30 強さ ★
「――【氷結創造】」
巨大な槍を創り出した檜室は、姫霧の魔法攻撃を薙ぎ払い、ガードするエビルオークへ撃ち込んだ。
両腕をあげ炎を防いでいるオーク。脇腹が開いているその隙を狙う。
――ドッ!!と檜室の攻撃がヒット。
「よし!!」
パチン、と指を鳴らす檜室。すると突き刺さった氷槍が鎖へと変わりエビルオークの体を縛り上げる。
「――ぐおおおっ」
エビルオークの雄叫び。凄まじい音圧にビリビリと周囲の物が振動する。
「――ぐっ、み、耳が……!!」
「ぐああ」
石田が耳をふさぎ体を丸め膝まづく。パリン、とどこかの硝子が割れた音がした。
姫霧も攻撃どころではなく、堪らず両手で耳を塞ぎ苦しんでいた。
エビルオークはそれを見逃さない。まるでサッカーボールを蹴るように姫霧の体を太い脚で振り抜いた。
――ドオオンン!!
派手な音をたて、ダンジョンの建物に突っ込む姫霧。ガラガラと崩れた建物の破片が落ちていた。
(――……ッ、姫霧……!!)
ドスドスと重たい足音と振動が迫ってくる。物凄い勢いで捕まえようと手を伸ばしてくる、エビルオーク。
――避けられる。避けて、逃げられる……いや、逃げないと!!
捕まればエビルオークのあの腕力と魔力量だ、俺の力ではもう逃れられない。
そこでふと気がつく。
(……あれ、これ……俺が逃げたら、石田は)
横で蹲り動けずにいる石田。檜室が逃げれば確実に彼が捕まる。
「……」
檜室は逃げた。石田を見捨て、姫霧の元へと走る。後ではターゲットを変えたエビルオークが石田を掴み持ち上げていた。
「……あ……うわああ、やめ、やめて!?檜室さん、姫霧さん!!助け、て…………がっ、ぐ、ぐるじぃ」
(悪いな、俺はここで死ぬわけには……オマエの犠牲は無駄にしないぞ)
ベキベキという鈍い音が響いていた。おそらく骨が潰される音。
姫霧がぶつけられた場所までくると、彼女は地面に落ちて気絶していた。
「姫霧!!しっかりしろ!!」
檜室はホッとする。瞬時に魔力ガードをしたのだろう、ダメージはあまりないように見受けられた。
「起きろ、姫霧!!戦え、死ぬぞ!!」
Sレートの魔物。それはA級シーカー単独で倒せる相手では到底ない。ここは姫霧を起こし、他ギルドの応援を待つしかなかった。
反応がなくなった石田。エビルオークがそれに興味を失い檜室たちへと目を向けた。
エビルオークは残虐性が高く、食欲よりも命をいたぶり苦痛をあたえ悲鳴を聞くことに快感を覚える。
石田を後で喰うことにきめ、投げ捨てる。そして、再び檜室たちの方へ向かっていく。
「――くそ、【氷結創造】!!!」
エビルオークの足元一面を凍らせ、足止めをする。だが、
バキッ、ガシャ!!ガシャン――
ものともせずそれでも檜室の方へ向かっていく。
「……嘘だろ、いや……まじで」
顔面蒼白となる檜室。エビルオークとは【深淵のアビス】で何度も交戦した経験がある。だが、その時は5分とかからず倒せており、ここまで窮地に追いやられた記憶はない。
(……な……なんで、大童、杏樹……あいつらがいないからか?)
あっという間に目の前まで来たエビルオーク。
「……う、うわああーーー!!!」
姫霧をその場に残し、逃げようとエビルオークに背を向ける。だが、伸びてきた手に掴まれ逃げられなかった。両脚を持たれ、逆さ吊りの状態で持ち上げられる。
瞬時に『氷結創造』でフルフェイスの全身を覆う鎧を創り出し身を守る。その瞬間、嫌な浮遊感。
――ドゴォォ!!
