29 緊急任務
――携帯からアラームが鳴る。
「……は?緊急警報?」
学校からの帰り道。姫霧は渋い顔で内容を確認した。
「どーしたの姫?」「シーカーの任務?」「やばげ?」「……だ、大丈夫?」
取り巻きを引き連れながら、ファミレスへと向かっていた姫霧は気分を害され苛つく。
「や、大丈夫大丈夫、いいからいこー」
「そうなん?」「ならいっか」
……ダンジョンで緊急招集。これ、アラート的にヤバいヤツじゃん……って、え?SSSレート反応?わーお、ゲキヤバだわ。でもま、場所遠いし大丈夫でしょ。あと鬼眠いし、遊びたいし。
――ビービービー!!
「きゃ」「おお」「なに!?」「わ」
姫霧の囲いの携帯が次々に鳴りだす。それだけではなく、周囲の通行人の携帯もほぼ同時に同じ様に携帯が鳴った。
緊急アラート。
「え、緊急避難でてんだけど!?」「魔物!?え、魔物って……なに!?」「ダンジョンの中の話じゃん?なんで避難?」「これ、ヤバいんじゃ……姫霧さん」
(……このアラートが出るということは、ダンジョンブレイクの恐れがあると言う事。なにかしらの理由で比較的浅い階層までSSSレートが上がってきたんだ)
『――緊急避難警報発令、落ち着いて近くの緊急避難シェルターへ避難してください』
ビルのモニターから大音量で指示が流れ出した。
街の雑踏が激しくなる。慌てふためく人々の群れ、姫霧の友人達も不安の表情を浮かべている。
「……大丈夫よ、私がいるし」
ふん、と鼻を鳴らし余裕をみせる姫霧。彼女には不安は無かった。この間の『オラボの巣窟』でのことは、全て周りが悪い。
自分が死にそうになったのは、檜室が的確に指示を出さなかったのと、杏樹の魔力配分ミスと反抗的な態度が原因。
(……だから、ふつーにやったら私は強いのよ。例えSSSレートでも余裕で逃げられる。これまでそうだったし、3人連れてても大丈夫でしょ)
「ひ、姫霧さん……?」「姫ちゃん逃げないの」
「は?大丈夫だってば!私、A級シーカーだよ?護ってあげるし」
「そ、そうだよね」「姫霧がいれば大丈夫だよね」「さすが姫ちゃん、カッコいい」
「ふふん、まーね」
姫霧の携帯が震える。表示された『檜室』の名前。
「……あ、檜室くんだ」
「え、嘘!」「檜室さんて姫ちゃんのとこの」「きゃー」「すごい」「モデルじゃん」
(ふふん、あー気持ちいい!ほらほら、もっと羨めよ!……えーと、なになに?食事のお誘いかな?この間のこと謝らせてほしいとか……)
LONEメッセージ。『緊急任務だ。現場は――』と、内容は招集命令。その文面に姫霧は辟易していた。
(……仕事じゃん。めんどいなぁ、こっち学校で疲れてるんですけど)
「姫ちゃん、檜室さんなんて?」「なになに?」「デートだったり?」「ごはんだったり?」
「んー、まあそんなとこかなぁ……それより家帰ろうよ」
「え、帰るの?」
「これじゃファミレスもやってないしさ。アッコの家いって遊ぼーよ」
「……わ、私の家?」
「なに、嫌だったり?」
「あ、え……と、ううん」
なんか反応微妙だな……反抗期か、こいつ。またイジメてやんないとダメかなぁ。やっぱ定期的に躾けて上下関係教えてやんないとだなー。
他の3人にも示しつかないし。これで舐められたらこまるし。つーか、シンプルに反抗的な態度がムカつくし。
(……って、待てよ?シーカーの私の強さをみせればビビるんじゃね?)
