32 接触 ★
――バキッ、キッ
「――……ッッ!!ぎゃ、あああーーー!!!」
椎名が3本目の指を折り、4本目へと移ろうとしたとき、
――バキィンン……!!
向こうに硝子が割れたかのような空間の亀裂が発生した。
(……!)
リリィが横たわる場所だとすぐに理解した椎名。ロイを解放し、瞬時にリリィの元へと駆けつける。
「!」
たどり着いた直後、空間の亀裂は修復され消えた。が、背後で再び音がした。
振り向けば、そこにはロイに肩を貸し立つ何者かが居た。ロイと同じ様な黒いスーツを着ていて、顔も見えない。
「……悪いな、ここまでだ」
そう言って割れた空間の向こうへと二人は消えていった。
(……男の声……ロイって奴が最下層に現れたのは彼の能力か)
あどけない顔で眠るリリィ。
椎名は彼女を優しく腕に抱きかかえた。
「……家に帰ろうか」
――
――某、基地。
「ロイ……お前、何してんだよ」
「……ご、ごめ、ん……カイル」
「地上からS級シーカーの気配がしていた。おそらく蛇のオーラを感じて来たんだろう……俺がお前を回収してなきゃあと少しで鉢合わせになるところだったんだぞ、ったく」
「……あ、あ……う、ん……」
「しかし、あいつ何もんだよ……あれも日本のS級シーカーか?いや、付き人が確認できなかったし公認ではないよな……まあ、なにはともあれお前を大人しくさせてくれてよかったよ。あのままSSSレート出しっぱだったら巻き添えにされそうで回収にはいる隙もなかったしな」
「……ぼ、僕は……日本に限らず、世界で……S級に、と、登録されている……奴は、全員知ってる……だから、か、彼は違うよ」
「どっかの組織の秘密兵器かなんかか……俺達のような存在なのかもな」
「……か、かも……でも、やばいね……」
「……まあ、な。全力を出せない状況だったとはいえ、まさかオマエがやられるとはな」
「……う、うん……彼は、本当に、つ、強い……これまで、現存するS級、をみて、戦闘シュミレーションを、脳内でしてきたけど……その誰よりも、彼は強いと、思う……」
「……負けず嫌いのオマエにそこまで言わせるとは、余程だな」
「おい、貴様ら」
ロイとカイルの歩く通路の先、腕を組み2人を睨みつける白髪の女性がいた。
「げっ、……リミュウ上官」「……ッ」
2人の緊張感が高まる。それもそのはず、彼女の名はリミュウ・デグレチャフ。この特殊部隊の大佐であり、今回の任務を指揮していた女性。そして、
「げ、となんだ?上官の顔を見て発していい言葉ではないように聞こえたが」
「ち、違いますよ!げ、げ……お元気そうだなぁ〜って。な、ロイ?」
「……あ、は、はい……」
「二言はないな?」
「ひっ」「……ッ」
はあ、と溜息を吐くリミュウ。
「ロイ、貴様は厳罰だ」
「…………」
「流石に今回のはどうにもならん。隊員たちがみてるなかでの明らかな命令違反。本部に通達してからの処分だが、おそらく懲罰房で3週間の禁固となるだろう。……しばらく頭を冷やせ」
「だ、だけど、リミュウ」
ギロリと睨まれ言葉を詰まらせるカイル。
「……り、リミュウ、上官。ロイがいなければここからの任務の継続は不可能かと」
「そうだな。このせいで任務は大きく遅れをとることなる」
「なら」
「だが、このまま続ける事の方が遅れ以上のデメリットになる可能性が大きい。ロイ、貴様は己を律することを覚えろ。今回の失敗は、一つ間違えれば貴様の死に繋がり、ひいては任務自体の続行が不能になりかねないものだったのだぞ」
「……す、すみません……」
「け、けど、ロイは我々の戦力になると判断して」
「くどいぞ、カイル。しっかりロイを止められなかった貴様にも責任がある事を自覚しろ。本来であれば貴様も罰を受けねばならんのだぞ」
本来であれば。現地でシーカーを集めねばならない程の人員不足。できるだけ動ける人間を減らしたくないという思いから、カイルではなく自分が伝令役だったとリミュウは偽る気だった。
大佐としてはあるまじき行為だが、今回の任務の成功を第一に考えた末の決断である。
「……すみません、上官」
「ロイ、手を出せ」
リミュウが手を差し伸べた。
「……え?」
「オマエ、指を折られていただろう。この場で私が治療してしまう」
本来、大佐のスキルである自然治癒強化は、容易に使用してはいけない決まりになっていた。治癒系の魔力消費は大きく、緊急時、戦闘時、重傷で無い限り使用はできない事になっている。
指の骨折などはその範疇になく、スキルを使うことは違反となる。
「あの、でも……それって」
「カイル、口を閉じてろ」
「はっ!」
「ついでに目も閉じておけ。貴様は何も見てないし聞いてない」
「……はっ」
「さあ、手を出せロイ」
「……あ、あ、いえ……それが、で、ですね……」
「?、骨折くらいすぐ治せる。魔力負担の事なら気にするな」
「……ち、ちがくて……」
手を出したロイ。
「……なに?」
目を丸くするリミュウ。そこにはしっかりと動く指があった。折れたはずの3本の指は、まるで何事もなかったかのように動いている。
「あれ、え……確かに折られてたよな!?」
会話が気になり目をあけたカイルが驚く。
「……う、うん……ぼく、から離れた時には、もう……治ってた……多分、彼が治したんだと……おもう……」
「……なぜ」
ポツリとリミュウが疑問を口にする。
「オマエ、他に何か変わったことは?」
「……え、えっと……とくに、は…………」
「……」
リミュウは渋い顔をした。
「もしかすると、長い拘束になるかもな」
「「え?」」
――
――バチチチッッ……パァンッッ!!!!
