28 契約
『……では任務に戻れ』
「……あ、ああ……うん、わかった」
主である男に、アルドラの巨人が手を開き中を見せた。
「……あ、あれ……い、居ない……!?」
――トン、と膝裏の関節を蹴られ、カクンと地面へ膝をつく侵入者。
「動かないでください」
「……え、え……なん、で……」
侵入者の首元には漆黒のダガーがあてられ、いつの間にか両腕を後に固定されていた。
「……『拘束布』」
リリィの創り出した布状の影。侵入者は体をぐるぐるに拘束された。
「……か、躱したの……今の、を……」
「はい」
掴まれる瞬間、リリィはアルドラの巨人の影へ侵入し、そのまま男の影へと移り背後をとった。
「普通に話をしたかったのですが、二度も襲われたのでは、仕方がないですね」
「……す、すごいね、これ、影が君の力なの?発動の瞬間が、見えなかった……」
リリィが予想した通り、アルドラの巨人は動きを止めた。
(……この巨人、私の背後に現れるまで気配が一切無かった)
召喚魔法であれば、詠唱があるのでわかる。スキル場合もこれほどの力を持つ魔物を出現させたなら魔力のタメで予兆が発生する。……しかし、それらがこの者からは見られなかった。
(……いえ、今はそんな事どうでもいいです。とにかく冥様を狙ったこの者の情報を得ることが最優先です)
「すみませんが無駄話に付き合ってる暇はありません。質問です、あなたはどちら様ですか?」
「……ぼ、僕は……ロイ・ヴァラシオン……君には、ロイって、よんで欲しいな……へへ」
「貴方の所属する組織は?」
「……そ、それは……あ、え、と……教えられな、い」
「死んでも?」
首に当てたダガー。その刃が鈍く光る。
「……き、君は……僕を、殺せない……でしょ、主の命令がなければ」
「!」
「……君には、僕の使役する魔物と、同じ、術の気配が、する……僕をすぐに殺さない、のは……情報が欲しいから……で、でしょ……それを引き出せてない、のに殺せは……し、しない」
「では、命を落とさない程度に……」
――ズズ、ズズ……
リリィは背筋が凍った。背後に強大な魔力の気配。反射的に侵入者から手をはなし、数メートル距離をとった。
――パシャアッ
触れた手が離れた事により、ロイの体を拘束していた影の布が液体のように溶けて消えた。
(……こ、これは……影で、作られた物は……彼女の、手を離れると、形を保てない、のかな……)
リリィの頬に汗が伝う。
――ゾゾゾ、ゾゾゾッ
「……この魔力、は……」
ロイが両手を広げ、「……す、すごいでしょ……?」と自慢げに言った。背後には赤い瘴気を纏う巨大な蛇。
「……SSSレート……の、【蛇竜呪鬼】……だよ……び、びっくり……した?へへ……」
額にある無数の角と口から溢れんばかりの無数の牙、そしてぎょろぎょろと蠢く無数の目玉。
長い体には無数の人の手が生えており、尾には幾つもの彼岸花が咲いていた。
(……まさか、このレベルの……呪霊を使役できる術者だったとは……!!)
――ドゴォォッ!!
リリィの後方、アルドラの巨人の拳が彼女目掛け振り下ろされた。大地が大きく割れ、土埃が大きく舞う。
視界がきかない状況。しかしリリィは侵入者、アルドラの巨人、蛇竜呪鬼の位置を把握していた。彼らの体外魔力を捕らえ、アルドラの巨人の追撃を躱しつづける。
派手に暴れるアルドラの巨人。地形が殆ど変わり果て、砕かれた岩が飛び当たった岩山が粉砕する。
一帯が土埃の舞う中、リリィの姿を見失ったアルドラの巨人の動きが一瞬止まる。その隙を彼女は見逃さない。
脚から背を駆け上がり、首元へ。影で創り出した剣で斬り裂いた。
凄まじい魔力の込められた影剣。その斬れ味は岩のような硬度をもつアルドラの巨人の肌を容易く裂き、斬撃は首の半分にまで到達した。
断末魔をあげるまもなく、アルドラの巨人が沈む。
倒れた巨人は姿を消した。
(……!、スキル?……使役する魔物を瞬時に出し入れできる……?)
空中にいたリリィは落下しながらも、身を翻し体勢を整える。
(……これで1体処理完了。けど、一向に攻撃してくる気配がないのは何故……?)
侵入者と蛇竜呪鬼に動きがないことを不自然に思うリリィ。アルドラの巨人に攻めさせ、隙が生じた自分へなにかしらの攻撃がくると予測していたが、動く気配もない。
――が、その理由はリリィが着地した時に理解した。
そこにあったのは咲き誇る赤い花。
「……!!」
夥しい量の彼岸花が、リリィの落下地点を中心にいつの間にか出現し広がっていた。
(これは、明らかにあの蛇の尾にあった……!!)
蛇竜呪鬼の尾にある彼岸花。リリィは本能的に危険を感じ、離脱しようとした……が、
(……魔力が、練れない……からだの自由も……)
一気に駆け逃げようと脚に集中させた魔力が定まらない。視界がぼやけ、意識が身体から浮き始めた。
「……あ、足元の、これには気が付かなかったでしょ……魔力でバレないように、アルドラの巨人には自身の魔力を撒き散らすよう、に、暴れさせたから……へへ」
倒れ、目の前にみえる彼岸花。立ち昇る黒く禍々しい霧のようなオーラがリリィを包み込む。
(……アルドラの巨人へ……攻撃に行くとき……私が、奴らへの警戒を高めるのを逆手に……)
侵入者がアルドラの巨人を暴れさせた目的は、リリィの注意を自分と魔物2体に引き付けるため+岩山等遮蔽物により発生する影を消し影を使った逃亡の阻止。
そして、リリィに気づかれずに彼岸花を仕込み、大気中にアルドラの巨人の魔力を漂わせ、落下地点へ花の種を飛ばし咲かせる為だった。
狙ったのはリリィがアルドラの巨人を処理する瞬間。最大限、自分と蛇竜呪鬼へ意識が向き、注意を払っていたあの瞬間に蛇竜呪鬼に種を飛ばさせた。
落下中に周囲に漂っていたアルドラの巨人の魔力を吸収し、急速に成長した彼岸花。
花から放たれた花粉は、吸引した者を永久の眠りへと誘う。
(…………これは……玲華、様……の……)
微睡む意識の中、リリィは必死に意識を繋ぎ止めていた。
「……す、すごいね……まだ、眠らないんだね……あ、悪魔だから、効きが悪いのかな……」
離れたところから聞こえてくる声。
(…………冥、さま……は……皆を、外に……出せたの、かな……)
リリィに与えられた役割は情報収集、そしてパーティがダンジョンから脱出する時間を稼ぐ事。
(…………まだ…………時……間……を…………)
リリィは戦おうと拳に力を入れようとする……が、魔力が霧散し指一本すらも動かない――。
「……もう、いいか……十分、体内に花粉は入り込んでる、み、みたいだし…………時間、ないし……」
――ふと、無数の彼岸花が赤黒い光となって散った。
ザッ
近づいてくる、足音。
「……ああ、やっぱり……近くでみると、凄く、か、可愛い…………ふひ、へへ……じゃ、じゃあ、僕のコレクションにするね……」
頭上で声がする。
「……契約の証を、つけないと……君の体に焼印をしないとなんだ、だから……ちょっと、熱くて、い、痛いだろうけど…………我慢して、ね……」
頬を撫でる、指先の感触がした――。
ジュウッ……!
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