「わかった、そーだね。最近アッコの家入びたりすぎてたし、やめよっか」
「……あ、うん……はい」
「ってか、皆私の任務みにこない?」
「「「え?」」」「……!」
「檜室くんから招集きててさ、行かなきゃなんだけど……みんな見に来なよ!」
――
「……おい、まて……何だあれは?」
「え、私の友達だよ」
SSSレート相当の魔力反応があったダンジョン『グランダ鉱山』その門前には多くのメディアが警察の制止を無視し取材に訪れていた。その中に紛れる形で姫霧の友人4人がいた。
「一般人には避難指示が出ていただろ、なぜ連れてきた!?」
「やあ、皆が私が戦うのみたいーっていうからさ。ほら、記者さんだって来てるし大丈夫だってえ」
「……お前の友達以外、あそこにいるメディアや警官連中は全員魔力持ちだぞ。一般人とは違う。戦う姿ならライブ中継でみせればいいだろ……ここでもし、彼女達が怪我でもしたら」
「なっはっは!心配しすぎだーってえ、意外と檜室くんチキンだよねえ!」
(……この女、本当に……殴りてえッ)
「姫霧、いいか?もし彼女達に何かがあって、『氷龍の刃』が一般を巻き込んだという事が世間に伝われば、ギルドの立場が危なくなるんだぞ。魔物から人々を守り安心安全な街を作る……それがシーカーギルドの本質とされてる。こんなメディアだらけの場でそのもしが起きたら、あっという間に広まって」
「あ、うん、わかったわかった。今度からそーするよ」
「……今度からって、なあ」
「んー、じゃあこれで許したげるからさ。あのダンジョンでのこと」
「……」
『オラボの巣窟』での一件。檜室は窮地に立たされ、余裕のなさから姫霧へ殺気を向け脅迫をしてしまった。任務後、話し合いの場が設けられ和解したが、檜室の望み通り後腐れ無く綺麗さっぱり解決とはならなかった。
事あるごとにその件を引き合いに出してくる姫霧に辟易としていた。
「……わかった、これでその件に関しては本当に最後だぞ」
「うんうん、最後最後ー」
戦闘用タクトを取り出しにこにこと微笑む姫霧。
(最後最後ーじゃねえよ。本当ならもうとっくにその話は終わってるはずだろうが……だが、訴えれば勝敗はどうあれその噂、俺が姫霧を脅した事が世間に広まるだろう。そうなれば今まで築き上げた俺のイメージが……それだけは阻止したい)
……くそ、姫霧……杏樹、冥……問題が有りすぎて、頭が痛え……。
「あれ?そういえば、杏樹は?」
「……杏樹は今日本にいない」
「え、そうなの?」
「ああ、だから代わりの『回復師』がそこにいるだろ」
「……あ、こ、こんにちは、よろしくお願いします」
指をさされこちらへ来る『回復師』の男。頭を下げ、挨拶をした。それに対し姫霧が「よろしくねー」と笑う。
……わわ、この『回復師』イケメンじゃん!やば、うちのギルド所属だよね?わー、あとで連絡先聞いとこっかな、この顔はキープしときたいわ。
「そんな緊張しなくて大丈夫だよ、えっと……」
「あ、石田です!すみません」
「石田くん、大丈夫。私たちに任せて!ほら、リラックスだよ〜」
「は、はい!」
同い年くらいかな?可愛い顔してマジでタイプだなー。
「……それと、姫霧。『オラボの巣窟』以降、冥の奴に会ったか?」
「ん、は?冥って、椎名?会うわけないじゃん行方不明なんだから」
「……」
ああ、そうか……と檜室は思った。ダンジョンで冥がきて姫霧をヒールした時、こいつは意識を失っていた。だから誰に助けられたのか知らないんだ。
SNSやニュースでも冥の事を大々的に報道してはいるが、姫霧は自分の興味あるものしか見ないし目に入らない。おそらくその情報自体は流れてきてはいるが、興味がなさ過ぎて姫霧の意識にかからないんだろうな。
こういうの前にもあったし。大きな事件も、私ニュースとかみないから知んなかったーとか言っててマジか!?って事が何度も。
……要するに、姫霧は自分にしか興味がない。
(……ま、今冥の事をいって錯乱されても面倒だ。あとにしよう)
――ズズ、ズズ……
「!!」「……うお、まじで」「!?」
巨大な魔力がダンジョンの入り口から吹き出してきた。
(……どうなってやがる、これは、この魔力は……マジでSSSレートクラスの濃度がありやがる……!!)
