度を表す。


銅色《Nノーマル》、銀色《Rレア》、金色《SR》、虹色《SSR》、青銀《SSSR》。


「僕のは、銀色……つまり、Rレアスキル……!!」


――ジ、ジジジ……。


「!?」


出現した銀色のカード。突如、映像にノイズが入った時のようにグニャリとそのカードが歪み始めた。


直後、電流のようなものが走り再びカードが光りだす。


――バチ、バチバチッッ!!!



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