地面に振り下ろされた。脚を持たれ、叩きつけられる檜室。凄まじい衝撃と痛みが檜室を襲った。
(……がっ、ぐ)
何度も、何度も何度も、叩きつけられる。やがて凍りの鎧はヒビ割れ砕け始めた。
(……し、ぬ……ヤバい、し……)
鎧の中は血で塗れ、檜室の意識が消えかかっていた。凍りの鎧と魔力で全力ガードしていたが、エビルオークの腕力は凄まじく、あっという間に瀕死状態にまで追い込まれる檜室。
視界の端にとらえた姫霧。目が覚めたのか、逃げようと必死に地べたを這いずっている姿が見えた。
(…………ぶ、……ぎ……)
打ち付けられた衝撃で、鼻が潰れ歯も折れ、肋骨も折れていた檜室。さらに遠心力で頭に血がのぼり意識が飛びかけていた。
凍りの鎖でエビルオークの攻撃をとめれたかもしれない。だが、やれたとしてもおそらく一瞬だ。無駄に魔力を消費するくらいなら、凍りの鎧に全ての魔力を注ぎ耐え、応援がくることに檜室は賭けた。
……ど、……して…………こい、つ……。
エビルオークの恐ろしさは分かっていたはずだった。だが、パーティで狩りをしている時は周囲を強い者で固めていたためすぐにエビルオークを狩ることができていた。
そのため、檜室はエビルオークの本当の恐ろしさを知らなかった。周囲の力に頼り切っていた、強いパーティで胡座をかいていたが為の油断。
心の何処かで思っていた。
パーティで5分とたたず倒せるのなら、いくら強いSレートの魔物といえどA級2人ならばなんとかなるのでは、と。
――パシャッ
檜室の氷の鎧が溶けた。
水分となり、それは彼の意識が失われた事の証明でもあった。
体に纏う魔力も消え、檜室の脚がエビルオークにより握りつぶされた。
「――……ッ、!?!?……ぁ、……っ!!」
凄まじい痛みに一気に意識を戻される檜室。声に鳴らない絶叫が喉奥から微かな音を漏らす。
「檜室さん!!」「マスター!?」「そんな……」
駆けつけた『氷龍の刃』所属のシーカー達。だが、近づく事ができない。彼らは石田と同じくSレートの魔物と対峙したことがなく、エビルオークの放つ魔力で脚を竦ませ動けないでいた。
ぽいっと捨てられる檜室。エビルオークは次のターゲットに、駆けつけたシーカー達を選んだようだった――
投げ捨てられ、地べたに転がる檜室。
自分以外にエビルオークの意識が向いている内に、逃げなければと腕を使い這いずりだす。
(……いや、だ……じにだくない、た、助け……)
解けた氷の水が土と混じり泥と血に塗れた檜室。絶叫が聞こえていたが、檜室には関係なかった。
……しに……たくな、ぃ……だれか、た……。
大粒の涙と鼻水が流れ出す。
Sレートの魔物、その強さと怖さを知り檜室の心は完全に折れていた。
――
――ピクリとも動かなくなった悪魔の少女、リリィ。
その横顔を見下ろし、ロイは頷く。
このまま連れ去り、その途中で目を覚まされるとマズイ。それに、もし基地に連れ帰り暴れられれば殺さなければならなくなる。
ロイは、この場で契約印をつけ、使役することにした。
「……契約の証を、つけないと……君の体に焼印をしないとなんだ、だから……ちょっと、熱くて、い、痛いだろうけど…………我慢して、ね……」
手を伸ばすロイ。
指先には契約印を宿した炎が灯っていた。
リリィの頬に触れ、焼印をつけ
「――!?」
る、寸前。彼女の影からあらわれた手に、ロイの手首がつかまれた。
ズズ、ズズ……
ロイの手首を掴んでいた手の主が影から出てきた。それは、黒いマスクにフードを被る外套を着た男。
「……き、きみ……だれ……?」
「オマエが誰だよ」
瞬間、ロイの拳が黒外套の男の顔へ撃ち込まれた。
――ゴッ!!
が、黒パーカーの男はその拳を最小限の動きで避け、カウンターをロイの顔面へ叩き込む。
――……ゴッ……ドゴォッ!!
数十メートル吹っ飛んでいくロイ。
途中の小さな岩山にあたりやっと止まった。
ロイは起きあがる……が、脚がガクガクとふらついていた。
(……な……なん、だ……あいつ、は……!?)
絶対にかわせないタイミングで撃った一撃。魔力の流れも読ませないよう、スピード重視の拳。それが完全に読まれ、さらにはカウンターを決められた。
しかもそのカウンターもロイはあの刹那のタイミングで魔力で完璧なガードをしてみせた。なのに、それでも脚がふらつき視界がブレる程のダメージを貰ってしまった。
(…………魔力、操作……が、異常に上手い、……ありえんくらい、上手い……ほ、ほんとに、人間か……?)
ロイは所属する組織、シーカー界でも上澄みの力を持つ。その自負もあり、こと魔力コントロールに置いてはかなりの自信もあった。
だからこそ、不意打ちから逆に決められたカウンターにもロイはガードを合わせられた。
しかし、あの黒外套の男はその自分を上回ってきたのだ。そんな奴が存在するなんて思いもよらなかった彼は、信じられないという思いでいっぱいになっていた。
(…………あ、アイツ……いったい、なんなんだ?)
ロイは今の攻防で互いに魔力に触れたことで、大まかな力量を把握していた。
シーカーは、強い者ほど魔力を隠す。
だが、今のやりとりで互いに力量を測れたのは、同種、同レベルの強さを持つ者同士だけが可能な微細な魔力の観測。
つまり、神がかった魔力操作を持つ者の、ある種の特殊な嗅覚によるものだった。
故に、ロイはこう思った
(…………あ、あいつ……僕、より……強い……)
いや、
(……これまで、みてきた……どのシーカーよりも、た、多分……強い……)
――黒外套の男……椎名の眼が紅く染まり始めた。
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