「……ひ、檜室くん、まさか突入しないよね?」
「SSSレートの魔物であれば、俺とお前A級2人だけで相手はできない。突入しても無駄死にするだけだ。今、他のギルドから応援がこちらに来ている……俺達の任務は、SSSレートの魔力圧でダンジョンの結界が破壊されたとき出てきた魔物を処理する事だ」
「ダンジョンブレイク……あるかもってこと?」
「考えたくはないが、ここまで浅い階層にSSSレートが上がってきてしまったんだ。この魔力圧、量はブレイクも有り得る……早く応援がきて大元の魔物を処理できればそうはならないが」
「……ええ」
姫霧の顔が引き攣る。ようやく事態の深刻さに気付いたみたいだ。ダンジョンブレイクが起これば魔物が外へと溢れ出し人々を襲う。この低級ダンジョンでも、そうなれば数千、下手をすれば万の死傷者を出すだろう。
そうなれば、ここら一帯を守護地域としている『氷龍の刃』の責任を問われてしまう。ここを狙っているやつらは山程いるからな。
(……絶対に被害者を出すわけにはいかない。万一、魔物が出てきてもここで食い止める)
――と、その時
ズズ、グニャ……ッ
「!?」「なんだ!?」「空間が……歪んで」
ダンジョンの扉の前、突如空間が割れた。
「ダンジョンブレイクか!!」「まじで!?」「嘘だろ!?」「皆様、みてください!歪んだ空間から……!!」
(……いや、ブレイクじゃない。ブレイクすればここら一帯、高濃度の魔力で満ちる……これは)
その空間の裂け目から現れたのは、
「…………これは、嘘だろ……」
周囲に充満する強烈な獣臭。口端から出ている特徴的な長い牙は赤黒く、その巨体は長い体毛に覆われていた。
手には大きな戦斧を握りしめ、涎を垂らす、
「ぷっ、ぶごおおっ、ぐるる……」
「……エビルオーク……!!なぜ、ここに!?」
【エビルオーク】レートS+。ダンジョン、【深淵のアビス】300層〜に分布している魔物である。
突如あらわれた、あらわれるはずのない強力な魔物のオーラを浴びて周囲に集まっていた人達が倒れだす。魔力耐性のある『回復師』の石田も、初めて対峙するSレート以上の魔物に脚が竦む。
石田の心を蝕む、恐怖。
(…………し、死ぬ……これは、絶対に、む、むむ、無理だ……)
石田のシーカーの等級はB。これまでAレートの魔物も討伐経験が数度あり、Sレートも檜室たちがいるならなんとかなると思ってここにきた。だが、その思いは思い上がりだと瞬時に理解する。
圧倒的な魔力量と質。戦斧でなくとも拳か蹴り、軽く体当たりされただけでも体をばらばらにされるだろうと本能が理解していた。
AとSレートの間には途轍もない差があった。檜室は後世を育成していない。自分が目立ち、ギルドを巨大にする事を第一にかかげ、その為だけに突き進んできたからだ。己の地位と名誉。それにしか興味はない。
だから、
「――おい、石田なにぼーっとしてる!!?さっさと後衛にさが」
――ドッ
途轍もない衝撃。石田は体当たりされた檜室ごと吹き飛ばされ、外野のマスコミの群れへと突っ込んだ。
「うわああ!!?」「いやああ!!」「きゃー!?」
阿鼻叫喚。地獄絵図。一瞬で混乱と恐怖に場が覆われた。逃げ出そうと人を押しのけ、魔力で萎縮し蹲る人間を蹴り飛ばし、中には囮にしようと他の人間をあえて突き飛ばすものもいた。
オークの体当たりの直前、大量の魔力を使用した氷の盾をつかいガードした檜室。そのため、殆どダメージを負っておらずすぐに立ち上がる。
「……っ、石田!!起きろ、はやく!!」
「うっ」
前線では姫霧がオークと応戦。炎系魔法でなんとか撹乱し、場を繋いでいた。
「……む、無理……です、……ぼ、僕……」
「あ!?なに、なんだって!?」
「…………脚が、たてな」
「てめえ!!それでも『氷龍の刃』ギルドメンバーか!!?」
思わず怒鳴りつけてしまう檜室。彼には心の余裕がなかった。
(くそ!!かなり使える奴だって聞いていたのにゴミじゃねえかこいつ!!これなら捨てた時の冥のが何倍も……つーか、あいつはどこで何してやがんだよマジで!!電話も繋がらねえし!!)
こんな……たかがSレートオーク、いつものメンバーなら速攻で終わらせられるのに……。
苛つく心。ガリッと歯を軋ませ、檜室は地面を叩く。
それを目の当たりにした石田がさらに萎縮する。
(い、いや……まて、そーだ。これは逆にチャンスだろ……ここで俺がいいところをみせられれば、『氷龍の刃』の知名度があがる!俺も脚光を浴びることが!)
「石田、立て!大丈夫だ、オマエは俺が必ず護ってやる。だから……来い」
手を引き石田を半ば無理やり立たせる檜室。彼の顔は青ざめていた。
……このギルドは、俺のものだ。
――過る、椎名の顔。
(……違う、俺だ)
俺がマスター、俺がトップ、俺が一番。
俺が――
「……絶対の王だ」
パキパキ、と檜室の足元が凍り始めた。
【重要】
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