稲妻が走りエビルオークの頭部が弾けた。
「……ダンジョン外にSレート、か」
金色の鬣のような髪、大柄の筋骨隆々の肉体。
S級シーカー獅神 王貴が『グランダ鉱山』へ『クラウン』第2部隊と共に到着。襲われていた一般市民を紙一重のタイミングで、救出した。
「檜室さん!大丈夫ですか!?」
『クラウン』第2部隊、副隊長の明代が地べたに這いつくばっている檜室へ駆け寄る。
「……あ、……明代、……救援……」
「はい!もう大丈夫ですよ、檜室さん!」
助かった。明代の顔をみて安堵する檜室。ぼろぼろと大粒の涙を流しだす。それを目の当たりにした獅神は深く溜息を吐いた。
「なんてザマだよ、檜室」
「た、隊長!?何を」
獅神が檜室の襟を掴み顔を近づけた。
「オマエ、ひとりで逃げようとしたな?」
「……ひっ、……ま、まて……し、仕方なかった」
「仕方なかった?俺達がくるのがもう少し遅けりゃ、あの一般人は間違いなく死んでたぜ?それでもこのエリアを護るギルドマスターかよ」
「…………ち、が……それは……だって」
「そもそもオマエの戦い方、ありゃなんだ?舐めてんのか?移動中、状況把握の為にライブ中継をみてたが、オマエ弱すぎだろ」
「……な、に……」
「もうシーカーやめたらどうだ?ここらのエリアも俺達が護ってやるからよ。そうすりゃ、今回みてえな被害にはならねえぞ」
「……ふ、ふざけんな……オマエは、SSSRスキル持ちだから戦えてるだけだ!相手はSレートの魔物……普通は敵わねえ、んだよ……」
「はあ?……ちっ、これだからぬるま湯にばかり浸かってる裸の王様は……」
「……は、裸の、王様……だと、てめえ」
「オマエ、なんでエビルオークに脚掴まれた時【氷結創造】で鎧だした?」
「……あ?」
「オマエの【氷結創造】の冷気なら、直で触れている状態であれば、エビルオークの手を一瞬で凍らせて砕けたはずだろ」
「……!」
「なのになんで鎧だったんだ?」
「……そ、れは……」
「そのままエビルオークの口から喉を凍りつかせて咆哮を撃てなくさせることもできたよな。頭回んなかったか?」
「…………ッ」
ギリッと歯を噛む檜室。
「ちげえよな?オマエ、そもそももう戦意喪失してたんだよな?自分の命が惜しくて、どう逃げるかしか考えられなくなってたんだよな?」
ぱっ、と掴んでいた襟を離す。どしゃっと地べたへ落ちる檜室。
「姫霧……ギルドメンバーも、一般人も何もかも放って逃げるなんざ、ギルマスの風上にも置けねえ。さっさとやめちまえクソ雑魚が」
檜室に背を向け、ダンジョンへと向かう獅神。
「……っ、……〜〜ッ、うぐ、……」
蹲り泣き出す檜室に、明代は掛ける言葉もみつからない。救護班に後を任せ獅神の後を追った。
――
「大丈夫ですか、落ち着いてこちらへ!」
「……私、回復師です!怪我人は」
檜室がエビルオークと交戦している最中、小金らはダンジョンから出てきていた。
激しい戦いの中、低級シーカーである3人は戦闘に参加してもSレートの魔物相手では邪魔にしかならないと避難していた。
その後、重傷を負った石田の治療、応急処置をし搬送を手伝う。
その後、檜室から逃げ惑う一般市民へとエビルオークのターゲットが変わったのを察知し、小金と日野が助けに入ろうとした時、獅神らの応援が到着した。
――獅神、明代の2名が調査の為、『グランダ鉱山』へ侵入。少数精鋭、機動力重視の偵察に向かう。
明代のスキル【風波 《SR》】により、発生させた風に乗り高速でダンジョンを移動。
途轍もない速度でSSSレートの反応があったエリアへと到着した。すぐに撮影用ドローンを明代が起動させ、飛ばす。
「……え?」
映像に映ったのは凄まじい戦闘跡。地面は掘り返され、辺り一帯の岩山は砕け散っていた。
魔物の遺体も数体あった。
蜘蛛、オークが数体。どちらもS以上、オークの方は顔が無いためおそらくだが、外にいたエビルオークと同種だろう。
「……し、獅神さん……」
横をみるとそこに居るはずの獅神の姿が無かった。
ドローンの映像に映る獅神、そして
「……オマエ、シーカーか?なぜここに居る?」
フードを被った黒い外套の男が一人。両腕で何かを抱えていたが、布を被せられていて何かは確認できない。
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